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「やっぱり、私には言えないことなのか?」

 月乃は少し寂しそうに訊いてきた。

「ああ、悪いけど」

「いいさ」

「今度なんかおごるわ」

「それもいい」

「どうしたんだよ、お前、何か変だぞ」

「変なのは、お前だろ」



 屋上。スピーカーからは筋肉少女帯の音楽が流れ、グラウンドではサッカーをしている。けれど、ここには二人だけ。どっと疲れが押し寄せてきて、立ち上がれなくなった俺の隣に月乃は座った。

「ああ、確かに。他人から見たら俺は変なんだろうな」

 俺は、普通という国に紛れ込んだ旅行者。きっとすることなすことに違和感があるのだろう。

「月乃。俺、お前に頼りすぎてたんだな。ぶん殴られても文句の言えないようなこともしてきたんだな。今回のことで、少しわかった気がする」

 月乃は俺が呟いたことに過敏に反応した。

「なあ、月乃、お前もしかして俺に相談したいこととかあったんじゃないのか? 俺がお前にしているような悩み事があって、それをうち明けようとしていたんじゃないのか? それってまだ間に合うか? 俺に訊かせてくれたり、するか?」

 月乃は目を細めて首を振る。

「いいよ。もういい。和時に言うようなことじゃないよ」

「嘘つくな」

「嘘じゃない。私が、勝手に言おうとしていただけで、和時が責任持とうとすることじゃない」

「じゃあ、なんで俺に言おうとした。そこまで思い詰めてることってなんなんだよ」

「こんなにぼろぼろな和時に、これ以上重荷背負わせるわけにはいかないよ」

「でも、もうお前がぼろぼろだろ」

「私は平気だよ」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「嘘だっ!」

「なんでわかるのさ」

「じゃあ、なんでさっきから、お前の心がひび割れる音がするんだよ」

 俺は何を言っているんだ。余計怪しまれるだけだろうが。

「何言ってんの?」

 こうなれば、押し通すだけだ。

「何年の付き合いだと思ってるんだ。お前が落ち込んでいることくらいわかる」

「……そっか」

 月乃は、空を仰ぐ。そして、少しだけ悲しそうな眼をして、立ち上がる。立ち上がり、背を向けたまま口にした。

「あのね、和時。私、この前言えなかったことがあるんだ」

 本当は聞きたくなかった。今は自分の身に起きたことの整理で精一杯なのに、そんないつでもきけるような話は後回しにしたかった。けれど、聞いておきたかった。

「なんだよ、手短かにな」

「私ね、和時が好きなの」

 今、なんて

「和時が好き。初めて会った時から、ずっと、和時のこと想ってた。ずっと、和時が私のことを見ていないときも私は見ていた。和時が他の誰かを見ていたときだって私は和時を見ていた。和時が私のことどうとも思ってないことはわかっている。でも私が和時の親友だったから、安心できた。今、一番和時に近いところにいるのは私だったから。誰にも言わないことだって、私には言った。小学生の頃、小説家になりたいって夢も中学生の時入院する事になったときも、私には教えてくれた。和時が一番苦しいとき、他に頼れる人間が私しかいなかったことに、私は内心喜んでた。ずっとこのままだと思ってた。いつかは私に振り向いてくれるんじゃないのか、なんて下らないこと考えながら、いつも和時の側にいた。私は幸せだった。でも、このごろのお前は違う。私にも話してくれないことができた。私の知らないところで、知らない女と仲良くしてた。西内さんに聞いてもただの知り合いだって言うし、和時にそれとなく聞いても、ただの知り合いだって言う。どっちも嘘ついてるの、ばればれなのにさ。私に何か隠してた。それが嫌だった。ワガママなのはわかってる。きっと私が関わることじゃないんだと思う。けれど和時に隠し事をされるのが、本当に本当に本当に辛かった。私は、和時の悩みを、一緒に悩みたかった。和時はいつも違う方を向いている。私を見てくれない。けれど、一緒の方を見れたら私は幸せだった。私はそれでも、和時の隣にいたい。私は、和時が好き。私には、和時しかいない。私の一番は、和時だから」

「月乃……おまえ」

 そこまで言って、月乃は伸びをする。

「あー、やっと言えた。ったくせいせいしたよ。気にするなって。言ったろ? 私はお前の横に入れたらそれでいいんだってば。さあて、五時間目始まるから、行こうぜ」

「あ、ああ……」

 手を引っ張られ、無理矢理立たされ、そして手を放す。月乃は階段へと戻っていた。

 月乃の影はもう、揺らめいていなかった。

 それからの午後。月乃はいつも通りの様子だった。何も変わっていなかった。その日は一緒に帰った。そういえば、一緒に帰るのは久しぶりだった。俺も、月乃も笑っていた。

 そして次の日、月乃は学校を休んだ。月乃は今まで遅刻はしても学校を休んだことなどはなかった。多分、学校に行けば俺に会えるから。一度たりとも、学校を休んだことはなかった。俺が学校に行っている間は、一度も休んだことはなかった。

 初めて隣に誰もいない日を過ごした。月乃が横にいないことが、こんなに不自然だなんて、思ってもみなかった。月乃が休んでも、学校は滞りなくすすんだ。それが気に入らなかった。すべてが夢だったらいいのに、そうは願っても、俺は決して醒めることのない夢の中にいる。

 教室で待っていた。朝から、授業中も、昼休みも、午後の授業も、放課後も、日が落ちてからも、守衛が見回りに来るまで、ずっと教室で月乃が来るのを待っていた。けれど、月乃はこなかった。

 教室を追い出されて、帰路につく。歩いていても、月乃はこなかった。当然だ。俺はあいつをなんだと思っていたのだろう。自分が、腹立たしかった。

 月乃の家に見舞いに行ってみた。あいつの家庭はかなり厳格らしく、俺のようなちょっと経歴を調べると問題がでてくるような男を上げてくれるような両親ではなかった。でも行った。会いたかった。月乃の家に行くと、母親に詰め寄られた。娘の居場所を知らないか、と。

 月乃は昨日の夜から帰っていないそうだ。

俺は母親を振りきって帰った。もう、何も知らない。月乃も言って

いたじゃないか。俺の重荷になりたくないのだと。もう、あいつの

ことは忘れることが、あいつのためなのかもしれなかった。

そこまで考えて、俺は自分をぶん殴る。五回はぶん殴った後、怒りに打ち震えた。

「てめえ何考えてやがる」

 そして

「月乃、お前それで俺がお前のこと忘れるとでも思ってんのか」

 何もかもが許せなかった。見つけなければならない。なんとしても、月乃を見つけなければならない。けど、どこにいるのだろう。月乃が行きそうな場所を、俺は知らない。何も、知らない。

 けど、そろそろだ。

「おい、いるんだろ」

 俺は背後に声をかけた。

 気配はしていた。ついさっきから俺を見ている何者かが、俺がどう動くのかを監察している誰かがいることを、知っていた。

 そして、このタイミングを待っていたかのように、彼女は俺の前まで歩いてくる。



「こういう時は何というべき? やはり『まったくどうしようもない。お前は本当に何にもわかっていないのだから』なのかしら」




 彼女は普通にそこに立っていた。

 何日ぶりだろう。

 西内硝子が、立っていた


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