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精霊の幸う国の古城管理人【第一部完結済み】  作者: 橘 佐和
第七章 特別なお客様

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 その警備隊の一団の後ろから、ソワレに案内されて品のよい年配の老人と儀仗服に身を包んだ女性がやってくる。二人を目にしたエレノアは、途端に顔を輝かせた。先程の探し人が、そこにいる。

「――パトリック先生、リン!」

思わず上げてしまった声に、客人に紛れそれを戒める咳払いが聞こえて、エレノアは慌てて居住まいを正す。

 それに老人は顔のしわを深めると、帽子を取って恭しくお辞儀をしてくれた。

「今日はお招きいただきありがとう、エレノア君。いや、もうレコンフォール様とお呼びしないといけないね――立派になって」

「そんな――わたくしは今でも、パトリック先生の教え子の一人ですわ。先生、本日はお忙しいところお越しくださって本当にありがとうございます。来年の春には退職なさって、故郷に戻られると伺ったもので――」

「ああ、私もいい年だからね。無事に校長まで務めさせてもらったし、大人しく息子夫婦の言うことに従うことにしたんだよ。しかしいい土産話ができた――お城のパーティーなんて、早々招かれるものじゃあないからね。この歴史ある城と見事な庭を目に焼き付けて、招待状を見せびらかしながら昔の友人たちに教え子自慢をしてくるよ」

「それは光栄です、先生」

 お茶目に笑う老人――パトリックは、エレノアの初等科時代の担任教師であり、エレノアにとっては恩師でもあった。

 シセラスの街の有力者は大抵王都から家庭教師を呼び寄せ、一般教養のみならずダンスや楽器、詩、社交界での礼儀作法など、最新の貴族教育を子供に施す。だが歴代のレコンフォール家の子供たちは、街の人間と交流を持ちその生活を学ぶよう、慣例的に街の学校に通うことになっていた。

 しかしその子供たちは、まず自らの生活との差異や現実を知り、驚愕と困惑から学校生活をスタートさせることになる。

 学校は初等科と中等科までが一緒になっていたが、特に初等科時代のエレノアはその差から生まれる軋轢あつれきに悩まされ波瀾万丈な学校生活を送っており、パトリックは度々時間をいて、エレノアの相談に応じてくれていた。

「――先生からは、本当に大切なことをたくさん教わりました。その教えとご期待に背かぬよう、これからもトルテュフォレの家令として、誠実に努めてまいります」

「うん――お祖父様がお亡くなりになったあと、そのお立場とこのお城を継いだとは伺っていたが、あの執事の青年の話を聞く限り大丈夫そうだね。人を育てることは難しい。使うことはさらに難しい。しかし〝泣き虫とうもろこし〟であった頃の君も今の君も、きっと本質は変わっていないのだろう。とうもろこしは、まっすぐ天に伸びる。その茎を支える根も深く、頑丈だ。実は人々の糧となり、葉は朽ちようとも次の土を育む助けとなる。不名誉だったあだ名がいつか君の誇りになるよう、ここを離れても願っているよ」

「先生――」

目頭が熱くなるのを感じて、エレノアは無理に笑う。

「いやはや、年を取ると説教臭くなっていかんな。ともあれ今日は、不意の同窓会と思って楽しませてもらうよ。警備隊の中にも懐かしい顔がある。しかし君をいじめていたやんちゃ坊主たちが、立派な制服を着て君と君の城を護るとは――まったく、男という生き物はいくつになってもどうしようもないねえ」

「とんでもない、今となっては皆さん頼もしい存在ですわ」

「バカ……。鈍いわね……」

 それまで黙っていた、儀仗服の女性が呆れたように息を吐く。それにパトリックは大きく笑い、場を女性に譲るように一歩を横に逸れた。

「さて、では私も紅茶を一杯いただくよ。実は私は、美味しい紅茶に目がなくてね」

「あら、でしたらお好きなだけ召し上がっていってください。本日は特別なお茶も、最後にお出しいたしますので。あと――お手紙をお書きしたいので、後ほどお引っ越し先のご住所を伺ってもよろしいでしょうか」

「ああ、嬉しいねえ。ぜひお願いするよ」

「はい!」

そうしていそいそとロングテーブルに向かい、子供らに混じってカップを選ぶパトリック。先生、先生と呼ぶ声が聞こえるので、きっとエレノアの後輩にあたる子たちもいるのだろう。懐かしさに胸が熱くなる。

 エレノアはその懐かしさのまま、残された儀仗服の女性に向かい合った。

「リンも来てくれてありがとう――警備隊に招待状を出しても、ちっとも顔を見せてくれないんだもの。どうしたの? でも会えて嬉しいわ、わたしもなかなか街に降りられないから。最後に手紙のやりとりをしたの、いつだっけ? たしか春の終わり頃よね。わたしも今年の夏は特に忙しくて――でも元気そうでよかった。そうだ、お母様と弟さんもお元気?」

「……相変わらず、よく回る口ね」

 思いの丈をいっぺんに口にすれば、女性はどこかほっとしたように全身の力を抜き、ようやく破顔する。

「久しぶり、エレ」

女性――リンは波瀾万丈だった学生生活の中、もっとも親交を深めたエレノアの親友であった。父やカルロとはまた違った形で深めた友情だったが、エレノアにとってはかけがえのない存在だ。

 昔はエレノアの方が背が高かったのに、今は頭一つ分くらい抜かれている。すらりとしていて、儀仗服姿がよく似合う。男装の麗人という言葉のとおり、男性が纏うのとはまた異なる魅力がある。

「本当に久しぶり。ああ――ここがトルテュフォレでなければ、抱きついて再会の喜びを分かち合えたのに」

「見るからにうずうずしないで……恥ずかしい。……でも安心したわ、なにも変わってない」

「え、どういう意味?」

「いや――出会った頃みたいな、変なしゃべり方してるから。完璧にお嬢様になっちゃったかと思った。いや、お嬢様なんだけどさ」

「それは仕方ないのよ……。今だって、ヘンドリックにバレたら叱られるわ」

「まだ叱られてるのね……大変そう。ああ、母さんたちは元気よ。お城のパーティーに行くって言ったら、母さんなんか泣きながら喜んでたよ……。エレノアちゃんに恥をかかせないようにしなさいって、何度口すっぱく言われたか。弟にまで心配されて、形無かたなしだわ」

「それでどことなく緊張してたのね」

「うん。こんな形で会うなんて、思ってもみなかったし――あ、私の方は元気というか力が有り余ってるというか。そのせいで、今までティーパーティーには来れなかったんだ。ごめん」

「どういうこと?」

「トルテュフォレのティーパーティーに参加できるのはほとんど夜警に関わる人間でしょ。で、城に立ち入ることになる夜警は、腕っぷしが強いことに加えて素行のいい人間が選ばれる」

「……つまり?」

「犯人を捕縛する際にドアを蹴破ったりテーブルを破壊したり、怒号を上げて犯人を殴りつけて、壁に穴をあけるような警備隊員は選ばれない、ってこと。今日はパトリック先生が口を利いてくれて、隊長にも絶対に騒ぎを起こしたり物を壊さないって約束させられて、なんとか潜り込めた」

「潜り……って……ふふ、あはははっ」

まるで泥棒でも企むかのような言い分に、エレノアは立場も忘れて笑い出す。そのわりに初等科時代と同じような約束をさせられていて、なにも変わってない。

 先生が言ったとおり、お互いに根っこの部分は何も変わっていない。

 それが嬉しくて、楽しかった。

「――エレノア様」

「あ――ご、ごめんなさい……ヘンドリック。つい……」

 が、さすがに見かねたヘンドリックが自分をたしなめに来て、エレノアはなんとか笑いを収めようと口から出かかる声を頬に留め、取り繕う。リンもそれをかばうようにヘンドリックの前に立つと、美しく敬礼した。

「ヘンドリック様、お久しぶりです。初等科のときに、エレとご一緒させていただいたリンです。……覚えて、くださっているでしょうか」

「――リン様。そうでしたか、お久しぶりでございます。ご立派になられて」

ヘンドリックも話し相手がかつての級友だと知ると、多少は叱る気も抑えてくれたのか、頬を緩め一礼を返す。

「お懐かしいお顔が拝見できて、嬉しく存じます。エレノア様とお二人、ガルニエ侯爵をはじめ街の錚々(そうそう)たる面々を相手に大事を成したこと、今でも覚えております。城に遊びにいらしたことも――」

「とんでもない……あの頃の私は野良犬のような子供で。ヘンドリック様やリュカ様、ウィシュカ様のおかげで、その後は本当にまともな暮らしをさせていただきました。トルテュフォレの皆さんには、家族皆が感謝しています。私など、今でも仕事先で市政に携わる方々と関わる際はお声掛けいただくこともあり、随分と良くしてもらいました」

「それはあなた様の今日までの姿勢や行動が、正当に評価されただけでしょう。ご家族のことも――そういえば、弟さんもいらっしゃいましたね。建築関係の職人組合に入ったと、以前エレノア様へのお手紙を通じてお伺いしたような」

「はい、今は親方の元で修行中です。修行は厳しいようですが、この頃は資材の加工を許してもらえるようになったそうで。クローマチェストがはるか千年の歴史を刻んだときにも、トルテュフォレの城がここにあるように――と。意気込んでいます」

 そこまで話して、ヘンドリックはリンの背後でエレノアがむくれているのに気付く。振り向いたリンも思わず吹き出し、そのふくれた頬を両方からやわくつぶした。

「――もう、二人とも。そういう話はわたしがするべき話じゃない?」

「ごめんごめん。つい……なんだかいろいろ、懐かしくて」

「……うん、そうね。リュカ様ももういらっしゃると思うから、顔を見せてあげて。ウィシュカもきっと、特別美味しいお茶を淹れてくれるわ。()()()()()()もね」

「それはもう、お腹いっぱい頂戴するわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――エレも時間ができたら、話に来てよ」

「うん、絶対行く」

二人は互いに悪戯っぽく笑い合い、結局我慢できなかったエレノアがリンに抱きついたところで、ヘンドリックから待ったが入って引き離されてしまう。

 リンはロングテーブルを仕切るウィシュカにも盛大に迎えられ、言葉どおり山と盛られたサンドイッチやお菓子の皿を手に、仲間たちの元へ向かっていった。

 それをほほえみながら見送るエレノアの元へ、ソワレがやってくる。

「エレノア様、今の女性は……? ご学友と伺いましたが、ずいぶんと親しいご様子でしたね」

「ええ。彼女はわたくしの初等科時代の友人――いえ、親友です。お弁当のサンドイッチを盗られて、よく泣かされたわ」

「と、盗られた?」

「学校といっても、お昼ご飯を持って来られない子の方が多かったのよ。祖父やヘンドリックたち使用人に守られ、毎日ウィシュカの美味しいご飯を食べて飢えることを知らずに育ったわたくしにとっては、それは衝撃的な出来事でした」

「……」

ソワレはいつかと同じように、複雑そうな笑みを浮かべて相槌を打つ。

「それでわたくしもお腹が空いたまま午後の授業を受けて、何日も何日もサンドイッチを巡る攻防を重ねていたのだけど――そのうちにいろいろ話すようになって、すごく仲良くなったの。二人でね、いろんな大人の人に掛け合って、給食の制度を作ってもらったのよ」

「給食――ああ、あの初等科に配られるパンやミルクのことですね」

「ええ。今はスープやちょっとしたおかずとか、もう少し、良くなってると思うけど――そのために街中駆け回ったから、リンは今でも社交界の方とも面識があるのでしょうね。――あら、職人組合の方々がお見えになったわ。この話はまたいつか、機会があればね」

「はい、楽しみにしています」

明るく語るエレノアに、ソワレも穏やかに笑む。

 めったに会えない友人との思い出話は尽きない。だが庭の向こうから、また新たなお客様の一団が見えて、その話はそこで終わりになった。

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