第五十七話 貴様だけは逃さん
瀕死となったカイとルドルフが担架に乗せられて街の人間達の手によって連れられていく。
ベルフからの必殺の剣技を受けた二人は、かろうじて生き残ってたのだ。
「チッ、意外とタフだったな」
『ですねー。まあ、あの二人以外は全員ぶち殺しましたし、ここは生き残ったあの二人を褒めてやりますか。それとも、トドメを刺しますか?』
「まあ、約束したことだし今日は見逃してやろう」
『命を狙ってきた敵相手にもその寛容。正しく大陸覇王の器』
ベルフとサプライズの二人が無駄話を咲かせていると、その二人に話しかけてくる人間達がいた。街の人間達である。
「ベルフ様、カイ様とルドルフ様の避難が終わりました。他の方は残念でしたが……」
その声にくるりと振り返ったベルフが、悲しみの表情を浮かべて答える。
「そうか。すまない、俺にもう少し力があれば彼等を助けてやれたんだが……」
くっと悔しげな顔で、そう話すベルフ。
近くにいるレイラは、誰だこいつって顔でベルフを見ていた。
「いえそんな! カイ様達を操ってベルフ様を襲わせたアンデッドが悪いんです! くそっアンデッドめ、なんて卑怯な真似を!」
そう、ベルフは勝者が歴史を作るものという価値観のもとで都合のいいように事実を捏造していた。自分は全く悪くないよーという歴史である。
そして、こういう時には全力を傾けるベルフは、この話に真実味を付けるために小技も駆使していた。
『そうですよ勇者ベルフ。全てはリッチが悪いのです。この聖剣パールが保証しましょう』
どこからか女神のようなお声が聞こえてきた。まるで、天井の竪琴で引いた音色のような、聞く人間全てに心地よさと威厳を与えるような、そんな神聖な声だ。
その声に、先程の町人達が同意の声を上げる。
「そうですよ、パール様もこう言ってます、ベルフ様は悪くありません」「むしろ、操られていたカイ様達の魂を救ってくださったんです」「ベルフ様は胸を張ってください」
ワーワーと群衆から騒ぎ立てられているベルフをレイラは呆れた目で見ている。
レイラの知る限り、聖剣パールの声は無機質な男の声だ。じゃあ、ここで話をしている自称聖剣パールは何者かって話ではあるが、これについてはレイラはすぐに看破していた。そう、サプライズであると。
実際に、この声は聖剣パールからと言うより、ベルフが左腕に巻いているリストバンド辺りから聞こえてくるような気がするのだ。ほぼ間違いなくサプライズだ、とレイラはアタリを付けていた。
そして実際の所、レイラの予想通り、この声はボイスチェンジ機能で声色を変えているサプライズだ。聖剣という、ラナケロスの街にとって権威の象徴である存在に擬態したサプライズは、こうしてベルフは全く悪くないと言うデマを街の人間達に流しているのだ。ほぼ間違いなく、このデマは街全体に広がることになるだろう。
『さあ、勇者ベルフよ。あとはリッチを倒して、この街を救うのデス』
「わかった、後は、このベルフ・ロングランに全て任せろ!」
剣を掲げて一丁前にカッコつけるベルフと、それを受け入れる群衆達。役に立たない、前勇者のレイラとは違って、今度は頼りになりそうな新しい勇者が現れた。ここにいる街の人間達は、歓喜の声でベルフを受け入れていた。
レイラがそれを見て、自分もあんな滑稽だったのかな、いやあれほどじゃないよなーと自問自答し始める。
「じゃあ、後は危険だから皆避難していてくれ。必ずラナケロスの街に安寧をもたらすと約束しよう!」
その声がきっかけとなって、人々が次々とここから離れていく。離れ際にもベルフ様がんばってくださいだの、信じてますだのと応援を掛けていく。
そうして、この場にベルフとレイラしか残らなくなると、ベルフは先ほどまでの真面目顔を解除した。
「あーつかれた。レイラ、茶くれ」
『おらー、さっさとよこさんかー!!』
我儘坊やからのリクエストを受けて、そこいらの店に置いてあった水筒をレイラはベルフへと手渡す。中に丁度水が入っていたのか、ベルフはごくごくと美味そうに中身を飲み干した。
「で、ベルフさん、なんであんな勇者ごっこなんてしてたんですか?」
「そりゃあ、あとで面白いことになるからだ」
意地の悪そうな顔をするベルフ。とても楽しそうである。
「まあ、それはいいんですけどね。では、私もそろそろ避難させていただきますが……本当に、あのアンデッドと戦うんですか? 話を聞く限りだと凄く強いらしいですが」
それにベルフは元気よく答えた。
「うむ」
『まあ、今のベルフ様は聖剣の力もあって超強いですからね。正しく人類の最高峰です。リッチ相手にも多分勝てるでしょう、多分ですが』
「はあ、そうですか」
そこでレイラは少し考える。
「でもぶっちゃけ、逃げても良いんじゃないですかね? いえ別に、さんざん働いた私からベルフさんに、すぐ乗り換えた街の人間達が許せないとか、リッチの奴このままラナケロスを滅ぼしてくんないかなーとかは考えてませんよ。もう本当に純粋な心配からです」
ベルフを心配する気持ち一割くらいを持って、そう忠言するレイラ。彼女なりのベルフへの心遣いである。
『たまには良いことを言いますね手下三号。まあ、私もそれには同意したい所ではあるのですが……』
「やだ」
当のベルフが拒否をした。レイラから提案された逃げるという選択肢を全力で拒否する。ベルフの態度にレイラがため息を付いた。
「そうですか、では私は、これでこの場から離れさせてもらいます、あとはがんばってください……でも、本当に無理はしないでくださいね」
そう言ってレイラが小走りでこの場から離れていく。通りの向こうへと走るレイラの姿が小さくなり、完全に見えなくなると、辺りにはベルフ以外いなくなった。
『みんないなくなりましたねー』
「だなー」
暇になったベルフが空を見上げると立派な青空だった。流れていく白い雲は、どこか、エデンで見た偽の青空と似ている。
『リッチというアンデッドはですね』
「ん?」
『リッチと呼ばれるアンデッドは例外なく、高位の聖職者かそれに近い聖人の身体を依代として生まれるのです』
サプライズがベルフに諭すように語り始める。
『これはリッチに限らず、高位の聖職者は、その徳と肉体の器から多数の死霊を呼び寄せて強力なアンデッドに生まれ変わりやすいのです。ですから、どの時代でも高位の聖職者の死体は必ず丁重に埋葬する事が義務付けられています』
「ほーん」
興味なさそうにベルフが答える。
『この町では聖者が一人行方不明になってましたね。カイ神殿長の師匠だったという聖者が。エデンの場所を知っていたという、その人間が行方不明になった。しかも、その死体も不明。でありながら、この街の人間達は何の手も打ちませんでした』
「そうだな」
やっぱり興味なさそうにベルフが答えた。
『ですからベルフ様、リッチを目覚めさせた事に対する責任を感じる必要はないかと。あの魔物に関して言えば、この街の人間の完全な自業自得です。何より、ベルフ様が早期に目覚めさせた事であれは――』
「サプライズ」
そこでついに、ベルフが真面目な口調になった。
「俺がリッチを倒そうとするのは全部、俺がやりたいからだ。町の人間のためだなんて気持ちも、リッチを目覚めさせた責任も何一つ感じていない」
ベルフは断固として宣言する
『そうですね。出過ぎた真似をしました、申し訳ありません』
サプライズが感情を込めて謝罪の声を出した。ベルフが本当に自分のためだけに動いてるとわかったのだろう。
「だがしかしだ」
『しかし?』
「ここで逃げるのも面白そうかなと思ってる」
そう、実は先程のレイラからの逃げませんかとの提案にベルフも内心、ここで逃げても良いんじゃね? と思っていたのだ。ただ、持ち前の反骨精神からそれをちょっと素直に表へ出せなかっただけである。
少しばかり場が沈黙に包まれる。そして、ベルフが口を開いた。
「逃げるか?」
『逃げちゃいますか』
「逃げるか!」
そうと決まれば話は早い。
リッチがいるであろう広場方向から背を向けると、レイラが走り去っていった方へと堂々と歩き始めた。
「まあ今回はリッチさんとは、ご縁がなかったということで」
『ラナケロスのこれからのご発展を全力でお祈りして逃げますか』
肩で風を切りながらベルフは歩く。勇者ベルフ、堂々の出陣だ。聖剣パールを手にした新生ベルフのこれからの大冒険に、ベルフは胸が躍る気持ちだった。聖剣から流れ込んでくる、この力、まさしく英雄そのもの。リッチ以外の人々を苦しめるあらゆる悪を、この聖剣パールとともに切り伏せていく覚悟をベルフは決めた。
そして、ベルフの元に聖剣パールを介して、街中から人々の思いが流れ込んでくる。
ベルフに対する期待、アンデッドへの恐れ、今後の街がどうなるかの不安。そして、どうせあんなこと言ってたけどあいつ逃げるんだろうなー、念のために町の外まで退避しておくかというレイラのベルフへの疑念。レイラ大正解である。
街中から集まってくる人々の意志がベルフの力となって全身を満たしていく。
「街の正門はどこだったっけ?」
『ここから南東方向っすね』
街の正門方向を確認すると、じゃあ街のみんな達者でな! そんな一抹の寂しい思いを胸にベルフは街から逃げ出そうとする。その顔には、ただひとつの後悔もない。これから始まる大冒険に胸が躍るばかりだった。
しかし、そんなベルフの前に思いもよらぬ存在が現れる。
「勇……者…様、ど…か私の骸を壊……て」
それは、ベルフがボロ小屋で見た年老いた老人の幽霊だった。エデンへの入り口を教えてくれた亡霊が、今、ベルフの前に現れた。
「こいつは確か……」
『ああ、確かあの小屋で見た亡霊ですね』
ふむ、と再度ベルフがその亡霊を見る。相も変わらず幸薄そうな顔をした老人の幽霊だ。前に見たときと比べて、少し薄くなっているような気がする。
「私の骸を壊してか。なあサプライズ、こいつもしかして、あのリッチの元になったやつか」
『恐らくそうでしょう。先程話していた、カイ神殿長の師匠である聖者のおっさんでしょうな。どうします? 目障りなら例え幽霊だとしても、その聖剣で斬り飛ばせますが』
ベルフは一度だけその亡霊に視線を向けると興味なさげに視線を外した。
「まあいいか、どうせ何もできないだろうしな」
『確かにそうですね、じゃあ放って置きますか。街の正門まではもうすぐですよ、早く行きましょう』
ザッザッとベルフは歩き続ける。遠くの方で何か悲鳴や建物が壊れた音がするのは、アンデッド達が暴れている音だろうか。そんな事を考えながらベルフは正門までの道程を歩いている。そして、気になることがもう一つ。
「なあサプライズ」
『はい』
「ついてきてるな」
『ついてきてますね』
後ろを振り返ると、先ほどの亡霊がベルフの後をついてきていた。何するでもなく、ベルフのあとを追いかけている。
『どうします、聖剣で切り伏せて強制成仏させちゃいますか』
「ふむ、どうするか」
ベルフが口元に手を当てて悩み始める。そして、なんか目障りだし、もう聖剣でぶった切っちまうか? と決心したその時だ。
「勇……者…様」
聖者の亡霊がベルフに語り掛ける。
「あん、なんだ?」
「わた……しができ……のは、こ……まで、あとは頼……した」
そう言うと、シュンッという音を立てて亡霊が消える。そして――その場に突如リッチが現れた。
「は?」
『は?』
惚けるベルフを巻き込んで、リッチからの魔法の爆発が辺りを包みこんだ。




