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サイレントアウルの飼い方1 梟の育成は簡単ではありません。飼うならば相応の覚悟をしましょう。

 朝靄が晴れる。

 やはり空は暗い。人工物によく似た光があるので周囲はよく見通せるが、いつまでもこの空というのは少々心が曇るものがあった。


 この世界に来て色々と思うことがある。

 ……まずは、モンスターである彼女たちを〝実際に育てた〟はずの〝3ヶ月前の俺〟のことだ。


 イヌは育てられたはずだが印象しか覚えていないと言っていた。そして、その印象は今の俺と違うものだとも……

 一方でレッドドラゴンであるラスボスは、〝3ヶ月前の俺〟から来る戦乱において他のモンスターを束ね守る役割を任ぜられたと言っていた。


 ……頭が混乱する。

 つまり〝3ヶ月前の俺〟はモンスターと人間が争いを起こすことを予感していたということなのだろうか?


 ゲームにおいてそのような描写はない。モンスター同士を戦わせる娯楽の発展した世界観。その中でコミュニケーションを図って信頼を勝ち得、人間の姿をアンロックしていくというだけのごくごくゆるいソーシャルゲームだったはずだ。


 誰か頭のいい相談役が欲しい。俺は情報の統合整理が得意なわけじゃない。効率のいい育成の仕方だって攻略サイトとメモ帳を参照しながらようやくやっていたぐらいなのだから。


 おまけに人間との戦いはまだ続いている。


 一応魔界調教場は安全だと踏んで移動を決意した。

 しかし〝魔界〟とかたいそうな呼び名を付けたところで、実態は〝西の方の土地〟程度の物だ。

 たぶん情報の流通が2000年代の日本ほどじゃないから魔界扱いされているだけで、感覚的には京都から見た青森みたいなものだろう。平安時代とか素で恐山が霊界とつながってると思われてたっぽいし。


 相手側――人間たちの本気度にもよるが、捜索の手を伸ばそうと思えばとどく距離であることは間違いない。


「……問題多すぎだ。俺はどうにか平和に暮らせればそれでいいんだけどなあ」

「そのための方策を考えねばなりません」

「そりゃそうだが、俺の頭じゃ限界が――」


 ……誰?

 背後を振り返る。


 そこにいたのは頭の高さが俺と並ぶぐらい大きな鳥だった。


 不思議な色をしている。

 黒、と言ってしまえばそれまでなのだが、金属のように光沢がある。そのくせまったく光っていない。

 ああ、アレだ。カーボンとかで光の反射を防止した真っ黒い剣という感じ。……たしか暗殺とかでは目立つことを避けるため剣にそういう加工を施すらしい。


 全体の姿はフクロウをそのまま巨大化したようなものだ。

 それにしたって俺の記憶にあるフクロウがせいぜい人間の腕を止まり木代わりにできるぐらいの小ささを思えば、いくらなんでも大きくなりすぎだった。


 驚愕すべきはまったくの無音で俺の背後にいつの間にかいたことだろう。

 人間サイズのフクロウが気配すらなく移動するとか怖すぎる。……そういえば彼女の紹介文の仲に〝宵闇の暗殺者の異名を持つ〟みたいな一文があった気が。


 モンスターの種別としては、サイレントアウル――

 名前は〝メガネ〟。

 ……なんでこんな名前つけたんだっけ……ああ、そうだ。たしかテレビでちょうどメガネのCMやってたとかその程度の理由だった気がする。俺のネーミングセンスはいつだってアイディアを求めているのだ。

 結果としてその名前は正解だったのだけれど。

 動揺しながら問いかける。


「い、いつからそこに?」

「ずっとおりましたとも。イヌさんと旧交を温められたようでなによりです」

「……いつから見てたんだ」

「ずっと見ていましたとも。おはようからおやすみまで。……いえ、失礼。少々誇張がございました。ご主人は別に〝おはよう〟も〝おやすみ〟もおっしゃっておりませんでしたね。つまり、起きてから寝るまでです」

「誇張ってなんだっけ」


 言語が壊れる。

 ……ともあれ監視されていたらしいことはわかった。

 どうしたんだろう、こんな話をされたら普通気味が悪いと思うのだけれど、不思議とそんな気はしなかった。

 たぶん彼女に邪気がないからだろう。無邪気に邪気の塊みたいな犬を見たことがあるせいで色々と耐性がついている気がする。


「それよりもご主人。わたくしは話したいことがたくさんございます」

「お、おう……そうだな……俺がいないあいだどうしてたとか、戦いでがんばったこととか、なんでも言ってくれ」

「そんな過去の話はどうでもいいのです。問題は未来にございます」

「……未来?」

「魔界に集ったモンスターたちの住居、食料などのこと。それから数が増えたので厳格な決まりを作るべきという提案。あとは生態ごとに各々気にすべきことや、現在行われている〝おそば係制度〟についてのご意見……あとは」

「待った待った! 話したいことって行政関係なの!? 思い出話とかは!?」

「そういうのは後回しにいたしましょう。なにせ事務行政その他様々な雑務を一手に引き受けておりますので。ご主人の裁可が必要なものもいくつもございます」

「お前がやってたのか! 超ありがとう!」


 その話を聞いただけでメガネに対する好感度がストップ高へと達した。

 彼女の作業は地味だが誰かがやらねばならないことだ。加えて地味だが能力だって必要だ。あと地味だから面倒くささが際立つことでもある。

 そんな地味な作業を地味にこなしてくれていたことに感謝があふれて止まらない。


「現状、可及的速やかなる対応が必要なのはやはり〝おそば係制度〟でございます。一部から〝早くご主人と会わせろ〟と不満が噴出しておりまして、このままでは遠からず内乱に発展する可能性もございます」

「そんなにおおごとなの!?」

「左様で。〝おそば制度撤廃派〟と〝おそば制度推進派〟に別れております。特に撤廃派の勢いはご主人がお目覚めになられたのをきっかけに増しております。このままでは推進派が呑み込まれてしまうおそれも……」

「……う、うーん……」

「もし面会が自由化されてしまった場合、ご主人がつぶれてしまう可能性がございます」

「たしかに……みんなでいっぺんに話されたりするのが一日中続いたら、精神的な疲労で参っちゃいそうだな。でもそこまで不満が噴出してるなら、多少忙しいのは我慢してもいいけど……」

「いえ、物理的に。押し寄せるモンスターたちの重圧で」

「制度について真剣に話し合おう」


 思わぬところで命が懸かっていた。

 愛が重いとはこのことだ。


「であれば、近日中に撤廃派のリーダーであるシロさんをまじえた会議を行いたいと思います」

「あいつがリーダーなの!?」

「撤廃派のカリスマですね。彼女が折れれば撤廃派の勢いも沈静するでしょう」

「なんつー……わかった。しつけが必要そうだ。スケジュールを組んでくれ」

「かしこまりました。では撤廃派リーダー以下2名、推進派リーダー以下2名、それにご主人を加えた計7名での会議をセッティングしておきます」

「ちなみに、それぞれの名前は?」

「まず推進派が敬称略で〝初エンカ〟〝木刀〟〝ソフトハードカバー〟でございます」


 ひっでぇ名前!

 ……とか口に出しかけてさすがにつぐむ。

 つけたのは俺で、そしてネーミングした当時の俺は決してふざけていたわけではないんだ。ただ単純にネーミングセンスがなかった。それだけの悲しい事故なのである。

 ともあれ、ふと疑問に思うことが。


「制度を作ったのはメガネなんだろ? メガネは制度推進派に入ってないのか?」

「はい。それはもちろんでございます」

「もちろんなのか……ああ、そうか。制度を作る側が中立じゃないと不満も起こりやすいとかそういう配慮か?」


 まあ、現状、とんでもない不満が噴出しているらしいのだが……

 事務官的ポジションであるメガネの思想が偏っていると思われたら、そもそも現状ですらおそば係制度が施行されていなかったかもしれない。

 中立思想は大事だ。

 さすがはできる女、メガネだと感心するばかりである。


「それで、撤廃派の方を紹介してもよろしゅうございますか?」

「ああ、話を止めて悪かったな。どうぞ」

「はい。それでは、撤廃派3名が、まず筆頭のシロさん、それから副リーダー的ポジションであるラスボスさん――」

「……ラスボス……信じてたのに」

「なにやらショックを受けておいででございますが、続けても?」

「ああ、どうぞ……」

「では。えー、シロさん、ラスボスさん、そして撤廃派の頭脳担当ことわたくし、メガネの3名でございます」

「お前なんでそっちにいるんだよ!? 違うだろ!? いるとしても逆だろ!?」

「シロさんの熱意に胸を打たれまして。あと個人的に木刀さんと折り合いがよろしくないのでございます」


 言葉にならない。

 制度の提案者がなんで自分で作った制度を撤廃する運動に参加してるんだ。

 いや、ううんと……精一杯好意的に解釈するなら……自分で考えた決まりをいらないと思っているのに、あくまで合議で決めようというあたり立派な中立思想の持ち主と言えるかもしれない。

 しかし俺の中での評価はストップ安だ。

 ……まあ、差し引きでややプラスというところか。面倒で必要で地味な仕事をやってくれた事実に変わりはないわけだし。


「でもなあ……なんつーガッカリ感だ」

「いえ、実は深い事情もございます」

「どんな?」

「先ほどご主人がおっしゃられましたように、中立的思想を示す目的でございますね。制度発案者が撤廃派に回ることで、わたくしの一存で制度をどうこうできるわけではない――つまりご主人に取って代わってみなに命令する立場にいるわけではないことを示したかったのもございます」

「……なるほどなあ。意外とコミュ力高いねお前」

「光栄の至り。あとはシロさんのお話を聞いていて思ったのでございます。〝好きな時にご主人様に会えないのはおかしい。他の子のにおいがついてもいいのか。どうして分け合う必要がある。自分だけのものにしたくはないのか〟と」

「俺の中でシロに対する好感度がガンガンさがっていく」


 差し引きでマイナスもマイナス、下げ止まりという感じだった。

 あいつの株が実際に売りに出されてたら倒産待ったなし。


「まあまあ。しかし納得できる話でございますね。なるほどたしかに、なにもみんなで平等に分かち合う必要はないのでございます。欲しいならば奪えばいい。望むならば勝ち取ればいい。どうしてこんなに単純なことに気付かなかったのでございましょう。もとよりわたくしどもモンスターは戦うことがお仕事でございましたのに」

「……撤廃派が仮に勝ったら、そのあと群雄割拠の戦国時代みたいな有様になりそうなんだが」

「大丈夫でございます。気付くこともできないほど華麗に、背後からわたくしが全員倒します」

「何一つ大丈夫じゃない」

「シロ様は新たな思想の萌芽に気付かせてくださった啓蒙者でございます」

「呼び方のランクが上がってるぞ」

「しかしご主人、実際に100名あまりのモンスターたちと均等に接するのは無理でございましょう? であれば1人か2人、絶対的に並び立つ相手を選んだ方が楽でございますよ」

「それなあ……実は考えないでもなかったんだ。そもそも育成は1対1で行うもんだし、100を超えるモンスターは正直接し方がわからない。今みたいに毎日交代で過ごせるならまだいいんだけど不満がたまるのもわからないでもないし……」


 というか、メガネの話で語られる俺の人気にびっくりだよ。

 これがご主人様効果。彼女たちを育成し、信頼を勝ち得、人間の姿を見せられた者の力なのである。ゲームをしてたら彼女ができました、とかいう事態になりかねなくてヒヤヒヤする。


「まあまあ、ご主人は今や王でございますし、后はお好きに選ばれればよろしいかと。目覚めてまだ日も経っていないわけでございますれば――」

「待って」

「はい?」

「……なんか聞き捨てならないフレーズが耳にこびりついた。……なんですか〝王〟って」


 メガネが首をかしげる。

 相当不思議だったらしく、その首は200度ぐらい傾いていた。フクロウの首関節曲がりすぎ。


「はあ、しかし、ラスボスさんからお聞きしましたけれど……」

「なんて?」

「人里から離れた魔界に独立国家を作るおつもりで移動されたのでございましょう?」

「……どくりつこっか?」

「〝みんなで集まって王国を作ろう〟とおっしゃられたとか。となればご主人を王と頂くのは当然の運びでございます」


 ……言った。

 たしかに言ったけど、それは動物王国的なアレ空間を作りたいなあ、ぐらいのものであって、決して独立国家を形成して王を僭称したいとかそういうアレじゃないのである。


「……あの、それ、みんな、そう思ってる?」

「もちろんでございます。ああそうそう、そのことでもお話がございまして」

「……どんな?」

「ご主人という呼び方でございますよ。魔界で王を名乗るからには、〝魔王様〟と呼び名を統一された方がよろしいのではと――ご主人、どうされました? 顔色が悪いですよ?」


 悪くもなる。

 ……なんてこった。

 勇者としてこの世界に呼び出され、捨てられてはや幾日――

 いつの間にか、モンスターを率いて魔王になっている俺がいた。

 …………………………だれかたすけて。

2015年7月16日 ちょっと誤字修正

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