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サイレントアウルの飼い方2 梟は犬や猫のようには懐きません。腕にとまるぐらいで我慢しましょう。

 魔王騒動で混乱している俺に容赦ない事務作業が襲いかかる。

 とはいえメガネの質問に答えて〝はい〟か〝いいえ〟を選ぶだけのものだ。

 ……紙にメモとかしてないんだが、メガネは俺への質問の答えをすべて暗記しているということだろうか。だとしたらすさまじい記憶力である。答えた俺がもうされた質問を覚えてないのに。


 1時間か2時間に及ぶ質疑応答で、ひとまず仕事は終わったらしい。

 メガネが凝り固まった首を左右に180度ぐらい回しながら(回りすぎ)言う。


「これで止まっていた作業を始めることができそうでございます。ご主人、お疲れ様でございました」

「……ああ。なんか南国から魔界に来た旅以上に疲れたよ。喉がガラガラだ」

「今お水を」


 音もなく飛び立つ。

 そして、ほどなく帰って来た。


 その足には木製の水筒がある。

 メガネはそれを地面に落とす。

 コツン、と蓋のされた容器が落とされた衝撃で一回跳ねる。

 メガネが降り立ってから言った。


「お取りくださいませ」

「……あの、俺のこと嫌いなのかな?」

「そのようなことはございませんが」

「だったら手渡ししてくれても……」


 地面に落として〝拾ってください〟は傷つくものがある。

 必要以上の優遇は求めないが、クラスメイトとかに配布物を目の前に落とされて〝それアンタのね〟と言われたら、それは間違いなく嫌われていると判断できるのだ。

 色々考えてしまうのは避けられないだろう。


「しかしご主人、ご覧ください。わたくし、体の構造上〝手渡し〟という行為ができないようになっているのでございます」


 たしかにサイレントアウルに〝手〟はない。

 翼で物をつかむのは不可能だろう。

 となれば足の爪でつかむ以外には方法がなく、そうすると相手に足でつかんだ物を渡すにはホバリングして相手が受け取るまで待つか、落とすしかないのである。

 ……フクロウがホバリングできる生き物だという話は聞いたことがない。〝飛んだまま一カ所にとどまる〟というのはヘリコプター系の飛び方にだけ許されている行為のはずだ。


 とまあ体の構造のことは理解したのだが……

 それとは別な疑問が浮上する。


「……あの、人型になるとか、なさらないんで?」


 メガネだって信頼度をMAXまで上げたモンスターのはずだ。となれば、1度は俺に人型を見せているはずなのである。

 しかし今はずっとモンスター姿のままだ。……再会するまでに、あるいは再会したあとに彼女の信頼を損ねるようなことをしてしまったのかと不安になる。


「なにか勘違いをなされているようでございますね」

「……勘違いかなあ?」

「単純なことでございます。わたくしは今仕事中でございますれば、人型にならないのでございますよ。人間の戦士とて仕事中に鎧は脱がないでございましょう? わたくしのこの姿はお仕着せ、正装も同然なのでございますよ」

「……ああ、なるほど。サラリーマンにおけるスーツみたいな認識なのか……」


 理解はした。

 しかし今後紙の資料とかが必要になるケースだってありうるだろう。そういう時にいちいち落として〝拾ってください〟は地味に心がささくれ立つものがある。

 どうにか人型になっても仕事ができるよう説得するべきだろう。


「しかしメガネよ、時代はクールビズだぜ。俺だって正装とは言いがたい格好してるし、もう少し楽にしてもいいんじゃないか?」

「しかしご主人、わたくし、なんやかんやと決まりを作ったり規律を管理したりする立場にございますれば、わたくしが他の方々の規範とならず誰が風紀を律しましょうか」

「うん……一理あるな」

「それに普段真面目に振る舞っていた方が、いざという時背後からこっそり暗殺しやすいのでございます」

「お前はすでに〝おそば係制度〟撤廃後の戦乱期を見据えているようだが、俺の目が黒いうちはそんな時代来ないからな?」

「ええっ!? まさか!?」

「おどろきすぎだろ。お前もっとクールなヤツじゃなかったのかよ」

「お言葉ではございますが、クールなヤツがシロ様に感化されたりはしないのでございます」

「それもそうか。……いや、そもそもお前、自分で作った決まり事を自分で撤回する側に回ったりとか、俺とイヌのやりとりこっそり見てたりとか、冷静に考えれば考えるほど規律とも風紀ともほど遠い存在だろ」


 会話を続ければ続けるほど、シロのことを思い出す。

 素でボケている感じが似ているのだ。


「なるほど。ご主人の観察眼には頭が下がる思いでございます。しかしご主人、わたくしは色々な方々から情報を集める都合上、ある懸念を抱いているのでございますよ」

「……なんだよ」

「ご主人はどうにも服のない場所で人型をさらすよう迫りすぎなのではないかと」


 ……………………。

 うん、まあ、そうだね。


 言い訳があります。

 ゲームでは〝裸〟はなかったんだ。レーティングの都合だと思うけど、モンスターは人型になるといきなり服を着ていたのである。

 そして俺は、すでにそちらで〝人型〟まで信頼度を高めたモンスターを100とか育てている。なので人型になる時になんの準備もしない習慣があるのであった……!

 別に裸が目的でこんな迫り方をしているのではない。それだけは真実を伝えたかった。


「指摘を感謝する。じゃあ、服を持ってきて、それで人型になってくれ」

「……持ってきて人型になるのでございますか?」

「ああ。それなら問題ないだろ? ちゃんと〝服のない場所で〟人型をさらさないように配慮はしている」

「たしかに正しいのでございますね。ふむ……しかしそれほど変わらないような」

「……メガネはそもそも人型を見せるのが恥ずかしいとかいうタイプなのか?」


 シロたち犬は羞恥心がなかった。

 ラスボスは恥ずかしがっていた。

 イヌは……よくわからない。

 モンスターによって〝人型〟の感覚は様々なのだ。先ほどメガネはモンスター型を正装と称していたが、正装を取り払ったあとが〝普段着〟とは限らない。人間でいう〝素っ裸〟という感覚である可能性もあるのだ。

 しかしメガネは否定する。


「いえ。特には。ただ、よろしいのでございますか? 今のままではご主人の評判はそう変わらないと思うのでございますが」

「……なに、評判に影響が出てるの?」

「まあ色々と。最初から人型でいる子や、演出を考えている子などおりますが」

「あの……魔界にいる子が半分ぐらい人型だった理由って、ひょっとして俺に裸を見せないためなのか……?」

「せいぜい半分ほどでございましょうが。人間との戦いからいったんは解放された安心感で人型になっている子もいらっしゃいます」

「……つまり人型の子の半分はやっぱり警戒してるってことかよ。そんなつもりはなかったんだけどなあ……むしろそんなつもりがあると判断されないように戦ってきたというのに……」


 主にシロと。

 ヤツとの激戦は現在俺の敗勢のようだった。……これからはもっとがんばろう。注意して誠実でいい調教師になり、みんなから真の信頼を集めるのだ。

 そうだよ。考えてもみよう。

 女の子だらけのコミュニティでエロい人扱いを受けたら、それはもう事実上の死刑宣告じゃないか? そうならないためにもいっそうの努力をする必要があるのだ。


「ともあれご主人に言われた通りにするのでございます。服を持って人型になるのでございます。やはり事務作業は人間のものでございますから、人型の方がやりやすいのは事実でございますからね」

「ああ、そうしてくれ」

「では失礼を」


 メガネが飛び立っていく。

 相変わらず、飛び立つ時もはばたく時も音がない。しかも魔界の暗い空に紛れてあっというまに見えなくなる。あいつはステルス戦闘機かなにかか。


 ほどなくしてメガネが帰ってくる。

 足には衣類を持っていた。……鋭い爪があるように見えるのだが、よくもまあ器用に傷つけないように運ぶものである。

 俺がいきなりフクロウの姿になったとしたらああはうまくいかない。モンスターたちはモンスター型と人間型2つの体の動かし方を、文字通り体得しているのだろう。

 メガネがすぐ目の前に無音で降り立ち、言う。


「それではご要望に従い、これからは人型で接するのでございますよ」

「……ああ、それだけどな。無理強いはしない方針なんだ。いや、服を持ってきてもらう前に言うべきだったんだけど……〝命令だから仕方なく〟とか思ってるんだったら、無理に見せなくていいからな?」

「それは大丈夫でございますよ。無理強いで人型をさらすようなら、そもそも人間と我々で戦争状態になってはいないのでございます」

「……どういう意味だ?」

「戦争の発端をご存じないので?」


 意外そうに首をかしげる。

 ……まあ、彼女らの知る〝3ヶ月前の俺〟はこの世界で生まれ生きてきた調教師だったらしい。そんな人物が戦争の詳しい発端も知らずにモンスターを率いるというのは考えにくいだろう。



「……ああ。詳しくは知らないんだ。モンスターが人からの扱いに嫌気がさして、反乱を起こしたとしか……」

「それは人間側の見方でございますね。そもそも我々は〝人の娯楽として戦う〟ことに対してはそこまで反感を抱いていないのでございますよ。闘争本能はございますからね。しかし同時に知恵や理性もございます。興行として戦いを強いられることは、本能も理性も同時に満たす素晴らしい手段だったのでございますよ」

「じゃあ、なんで……」

「さて。わたくしは情報として知っているだけでございますれば。ことの発端ともかかわりが深い方が次のご主人の〝おそば係〟でございます。そちらから聞いた方がより臨場感のある情報が得られるものと愚考するのでございます」

「……客観的な情報も聞きたいもんだがな」

「ではお話しいたしましょう。ですが――その前に姿を変えても?」

「ああ、すまない。せっかく服を持ってきてもらったのにな」

「それでは失礼いたしまして」


 ペコリとフクロウ姿のメガネが頭を下げる。

 そして。

 その場で。

 姿を変えた。


 現れるのはやや丸顔の少女だ。

 黒い髪を肩口で切りそろえており、黄金の瞳には理知的な印象を受ける。

 手足が細く、体つきは小さい。〝引き締まっている〟ではなく〝細い〟のだ。引き締まってはいない、しかしたるんでもいない、幼げな柔らかさがあった。

 そして顔にはメガネを装備している。

 ……いや、本当にネーミング時点で知っていたわけではなく、彼女が名前通りの顔をしていたのは事故みたいなものなのだが、先見の明があったということにしておいてくれ。


 さて、質問の時間だ。

 メガネをかけているのはまあ、いいとして……


 ……なんでメガネは標準装備なのに全裸なんだよ!

 服も着ろよ!


「おいメガネ! なぜ服を着ない!?」

「はて? 持ってきてから人型になるようにと言いつけられたように思ったのでございますが」


 丸顔の少女が首をかしげる。

 本当に不思議そうな表情をしていた。……悪気でも冗談でもお誘いでもない。こいつは素で俺が〝服を持って来い〟〝そのあと目の前で人型になれ〟と命じたと解釈したのだ。


 ……そういえば色々とひっかかる発言があった。

 今のままでは俺の評判が変わらないとかなんとか。

 たしかにこれじゃなにも変わらない。みんなにエロ調教師の扱いを受けるまであと一歩というところだ。とっくにアウトの可能性もある。だって〝エロ調教師〟っていう言葉がすでに18禁ゲームだ。


「……本当に素でボケてるなお前は」

「はあ、左様で……? わたくしなにか失敗でもしてしまったのでございましょうか?」

「いや……たぶんモンスターの性格を読み切れなかった俺が悪いんだろう。……あの、服を着てください。それですべてが解決するのです」

「わたくしが服を着た程度ですべての問題が解決するのであれば、それはもう喜んで着るのでございますが。おそらくわたくしが服を着ても人と我らの戦争は終わらないのでございますよ?」

「そんな壮大な話はしてねえよ!」

「あら、そうでございましたか。では服を着るのでございます」


 いそいそと地面に置いた服を身に纏い始める。

 ……こいつも羞恥心ゼロ組か。


 ああ、頭が痛い。

 たった1人のモンスターが相手でここまで振り回されるのだから、100人からのモンスターの王様なんてやれるわけないのである。

 ……決めた。共和制、民主制にしよう。

 王政は俺には荷が重い。

2015/08/03 誤字修正

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