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「うん、髪の毛が締まる幻ね」
一通りの説明をすると、西内さんは首に当てる手を顎にあて、何かを考え込む。
「いくつか質問するけれど、いい?」
俺は頷いた。
「あなた、渡辺さんを殺したい? 殺したいほど愛している? 渡辺さんとの思い出で、何か死にまつわるモノはある?」
どれも、否定だった。
「なら、考えられるのは、彼女自身が死にたいという願望を持って
いること。けれどそれが精神の表面に出てくるなんて、何が」
「ちょっと待ってくれよ」
その独り言を遮った。
「さっきから聞いてたら、何か変じゃないか? だって、そういう幻って、俺がこうあればいいと願っていることが見えているんだろう。なんでそれで月乃の心の中のことになるんだよ。俺に人の心の中がわかるとでも言う気かよ」
彼女は口に当てた手を首に戻す。
「でも、あなたは長年彼女と一緒にいた。ある程度、渡辺さんの挙動とか細かな仕草を感じ取ることはできるのじゃないかしら。そしてそれは普段認識しない深いところでは観察していて、その微妙な差から渡辺さんに迫っている危機を感じ取ったのじゃないかしら?」
そんな風に考えたことはなかった。
「私達来訪者症候群の人間は、普段脳に負担をかけるために削られている情報を高い割合で利用できる。だから現実以上のものが見えてしまう。それを夢と置き換えることで一応の防衛を行っている。高山君、私は貴方と出会ってまだ日が浅いわ。けれどこの力があるから、『あなたがまだ隠していることがあるのがわかる』わ」
心臓の音が跳ね上がる。
「言ってくれる?」
月乃の心は、音を立てて崩れたこと。影が揺らめいていたことを伝えた。
「もう一つ、大事なことを隠しているわね?」
『私、和時が好き』
「悪い、これは言えない」
「そう、それは仕方ないわ。とにかく、一番近しい人間が心の壊れる音を聞いたとなれば、かなり危険ね。なんとかしないと」
「なあ、なんであんたが助けてくれるんだ?」
西内さんは後ろを振り向いた。俺も視線を動かす。それは、学校の方だった。
「あの子はね、サビルロウというの」
「ああ、知ってる」
あいつのことか。
「私が付けた名前。この子は背中は黒いけれど、お腹周りの毛は真っ白。しわくちゃの背広を着たみたい。だから、サビルロウ(背広路)という名前にしたの」
「へえ、初耳だ」
西内さんは顔を戻した。こんどはうつむかずに、俺を見据えた。
「では聞くわ。あなたは何故知らないはずのサビルロウの名を、あの子から聞くことができたの? 何故あなたはあの子がサビルロウだと知っているの?」
思考が止まった。
そして、西内さんはまた顔をうつむかせる。
「私は言ったわよね。Besucher Syndrom 私の本当に言いたいニュアンスは、『来訪者症候群』じゃなくて、『来訪者団症候群』だったの何故か? これはまだこの症例が少ないから秘匿されていることだけど、私達はね、みな夢を見るけれど、その夢の世界の設定はみな共通しているの。来訪者が訪れる世界は、同じなのよ。それが何を意味しているのかわかる? いくらでも仮説は立つけれど、私にはわからないわ。人の心が根底では繋がっているのか、ただの偶然なのか、人の精神は化学を超越したところにあるのか、それはわからない。ただ、私にはあなたの中の幻が見えてしまって、あなたの中の優しい心が助けを求めて叫んでいるのが聞こえる気がするから。私達が自分の心を他人に移しているだけなのか、それとも物の心を読みとっているのか、それはわからない。けれど、私達は海の向こうを見ることができる眼を持っている。はるか原始。生命の生まれた海とは、また違う、心を生み出した深い海を渡ってきた、サビルロウ達を。私には、あなたの苦しみが見えてしまう。だからあなたを助けたい。それじゃ駄目かしら」
西内さんは、首に手をあてたまま顔を横に傾げた。うつむくのは俺の番。
「俺に、月乃を見つけることはできるのか? あんたは、どうしたらいいか知っているのか?」
西内さんはにっこりと笑って、空を見上げる。
「ええ、真上の彼が教えてくれるわ」
猫の細めた目のような月が、こちらを見ていた。




