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ベルフが冒険者として好き勝手にやらかしていくお話  作者: 色々大佐
第三章 ベルフ護衛をする

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第七十一話 悪魔の囁き

 エメラが目覚めるとそこには書類の束があった。机の上にどっさりと積み上がった書類だ。

 どうやら自身が何時の間にか執務室で寝ていたのだと彼女は気がつくと残りの仕事を片付けるために書類仕事を再開する。そして、少しの時間が経つと、扉をノックする音が聴こえてきた。


「ギルドマスター失礼します」

「入っていいわよサラちゃん」


 エメラがそう答えると、一人の少女が入ってきた。歳は十六くらいだろうか。ショートカットが似合う感じの良い少女だった。

「こちらの仕事は滞りなく全て終わりました、でも書類仕事の出来る人間が少ないんで、できれば追加の人員を増やしたほうがいいかもしれません」

 サラの言葉にエメラが頭を悩ます。

「うーん、やっぱあのマッチョ達でもきついのかしらね」

「あの人達は受付もやらないといけないので時間もないんですよ、事務専門で仕事ができる人を雇ったほうがいいと思います」

「そう、じゃあ考えとくわね」


 と、二人が話していると部屋に一人の青年が入ってきた。ぼっさぼさの黒髪に気の抜けたような顔。最近購入した鉄製の鎧を着込んている一人の冒険者、そう、この作品の主人公であるベルフであった。


「おーい、こっちの仕事は終わったぞー」

『おらー、ベルフ様にねぎらいの茶の一つでも出さんかー』


 サラがゴミクズを見るような目でベルフを見ていた。

『お、なんですかその目は。超次元英雄であるベルフ様に向けていい目だと思ってるんですか? ん? ん?』


 サプライズからの挑発を完全スルーすると、サラがエメラに一つ頭を下げてから退出していった。ベルフに向けては完全スルーである。


「おいエメラ、あの女の教育はどうなっている。部下への教育不足は上司の責任だぞ」

「私が見た限りでは特に問題ないわ」

『なんですかその回答は、ギルドマスターとしての自覚はあるんですか、このギルドにとって最も大事な存在はベルフ様で、その下にあなた達の人生があるんですよ』


 アホ二人からの抗議をスルーすると、エメラは残りの仕事を一度取りやめてベルフに尋ねる。

「で、裏町の商人たちはちゃんと締め上げてきたの?」

「それはやってきた。今後永遠に冒険者ギルドに忠誠を誓うと泣いて縋ってきてたぞ」

『あいつらも悪党のくせに根性ありませんでしたよね』

「それは良かった。なら、素材の取引と販売ルートは確立できたわね」


 んーっとエメラが伸びをする。一仕事終わったぞっという顔をしていた。

「あ、そう言えばボボスは見てない? 今朝から見えないんだけど」

「あいつについてはちょっと仕事を頼んでいたんだ。もう少ししたら帰ってくると思うが」


 ちょうどそのタイミングだった、今度はボボスがこの部屋にやってきた。


「ベルフ、サプライズ、ここにいたか。頼まれていたものは城の兵士に渡してきた。これでいいのか」

「よくやったボボス!!」

『よっしゃ、ライブ映像行きますか!!』


そう言うと、ベルフ達がソファーに座って鑑賞会の準備に取り掛かった。サプライズの機能で空中に映像が描かれると、現在の王城の様子が映し出される。そして、その映像を見たエメラの感想はと言うと――


「ねえ、気のせいかしら。お母様がぶっ倒れてるようにみえるんだけど」

「お、そうだな」

「サフィのばあさんも精神耐性低いな。たったあの程度のことでよ」


 映像の中では騎士達がぎゃーぎゃーわめきながらせわしなく動いている。そして、彼等騎士達は一人の近衛騎士を取り押さえていた。その騎士にエメラは見覚えがあった。


「ねえあれって私をモヒカン達と一緒に他国へ売りとばそうとしていた騎士よね。何で取り押さえられてるの?」

「そりゃあ、あの騎士がエメラの誘拐を企てていた証拠をボボスが城に届けたからだ」

『そういうことです。ちなみにその証拠を集めたのはベルフ様と私です』

「へー」


 無感情に返事をするエメラ。状況がよくわからなかった。

「で、あの騎士を牢屋に入れるのはいいんだけど、これ何の意味があるの」

「俺達からエメラに向けたギルドマスター就任のお祝いだ。パトズからの見事なギルド簒奪具合に何も手祝いできてなかったからな」

『そういう事です』


 そう、あれからエメラはギルドマスターに祭り上げられていた。

 ベルフとパトズという馬鹿二匹を締め上げたエメラは、その場にいる圧倒的多数の指示によって新しくギルドマスターに就任していた。

 在籍期間わずか二十分と言う先代ギルドマスターパトズは、そのまま簀巻で裸にされて路上に放り出された。

 で、一方のベルフはまだ意識も戦闘能力も維持していたが、裏町の商人達に対する調整役とサプライズの利便性を受けてエメラが処罰保留にして手元に置くことになった。ちなみにギルド内での好感度調査ではベルフは堂々の最下位。便所に出没した黒いGよりも下という調査結果になっている。


 その映像を見ていたボボスがエメラに話しかけた。

「で、どうよエメラ、ギルドマスターになってみた感想は」

「なんで私がやってるの? としか思えないわね」

『だったら早くベルフ様にその地位を渡しなさい。民衆の幸福は偉大なる独裁者によってのみ作り上げられるものなのです、貴女にはその才能がありません』


 そんなもんなくて良かったーと思いながらエメラが映像を見ていると、騎士達が更に騒ぎ始めた。そこでは一枚の紙を指差している。


「あれは何?」

「あれか? エメラは預かった、返してほしければ指定の場所に王妃一人で来いって書いてあるだけだ、気にするな」

 ボボスが我慢できねーって感じでいつものごとく酒を飲み始める。

「あれにはびっくりしたぜ、さすがベルフだ。まさか騎士達の大部分をこの都市から移動させようとするとはな、たしかにあいつらからしてみれはエメラ誘拐犯に関する証拠を渡した上であんな紙も渡されたら無視できないわな」

「へーそうなんだ、何のために?」


 嫌な予感をひしひしと感じて元気がなくなっていくエメラとは対照的に、ベルフは元気よくエメラの問いに答える。

「あんな事書かれていたら王妃は騎士団を連れてその場所まで行くだろ? そうなれば当然、騎士がいなくなった分だけ都市の治安が悪くなるわけだ。周辺地域でも騎士や兵士が足りずに魔物が増えるかもな。そこで、この冒険者ギルドの出番が来る」

『さすがベルフ様です。紙一枚が新人ギルドマスターへの最高の贈り物に大変身ですね。今のうちに冒険者ギルドここにありって、この国に知らしめましょうか』


 サプライズが映し出している映像の中では、サフィがギャーギャーと喚き散らしていた。騎士団を全部連れて行くだの、都市防衛なんて全部捨てていいだのと最高に子供を愛するモンスターペアレントをしていた。


 目が点になっているエメラが小さな声で語り始める。

「あのね、私、実はエリクサーの制作に失敗し続けてるの」

「そうか」

『そっすか』

「この酒、まさか、あの伝説の白龍か!!!」


 ボボスが尋常じゃない顔付きをしている横で、エメラも尋常じゃない顔付きをしていた。

「家出したのもそれがあってね、エリクサーが新しく作れないのを知られるのが嫌だったの」

『そうだベルフ様、騎士団が余り動かなかったら弱み握ってる奴らを強請って、騎士団が王妃についていくよう仕向けましょう。成功と言うのは七割の強引さと三割の自然体で決まるんすよ』

「それだサプライズ。これで勝利は決まったな」


 エメラの言葉を誰も聞いてなかった。ボボスは既に、どこで白竜なる酒を手に入れたのか聞くためにサラの元へと向かっている。


「だから、こんなくっそくだらない事している暇があるのならエリクサーの研究を続けたいの、分かる?」

「わからん」

『しるかそんなもん』

 ベルフとサプライズからの拒否の言葉が返ってきた。


 まだ無表情のエメラに向かって今度はベルフが言った。

「そもそも、エリクサーの研究を続けても無駄じゃないのか? 前にえりくさーができたのは偶然だっただけで、お前には元々作れないんだよ」

『まあそう考えるのが自然ですよね。大体残り時間も少ないのに今現在頭打ちならもう研究なんて止めるのが吉です。愛しのお父様が帰ってきて、エリクサーを作れないとバレたら終わりなのでは』


 ベルフとサプライズ、二人から厳しい指摘が返ってくる。いや、実を言うとそれはエメラ自身も分っていたことだった、ただ考えないようにしていただけだ。そして、その瞬間のエメラの心の揺らぎをベルフは見逃さなかった。


「だがしかし、もしもここでギルドマスターとして成功したらどうなるかな。騎士団に匹敵するほどの組織までギルドを育て上げられたのなら、果たしてお前を止める事が誰に出来るのだろうか」

 サプライズも、この瞬間こそが悪魔の囁きタイミングだと気づいた。

『そうですね、まず私が思うに嫌な婚約なんて全部ぶっちしても平気です。エリクサーなんて関係なく全てが貴女の思うがままでしょうね』


 そこでベルフが立ち上がると、エメラの後ろに回り込んで彼女の肩に手を置いて囁いた。

「それともお前は、自分が犠牲になってでも周りを幸せにしたいのか? それなら今すぐ城に帰って身震いするほど嫌な婚約相手との政略結婚を進めれば良い」

『その時には私が慈愛の王女エメラと題をつけた詩を、この国全体に広めてあげますよ。みんな感動しますよ、今日の自分達が衣食住足りてのんべんだらりと生き続けられているのは悲劇の王女エメラ様のおかげですってね』


 エメラの手が震えていた。王族と言う物は民のために生きる、などというのは耳にタコが出来るほど親から聞かされてきたしそう教育されてきた。しかし、実際にそのときがやって来たエメラは我が身可愛さに城から逃げ出した。そして、なぜかこんな場所でギルドマスターなんてのもやっている。

 

 ベルフがくるりとエメラに背を向けると、背中越しに語り始める。

「お前にパトズと一緒にぶっ飛ばされたあの時、俺はお前に支配者としての可能性を感じた。そう、あの時のお前には全てがあったんだ、王としての全てがな。だから今もこうして護衛を続けている」

『ええ、あの時たしかに私も感じました、こいつ只者じゃなくね? なんかおかしくね? っていう宇宙的な力を。だからこそ私もここで手を貸しているのです』


 エメラからはベルフの顔は見えない。そして、ベルフ達の語りかけてくる言葉を聞いていたエメラが震えながら言った。

「ほ、本当に私に出来ると思う? 本当の、本当に?」

「当然だ」

『当然ですよ』

 一人と一体の声色はとても優しかった。

「エリクサーなんて作らなくても、私の力で今の状況をなんとかできるの?」

「できるに決まってる」


 ベルフの言葉に弱っていたエメラの心の何かが動かされていく。その光景を部屋に帰ってきていたボボスもみていた。しかし、彼は口を出さずにいた。

「それなら私は――」


 エメラの返答にベルフは今年一番の笑顔を見せた。

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