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サイレントアウルの飼い方3 梟は警戒心の強い生き物です。相手の気持ちを尊重した飼育が必要です。

 人型のメガネは制服のようなものを着ていた。

 首元をリボンで結んだブレザー姿だ。……一点の言い訳のしようもなく学校制服である。しかしこの世界にモンスターが通うような学校はないはずだ。つまりただのコスプレ。つまりいつものことである。


「それで……えーっと……なにを聞こうとしてたんだっけ」

「戦争の詳しい発端でございますね」


 そうでした。

 ……今度は絶対大丈夫だと思っていたのに服を着なかったものだから色々飛んでいた。


「で、戦争の発端って? ……そっちにとっては妙な話になるかもだけど、俺は……なんていうのかな。戦争が起こり始めたころの記憶がさっぱりなくて。俺の知ってるこの世界は、もっと平和だったはずなんだ」

「〝3ヶ月の失踪〟にかんすることでございますね。そのあいだ、大怪我でもして寝たきりだったのでございますか?」

「……大怪我はしてないが、まあ、そんなようなもんかな」

「では戦争の発端が、ご主人が懇意にされていた調教師の仕業だということは?」

「……知らない」


 知るわけがない。

 そもそも……俺が懇意にしていた調教士って誰だ?

 フレンド登録の制度はあるものの、このゲームは数行のメッセージをやりとりできる程度のコミュニケーションしかとれないはずだ。よくあるソシャゲである。


 フレンドだってモンスター同士で練習試合をさせて成長を助け合う程度の関係だ。〝懇意〟と言えるほど関係性を深めることはまずない。

 困惑する俺に、メガネが続けた。


「ではご主人とよく戦っていらした調教士……その名も〝ライバル調教士〟様がなされたことについてお話いたしま――」

「待って。え? 名前? 名前が〝ライバル調教士〟?」

「……左様ですが?」


 あ い つ か!


 そいつなら知ってる。

 さて、ゲームの〝モンスターテイマー〟にはストーリーと呼べるものはほぼないのだが……

 まったくないわけではない。


 最初のチュートリアルからの付き合いである。

 ここでは先に調教士になったライバル調教士にバカにされ、その後グレイフェンリルを拾って育てそいつに勝利する――というようなものだった。


 その後もライバル調教士はことあるごとに現れて、こちらを小馬鹿にするという前フリを行っては撃退されて捨て台詞を残し去って行く。

 驚異的なのは、何回かの空きはあるとはいえ〝公式大会〟と銘打たれるステージにはほぼ必ず出席し、ほぼ必ず悪態をついてきて、そして必ずフラグ回収するかのように敗北するあたりだろう。


 ……モンスター視点ではたしかに〝懇意にしている〟と映るだろう。なにせゲーム中モンスターを除けばもっとも会話するNPCがそいつなのだ。


「……ああ、なんだか力が抜けた。なに、あいつが原因なの? そんな大それたことできるようなキャラだったっけアレ」

「最後の公式大会前にご主人が失踪され、その方が優勝されたのでございますよ」

「……最後の公式大会?」


 ゲームではそんなように銘打たれた大会はなかった。

 そもそもソシャゲに〝終わり〟とか〝最後〟はない。

 ストーリーにはピリオドがなく、あの手この手でズルズル続いていくのがゲームというものである。有終の美なんていう言葉とは無縁の業界だ。

 終わりは〝来てしまう〟ものであって自ら〝締めくくる〟ものではない。

 ……というのが最近のソシャゲだと思うし、好きなゲームがズルズルとでも続くのは喜ばしいものである。いや、要素の一新とかはごく限られた場合を除いてやめてほしいんだけどね。


「最高の調教士を決める大会でございました。様々な人が参加されておられましたが、優勝候補はご主人であり、対抗がライバル調教士様でございました。ですがご主人が突如姿を消され、その結果、優勝はライバル調教士様に」

「まあ、本命がいなかったら対抗が勝つわな。で? ただ単にライバル調教士が優勝したからモンスターが反抗したってわけじゃないんだろ?」


 仮にも調教士である。

 優勝しただけでモンスターに反乱を起こされたのだとしたら、どんだけモンスター人気がねーんだよという話になる。


「左様で。問題はご主人とライバル調教士様の――」

「もう長いから〝ライバル〟だけでいいと思うぞ」

「そうでございますか。では……ご主人とライバル野郎との育成方針の違いが問題なのでございますよ」

「……お前、あいつのこと嫌いなのね」

「色々な意味で好きになるのは難しいかと。まずは性格。そして――育成方針でございますね」

「……ああ、そういや、あいつは〝俺と反対〟なんだっけ」


 こちらが〝ゆるふわ〟で育成しているなら、ライバルは〝スパルタ〟で育成しているらしいことになる。

 まあ、明言せずに〝お前の育て方ではモンスターは強くならない。こちらが正しい〟みたいなことを言うので、プレイヤーと逆の育成方針をとっているのだと予測できるだけなのだが。


「ライバルが優勝されてからというもの、モンスターの育成方針は〝スパルタ〟が主流となったのでございます。なにせ調教士の方々は大会優勝でお金を稼いでおいでですからね。強い者の育て方を真似するのは当然の運びでございましょう」

「それもそうだな。生活かかってたら実証されてる方法でやりたくなるもんだ。うまくいかなくてモンスターに当たることも――ないでもなさそうだしな」


 まあ、俺はゲームしてただけだけど。

 ……実際に生活をかけて調教士をやっていたら、俺も〝ゆるふわ〟を続けられた自信はない。

 大会で優勝しなければ儲けがない。しかしモンスターの育成には金がかかる。……となれば優勝できないモンスターに焦燥感から厳しく接するのは人として責められる心の動きではない。


「しかし、ご主人が強かったのでございます。ですからそれまで、調教士の方々はなるべく優しくモンスターに接していたのでございますよ。だって強いご主人がそうされているのでございますからね」

「……それが、ライバルの優勝で風潮が変わったと」

「左様で。ご主人が信頼と愛情を掲げる一方――」

「……そんなん掲げてたのか、俺は」

「失礼。他の方には掲げているように見える育成方針であった、という意味でございます。ともあれその一方で、ライバルは〝強ければなにをしてもいい〟という方針なのでございます。……ひどい時代が到来いたしました。……ですが、ライバル様に悪気はなかったのだと思います」

「……意外と同情的だな」

「あの方はそれでも〝調教士〟ではございましたので。問題になったのは――無理矢理モンスターを人型にして売りさばき、儲けようとしていた者どもでございます」


 人身売買――とは言えないか。

 モンスターはけっきょくのところモンスターだ。だからこそ人権は定められなかったのだろう。

 たしかに彼女らにとって〝恥ずかしい〟〝無防備な〟姿を無理強いして売りさばこうなんていう行為、彼女らが人間であればまずは国が法を整備して罰するべきだ。

 反乱までいったということは、そういった対応がなかったということなのだろう。

 しかし――


「……つながらないな。お前らの売買とライバルの優勝はどう関係するんだ? ライバルは別に売買まではしてないんだろ?」

「一つは、ライバル様が優勝されてから、そのような輩が増え始めたところでございますね。それまではモンスターを大事にする方が多かったのでございますが、育成方針が転換されまして。次第にモンスターをただの家畜と見なす方が増えていったのでございます」


 モンスターの売買というのは、ゲーム内にはなかった気がする。

 ……ああいや、どうなんだろう。優勝賞品としてもらったり、拾ったりするのも大きな意味では〝売買〟になるのだろうか?

 もし〝売買〟が非道かどうかを論じるのであれば、そこで検討すべきは〝モンスターの意思を尊重したかどうか〟になるだろう。

 少なくとも、俺は、というかプレイヤーは、嫌がるモンスターを無理矢理引き取るというシチュはなかったように思う。

 ……まあ、モンスターの視点だとまた違った話が出てきそうでもあるが。

 だがまだ不明な点がある。


「……それでもまだ、直接の原因がライバルにあるとまでは言えないが」

「人型のみならず、強いモンスターも高値で取引されるようになったのでございますよ。……ライバル様は大会優勝後はあまり活躍なされなかったようで。そこで、大会に優勝したモンスターを売ろうとされたのです」

「……なるほど。それが〝戦争の発端〟か。強ければなにをしてもいい――っていう自分の方針を自分で曲解したんだな」

「左様で。ライバル様に見捨てられた彼のモンスターは、ライバル様やその他人間に向けて反乱をいたしました。……おそらく、ご主人のモンスターである我々が出ていれば鎮圧は可能でございましたが……」

「俺がいなかったから動けなかったのか」

「……加えて申し上げるのであれば、当時のモンスターたちの扱いに対し、同情もあったのでございます。あの時にご主人がいて鎮圧の命令を下したとして、素直に従う者は……全員ではなかったでございましょうな」

「なるほど」


 ややフォローされたっぽい気もするが、ありがたく受け取っておこう。

 にしても、やっぱりというか、前からというか、気になる点はあった。

 まさに俺がそのことについて考えている時、メガネが首をかしげて問いかける。


「それで、ご主人はなぜ大会前に失踪をされたのでございますか?」


 そうなのだ。

 俺が失踪した理由を、俺は知らない。


 話をまとめると〝最後の大会〟とやらで俺がいなかったことが戦争の遠因である。

 しかも〝失踪前の俺〟はどうにもこれから戦争が起こることを知っていた節があるのだ。


 ……起こったあとに備えて色々言付けておくぐらいなら止めろよと思うのだが。

 そうできなかった理由があるのだろう。

 少なくとも〝失踪前の俺〟が〝今の俺〟と同一人物なら止めようとするはずなのだ。理由もなしに戦争が起こるけど失踪したりはしない。


 ……それとも荷が重くて単純に逃げただけとか?

 ありえそうな話だ。なにせ俺はただの人なのである。勇者でも魔王でもなく、まして戦争防止が可能な能力だって備えていない。

 なににせよ調査がしたい。


「……あー……なあメガネ。他に、失踪前の俺からなにか言付かってる子はいないか? 伝言とかじゃなくて、戦争が起こることを事前ににおわされた程度でいいんだが」

「わたくしはなにも言付かっておりませんが……ちょうどよく明日の担当である初エンカさんがなにか知っているご様子で。木刀さんも連絡があるとか」

「……綺麗におそば係推進派ばっかりだな」

「明日が初エンカさん、明後日が木刀さんの担当でございますからね。お2方とも〝言いつけがあるから〟ということで早めの担当になったのでございます」

「……順番も見事にそろってるな」

「それはそうでございましょう」


 まるで当たり前みたいな口ぶりだった。

 俺は首をかしげる。


「なんで?」

「自分の順番が近いのに、今、おそば係制度が撤廃されてはたまらないでございましょうからね」

「……おそば係制度推進派の主張って、まさかそれなのか?」

「左様で。他にございますか?」

「……じゃあ、自分の順番が来たら撤廃派に回るんじゃ」

「左様で。わたくしも昨日から撤廃派でございますれば。初エンカさんは今日あたり撤廃派に回っているのではございませんか?」


 つまるところ、おそば係制度をやめられて本気で困るのは俺だけというわけだ。

 ようするに真面目に推進派を味方につけておそば係制度を続けようとした場合には、その試みは失敗して――

 俺はつぶれる(物理的に)。

 それを避けるには俺が権力を振りかざしていくしかあるまい。

 ……やっぱり王政が最高だな!

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