第四十一話 エデン
ベルフに客間まで通されたカイとレイラは、履いていた靴も玄関に脱ぎ捨てて現在、和室風味の場所で待たされている。
床は畳で作られていて、二人とも座布団の上で正座していた。基本的に西洋系の二人としては、畳も座布団も和室も初めて見るものなので、辺りをキョロキョロと見回している。
そんな二人が少し待っていると、ベルフがお盆の上に湯呑みと茶菓子を持って戻ってきた。取っ手のついていない和の湯呑みを二人とも恐る恐る手にとって飲んで見る。すると、二人の口の中に少しの甘みと透き通った風味の良い香りが感じられた。紅茶だった。
「湯呑みも部屋の内装も見たことない物なのに、持ってきたのはクッキーや紅茶なんですね。なんとなく、チグハグな気がするんですけど気のせいですか、ベルフさん?」
「気のせいだ」
そう言うとベルフは胡座をかきながら、クッキーやチョコ等の菓子類をバリボリと食べ始める。基本的に、ここに出されている食べ物達は神殿の中からかっぱらってきた物か街中で買ってきたものなので、和風チックな茶菓子類は存在しなかった。
「それで、この建物は先程の建築魔法とやらの力でサプライズさんが作った物なんですか?」
レイラがサプライズにそう尋ねる。
『その通りです。ちなみにこの部屋は、今は無き太古の建築法を私の力で再現したものです。材料は主に周辺にある木材達と街中で購入してきた物資ですね。購入費用は、この街の神殿に落ちていたお金を使わせてもらいました』
神殿の中に落ちていたお金。レイラはその言葉だけですぐにわかった。あ、こいつら神殿から金を盗みやがったなと。
「それで勇者様、この人は一体……」
神殿長のカイがレイラにそう聞いてくる。
「この人はベルフさん。ナノマシン付きの非常に危険な人物です。先程から聞こえてくるベルフさん以外の声は、そのナノマシンであるサプライズさんですね。ちなみに、二人とも非常に危険な存在なので、できるだけ仲良くしないほうが良いですよ」
レイラの答えに、カイがあまり納得していないような顔をする。まあ確かに、ベルフは一見すると気の抜けた顔のクソ坊やにしか見えないので、危険だと言われてもピンとは来ないだろう。
「今度は、こっちが質問する番だ。お前ら何しにここまで来たんだ? お前が持ってきた聖剣でも折ってほしいのか? と言うかそこの体格の大きい男は誰だ」
そういうとベルフはカイを指差す
「すいません、自己紹介がまだでした。私の名前はカイ、この街で神殿長をやらせてもらっているものです。ところで、先ほどうちの神殿兵の装備を銅像に変えていたように見えたのですが……」
「気のせいだ」
『その通り、気のせいです』
ベルフとサプライズは断言した。目の前で見られていたとかは全く関係ないと言わんばかりの強い言葉だ。
「無駄ですよカイさん、こいつらは例え目の前に証拠を突き付けられたとしてもしらを切るか、だからどうしたと開き直る人達ですから。根本的に罪悪感がないんです」
カイは、なんとなくベルフの人となりがわかったような気がした。なるほど、これは確かに危険人物だ。
レイラは埒が明かないと思ったのか、ここに来た本題をベルフにぶつける。
「えっとですねベルフさん、ここいらにエデンとか言う地下迷宮に続く入り口があるらしいんですが知りませんか? 場所は、ベルフさんが木っ端微塵にリニューアルしたこの一軒家、もとい元ボロ小屋の地下にあったらしいんですが」
その言葉に、ああーあれかーと言う顔をベルフがする。
「エデンとやらは知らないが、たしかに地下迷宮とそこに続く入り口ならあったぞ?」
レイラがその言葉に食いつく。
「ベルフさんそれです、その入り口は何処ですか!?」
ベルフが客間から見える窓の外に指を向けた。
「あの下」
カイとレイラがその指の先を追って外を見る。その先には、ベルフの銅像が見える。
「あんな危険な場所は我が家には相応しく無いということで家から隔離させてもらった。行きたいなら止めないが、責任は持たないぞ」
地面に大きな穴、ではなくて地下への階段がぽっかりと開いていた。
ベルフの銅像は、地下の階段を覆い隠していた大きな木の板ごと、階段の脇にどけられている。その階段を先程、カイとレイラが二人で降りていった。
地下へと降りていく二人を見送ると、サプライズがベルフと話し始める。
『それでベルフ様、一つ聞いていいですか?』
「なんだ?」
『例の聖剣も手下三号がここまで持ってきたことですし、とっととあの聖剣ぶち折って街から逃げないんですか?』
ベルフはその言葉に少し考える。確かに、それをすればもうやることは無いと思った。この街でベルフは自警団に追われていることだし、街への嫌がらせとして聖剣をぶち折れば、この街でやることはもうなくなる。だがしかし、ベルフはなんとなくそれでは駄目な気がしていた
「なんとなくだが、この街がとても気になるんだ。もう少しこの街の様子を見たい。手下三号の事も気になるしな」
『それは、あの地下迷宮を見てからそう思ったのですか?』
「ああ、その通りだ」
ベルフが珍しく真面目に答える。そして、サプライズもベルフに伝えたい事があった。
『ベルフ様、エデンと呼ばれている場所に心当たりがあります。私の予想通りなら確かに、あの場所は地獄と呼べます』
サプライズが少し言い難そうに話す。
「それは興味があるな、ちょっと詳しく教えてくれ」
ベルフも、この階段の先にある地下迷宮について知りたかった。あの場所はあまりにも異質過ぎたからだ。
『エデン、ナノマシンである私に植え付けられている知識の中に、確かにその名前の物はあります。ですが、それは悪霊の溜まり場ではなくて、元々は死後の楽園として作られた施設としてです』
「楽園? あれはどう見ても楽園には見えなかったが」
『はい、その通りです。エデンは作られた目的とは裏腹に、最終的には地獄としか呼べない物になりました。ですが当初の目的は死者の楽園として作られたのです』
「ほう、楽園ねえ」
まだ理解できないと言った顔のベルフにサプライズが説明を続ける。
『元々はゴースト、人の死霊を霊子の形で観測、操作できてしまったことが悲劇の始まりだと言われています。その結果、人間社会の中で、とある計画が実現されてしまいました』
ベルフは、その声色に嫌な物を感じた。
「その計画とはなんだ、サプライズ」
『人の手で、死後の楽園を作ろうという計画です。それが全ての始まりです』
ベルフは地下の階段を見る、その奥深くからは怨霊達の声が聞こえてくる気がした。
『システムとしては単純なものです。霊子で構成されている人の魂が分解されない場所を作り上げて、後はその場所で生前の人格を保ったまま死者の霊が過ごして行くというものです』
「その馬鹿な計画、賛成するやつはそんなにいたのか」
『問題が発覚するまでは、ほとんどの人間が賛成していました。どんな形であれ、人が死を超越するということですから……』
階段の奥から音が聴こえてきた。カイとレイラ達が、あのレギオン達と戦っている音だろう。
「で、その問題とは何なんだ」
『肉体が死んだときの痛み、苦しみ、これらが予想以上にゴーストの人格を壊してしまうのです。結果、エデンにいるゴースト達の殆どが恨みや憎しみを吐き続ける悪霊となりました。そして、エデンにいる限り、そのゴースト達は自然には消えません。つまり、外部の人間がゴースト達を退治しない限り、彼らは悪霊として永久に生きることになるのです』
「それは――」
ベルフは一度言葉を溜める
「それは、肉体が死んだときの痛み、苦しみがゴーストの状態になっても続いていると言う事か?」
『はいそうです。普通のゴーストならば霊子が分解され、痛みや苦しみの感覚もなくなり、全てが消え失せます。ですが、エデンのゴーストは違いました。なぜなら、死んだ時そのままの状態でエデンに魂が保存されるわけですから』
階段の下から誰かが駆け上ってくる音が聞こえる。恐らく、前のベルフ達と同じようにレイラ達が撤退している音だ。その音を聞きながら、ベルフが疑問に思ったことをサプライズに聞く。
「たしかに地獄だな、その問題が発覚した後はどうなったんだ」
『酷いものだったと記録されています。計画を推進していた当時の政治家や権力者たちは全員失脚。関わった科学者や錬金術師も社会的に殺されています。他にも、知人や家族が変わり果てた悪霊となって苦しむ姿に、多くの人間が発狂しました。ですが、エデンの問題はそこで終わらなかったのです。エデンには更に最悪な特性が残っていました』
階段下にレイラ達の姿が見えてきた。必死に地下の悪霊達から逃げている。
サプライズは、逃げているその二人の無事を確認しながら話を続けた。
『エデンは、その内部で死んだ人間だけではなく、周囲数キロメートルに渡って死者の魂をエデンへと集める性質がありました。霊子を内部で固定させる働きをする時に、同時に外部の霊子を内部へ引き込む力が働くのです。それはつまり、一度魂がエデンに囚われれば魂が外へ逃げられないということでもあります。そして、ラナケロスの街にあるエデンの場所を考えると……』
レイラとカイが勢い良く階段から飛び出してきた。二人とも息が切れているのか、そのまま地面に座り込む。
しかし、ベルフは逃げてきたカイとレイラに目も向けず、サプライズの続きの言葉を待っている。
『場所を考えると、このラナケロスの街全体がエデンの効果範囲に入っています。ベルフ様、どうかこの街では死なないでください。死ねば永久にエデンの中に魂が囚われます』




