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ベルフが冒険者として好き勝手にやらかしていくお話  作者: 色々大佐
第二章 主人公、別の町に到着する

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第五十八話 リッチ戦、前編

 リッチの魔法をもろに受けたベルフ。爆発があたりを焦がし、ベルフのいた場所を炎が埋め尽くしていた。


「やってくれたな、あのゴースト」


 その炎の中からベルフが無事な姿で出てくる。手に持っている聖剣が光り輝いて、ベルフの周囲を防護膜のようなもので守っていた。メラメラと周囲に炎が残る中で、ベルフの目が怒りに燃えている。


『やられましたね。温情で見逃した結果がこれですか。短距離転移でリッチをここに呼び寄せるとは……』


 リッチは、ただそこに佇んでいた。身体からは溢れるばかりの魔力が迸っているのがわかる。体の周囲が少し暗く見えるのは、その魔力の質に寄るものだろう。


 ふー、と一息吐くとベルフが頭を冷やした。

「さて、思い通りに動かされるのも癪だから、なんとかして戦いを回避したいところだが――無理かな」

『んー、ちょっと無理そうですね』


 そうして、ベルフとサプライズがリッチを見ると、酷くやる気満タンに見えた。

 先程、広場に現れたときはベルフを一瞥にもしていなかったが、今現在、その白骨死体に空いてある両目の穴は、ベルフを見つめて離してくれない。

 試しに、ベルフが左右にちょっと動くと、それにつられてリッチの頭の向きも動いている。完全にロックオンされていた。


「地下で戦ったときは、もうちっと余裕を持って俺を見逃してくれたのに、今回は駄目っぽいな」

『多分ですけど、あの時は、あのゴーストがリッチの中から抑えていたのでしょうね。考えてみれば、リッチ相手に喧嘩を売って簡単に逃げ出せるわけがありませんから』

「なるほど、で、今回はそのゴーストの抑えがないと」

『そういう事です。アンデッドに備わっている殺戮本能のままに生者へと全力突撃マンしてきますね』


 サプライズとの相談を終えてベルフが聖剣を両手で構える。彼もリッチとの戦いの覚悟を決めたようだ。

「やれやれ、どうやらこのアンデッドに教えなければいけないようだな。このベルフ様の力というものを」

『ちょいとばかり戦うのが厄介だから避けようとしただけなのに、リッチのやつも調子に乗ったものです。サクっと斬り捨てますか』


 ベルフとサプライズ、この主従コンビは共に調子に乗っていた。

 聖剣から流れ込んでくる力はベルフを一時的に人類の限界近くまで強化しており、その力に酔いしれているからだ。事実、こうやってリッチと相対していても、前にリッチと出会ったとき程の圧迫感をベルフは感じていない。自身の力がリッチに匹敵している証だと考えていた。


「さて……これで終わりだ!!」

 ベルフが聖剣を振るうと剣から衝撃波が放たれる。巨大な衝撃波が地面を削りながらリッチへと到達すると、リッチをそのまま飲み込んでしまう。土煙が立ち込める中で、ベルフが勝利を確信した。


「ん? あれ?」

 だが、そこでベルフは信じられないものを見る。土煙が晴れたそこには、無傷のまま佇むリッチがいた。茶色いボロ布を身にまとい、先ほどと変わらぬ白骨死体のアンデッドがそこにいるだけだ。


『おやおや、少しはやるようですね。ならば、これならどうですか』


 そう言うと、今度はサプライズが魔法を使い始める。聖剣を介して、ベルフの身体へと流れ込んでくる力を魔力へと返還して、彼女が大魔法を放つ。そしてそれは、いつもの雷魔法ではない、対アンデッド用に作られた聖魔法であった。

 

 リッチの周囲に直径十メートル近い輪っかが複数浮かび上がってくる。それはまるで、幾つもの巨大な白い鉄の輪で取り囲んでいるような、そんな錯覚に陥る光景だ。

 その上下に並んだ幾つもの輪っかが一際光輝くと、白い巨大な光の柱と変化した。中にいるアンデッドどころか、普通の人間でさえも喰らえば骨すら残らない最上位の聖魔法、ホーリーである。

 無論、サプライズにインストールされている魔法の中でも上位に位置する火力を持つその攻撃魔法だが、しかし――


『あれ?』


 対アンデッドとして抜群の効果を誇るはずの聖魔法であったが、しかし、当のリッチには傷一つ付いていなかった。光の柱が消え去ると、先程のベルフの攻撃の時と同じく、まるで攻撃が利いた様子のないリッチがそこに佇んでいるだけであった。


 その場に、ひゅーっと風が一陣だけ吹いた。かさかさ、と風に吹かれたなんかのゴミが通り過ぎる。

「ふむ、どうやら手加減が過ぎたようだな」

『そうみたいですね。ちょっとだけ相手の強さを見誤っていたみたいです。まあちょっとだけですが』


 コキッコキッとベルフが首を鳴らすと白骨死体のスケルトン、もといリッチへともう一度攻撃を仕掛けようとする。だが、今度はこちらの番だとばかりにリッチに動きがあった。


 リッチが、その骨だけになった右手をベルフへと向ける。そうすると、その手の平の部分に小さな黒い点が現れた。

 やれやれ、そんなものでこのベルフ様をどうにか出来るのか? と舐め腐った態度でベルフが聖剣を構えると、そのリッチの手の平の黒い点が膨れ上がり、人間大ほどの黒色の塊となって放たれてきた。

 

 クソ舐め腐った態度でいたベルフの元に、黒色の魔力の塊が高速で到達すると、聖剣とその黒色の塊がバチバチと言う音を立てながらかち合う。そのまま、剣を持った状態で数メートル近くベルフが押し出されると、ウオリャーという掛け声とともに、ベルフが剣を払ってその魔力を自身の斜め後ろに弾き返した。


「な、なかなかやるじゃないか。フフン、だがその程度では俺を倒すことは出来ないぞ」

『あれ、おかしいですね。今の魔力の塊だけでこっちの魔力量より遥かに多い気がするのですが……』


 ちょっと弱気になったベルフと不吉な事を言うサプライズ。しかし、それだけでは終わらない。先程の黒色の魔力が何処かに着弾して爆発したのか、巨大な爆発音と爆風が後ろからベルフに襲い掛かってきた。


 襲い掛かってくる爆風を必死でベルフが堪える。何とか爆風が収まるまで堪えきったベルフがちらりと後ろを見ると、そこには数十メートルに渡ってクレーターが出来ていた。無論、そこにあった街の建物やら景観用の樹木やらは根こそぎ無くなっている。


 ベルフの元に聖剣の感応石を介して更に力が流れ込んでくる。先程の爆発音を聞いた街の人間達の恐怖や不安の意思達だ。今ので更にベルフの力が強化されて行く。


「なるほど、ふむ。なるほど」

 ベルフが聖剣を直接リッチに当てようと、剣を肩に担いだまま狙いをつける。身体を少し低く沈めて、一足飛びに斬りかかる気だ。

「サプライズ、合わせろ」

『いえっさー』


 掛け声とともに、サプライズが魔法を放つ。今度は聖魔法ではなくて使い慣れた雷の魔法である。幾つもの雷の柱が何本もベルフの身体から放たれると、それがリッチに突き刺さっていく。雷の柱は一瞬で消えることがなく、リッチへと放たれ続けていた。そこに、一足飛びで近づいてきたベルフの剣撃がリッチを斬り裂く。


 よっしゃ、今度こそ手応えあった。そう思ったベルフが剣撃の成果を確認すると、やはり全く応えた様子のないリッチがそこに居るだけだ。それどころか、リッチの本体どころか身に纏っている茶色のボロ布一枚さえ切り裂けていない。

 リッチが少しだけ、外見は白骨死体であり、見た目はただのスケルトンであるリッチが髑髏の顎を上下に揺らして少しだけ笑った。カラカラと言う、骨同士が軽くぶつけ合うような乾いた音が響く。


『ぶ・ち・こ・ろ』


 敬愛する主人であるベルフが笑われたことにサプライズがキレた。理性の輪っかをかなぐり捨てて、文字通り全力の魔法を解き放つ。


 ピシっと言う音が場に響く。パキッピシッという、何かがひび割れていく音だ。音はベルフの目の前、リッチの方からしてきている。サプライズが文字通り、自身の持っている最強の魔法をリッチ目掛けて掛けた証である。


 ピシッパキッとリッチがひび割れていく。いや、正確に言えばリッチの周囲の空間そのものがひび割れていく。何もない空間に、無数の亀裂が入るとリッチの身もろとも崩壊させようとしていた。


 魔法の発動よりも一足早く、リッチから離れていたベルフが、その光景に感嘆の声を上げる。

「サプライズ、これがお前の切り札か」

『はい。相手を指定の空間ごと粉々に砕く禁忌に属する魔法です。この世界に存在する相手なら、必ずぶち殺せます。問題があるとすると、空間が砕けた後に何が起こるかわからないってことなんですけどね。とある大魔導師が使った時は、そこから異界の魔物達が溢れ出てきて、周辺地域そのものを死の大地に変えたなんてこともありましたが、まあ些細な事でしょう』


 普段のベルフの魔力量では絶対に使えない切り札であるが、今であれば問題なく使える魔法だ。聖剣を介して流れてくる力は、サプライズの制限すらも完全に外していた。


 空間の亀裂に巻き込まれたリッチが、初めて動きを見せる。動きづらいのか、ぎこちなくその場から逃れようと必死に手を伸ばしている。

『ククク、ベルフ様を馬鹿にした罰をそこで受けなさい。たかがアンデッド如きが調子に乗りすぎたんですよ』

 サプライズの声に応えるように、空間の亀裂が一気に広がった。リッチ諸共、一緒に砕ける所まで後一歩というところだ。


 無数の亀裂が埋め尽くし、もうリッチの姿すら亀裂の向こう側でおぼろげに見えるだけになると、後はもう砕け散るだけという所までやってきている。しかし、そこから一分、二分と経過しても一向に状況が進まない。亀裂が入った状態のまま、空間が砕ける様子が見えなかった。

「こんなに時間がかかるものなのか?」

『いえ、これは、まさか』


 その内、空間の亀裂が次第に収まり始めていく。先程までは無数にあった亀裂が徐々に少なくなっていくと、すっかり元の光景に戻った。サプライズの魔法が失敗した証である。

『内側から無理やりこちらの魔術を上書き……いや違いますね』

 信じられないと言った様子でぶつぶつと独り言を始めるサプライズと、嫌な予感を全身に感じているベルフ。

 聖剣を手に入れて調子に乗っていた彼が、ようやく冷静になったのか自身とリッチの力を正確に分析し始める。


 そうして計算していたベルフが、あれ? これ勝ち目なくない? と結論を出し始めるが、リッチの方はそんなベルフを逃す気は全く無い。既に反撃の様子を見せ始めていた。


 リッチの周囲にバスケットボールほどの大きさの黒球が作られ始めていく。先程のような、一撃に重みをかけた魔法の使い方ではない、手数を増やした形だ。それらの黒球が十分に作られると、次々とベルフの元へと放たれていった。


「ぐげーーー!!」

『うげーーー!!』


 情けない声を出してベルフがリッチからの攻撃に耐え続ける。リッチが放つ一つ一つの黒球が先程のリッチの魔法ほどではないが、着弾すると爆発しているのだ。聖剣からの防護膜は健在であったが、それらもどんどんと削られていくのか、徐々に爆発が防護膜を押し込んできて、ベルフ本体の方に近づいてきている。


『ベ、ベルフ様、感応石から送られてくるエネルギーが足りません、このままだと直撃もらいます。一旦ここから離れましょう』

「足りないのか!?」

「足りません!」


 サプライズからの助言に、ベルフが即座にリッチと距離を離す。強制的にレベルが上った状態ということもあり、その逃げ足は普段のベルフの比ではない。一足飛びで、リッチの姿が小さくなる程に距離が離れる。


 その間に、近くにあった建物の影から別の通りにベルフが移動すると、そのベルフを追って魔法の黒球達がベルフとリッチとの間にある障害物に次々と当たっては街の被害を増やしていく。実際に、ベルフが通り過ぎた後は、木屑や石片達が舞い散って酷い有様になっていた。


「おいサプライズ、命令だ。今の内に何とかして、リッチに勝てる方法を考えろ」

『それはちょっと無茶ぶりが過ぎますベルフ様。というか、私も想定外でした。弱体化していてあれほどだとは全く思ってもいませんでした』

「弱体化だと?」


 そこでブンッと音がすると、逃げているベルフに頭上から影がかかる。ベルフが上を向くと、そこには両手を横に広げてベルフに襲いかかろうとしているリッチの姿が見えた、短距離転移でベルフのもとまでやって来たのだ。

 その、空中で対空しているリッチの横面に神がかった反射神経でベルフが聖剣を振り上げて当てると、反撃成功とばかりにリッチが吹き飛んでいく。


「やったか!」

『いや、無理っすね』


 ベルフからの反撃を食らったリッチが静かに立ち上がる。聖剣が当たったはずのリッチの髑髏部分ではあるが、全くダメージを受けた様子がない。


 聖剣を介して、更にベルフに力が集まってくる。先程の騒ぎで、更に街の人間達からの恐怖や悲鳴が増大したからだ。しかし、それにもかかわらず、事態は一向に好転しそうになかった。


『先程の私の魔法が通じなかった原因ですがわかりましたよ。単純にリッチの耐久力に負けたんです。空間も砕ける魔法が、奴には通じません。そして、その原因は、リッチの周囲にあるあの黒い靄です』


 サプライズが言葉で指し示したのは、先程からリッチの周りを漂っている黒い靄のようなものだ。

「あれがどうしたんだ」

『あれこそがリッチの本体です。白骨死体の方は、それを入れる器なだけで、あの黒い靄の粒の一つ一つが人の死霊やアンデッド達から吸い取った莫大なエネルギーであり、白骨死体の方を動かしている本体ですね』


 ベルフがリッチを見やる。薄く、ぼんやりと黒い靄のようなものがリッチの身体にかかっていた。

「形は違うが、レギオンみたいなものか」

『それに近いですね。問題は、その質です。レギオン全体が、あの粒一つくらいですから、尋常でないエネルギーになってますよ。最低でも、私の魔法を力ずくで跳ね返せるほどには』


 さて、どうするか、このまま戦うか、逃げるかをベルフが少し考える。そうして、貴重な時間を思考に費やしていたベルフが、ここで一つの閃きを思いつく。

「なるほど、なら少しだけ勝ち目がありそうだな」


 彼は、聖剣パールを見ながらそう呟いた。


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