プロローグ「父たちの戦い」
赤城山麓付近の村に“マ”が現れる
“マ”とは“禍”と言う言葉が口伝で伝わる内に省略された結果、モノノ怪そのものを
“マ”がでたと言う様になっていた。
赤城山麓近くの村。
その地で「水守神社」の宮司を務める君彦は澄んだ月夜を眺めながら月見酒を楽しんでいた。
『今宵の月も綺麗だ…』
そんな事を思っていた君彦の耳に
ヒューーーーッ!
と言う鏑矢の音が聞こえ君彦は鏑矢のする方を見る
ドスッ
鏑矢は弧を描くと君彦の家の庭につき刺さった
『鏑矢?』
君彦はすぐさま鏑矢に駆け寄り、矢に1枚の布が巻き付いているのを見ると布を取り広げる…
布に描かれた文字を見るなり君彦は飲んでいた酒を飲み干し、
「少し散歩してくるよ」
そう家内に伝えると真っ直ぐに“ある家”へと向かうのだった
コンコン…コン
赤城山麓の村に朝廷から派遣されたモノノフである宗則の家の戸が叩かれる
こんな夜更けに誰だと思いながらも宗則は戸を開けると
驚く事にそこに立っていたのは、この付近を守る「水守神社」の宮司を務める君彦であった。
君彦は何も言わず手に持っていた布を宗則に渡す
宗則も渡された布を広げ中の文字を見る
“マ”
布にはその一文字のみ書かれていた
しかし、その一文字を見た宗則の気配は一瞬でモノノフ特有の武士の気配を纏う
「矢作か?」
宗則はそれだけ言うと君彦の目を見る
君彦は無言で頷くと踵を返し、家へと帰って行った。
宗則の嫁トヨは村一番の器量良しと評判の娘であった
トヨは突然の来客と武士の気配を纏う宗則を見るとコレから何が起きるのかを悟り
無言で宗則の手入れ道具を宗則の持つ妖刀「白波」の近くに置く
やがて宗則が部屋の中へと戻って来ると
「明日は“湯漬け”にします」
とだけ言うと、奥の部屋にしまってある宗則の武具の手入れを始めるのであった…
湯漬け…モノノフが戦いの前に湯漬けを食し神社で祈願する
つまり、明日は宗則が戦いに行く事を理解したと言う事である。
「…助かる」
宗則はトヨに感謝すると明日に備え妖刀の手入れを始めたのであった。
翌朝、君彦の居る神社へ妖刀を携えた宗則が現れ、御神体に祈りを捧げると君彦から退魔の呪符を仕込んだ額当てを受け取り額に巻くと
宗則は君彦と共に無言で森の中へと向かって行く
まだ薄暗い森の中を進んでいると、いつの間にか前を1人の男が歩いていた。
しかし宗則も君彦も何も言わずに前を歩く男について行くのである。
しばらくして前を歩く男が口を開く
「…猪に付いてる」
恐らく君彦や宗則以外の者達には彼が何を言ってるのか理解出来てないだろう…
しかし君彦はソレを聞くと懐の呪符を数枚差し替え、いくつかの式神を足して用意をしていた…
「…怨霊か、厄介だな」
宗則もぽつりと独り言を言うと“清めの水”を取り出し口に含む
妖刀は人を選ぶ
そして、使い手を“ケガレ”させる
ソレを防ぐのが“清めの水”と“退魔の呪符”なのである
それぞれが準備を終える頃、前を歩く男が手を横にし2人を制止すると茂みに身を隠した
宗則達も彼に続いて身を潜める
チョンチョン
と、彼が前方を指差すとその先には“寝ている猪”が一匹だけいた。
見た目は普通の猪である
しかし君彦達はソレを悪霊だとそう信じていた
「矢作が悪霊だと言うなら、間違い無く悪霊だな」
宗則はそう言うと、ゆっくりと風下から猪の方へと歩む
君彦も懐から紙の束を取り出し矢作に渡すと
「…頼んだ」
とだけ言う
すると紙の束を受け取った矢作の姿が消える
逃げ出してしまったのでは無い。
矢作はこの辺りを熟知してる狩人なのだ
風通しや獣道などを熟知してる狩人に対怨霊の簡易結界の呪符と、
空へ逃げ出してしまわぬ様に式神を配置してもらっていたのだ。
やがて宗則が猪を間合いに入れ太刀を抜く
ソレを合図に君彦が式神を放ち猪を攻撃する
もし、猪が“普通”の猪ならば何も起きないだろう…
しかし、式神の攻撃を受けた猪は飛び起きると激しく暴れ始め近くにいた宗則に向かって攻撃を仕掛けてきたのだ。
「やはり怨霊か…」
宗則は妖刀を振り下ろし猪の首を狙い、一太刀で首を斬り落とした。
けれど猪は動き続け、体勢を立て直すと首の無いまま宗則に突進してきた
宗則の耳に君彦が祝詞を唱える声が聞こえてくる…
宗則は、猪の突進をかわすと剣先で猪の足を払い斬り落とすと
バランスを崩し倒れる猪を地面に縫い付けるように妖刀を突き立てる
「ーー急急如律令」
君彦の祝詞が完成すると猪は激しく痙攣しながらも君彦の術に抗う
ーやがて猪の中から“靄”の様な怨霊が抜け出すと怨霊は宗則の脇をすり抜けその場を去ろうと試みる
のだが、
パァーン!
と言う音と共に矢作が設置した呪符による簡易結界で怨霊が弾かれ地に落ちる
バサバサ…
地に落ちた怨霊に向かい今度は式神の群れが怨霊に貼り付き縛る
「…宗則」
君彦が宗則の名を呼ぶと同時に宗則の妖刀が怨霊にとどめを刺した。
妖刀の一撃で見事に祓われた怨霊が妖刀に吸い込まれる様に消えて行く…
「お見事です」
宗則に近寄り君彦が声をかけたが、宗則は内なる何かと戦うかの様に小刻みに震えていた
君彦はソレがいつもの事の様に懐から呪符を取り出し
妖刀を握る手に走る浅黒い筋の上に貼る
「また一段と色が濃くなってますね…」
呪符のおかげで楽になった宗則は
「コレはモノノフの“誉れ”よ」
と、浅黒い筋の分だけ多くの命を助けた事を誇る
「…ですね
でも無理は禁物ですよ。
あなたを必要とする者達がいる事を忘れないで下さい。」
君彦は宗則が立ち上がるのを助けながらも彼には帰るべき場所がある事を諭すのであった…
そう君彦に言われた宗則の頭に、家で待つトヨの姿と彼女のお腹の中に芽生えた小さな命の事がよぎる
「そうだな」
それだけを言うと宗則は自力で歩き出し、彼の前でたたずむ矢作の肩に手を乗せ
「相変わらず見事だよ矢作。」
と、寡黙な狩人に最大級の賛辞を贈る
「えぇ、今回も矢作のおかげで多くの者が助かりました。
あなたは最高の狩人ですよ」
2人から感謝され賛辞の言葉を受けた当の矢作はと言うと
少し遠くの山の麓を見ながら
「…まだ」
とだけ言うと夜の様に薄暗い森の中へと向かうのだった。
決して都に名を轟かせたモノノフでも無い宗則と、
安倍家の陰陽師に比べまだ未熟な君彦には
矢作と言う頼れる相棒の存在が必要なのだった…
宗則だけでは逃げられてた
君彦だけでは仕留め切れ無かった
けれど、矢作だけでは戦えない…
コレは父親達の戦い
やがて彼等3人の子供達がその役目を継ぎ戦いに身を投じるとは
この時の彼等はまだ知らなかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
本作品は、極力“チート”と言う物を排除した泥臭い物語を目指してます。
未熟な者達が傷つき支え合い助け合い成長する姿を描ければと思います。




