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ミッシングハート  作者: 菫色
8/8

8話 研究施設

「僕としてもこんなことはしたくない。だけど、先に手を出してきたのはそちらだ。これは正当な手段だよ」

「ふざけるなッ。貴様がルイスを――」

「ああ、確かにこの子はあんまり関係ない。手を出したのは、この子と一緒にいた、もう一人の男だよ」

「……ガンツ……? 貴様、まさか」


 少女は、はっと何かに気付いたように顔を強張らせる。

 両手を広げて肩を竦め、佳乃は如何にも仕方がなかったと言わんばかりに首肯する。


「そう。急に斬りかかってきたからさ、心苦しくはあったけど……」


 首を掻き切るようなジェスチャーをしてみせる。

 その意味を解した相手の反応は、劇的だった。憎しみすら感じさせる様相で、少女は激高する。


「この……!」


 勢いよく杖を振るう。

 黒々と渦巻く闇の塊が複数、少女の周囲に生み出される。

 佳乃はそれを見て、僅かにルイスを踏みつける足に力を入れる。


「ぅ……」


 微かに苦しげな声が、気絶している少年から漏れる。

 それに被せるように、佳乃は短く脅す。


「……いいのかい?」

「っ……!」


 忌々しげに魔法を消す少女。憤怒の形相はそのまま、佳乃へと問い掛けた。


「何が望みだ」


 想定していたより物わかりのよい態度だ。これでなお攻撃されていたら、さすがに覚悟を決めなければならなかっただろう。

 喜色を浮かべて、佳乃は応えた。


「まずは、そうだな……。君たちが隠そうとしているものがどこにあるのか、教えてもらえるかい?」

「……」


 少女は、黙って俯いた。明らかに答えに窮しているのが判る。

 実のところ、この質問に関して佳乃は明確な返事を期待していなかった。問答無用で斬り捨てられそうになった事実を鑑みるに、この魔法少女一味が隠していることは、よほど世間の目に触れてはマズイことなのだろう。故に、人質を一人取ったところで、素直に吐くとは思えない。

 それでもなお訊いたのは、この質問を布石にするつもりだったからだ。

 先に大きな要求をして答えを渋らせ、その後に幾らか難易度を下げた本命の要求をする。そうすることで相手は、先に断ってしまったという罪悪感も手伝い、後に提示された要求を比較的容易に呑んでしまう――。

 交渉術の基本だが、現在のように人質を取るなどして相手に緊張を強いることができる状況下では、より効果を発揮する。

 ……さあ、どうなる?

 唇を噛み締めて葛藤している少女を見つめ、佳乃は返事を待った。


「それは――」


 数分間の沈黙を経て、少女が口を開く。


「……このまま陽の沈む方向に五分ほど行ったところに、結界の出入り口がある。そこに、私たちが行ってきたことの全てが置いてある」

「…………へぇ」


 疑問符が付きそうになった語尾を辛うじて伸ばし、佳乃は納得の体を取り繕う。

 まさか……まさか、素直に答えるとは思っていなかった。この如何にも厳格そうな少女が、たかだか少年の命一つのために秘密を白状するとは。

 そういえば弟子だとか口走っていたが……。その存在は自分たちの秘密よりも重いものなのだろうか。

 まあ、白状した内容が本当のことであるとは限らない訳だが……それはいまから確かめればいいだろう。

 ここまでしてしまったからには、それ相応のものを見なければあまりにも損だ。


「ありがとう。じゃあ、早速行ってみるよ」


 ルイスを小脇に抱えるようにして持ち上げ、佳乃は平然と言った。

 少女は慌てて叫ぶ。


「待て! ルイスを置いていけ!」

「駄目だね。さっきの話が本当であるかどうか、証拠がない。この子は、そのとき・・・・のための保険だ」


 少女は失敗した。囮のつもりで提示した最初の質問に答えてしまったせいで、この少年にどれほどの価値があるかを、佳乃に教えてしまったのだ。

 それを利用しない佳乃ではない。


「っていうか、取り戻したいなら最初にやったみたいに魔法で転移させればいいんじゃないの? それとも……そう易々と使える魔法じゃない?」

「……っ」

「図星か。頬が強張って、眦が痙攣したよ。秘密を知られたくないとする脳の反射的な防御姿勢。真実無表情の人間なんて、滅多にいないんだよね」


 佳乃は踵を返しながら、「付いてくるならお好きにどうぞ~」と声をかける。

 歯軋りの音を微かに捉えたが、少女は黙って佳乃の言葉に従い、その背を追った。



 ◆◇◆◇◆



 少女の言葉は、ひとまず正しかった。


「ああ、これが結界ってやつかい? 確かに、壁みたいなものがあるね。触ったって熱くも痛くもないけど、これ以上先に進めない」

「……」


 佳乃は気さくに話しかけたが、少女は何も返さない。

 もうほとんど沈みかけている太陽を追うこと五分弱。佳乃たちは、件の場所へと辿り着いた。

 結界というのは言い得て妙で、一見すると普通に森が続いているように思えるのだが、そこから先へ進むことはどうしても叶わない。

 空気の壁とでも言うべきそれに触れていると……


「おっと……?」


 それまで頑として侵入を拒んでいた見えざる壁の中に、佳乃の手がするりと入り込む。どうやらここが、結界の出入り口らしい。

 そして、結界をくぐった佳乃は、いままで何もなかったところに突如現れたそれを見て、息を呑んだ。


「これは……」


 そこにはあったのは、一軒のログハウス。それなりに大きく立派に造られたそれは、周囲に据え置かれた用途不明の奇妙な道具たちによって異色に彩られている。

 それは真鋳でできた大鍋だったり、等身大の木彫り人形だったり、大小の円環が重なり合った何らかの模型だったりと、雑多の一言に尽きた。

 佳乃は、後に続いて入ってきた少女を振り返る。


「ここで君たちは何をしているの?」

「それを言えば――」

「ああ。他にも幾つか教えてくれれば、カルロくんは返してあげるよ」

「……分かった」


 苦々しい雰囲気は変わらないが、少女は――と、そういえば名前を聞いていなかった。


「ああ、そうそう。僕は芹沢っていうんだ。君は?」

「アリアだ」


 少女・アリアは、ぶすっとした様子で答えた。

 適当な道具――棺桶のような箱――の上にルイスを寝かせると、佳乃はその前に立ち、改めてアリアに尋ねた。


「じゃ、話してくれるかい?」


 杖を地面に突き刺し腕を組むと、アリアは溜め息混じりに口火を切る。


「ここは私の……研究所のようなものだ」

「へえ、何の研究をしているんだい?」


 そこで微妙に詰まったが、アリアは観念したように答える。


錬金生命体ホムンクルスについて……だ」


 佳乃は思わず口笛を吹きそうになった。


「ホムンクルス! それはそれは、面白いものを作っているんだね」

「なに……?」


 不審そうな、或いは意外そうな目で佳乃を見つめるアリア。

 それには構わず、危険を冒した甲斐はあったと、佳乃は笑って頷く。これぞファンタジーと言えるような単語の登場に、好奇心を刺激される。

 基本的に理屈優先で動く佳乃だが、自分の得になると思えば、一時的に合理主義を棚上げする程度の柔軟さも持ち合わせている。そして良心が半減したいま、その切り替えはよりスムーズになっていた。

 ……心の奥底で邪悪な打算を弾きながら、それを欠片も悟らせず、続けて質問する。


「もしかして、このカルロくんもホムンクルスだったりする?」

「……ああ」

「そうか。なら、君の拘りようにも納得がいったよ。頑張って作った作品モノを壊されたくはないよね」

「その程度で済ませられるものか……。私にとって、彼らは――」


 そこで言葉を切り、佳乃に苛烈とも言える視線を向ける。


「ガンツを殺した貴様は、決して許さん」


 言われた佳乃はどこ吹く風とばかりに受け流す。それよりも気になることがあるのだ。

 この質問次第で、佳乃が数刻後に取る行動が大幅に変わってくる。

 無論、相手の言葉を証明する術がない以上、アリアの――己の作品に対する愛情に賭けるしかない。

 ここが、大一番だ。


「えー、それじゃあ次の質問――」

「なんだ」


 投げやりに訊き返すアリアを尻目に、佳乃は唇を湿らせる。


「いまこの場で一番強い人って、君?」

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