第四十三話 少人数で出来ること
地下迷宮エデンで現在、ベルフ、レイラ、カイの三人がアンデッド達と戦っていた。
スケルトンの群れがベルフ達を取り囲んでいる。スケルトン達は文字通り骨だけの存在だ。人間の骨だけで構成されている彼らは、数だけは多いが武器になるようなものを持っていない。そんなスケルトン達をベルフが蹴散らしに行く。
「オルァー!」
掛け声一閃、手にした剣を目の前のスケルトンに叩きつける。それをスケルトンは避けようともせずにぶつかっていく。ベルフの振るった剣がスケルトンの骨を砕き、切り裂くと、斬られたスケルトンが淡い光になって消えてしまった。
普通の剣であれば、スケルトンには対して効果がない。今みたいに切り裂こうが砕けようが、構わずスケルトンは動き続ける。むしろ、剣で多少砕けた方がスケルトンの骨がササクレ、尖るために危険度が増すくらいだ。
しかし、ベルフの装備している剣は違った。ロングソードほどの両手剣の長さであるこれは、刀身に幾つもの神聖文字が刻まれている。これは対アンデッド用に作られた特別な剣であった。
レイラの持っている聖剣パールほどではないが、その貴重さと対アンデッドとしての性能は並の武器では比較にならない。ベルフはこれを、神殿にある副神殿長の部屋から拾ってきた。
ベルフがスケルトン相手に無双していると、別の場所ではレイラも無双している。
レイラは聖剣パールを片手に持ち、白いドレスを着て戦っていた。実は彼女が着ているドレスは、かなり高ランクの防具品だ。構成している素材に物理耐性と魔術耐性を付加して作り上げた一品物であり、軽量さと防御力と華麗さの三つを備えた防具だった。
レイラが剣を振るうと、その度にスケルトンの群れが消し飛んでいく。それは聖剣パールの刀身に触れていないスケルトン達もだ。ベルフの持っている剣も、対アンデッドとして破格の性能ではあったが、レイラの持つ聖剣は別格だった。
聖剣パールを構成する感応石からの力もあり、自身のレベル以上の動きを見せるレイラ。単純な身体能力も大幅に上がっているみたいだ。
『チッ、手下三号が調子に乗ってんじゃないよ』
サプライズがレイラの無双を見ると愚痴を吐く。レイラは努めて、それを無視する事にした。
ベルフとレイラの二人がスケルトン相手に無双している中で、カイの方も用意ができたとばかりに杖を天に掲げた。
「サンクチュアリ!」
カイがそう唱えると地面に幾何学模様の魔法陣が作られる。直径十メートルはあろうかという魔法陣が光輝くと、その上にいるスケルトン達を光が飲み込んで消し去っていく。高レベルの浄化魔法だった。
魔法を唱えたカイが汗を拭いながら言う。
「これでしばらく大丈夫です。サプライズさん、周囲の探知をお願いします」
見れば、先程の魔法陣が消えずに地面に残っていた。この上にいれば、しばらくはアンデッド達に襲われる心配も無いのだ。
『おい、そこの二人。この場で主役なのはベルフ様と私です。ちょっとアンデッド相手に活躍したからって、それを忘れるんじゃないよ!』
その言葉を聞いてカイが苦笑を、レイラがまた始まったかという顔をする。
『というわけでベルフ様、少しの間、探知の為に無言になります』
「んむ、わかった。次こそエデンの心臓部を見つけるんだぞ」
『無論です。エデンどころか、この大陸全土を探索する気でやってやりますよ!』
そう言うとサプライズは黙り込んだ。周囲の探知に集中し始めたのだ。
厄介な小姑、もといサプライズが黙った事を確認するとレイラがため息を吐きながら言った。
「これで今日、五回目の探知ですか。次も見つからなかったら今日は地上に戻った方がよさそうですね」
ベルフ達が現在何をしているか。一言で言えば、サプライズの探知機能でエデンの機能を司っている心臓部を発見して、これを破壊するつもりだ。死霊達を縛り付けているエデンの機能そのものが無くなれば、大部分の死霊達は存在が維持できなくなると予想しての事だ。
ただ、物事はそう上手くは行かない。エデンそのものにサプライズの探知を妨害する何かがある上に、エデンの広さも数キロ近くあるからだ。という事で、こうして地道に少しずつサプライズの力で探索していくしかなかった。
ベルフが、そんな地道な作業に飽きたのか愚痴とばかりに言う。
「本当なら、こんな地味な作業せずとも勇者様と神殿兵の愉快な仲間達が、悪霊退治をやるはずだったんだけどなー。頑張っている俺とサプライズに労いの報酬とか、あっても良いと思うんだよなー」
その言葉にカイがバツの悪そうな顔をする。大柄な彼が萎縮して小さく見えるくらいだ。
「カイさんと私をいじめないでくださいベルフさん。神殿兵はカイさんの指揮下にないから仕方ないんですよ。しかもベルフさんは、その剣含めて勝手に神殿の物を使っているんですから、それが報酬です」
「ほう、この剣を俺が貰ってもいいというのか?」
「どうぞどうぞ」
レイラが聞いた限りだと、ベルフの持っている剣は、副神殿長の私物だと聞いている。レイラは、あのセクハラハゲ親父が泣きを見る分には何をしても構わないと思っていた。あのエロオヤジ、身体にベタベタ触って来やがって! と言う怨念しかレイラは持っていない。
「いえ、それだけではあれなので後日、私の方からもベルフさんには報酬を渡すつもりです」
カイが慌ててそう言ったが
「でも、お飾りの神殿長がくれるものと言ってもなー、これだけの労苦に合うかなー」
ベルフの言葉に、カイがまた萎縮する。
事実、実際の権力やら何やらを副神殿長に握られているカイでは、ベルフに碌な物を用意できなかった。
これは埒があかないと思ったレイラが話題を変える。
「それにしても、ここは不思議な場所ですよね。最初は地下に森や平原が! と思ったら、進んでいく内に街や丘、更には洞窟なんてのも有りましたね」
レイラが周りを見渡すと、ここは平原だった。死霊が擬態している動物や木々も周りにあるが、中には本物の生き物や植物もある。
ベルフがそれに答えた。
「サプライズに聞いたが、元々エデンは生者と死者が交わる場所としても作られていたらしい。生きている人間が、死者達と一緒に生活するための環境も用意、維持されていたんだろうな。まあ、結果はこれだが」
これ、と言ってベルフが魔法陣の外を指差す。そこには黒い塊、悪霊達が動物達の身体の中に入り込んで行く姿だった。そうして、この場にある命あるものは悪霊たちに肉体も魂も全て乗っ取られるのだ。
今まで黙っていたカイが、その会話に入り込む。
「エデンに限らず死霊とは、生物に取り憑いている間は、その魂に掛かる苦しみが軽くなるのです。無論、長く取り憑かれれば、取り憑かれた側の肉体も、魂も、文字通り全て食い尽くされますが」
と、そこまで話すとカイがふと口をつぐんだ。
「そういえば、聖者様と一緒にここへ来たときは、こんな木々や動物などなかった気が……」
その言葉にベルフが疑問に思った。
「なかっただと?」
「はい、生き物の気配は全くなく、見渡す限りの死霊達、ただそれだけでした。頭上にある、偽物の太陽と青空はあったと思いますが」
その言葉にベルフとレイラも考え込む。つまり、昔から今にかけて、エデンにある木々や動物が増える何かがあったということだ。そう、何かが。
三人がそうして悩んでいると、周囲の探知を終えたサプライズが話し始める。
『ベルフ様、周囲二百メートルを探知しましたが、残念ながら目標のものはありませんでした。今日はここまでにして帰ったほうが良いかと思います』
ベルフ達は、その言葉を聞くと今日の探索は、ここまでだと切り上げることにした。
「なんですかーサプライズさん、あれだけ偉そうなこと言っといて駄目だったんですかー」
レイラがにやにやしながら言ってきた。
『あ? うるさいですね。文句があるなら、あなた一人で探索でも続けなさい。まあ私の力がなければ帰り道すらわからないでしょうけど』
カイが、やれやれと溜め息を一つ吐く。
「勇者様、サプライズさん、喧嘩してないで早く戻りましょう。そろそろ魔法陣の効果もなくなりますし」
見れば、地面に描かれていた魔法陣の光が薄くなっていた。もう、効果がなくなるまで後少しと言う所だ。
カイがそう話を締めくくると、三人は死霊達と戦いながら来た道を戻り始める。サプライズが来た道をマッピングしており、それに先導される形で戻るだけだ。
道中、死霊やスケルトンの大群に襲われながらも、三人はなんとかして地上に続く階段までたどり着いた。
そのまま、恒例となった階段付近に陣取っているレギオン達との鬼ごっこから階段を駆け上ると、地上への階段も残り僅かになる。
と、そこでベルフが妙なことを呟いた。
「あのレギオン達、前よりも地上側へ近づいてきてないか?」
その言葉にレイラが答える。
「気のせいでは? そんなに変わっているとは思えませんけど」
「ちょっと調べるから、お前達は先に行ってろ」
ベルフはそう言って立ち止まると、レギオン達の元へと戻る。見えない壁に阻まれているかの如く、レギオン達はそこから先へと来れないでいた。黒い手の平を模した悪霊たちは必死でベルフへ襲いかかろうとしているのにだ。
ベルフは剣を引き抜くと、目印として横の石壁に剣でX字を刻みつけた。
「これで次に来る時、俺の気のせいだったのか分かるな」
満足そうに頷くと、ベルフは階段を登り始める。先に登っているレイラとカイの姿が見えないのは、彼らが登りきったからだろう。
そうしてベルフが地上へ戻ろうとすると……
「入り口を閉めろ!!」
聞き覚えのない声がした後にズズン、と言う大きな音の後に地上への入り口が閉じられてしまった。
ベルフ、エデンに取り残される。




