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ブライア=ガルニエの居城、ノーザンシセラス城。
雪深い辺境の地を治め守護するその城は、壮麗でありながら軍備の役割をも果たすよう、広大な敷地を堀や土と石の分厚い城壁で囲っている。橋を渡り、その城壁の間に造られた石造りの櫓門まで来ると、警備の騎士と御者とのやりとりが行われ、それから馬車が通される。
通りすがる間際、敬礼をしてくれた騎士に会釈をし顔を上げれば、あざやかな秋色が視界を染める。客人を迎える庭には、種々のオータムロゼッタの花が見事に花開いていた。
「相変わらず美しいわ……薔薇園でこのお城に敵うお庭は、国中探してもないんじゃないかしら」
「はい。まさに辺境の女あるじの城にふさわしい佇まいです」
やわらかな橙に温かみのある黄色、落ち着いた紅茶色。冬咲きのものが咲き始めれば、また色も移り変わっていく。
木々の向こうには水車が見える。美景の一部にも思えるが、実動している。表向きにはわからないが、城壁の内側には鍛冶場や工房、粉ひき場、菜園や果樹園、家畜小屋などが独自に設けられ、騎士団が見張りや訓練を行う馬場なども備えられている。いわば象徴的な城であるトルテュフォレとは異なり、ノーザンシセラスは支配者としての風格と気品を損なうことなく、実務的な面を強固に担った造りの城であった。
「昔は内緒で在駐の騎士さんたちに遊んでもらったっけ。馬に乗せてもらったり、高い場所にある果物やお花を採ってもらったり」
「覚えておりますよ。頬を赤くしながら、精悍な騎士様に果物をいただきましたと、私やリュカに見せに来られましたから。工房で小さな革の髪飾りを作っていただいたり、卵をいただいたり――お礼のお手紙も、何度したためたことか」
「ふふ、なつかしいわ。こっちに来たときは、お外で遊ぶことの方が多かったのよね。馬は、また乗りたいわね――でもきちんとした乗馬を習ったのは十代の頃だし、もう体も覚えていないかしら……あら?」
久しぶりに目にする景色と思い出を堪能していたエレノアは、ふとその中に異質なものが紛れていることに気付く。馬車が進むにつれ通り過ぎていく庭木の間に、一人佇む見慣れぬ青年の姿がある。
青年も馬車に気付いたのか、こちらを振り返る。
青に黒、赤に灰と段染めされた、不思議な色合いの厚いニットのクローク。目深にかぶったフードから垂れるフリンジのビーズの間から、褐色の肌と亜麻色の長い三つ編みが見えた。背が高い。遠目で顔つきはわからなかったが、なぜか目が合ったような気がした。
(どなたかしら……この辺りの方ではないみたいだけれど。クラウスのお友達? なんとなく……ヴァイス様の絵で見たような雰囲気のお方だったけれど。ということは南方の国のお方かしら。だとしたら、あのお姿……もしかしたら、お寒いのかも?)
馬車が進む間に、その不思議な出で立ちの青年も見えなくなる。自分でもなんだか呑気だなと思いながら、エレノアは視線を前に戻した。
「――エレノア様、ヘンドリック様。お待ち申し上げておりました」
「お久しぶりです、ルイスさん。お元気そうで何よりですわ」
「ありがとうございます。このような状況でなければ、心から再会をお喜びできましたのに」
迎えに出てくれたのは、この城で執事長を務めるルイスだった。幼い頃からの知り合いでもある。年齢はヘンドリックとそう変わらないように思うが、体格のいいヘンドリックに比べると細身で、やや神経質そうなイメージがあった。顔のしわも数を増やし記憶の中の姿より老いた気がしたが、その声はいまだ明瞭だ。
「調停には巻き貝の間をご用意しております。別室にてお召し物を控えさせていただきますので、ご案内いたします」
「ありがとう」
古の海より来たりし化石珊瑚を用いたノーザンシセラスでは、部屋名がすべて海のものになっている。水中宮殿と思えば、普段見慣れない城中はいっそうきらきらしく見える。
「ところで――本日の調停に先立って、エスタシオン男爵夫人がいらっしゃると伺っているのですが。……ルイスさんはお会いになりましたか?」
「はい」
「ご様子は?」
「申し訳ございません。法務省の方より、調停に関わることは一切を黙するようにと仰せつかっております」
「あ……そうですよね。ごめんなさい」
「とんでもないことでございます。エレノア様がお悪いなどとは、奥様やクラウス様をはじめ私ども使用人一同、誰ひとりとして思ってはおりません。しかし今昔の感に堪えないと申しますか、よもやトルテュフォレがこのような俗事に巻き込まれるとは……心中、お察し申し上げます」
「仰るとおり、時代の流れでしょう……勉強と経験と思って、お受けさせていただきますわ」
「クラウス様も大変お心を痛めておりました。しかしながら、薄幸の乙女を誑かして人心を惑わせ、争わせるとは。古今東西、世が変わろうとも、人の在り方はそうは変わらないのかもしれません」
話しながら、数ある部屋のひとつに通される。すでに数人のメイドが控えており、帽子やケープを丁寧に預かってくれた。
どうせ外に出向くならと衣替えをしたが、ノーザンシセラスはトルテュフォレに比べるとやはり少し空気が温んでいる気がする。鏡の前まで導かれ、それに従えば、メイドたちが髪やブラウス、ジャボの形を整えてくれた。
秋冬用の厚めのワンピースはまだ少し重たく感じるが、春夏の装いに比べややボリュームアップしたパニエが作るスカートのラインは、ふんわりと丸みを帯びていてお気に入りだ。他人に見せるものではないが、色もジャボとおそろいの藍色でちょっとしたこだわりがある。自分で見る分には、ふわふわのチュールも愛らしく見えた。
その間にテーブルに紅茶が用意され、フルーティーな透き通った香りが漂ってくる。
メイドたちに礼を告げると、彼女らは礼儀正しく頭を下げて退出していった。
「お時間になりましたら改めてお呼びいたしますので、それまではごゆるりとお過ごしください」
「お言葉に甘えさせていただきます。やはり、慣れないことで緊張してしまって」
「……調停の場では、アリーチェ様はもちろんですが、奥様やクラウス様、我々ノーザンシセラスの者も表立ってはお力になれないでしょう。しかしながら、皆々その心だけはエレノア様のお側に」
「ルイスさん……」
ルイスは内緒話をするように鼻先で人差し指を立てる。それからヘンドリックと短く言葉を交わすと、一度退出を願い出た。――だがその間際、エレノアはふと庭の青年のことを思い出す。
「あ――そういえば正面のお庭で、少し変わった服装の殿方をお見かけしたのですが」
「ああ――それはおそらく、今回の調停のためにお呼びした他国の法学者です。特定の権力や組織と結びつかぬよう近隣諸国を跨ぎ生活し、平等な立場で調停や裁判の立ち会いや判決を担うお役目の方でして。お父上と後継ぎであるご子息様お二人でのご滞在ですので、そのどちらかでしょう」
「法学者……? そのような方がいらしたのですね」
「はい。昔の慣例に基づくもので、大きな裁判や調停などでは両者に禍根が残らぬよう、判決や評定には利害関係のない他国の者を雇ったそうです。念のため、今回もお呼びしたのですが――しかしながら、こうして国として法務を扱う公的機関ができ、制度や行政官がまっとうに成熟していけば、いずれはなくなるお役目かもしれません。後ほどご紹介があるかと存じます」
「そうですか――ああ、引き留めてしまってごめんなさい。ありがとう」
ルイスは一礼すると、今度こそ部屋を後にする。
それから少しの時間、二人は相談を交わしながらありがたくお茶を頂戴し、心を落ち着けつつ再度の迎えを待ったのだった。




