第七十二話 冒険者達
オープンテラスのカフェに男女の二人組みが座っていた。一方は修道服姿のシスターで、もう一方はタンクトップに半ズボンという格好のマッチョだ。
その二人組、特に女性の方が厳しい目でテーブルに突っ伏したままのマッチョを見つめている。
「この糞暑い中、なんでこんなマッチョと二人組で屋外にいなきゃならないのかねえ。キリのアホはまだ来やしないし」
シスター姿の女性は手を団扇のように自身に向けて仰いでいる。ただの気休めだった。
「どうせなら、こんな近接系二人じゃなくて魔法使いと組みたかった。そうすれば魔法で氷の一つや二つ出してもらえたのに」
シスターが愚痴をぼやくが、マッチョの方は突っ伏したまま返事もしない。
「ちょっとカーン、返事くらいしなさいよ」
「…………」
シスターからの問いかけに返事をせずにマッチョの方は死体のように身動きを取っていなかった。
「全く、女の一人くらい見つけられないからって落ち込みすぎでしょ、筋肉だけは立派にあるくせに情けない」
マッチョはその言葉に、顔を横に向けて頬をテーブルに押し付けるようにしたまま答える。
「初恋だったんだ」
「へーそうですか」
シスターの方は全く興味のなさそうに返事をしていた。
「チ○毛も生えてない頃から寺で住み込みの修行をしていて、色恋沙汰の一つも無かった俺が初めて恋をしたんだ。あの人に比べれば他の女なんて魔物みたいなもんだ、同じ生物のカテゴリーとして存在していない」
暗にその他の女である自分も魔物だと言われているとシスターが気がついた。
「そうやって女性全体を馬鹿にするのも良いけど、あなたそもそも女にモテない人でしょ。うちのギルドの中でも女性冒険者からの好感度毎年ぶっちぎりの最低肉達磨のくせに選り好みできる立場だと思ってるの?」
金髪のショートカットを手櫛で整えながらシスターがカーンを睨んでいた。しかし、カーンの方はまるで動じる様子がない。
「それがどうした。そもそもお前らギルドの女達は意味不明な理由で俺を嫌ってるだけだ。デリカシーが無いだの野蛮だのと、お前たちこそ女性としての自覚がないアバズレじゃないのか」
「そういうところがダメだと気づかないから更に嫌われるんだけどねー」
シスターが美しい顔を歪めながらそう言った。
二人がどうしようもない話を続けていると、二人のいるテーブルに一人の青年が近づいてきた。
その青年は腰にまで届く長髪と、軽鎧を着た剣士だった。腰の剣帯には、無骨な鉛色の鞘を刺している。みるからに冒険者風の剣士であった
「カーン、マリー、こっちも失敗だ。王女の情報は手に入らなかった」
マリーと呼ばれたシスターが返事をする。
「キリもダメでしたか、カーンも役に立たないし、これはもう失敗ってことで国に帰るのもいいかもね」
「なんだと!!」
マリーの言葉にカーンが怒声を出した。
「あの女性を見つけてないのに帰るだなんてふざけてるのか、やる気あんのか!!」
「あんたこそふざけてんじゃないよ、私達はエメラ王女を誘拐するためにこの国に来たんでしょうが!!」
二人の怒声が辺りに響く。王女だの誘拐だのと目立っていること間違いないが、キリはそんな周りの視線に構わず、二人のいるテーブルの席についた。
「マリー落ち着け、この依頼を途中で降りる事が出来ないのは知っているだろ、国王からギルドへの直接の依頼だというのを忘れるな。カーンの方はまあ頑張れ、個人的に応援してやってもいい」
「おうよ!!」
「あー、こいつはもー……」
マリーが頭を抱える。
「それで、私達だけではもう手詰まりですし、他と協力したいけど無理なんですか?」
「ルークやシェリーの所は完全に別行動、レオは勝手にやると言っているし全員バラバラだ。報酬が全員に対する均等な成功報酬ではなく、個々の集団の貢献に応じるせいでどこも他を出し抜くことしか考えてない。冒険者側だけじゃなく、お目付けの奴らも全部同じだった」
二人がそうして難しい顔をしていると、カーンが横から口を挟んできた。
「で、俺の初恋の人の情報はあったか?」
「ついでに探してみたが一つもなかった。街で一番と言われていた情報屋の所にも行ってみたが、もう引っ越した後でそこに情報屋がいなかったのも大きい」
「そうか……」
カーンががくりと項垂れた。
マリーがゴミを見るような目でカーンを見てると、キリがふと口を出してきた。
「しかしエリクサーを作った天才錬金術師エメラ王女か、召喚術師ではなく錬金術師がエリクサーを作ったというのは驚いたな」
そのキリの言葉にカーンとマリーが反応する。
「エリクサーって薬なんだろ、なら錬金術士が作るってのは当たり前なんじゃねえのか」
「この筋肉バカと同意見なのは癪に障るけど、薬の制作は錬金術士の専売特許でしょ」
二人の言葉にキリが答える。
「俺の知る限り、エリクサーを錬金術師が作ったという話は聞いたことが無い。どの時代でもその時代における最高レベルの召喚術師達が代償と引き換えに高位次元の生物との取引で手に入れる物だ」
キリの言葉にほー、とマリーが答える。
「どこでそんなこと知ったの? 私も一応は神学校の出だし、そこそこの教養はあるつもりだけど、そんなの聞いたこともないけど」
キリがそれに答えた
「人生経験」
「えー……」
胡散臭そうにマリーがキリを見つめる。
カーンが懐から一枚の紙を取り出して、それを見ながら言った。
「気にしなくていいぞマリー、キリはたまーに変なこと言いやがるんだ。だいたい、そんな話より俺の愛しの女性がどこにいるかのほうが大事なんだよ、それに比べたら王女探しなんてバカバカしくてやってられないっての。それを抜きにしても、この紙に描かれているような小さいガキを攫うなんて元から俺はこの依頼が気に食わなかった――」
と、そこまで言うと、カーン達のいるカフェのすぐ近くで竜巻が発生した。時間にして十秒近く、建物数階分はあろうかという竜巻だ。ばたばたと周囲が突風でざわめく中、人々がその竜巻に視線を奪われていると、上から一人の青年が落ちてきた。
その青年はカーン達の、と言うより筋肉ダルマであるカーンに直撃すると、盛大に彼を下敷きにした。
今度は竜巻からカーンの方に全員が視線を向けると、カーンにぶち当たった青年がちょうど起き上がったところだった。
「おのれエメラめ、調子に乗りやがって」
『あのクソアマ、精霊をこっちに張り付かせてやがりましたね。ベルフ様の玉のような御肌に傷がついたらどうしてくれるつもりですか」
それはボッサボサの黒髪に人を舐め腐ったような無気力な目つきの青年だった。ちょっと重そうな鉄の鎧と、真っ白な鞘を剣帯にさした格好をしている。そう彼こそ、この作品の主人公であるベルフ・ロングランであった。
ベルフは下敷きになっているカーンを蹴飛ばすと、先程竜巻の発生した地点に目を向ける。そこには羽の付いた小さな妖精がいた。エメラが召喚した風の妖精のシルフである。
『ベルフ様お気をつけて、あのちっこいの見た目に限らずかなりの強さです』
「わかってる」
ベルフが聖剣パールを鞘から抜くと、その真っ白な刀身を輝かせる。剣というより刃の付いた一本の白い棒とも言える聖剣は、主であるベルフの戦闘意欲を受けて最高に力を開放しようとしていた。
「ちっ、まだこいつも全快ではないか」
『うーん、自己修復機能で、ある程度回復したみたいっすけどリッチさんと戦った時ほどではありませんね。あんま期待しないほうが良いっす』
チャキっと剣をベルフが肩に担ぐ。敵は掌ほどの大きさの妖精シルフ。自分より遥かに小さな相手にベルフが全力全開で殺気の篭った剣を打ち込もうとしている。
さて、シルフ側はその殺気を受けてどうしたかというと――空を飛んで逃げていった。
その姿にベルフの目が点になる。
「あの野郎、空中に逃げやがった」
『おのれ卑怯な、降りてきなさい、正々堂々と戦えやゴルァ!!』
シルフはベルフに向けてベロを出すと、そのままギルドの方面へと飛び去っていった。後には負け犬ならぬ放置されたベルフがそこに残された。
「エメラめ、だんだんとやり方が苛烈になってきたな」
『あの女、ベルフ様に受けた恩を忘れて殿様気分になってますよね。ここはいっちょ冒険者ギルドの真の主は誰なのかわからせてやらないといけませんよ』
剣を鞘にしまうと、その場をベルフが去ろうとする。しかし、そこで幽鬼のように復活したカーンが立ちふさがった。
「きさ、きさま、見つけたぞ、あの女性はどこだ!!」
ベルフが立ちふさがったカーンを見る。先ほど足蹴にされたことも含めて絶好調な怒りで顔を真っ赤にしていた。
しかしベルフ側は、こいつ誰だっけーーと思い出そうとするが思い出せない。どこかで見たような気がするし、しないような気もした。
「サプライズ、こいつが誰か覚えてるか?」
『えーっとそうそう、確かあのクソアマに一目惚れしたっぽい筋肉ストーカーじゃありませんでしたか』
「ほう、ストーカーねえ……」
ベルフがその言葉に閃いた、この筋肉ダルマをエメラに会わせれば今回、吹っ飛ばされた意趣返しになるんじゃねえのか、と。筋肉ダルマのむっさいストーカー男が近くに来るとか、受け側が特殊性癖の持ち主じゃない限りどんな人類だって嫌な顔の一つや二つはする事案だろうなーと考えたのだ。
「貴様を叩き潰して、必ずあの女性の居場所を吐かせてやる」
口から白い蒸気を吐きながらカーンが戦闘形態に移行する。目付きが鬼のそれであった。
そんなカーンにベルフが話しかける。
「あいつに会いたいか? なら会わせてやってもいいぞ」
「なに!?」
そこでカーンの動きが止まる。
「わざわざ戦わなくてもそちらの態度次第なら会わせてやってもいい」
「本当か?」
カーンの顔からは先程までの殺気が抜けていた。
『いいんですかベルフ様、私の見立てだとあのクソアマに会わせるまで一ヶ月はこの男で遊べそうな気配がするんすけど』
「いいんだ、そんな焦らさずにすぐにでも会わせてやろうじゃないか」
『えーーー、勿体無い』
サプライズがぶーぶーと文句を言う中で、今まで黙っていたマリーが口を挟み始める。
「ちょっとカーン、何を勝手に決めてんの。私たちにはもっとやることがあるでしょ」
「そんな物はない」
「あんたね!!」
ギャーギャーとマリーが喚く中で、ベルフの目の前にひらひらと一枚の紙が降りてきた、先程までカーン達が見ていたエメラの似顔絵が書かれていた紙である。それをベルフがパシッと掴んだ
「サプライズ、この紙に書いてある少女に見覚えがあるんだが」
『おや、本当ですね。何処かで見た覚えがあるんですが、どこでしたっけ』
ベルフとサプライズの会話に騒いでいたマリーが止まる。それだけではなく、キリの目付きも鋭いものに変わっていた。
「だがわからんなー、どっかで見た覚えがあるのは確かなんだが」
『なんとなくですけどあのクソアマに会えばわかりそうな気がしますね、なんとなくですけど』
「じゃあついでといったらなんだし、この少女についてもあいつに聞いてみるか。おいでかぶつ、冒険者ギルドまで行くぞ」
「ついに会えるのか!!」
カーンが狂喜の声を上げるとベルフの後をついていく、が、しかしそれだけではなかった、キリとマリーもその後ろを付いてきていた。
「ん、お前らなんだ?」
『あなた達、この変態筋肉の仲間ですか?』
「不本意ながらそんなものです私のことは気にせずに」
「俺も邪魔をするつもりはない、ギルドまで案内してくれ」
「なんだよお前ら、特にマリー。さんざん俺の邪魔した癖に依頼をほっぽり出してついてくるのか、だからヒスババアは……」
「あんっ!?」
キリ達の返答を聞くと、まあいっかと思い直してベルフが歩き始める。その後ろをついていきながらキリとマリーが会話を始める。
「で、もしも揉め事が起きたら最悪、冒険者ギルドごと潰してもいいの?」
「それでいい。調べた限りだとこの都市の冒険者ギルドは発足も最近で腕利きはいない。お前一人でも十分なくらいだ」
「私、直接的な戦闘は役割じゃないからそっちでお願い。それと、あの男はちょっとレベルがありそうだけど」
その言葉を受けてキリがベルフを見た。
「あれくらいならカーン一人でも十分だ。問題にならない」
「さいですか」
二人はそうして会話を切り上げた。




