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タンク令嬢はもう泣かない(連載版)  作者: かためのプリン
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7.


 それがこの日起きたことのすべてだったら最高のハッピーエンドだったのですが、残念ながらこの直後、起きてはいけないことが起きてしまいました。私たちは一人も犠牲を出すことなく戦いを終えられたことにホッとしていて、いつの間にか紛れ込んでいたその敵に誰も気が付かなかったのです。


 それは細い枯れ枝を寄せ集めて作った人形のような姿をしていました。大きさは人間の子供ぐらい。自分からそう名乗らなければ魔物だとさえ気が付かないほど、殺気も威圧感も何も無く、ただ、まるで最初からずっとそこにいたかのように、忽然と私たちの目の前に現れました。


「やれやれ。とうとう三魔将も儂だけになってしまったか」


 その声を聞いて初めてそこに魔物がいると気付き、バッシュさんは驚きながらもとっさに腰の長刀を抜いて斬り払いました。


「さすがに反応が速い。だが儂を捉えることは誰にもできんよ。たとえ魔王様であってもな。それがこの三魔将、姿無きヨルムのただ一つの能力。他には何の力も無い」


 少し離れた場所から乾いた笑い声がして、見るとそこに枯れ枝の魔物がいます。まるで最初からそこにいたかのように。


「コソコソ逃げ隠れするだけが取り柄なら何のために自分から現れた?」


 警戒するバッシュさんの問いかけに答えず、その魔物はブツブツ独り言を呟くように自分の話を続けます。


「儂らは皆、勘違いをしていた。敵はアルウィン王子なのだと。王子さえ倒せば儂らを阻む者はいなくなるのだと。儂らは順番を間違えたのだ。まず倒すべきは王子ではなかった。たった一人、お前さえいなければすべては簡単に片付いたのだ」


 枯れ枝の魔物、三魔将のヨルムの目が私を見ました。その手には小さな短刀が握られていて、その黒い刃は私の胸に提げられた護符のペンダントの上に深々と突き立てられていました。動いた気配も、短刀を抜き放った音も何も無く、気付いたら魔物が私の前にいて、もう短刀が突き刺さっていて、私はそのまま仰向けに倒れました。


 バッシュさんが何か叫んで斬りかかった時、魔物はもうずっと離れた所にいて、愉快そうに笑っていました。


「言われただろう?思わぬ敵がどこに潜んでいるかも分からないと。おかげで非力な儂でも簡単にお前を貫くことができた。良い贈り物をもらったな」


 この護符のペンダント…………信じたくないその言葉が私の心を黒く塗りつぶしてゆきます。勝ち誇った高笑いを残して悠然と去っていく姿無きヨルムを、誰も止めることができませんでした。そして……


「姉さん!!」


 まるでこの時を待っていたかのような妹の声。周りに集まった騎士さんたちの間をかき分けるように私の元に駆け寄ってきて、倒れた私にすがりつきます。


「ああ……こんなに深々と突き刺さって……姉さんしっかりして!お願い姉さん!!」


 泣きじゃくるような悲痛な声。でも、覆いかぶさるように私の上から覗き込んでいるその顔は……やっぱり笑っていました。


「シャルロット……」


 私はこんな酷い結末をなんとなく予期してしまっていました。いくら私のことを邪魔に思っても、自分の思い通りにならない筋書きに苛立っても、妹がここまでのことをするはずがない、人の道を踏み外すようなことだけはしてほしくないと、祈るような気持ちでいましたが…………こうなってしまった今、胸を満たすのは「ああ、やっぱり……」という諦めにも似た残念な思いだけです。


「あんなに気を付けてって言ったのに、簡単に隙を見せるなんて!ダメよ!死なないで姉さん!」


 笑顔を隠して声だけ泣きじゃくるシャルロットの姿を、その場のみんながしぃんと見守っていました。バッシュさんも、ベルファリアの騎士さんたちも、エーテルランドの騎士さんたちも、誰一人口を開きません。その白々しい空気を破ったのは、甲高い勝ち気な少女の声でした。


「死んでほしくないなら治癒魔法ぐらい使ったら?あんた蘇生もできるんでしょ?」


 顔を上げたシャルロットは、まったく泣き腫らしていない目を訝しそうに声の主に向けました。


「この短刀には強力な呪いがこめられていて、治癒や蘇生の力を打ち消してしまうのです」


 シャルロットを見下ろす銀色の髪の少女、フィーナ様は意地悪そうにニンマリ笑います。


「さっすが呪いに詳しいね。でも大丈夫だよ、刺さってないから」

「えっ?」


 私はゆっくりと体を起こし、短刀の刺さったペンダントを外してシャルロットに差し出しました。刃には一滴の血も付いていません。それどころか、ペンダントを貫いた刃先が消えて無くなっています。


「どうして……」


 呆然とするシャルロットに、フィーナ様は待ってましたとばかり、種明かしを始めました。


「あんたが寄越したペンダントなんて絶対何か仕込んであるに決まってるじゃない。すぐにマルゴから取り上げてあたしが解呪した。でもって逆に呪い消しの魔法をこめておいた。マルゴに何かあった時、あんたの狙いの逆を取れるようにね。あの魔物を逃がしちゃったのは残念だったけど」


 フィーナ様に嫌味っぽく言われてバッシュさんは頭を掻きます。


「あれは無理だ。魔王でも捉えられないって自慢してただろう。だがこれ以上小細工はさせない。魔物とのつながりがはっきりした以上、お前は終わりだ。偽りの聖女シャルロット」


 バッシュさんに長刀の刃先を突き付けられ、周りを両国の騎士さんたちにずらりと取り囲まれ、シャルロットはポロポロと涙をこぼします。


「誤解です!私はただ本当に姉を心配して……ペンダントだってずっと前から自分で着けていた物で……きっとあの魔物にすり替えられたんです!」

「往生際が悪いなー。あんた呪いには詳しいじゃない。自分が着けてたペンダントが呪いのアイテムにすり替えられてて気が付かなかったって、さすがに無理があるんじゃない?」

「皆さん、騙されないでください!この子こそ魔物の仲間です!私たち姉妹の仲を引き裂こうとありもしないことばかり……」


 パンッ!


 思ったより大きな音がして、私は思わず自分の手を見つめました。生まれて初めて妹の頬を叩いた自分の手を。びっくりした顔でこちらを見つめるシャルロット。涙が止まって、何か言いたげに口を半分開いたまま、でもそれ以上の嘘が口から出てくることはありませんでした。


「もうやめよう?これ以上嘘を続けても、あなたが傷付くだけでしょ?」


 妹はしばらくの間、叩かれた頬を押さえて私を見つめていましたが、やがて下を向いて静かに肩を震わせ始めました。泣いているのかと思ったら、その口から漏れ出したのは堪えきれなくなったような笑い声でした。


「……ふふっ…………くっ……ははっ……あははっ!」

「シャルロット……?」

「……いいわ姉さん、もうやめる。くだらない聖女のふりなんて、馬鹿馬鹿しくてやってられないもの」


 顔を上げたシャルロットは……美しかった空色の瞳が真っ黒に濁り、まるで別人のようでした。艷やかな金色の髪も輝きを失い、一気に年老いたような白髪に変わってゆきます。額に浮かんだ鱗状の痣は、明らかに彼女が人外の何かに染まろうとしている証でした。


「シャルロット……その姿は…………」

「私はね、姉さん……ずっと我慢してきたの。馬鹿な王子を優しく教え導いて、その他大勢のどうでもいい人たちにも笑顔を振りまいて、あなたたちが期待した通りの聖女の姿をちゃんと演じてきたでしょう?」


 シャルロットは冷笑しながら憎しみに満ちた漆黒の瞳で私たちを見回しました。


「なのにこれはどういうこと?聖女はもうお払い箱で、今度は姉さんが女神様ですって?あなたたちみんな頭がどうかしてるんじゃないの?」


 バッシュさんが再び長刀の刃先をシャルロットに突きつけ、周囲の騎士さんたちに捕縛を命じました。


「ただお前が自分から醜い本性を晒しただけだ。マルゴはお前と違って何かを演じるほど器用じゃない。だからみんなが信頼する」


 取り押さえられながら、シャルロットは笑い声を上げます。


「信頼?あはははははははっ!ただ便利に利用されてるだけよ、馬鹿な姉さん。せいぜい浮かれているがいいわ。あなたたち全員、すぐに後悔することになる。この女は女神なんかじゃない、ただの役立たずの案山子だって。立ってるしか能が無い案山子を信じて、縋って、何もできずにこの国が魔物に食い荒らされていくのを見ているといい。ふふっ……あははははははははははははっ!」


 ヒステリックな笑い声を上げ続けるシャルロットをそれ以上見ていられませんでした。騎士さんたちが抑えつけて口を縛るまで、とても聞くに堪えないような呪いの言葉を撒き散らし、自分で創り上げてきた完璧な聖女のイメージを自分で完膚なきまでに壊し尽くした末に、堕ちた聖女シャルロットは囚われの身となったのです。



 その数日後、厳重に警備された牢獄からシャルロットの姿が忽然と消えました。おそらくあの姿無き魔物ヨルムの手引きでしょう。そしてやがて、新たな魔王の影がまた少しずつエーテルランドと周辺の国々を覆ってゆくこととなります…………って、あらあら、いつから寝ちゃってたのかしら?ごめんね、ちょっとお話が長くなりすぎたわね


 私は本を閉じて、ベッドの上でスヤスヤ寝息を立てている可愛らしい銀毛の子犬たちを眺めます。読み聞かせるうちにすっかり自分がお話に入り込んでしまって、子供たちが寝てしまったのに気付きませんでした。


「眠ったのか?」


 静かに寝室のドアを開けて、子供たちを起こさないように囁くような声。私は振り向いて微笑みます。


「もうぐっすり」


 彼は子犬たちのフワフワした頭をそっと優しく撫で、目を細めます。


「相変わらず寝てる時はこの姿なんだな」

「不思議ね。安心して無防備になるとこうなってしまうみたい」

「だんだんコントロールできるようになるさ」

「だといいけど……」


 ベッドの隣に腰を下ろして、彼はぐっと私の肩を抱き寄せました。


「お帰りなさい」


 静かに口づけを交わして、彼の腕の中に身を預けます。


「もう何年もお前に会ってなかったような気がする」

「三日離れてただけじゃない…………でも、私も同じよ」


 もう一度口づけを交わして、私は彼の隣に横になりました。私が一番安心して私らしくいられる、彼の隣に。



~fin~



* * * * * *


 最後までお読みいただきありがとうございました。元々は長編として書き始めたお話をギュッと短編にまとめましたが、3万字オーバーは短編としては長すぎるので、キリのいいところで区切って連載版も掲載することにしました。内容は短編の方とまったく同じです。もし反響がよかったら連載で長編の方も公開していきますので、気に入っていただけたら感想や評価をいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。



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