第二十四話 カリスとルーネ
ザッザッとベルフ達に近づいてくる二人組は男の僧侶と女魔術師だった。
僧侶の方は、四十歳前後で壮年の男性に見える。顔付きは粗暴で、それが印象的な人間だ。頭部は見事に禿げていて、もしかしたら自発的に剃っているのかもしれない。胸元が開いた、ゆったりとした青色の道衣を上下揃えて着ていた。右手にメイス、左手に盾を持っている所を見ると、どちらかと言えば僧兵に近いのかもしれない。
男の方が陽気にベルフ達へ話しかけてくる。
「何だどうした。こんな所で立ち止まって」
男は、神聖職と言われている僧侶職にしては、似つかわしくない粗野な動作を節々に見せていた。冒険者生活の中で、神聖職としての吟詩が擦れて無くなったのかもしれない。
ベルフ達の警戒の視線に気づいたのか、歩く速度を落とすと男は慌てた顔をする。
「おいおい、そんな顔で見るなよ。別に取って食やしないって。俺の名はカリス、こっちがルーネ。二人で迷宮に来たのは良いけど、なんか魔物の数がきつくってよ。こうして他の冒険者と会えたのは僥倖だ」
ルーネは無言でベルフ達を見ている。ルーネは赤色の長髪がトレードマークの女性だ。ウェーブで流しているその髪は、見る人間の目を引くような美しさをしていた。装備している魔術師用のローブは、ミナと違って露出が激しく、胸元などが丸見えである。男性であれば、彼女の美しさと色気で視線を釘付けにしてしまうのは間違いないだろう。
「こいつがルーネ……別にそんなでもないじゃない」
「だよね、性格悪そうだし、済ました顔がなんかむかつくよ」
リリスとミナがお互いの傷を舐めあっていた。
ルーネは先ほど男性冒険者達がリリス、ミナの両名と比べていた人物だ。間接的にリリスとミナのプライドを傷つけた人物でもある。
ベルフ達に向かって歩いていたカリスは、ベルフの前に来るとピタリと止まった。
「お前さん達の名前はなんて言うんだ? よかったら教えてくれ」
カリスの言葉にベルフは。
「サプライズ、俺に支援魔法をかけろ」
『分かりましたベルフ様』
サプライズからの肉体強化魔法を受けたベルフが、手に持った剣でカリスをなぎ払う。並の冒険者では反応できないであろうそれを、カリスは左手に持った盾で安々と受け止めた。
「おい、何するんだ! いきなり剣で切りかかってくるなんて正気か」
カリスからの抗議をベルフは無視する。
「リリス、ミナ、こいつらは俺が倒した冒険者の仲間だ。行くぞ、ここで倒しておくんだ」
その言葉を聞いたリリス達がベルフの言葉を聞いて武器を構えた。やる気全開である。
「おいまてよ、リークスと俺達は何も関係ないぞ。あいつはアーノルドのパーティーだから俺達とは無関係だ」
しかし、カリスの必死の言葉もベルフには届かない。
「中々の経験値になりそうだ。しかも完全な敵と来た。思い切り行くかサプライズ」
『ベルフ様に楯突いた罪を、こいつには命で精算してもらいますか』
一人と一体の狂人コンビは目の前のカリス達を獲物だと定める。
それを見て話し合いは無理だとカリスが看破すると、その眼付きを別人のように鋭くする。
「洞窟に来るまでかどこかで俺達がリークスと話しているのを見ていたのか? まあいい。おい、リークスが持っていた結界石を寄越せ。それで許してやるよ」
カリスがその本性を見せた。先程までは粗暴程度で済んでいたカリスの気配が、禍々しい威圧に変化して、ベルフ達に向けられる。
その威圧を受けたリリスは、剣の切っ先をルーネに向けた。
「ベルフの言うように、あんたたち本当に敵だったのね。
ミナも杖を構える。
「どっちでもいいよ、とにかくこの女にはヤキを入れよう」
リリスとミナが戦闘態勢に入るとルーネを威嚇する。しかし、ルーネの方は威嚇を受けても超然とした態度を崩さない。まるで子猫を見るような目でリリス達を見ていた。そして、その態度がまた、リリスとミナの神経を逆撫でして二人を激昂させる。
「おいルーネ、遊んでんじゃねえぞ。とにかく結界石を探せ。おい坊主、持っているんなら早く出しやがれ」
カリスの言葉に、結界石? なにそれという顔をベルフがした後に
「なんだそれは?」
「とぼけるんじゃねえ。あれはパーティーの共同財産なんだよ。リークスの馬鹿の事はそれで免じてやる。それとも、俺たち二人と戦うのか、お前ら新人冒険者が」
カリスとルーネの顔には傲慢とも取れる自信で満ち溢れていた。ベテランの余裕という物だろう。その二人の顔を見た後に、ベルフがため息を一つ吐く。
「わかった、こちらも無駄に争うのはやめよう。お前達が探している結界石だ、持っていけ」
ベルフは自身の腰に着けたポーチから石を取り出すと、カリスに手渡した。礼儀正しく、ぎゅっと丁寧に両手で包んで渡すおまけ付きだ。
「へへっ最初からそうしとけば良いんだよ。ところで聞きたいんだが、何で俺たちがリークスの仲間だと分かったんだ?」
「特に理由は無いぞ」
ベルフの言葉にカリスとルーネだけでなく、リリス達も驚いた。
「は? おい、無いってなんだ。じゃあ、お前は理由もなく全力でこっちに斬りかかってきたのか?」
カリスの言葉にベルフは頷く。
「強いて言うなら、リークスとやらを階段から蹴落とした時に、お前達二人が一番驚いていた。それだけだな」
名探偵もびっくりという程の名推理でベルフはカリス達を黒だと断定していた。
カリスはベルフの言葉を聞いて笑い声を上げる。
「ひでえなおい。そんな理由で俺は殺されかけたのかよ。俺だって、お前達にくせえ演技までして近づいたのは、不意打ちで仲間が殺されたら、お前がどんな顔をするのか見てみたかったって言う理由があったんだぜ? こんな風にな!!」
カリスは、メイスをベルフの胴体へと叩き込んだ。突然のことで回避も防御もできなかったベルフが、そのまま吹き飛ばされる。吹き飛ばされたベルフはそのまま地面へと激突した。
「ベルフ!!」
リリスとミナが吹き飛ばされたベルフの元に駆け寄ろうとするが、そこにルーネの魔法が二人に叩きこまれる。
ルーネが作り出した魔法は、巨大な炎の渦であった。人をたやすく飲み込みそうな炎の濁流が、ミナとリリスを包み込む。特別な対魔法装備を着こんでいなかった二人では、とても耐えられるものではない。
リリスとミナが魔法の炎に飲み込まれる中で、カリスが静かに言った。
「お前も俺達の仲間のリークスを倒したんだ、仕返しとしてはこれで正当なものだろ。まあ、リークスの方は死んでいなかったがな。お前の仲間二人が死んだのは、サービスとして受け取ってくれや。じゃあ生きていたら、また会おうぜ」
カリスとルーネが踵を返してその場から立ち去る。後には、カリスの嬌笑だけが響いていた。




