第四十二話 終わりの始まり
ラナケロスの街にある自警団の建物。この建物の前で朝早くから多数の自警団員達が整列していた。
「あのクソ野郎が! お前らまだ見つけられないのか!」
一人の中年男性が自警団員達に喚き散らしている。その男性は鼻のあたりを中心にして顔に包帯を巻いていた。それだけで痛々しい怪我を負っていることが分かる。
その中年男性に若い自警団員が答えた。
「それが、この街にまだいるという情報はあるのですが、何分どこに居るかがつかめなくて……宿屋や繁華街などを中心にして探していますが居場所がつかめません」
その返答を聞いた中年男性は、その若い自警団員の顔を殴り飛ばした。殴られた団員が地面に勢い良く倒れる。
「この無能どもが! 早く見つけ出せ、あのベルフとかいう糞ガキをな!」
そう、この中年男性とはベルフに叩きのめされた、あの自警団の団長であった。
彼は、ベルフが脱走したあの日から必死になってベルフを探していた。自身の折れた鼻がズキズキと痛む度に、彼はベルフに対して憎しみを募らせていく。
「あの糞ガキが所属していた冒険者ギルドの方はどうなってやがる。自警団から脱走した極悪人だぞ、ギルドの除名は確実だろうな!」
あの後、執念でベルフが冒険者だと突き止めた自警団は、ベルフのギルド除名を要請していた。
先程殴られて地面に倒れていた団員が起き上がると、団長に対して再度答える。
「そちらの方は滞りなく進んでおります。それだけではなく、冒険者ギルドを通じてベルフ・ロングランを賞金首にさせる事も約束させました。準備が終わり次第、他の街の冒険者ギルドへも通達するようです」
その言葉に団長がにやりと笑う。もしもベルフがこの街から逃げ出したとしても、賞金首として国中の兵士や冒険者達から狙われると理解したからだ。どう転んでもベルフは終わりだった。
「よし、それなら話も終わりだ。グズグズせずにさっさとあの糞ガキを捕まえてこい!」
その言葉を聞いた団員たちが一斉に街中へと走っていく。できれば、ベルフを自分たちの手で捕まえるつもりなのだ。
「あのガキ、捕まえたらこの礼は百倍にして返してやる。楽に死ねると思うなよ」
そう言うと自警団の団長が暗い笑みを浮かべる。このラナケロスの街では彼が法……と言うほどではないが、かなり無茶ができるのは確かだ。それが特に賞金首相手となれば文字通り彼はなんでも出来る。
自警団の団長が、そんな劣悪な妄想をしていたその時だ。
「絶…に許さ…い」
ふと、どこからか声が聞こえてきた。
団長が辺りを見回すが、人の姿はない。まだ朝早いとあって、自警団の建物がある繁華街には人通りがなかった。
気のせいか? と彼が思うと、また声が聞こえてきた。
「…前は許…ない」
「良…も私達を汚し…れたな」
「お前…顔…誰が見…違うも…か」
気のせいではない、そう思った彼がまた辺りを見回す。しかし、そこにはやはり誰もいなかった。街路樹にも、石畳の往来にも、扉のしまっている酒場にも、何処にも人影がない。
昨日、酒でも飲みすぎたからまだ酔いが残っているのか? と自身の体調を疑っていると、団長はふいに気づいた。目の前にある地面、そこから人の手が生えていることに。
地面から生えているその手は一つだけではなかった。中央に一本だけ、二の腕まで生えている手があり、その周囲に掌や前腕までしかでていない人の腕がいくつもある。
「ひっ! なんだこれは!」
団長が驚いてその場を後ずさった。しかし、地面から生えているその腕はどんどんと地面からせり上がってくる。そうして腕、頭、胴体、下体とせり上がってくるとその全容がわかった。
それは、人の塊であった。胴体部分は団子状に練られていて、人間の胴体がそこで複数、纏められている。その胴体部分に、人の腕や頭や足などのパーツが複数つけられていた。
人のパーツを使った化物、死霊の一種であるそれはレイスと呼ばれる悪霊であった。レイスとは、生前の知り合いや共通の恨みなどを持っているゴースト同士が集まり、魂が融合した特殊な死霊である。
「なんだ、こいつはなんなんだ」
自警団の団長は、突如現れた化物に怯えていた。剣を抜き放ち両手に持つと、歯がガチガチと震えながらも後ずさりしながら牽制している。
「お前…だ」「そう…お前だ」「歳を取って…るが間違…ない」
「あの強…団の首領…」「こいつだ…」「こいつだ…」「こいつだ!」
レギオンの胴体にひっついている複数の人の頭から、自警団の団長に向かって恨みと罵りの言葉が掛けてくる。
団長の方は、目の前にある化物にひっついている顔に見覚えがあった。どれもこれも、自分が強盗団として活動していた時、捕まえておもちゃにして殺したやつらや、売っぱらった奴らだ。
「なんだ、なんなんだ、なんでお前らがここに」
彼はそう呟くとレイスに背を向けてすぐに逃げだす。自警団員である彼の部下たちが先程この場から出発したばかりだ。ここを逃げ出せばすぐに合流できると踏んでいた。しかし――
逃げ出した彼は、すぐにがくんとバランスを崩して地面に倒れる。足が、足が何かに引っかかった、いや何かに捕まえられていた。
そう思った彼が自身の足元を見ると、そこには地面から手が生えていた。その手が自分の右足を掴んでいるのだ。そこには、別のレイスが地中から姿を表そうとしていた。
半狂乱に成って暴れる自警団の団長。泣き叫び、レイス達に悪態をつき、手に持った剣を自身の足首を掴んでいるレイスに振り下ろす。そうして、彼が無駄な努力を続けていると、ふいに足の拘束が外れた。
しめた、と思った彼が立ち上がろうとすると、またバランスを崩して倒れる。今度は、レイスに邪魔されたわけでも、何かにひっかかったわけでもなかった。ただ単に、彼の足首から先がなくなっていただけだ。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
団長が足を失った痛みで泣き叫ぶ。足首より先からは血が流れ出ており、その切断面は緑色に腐っていた。そう、レイスに触れられた部分が腐り落ちていたのだ。
逃げることも忘れて、痛みで泣き叫ぶ彼であったが、さらに不幸は終わらない。レイス達が彼の身体を掴みかかってきたからだ。
レイスに触れられている彼の身体がどんどんと腐っていく。腐り行く彼の顔からは目がこぼれ落ち、腕も腐りおち、腹の贅肉も筋肉もなくなり、レイスに内蔵まで直接鷲掴みにされている。無論、触れられている全てが腐り果てていくので、彼の内臓は異臭とガスを撒き散らす、ただの腐敗物になっていた。
そうして、たっぷりと苦しみ抜いて死んだ自警団の団長。彼の全身が腐った汚物になると、ついにその生命の輝きが消えて、彼の意識が闇に飲まれ…‥なかった。
魂だけとなった彼は天に昇らず、ラナケロスの地下、エデンの方へと引っぱられていく。この町で死んだものには死後の安らぎなど無い、強制的に死亡した状態でエデンへと魂が保管されるのだ。
それはつまり――
「くげっアガッガギャ!」
魂だけとなった彼が、痛みと苦しみで無様な悲鳴を上げる。
彼は、死んだ時の状態そのままで魂を保存されていた。全身が腐る痛みそのままにだ。気が狂っても、痛みと苦しみが酷くとも、耐えきれなくとも、彼はエデンの中で魂となって過ごして行くのだ。
そう、エデンが壊れるか、他者に魂を祓われるその時まで。




