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俺だけが二周目を知らない ~初対面の仲間が、なぜか俺を見て泣く~  作者: ぎょぴちゃん


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第17話 未来の日付の墓

【二周目 Day8・朝】


 八日目の朝、裏庭の土だけが新しかった。


 朝食の盆を運んできたミアに、窓から見える盛り土を指す。


「昨夜、ガルドは何を埋めた」


 盆の上でさじが鳴った。


「十日だけの客に、うちの庭のことまで教える必要ある?」


「まだそこを怒ってるのか」


「怒ってない」


「古いかじ道具」

「かじ道具に俺の名を刻むのか」

「特注品だったのよ」

「墓に見えた」

「目が悪いんじゃない?」

「両方一・五だ」

「それは知らなかった」


 言ってから、ミアは口を閉じた。


 知っている俺と、知らない俺がいる。


 その境目を一歩でも踏み越えれば、彼女の胸に黒い亀裂が入る。


「父さんに聞く?」


 聞いてほしくない顔だった。


「今は聞かない」


 ミアの肩が下がる。


「自分で見る」


 下がったばかりのミアの肩が、また上がった。


「……今の安心を返して」


 ガルドは北倉へ釘を届け、ハンナは共同浴場へ朝食を運びに出ていた。


 俺は裏庭の物置からくわを取った。


「本当に掘るの?」

「人の秘密を暴く行為としては最低だと思う」

「自覚があれば許されると思ってる?」

「自分の墓を放置できるほど行儀がよくない」


 ミアは止めなかった。


 代わりに、乾燥豆の盆を庭の台に置く。俺がくわを入れるたび、何か言いかけては口を閉じ、豆を一粒ずつ数え直した。


 三十センチほどで、刃先が布に当たった。


 土を手で除ける。


 布の表面は乾いていた。だが、昨夜から土中にあったはずなのに、下側まで土の湿りを一滴も吸っていない。


 石板を二人で引き上げた。


 重さは子供一人分ほど。表面にこけはなく、右上の角だけが不自然なほど滑らかだった。


 文字はこの世界のものだった。


 触れなくても読めた。


『カナタ・ベルン、ここに眠る』


 息を吸う音が、やけに大きく聞こえた。


 ベルン。


 宿の名であり、ガルドたちの姓だ。


 生年は空白。没日は、今日からほぼ三年後の日付。


 未来に死ぬという記録より、俺がその姓で呼ばれていたことのほうが胸に刺さった。


 俺は八日分の客だ。服も剣も部屋も、先にいた男の寸法に合う。石の縁を測るふりをして、右上にある丸いくぼみを三度も測った。


 死者は明日、皿を割らない。ミアを怒らせない。朝飯を四枚食ってあきれられることもない。そんな相手をうらやんだ自分に腹が立ち、測りひもを強く引きすぎた。結び目がほどけた。


 俺の親指を置くと、少し大きい。ミアの手が無意識に伸び、角に重なった。


 丸くくぼんだ場所に、彼女の親指はぴたりと収まった。


 ミアは火傷したように手を引く。


 触ったことがあるのか、と聞けば答えへ近づける。


 聞かなかった。


 代わりに自分の名を、紙に写した。世界の文字で書かれたカナタと、俺が書くカナタ。線の癖はまるで違う。それでも、どちらも同じ男を指しているらしい。


 死ぬのが怖くないわけではない。


 だが、三年後の日付より、ミアの指だけがそこへぴたりと収まったことのほうが怖かった。俺が知らないところで、俺を失った時間だけが確かにある。


 丸いくぼみの縁へ親指がかかった。削り広げれば、俺の指にも合う。腰の小刀へ伸びた手を、腿の下へ押し込んだ。


「これは、俺の墓か」


 ミアの唇が動く。答えは出ない。


「三年後、俺は死ぬ?」

「聞かないで」

「予言なのか。それとも俺は一度ここに来て――」

「言えないの!」


 盆が地面へ落ちた。


 乾燥豆が土へ散る。


 同時に、ミアの胸元へ黒い筋が走った。服の下で、皮膚より深い場所を割るように広がる。


 俺は問いを飲み込んだ。


「答えなくていい」


 肩へ手を回す。ミアの体は冷たいのに、胸の亀裂だけが熱を持っていた。


 台所二号を抜くことはできる。


 だが何を切るべきか読めない。言葉を禁じる命令か、記憶を守る仕組みか。読み違えれば、彼女の中に残るものまで傷つける。


 夕食の記憶を失ったガルドを思い出した。


 剣の柄から手を離す。


「ごめん」


 ミアが胸を押さえたまま言う。


「謝るのは俺だ。実害を知っていて聞いた」


 風が吹き、豆が一粒転がった。


 俺たちは地面にしゃがみ、一粒ずつ拾った。土を払い、割れていないものと、欠けたものを分ける。


 未来の日付は、すぐ隣で黙っていた。


 十一粒目を拾ったところで、俺は手を止めた。


「一つだけ聞く。たぶん、過去の話じゃない」


 ミアの指が固まる。


「墓のほうが、俺より扱いやすいか」


「死んでるほうがいいなんて言ってない!」


 塀に声が返った。


 胸の亀裂は開かなかった。


「俺も、そこまでは言ってない」


「言ったのと同じよ!」


 ミアは泣かなかった。


 拾った豆を数え、割れた十二粒だけ小袋へ移す。俺が手を出した側だけ、一粒も拾わなかった。


「捨てる分か」

「春の種。食べられなくても、増えるかもしれないから」


 その袋を墓石の上へ置き、ミアは盆を抱えて立った。


「それ、台所の窓辺に置いて」


 ミアが言う。


「春になったら、裏の畑へ植えるから」


 返事を待たず、台所へ入った。


 半刻後、石を洗う布を持って戻ってきた。俺も謝らず、ミアもさっきの問いには触れなかった。二人で布の端を持つには、距離が少し遠かった。


 引く方向が合わず、布は泥へ落ちた。同時に拾って額をぶつける。いつもならミアが笑うところで、今日は「痛い」とだけ言った。


「俺もだ」


「聞いてない」


 新しい布を取りに行く足音は荒かった。それでも二枚持って戻り、一枚は俺のひざへ投げた。


     *


 石を調べる。


 裏には『息子へ』の三文字と、ガルドのかじ印。縁には麦穂が三本、欠けた円が六つ彫られている。


 台所二号のつばとのみ跡を比べた。右上へ抜く角度が同じだ。印だけを盗んで刻んだ偽物なら、手癖まで一致しない。


「父さんが作った」


 ミアは事実だけを選んだ。


「少なくとも、同じ手が作ってる」


 布へ水を一滴落とす。


 染み込まない。しずくは昨日へ戻るように丸くなり、端から地面へ落ちた。


 石の角に、ごく薄く食事の匂いが残っている。


 麦のかゆ。鉄粉。まきの煙。


 石の裏に耳を当てても、声は聞こえない。代わりに指へ来たのは、炉の前で重い物をずらす腰の入れ方と、朝一番に布を濡らす手つきだった。


 台所から包丁の音がする。ハンナが誰かのつまみ食いを叱り、ガルドが自分ではないとうそをついた。石が炉の前にあった日にも、たぶん朝飯は冷めていった。


「墓なのに、家の中にあったのか」


 ミアは答えず、石の角から俺の手をそっと外した。


 側面ののみ跡を紙に写す。ガルドと同じ手、俺の名、六つの印、未来の日付。そこから『先に作った』と『未来から戻った』へ矢印を二本引いた。どちらも最後は同じ大きな疑問符になった。


 ミアが紙を取り、疑問符の端へ豆の芽を描いた。まだ怒っているらしく、俺には見せず石の下へ挟んだ。


「世界中の記録に俺の名がないのに、これは残っている」


 鑑定所で見た白い紙を思い出す。


「俺を世界へつなぐ記録だ」


 ミアが顔を上げた。


 墓石の裏、ガルドの印へ埋め込まれていた金色の石片が淡く光る。


 その光を、黒いものが横切った。


 刻まれた俺の名から、墨が一滴にじむ。


 地面へ落ちず、石の上で細い脚に分かれた。


『見つけた』


 声が頭の内側をこすった。


 かじ場でガルドの記憶を焼いたすすと同じもの。


 黒い文字は俺の名を一周し、意味をかいだ。


『空白は北』


 正確な名までは読めていない。


『関係は、宿屋。かじ師』


 土へ黒い糸が走る。


「触るな!」


 台所二号を抜いた時には、もう遅かった。


 文字は麦穂亭の基礎に潜り、床板の下へ消えた。


 ミアが先に台所へ走る。俺はしびれた右手で剣を持ち直し、一歩遅れて追った。


 食堂から、ページをめくる音がした。

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