魔女との遭遇
「タクちゃん、電話だよ」
わっ。
翌朝、目覚めると、すぐそばにおばあちゃんの顔があった。
コードレスの電話器を置くと、おばあちゃんはすぐに出て行った。
「タクヤ、あんた大丈夫ーー?」
お母さんの声だった。
「寝ションベン垂れたんだってーー? なにやってんのよ。ジュース飲み過ぎじゃないの? 家でヤッタラ、ただじゃおかないからねーー」
現実が戻って来た。キビシーーい、現実が。
「タクヤさ、マリナちゃんて覚えてる?」
突然の質問に、僕の心臓がドクンと鳴った。
「う、うん」
「あんた、マリナちゃんのこと好きだったよねー」
何という大胆な発言。
そういうデリケートな質問は、心の準備が出来てから聞いて欲しかった。
あんた、ストレートボールしか投げれないの?
「昨日ね、マリナちゃんから絵葉書来たよ。来週、東京に遊びに来るんだってさ」
「な、なんで?」
「なんでって、なによ。マリナちゃん、お父さんの仕事の都合で、北海道に転校しちゃったでしょ。だけど、こっちにおじいちゃんとおばあちゃんがいるから、遊びに来るのよ。当たり前じゃん」
「じゃ、転校したって、本当だったの」
「あんた、宮崎行って、ボケちゃったんじゃないの? そっちは、暑いからねー。今日、帰って来たら、思いっきりネジ絞め直してあげるからね」
いつもなら恐怖に震えあがるお母さんの脅し文句も、ゼンゼン効果がなかった。
僕の頭に、昨日の夜のラベンダー畑での出来事が蘇った。
あのマシュマロの様な唇。
付き合ってよと言った、マリナちゃんの真剣なまなざし。
もしかしたら、来週、それが現実になるのかもしれない。
「おじいちゃんとおばあちゃんには、ありがとうございましたって、ちゃんと言っといてよーー。じゃーねー、バイバーイ」
ガチャ。
朝ごはんが終わると、お母さんに言われた通りに、おじいちゃんとおばあちゃんに、ありがとうを言った。
二人は、僕の頭をなでながら、またおいでと笑った。
「うん。僕、またきっと来るからね」
来る前は少し憂鬱だった事が、まるで嘘の様に思えた。
「じゃ、行くぞ」
お父さんが言った。
「ちょっと、待ってて」
お父さんにそう言って、僕はあの部屋に向かった。
ナデットにも、もう一度お別れを言っておきたかったからだ。
ナデットは、いつもの様にスマシタ顔で壁にもたれかかっていた。
「ナデット、きっとまた来るからね」
もしかしたら、何か言ってくれるかと期待したけど、まったく動く気配は無かった。
「その子は、ナデットっていうのかい?」
知らない間に、おばあちゃんが立っていた。
「うん。そうだよ」
僕は、自慢げに言った。そして、言い出せなかった事を、話そうと決心した。
「これは、二人だけの秘密だよ」
僕は、人差し指を口の前に立てて、言った。
「おや、どんな、秘密かね」
おばあちゃんは屈んで、僕と同じ目線に合わせてくれた。
優しいくほほ笑んでいたけど、目だけが笑っていなかった。
僕は、少し後ずさりした。
初めてこの部屋に入った時と同じ、違和感を感じた。うるさかった、蝉の声が止んでいた。
警告。ケイコクってなんだっけ?
何故か、これから言おうとしていることに、とても不安を覚えた。
「お、おばあちゃんは、ネコだって言ってたけど、ナデットはネコじゃなくて、ホンとはトラなんだよ」
ほーーォ。
おばあちゃんはそう言ったきり、口を噤んだ。
やがて顔から笑みが消え、何かを考えている様に小さく首を傾けた。
目は、次第大きく開かれ、ギロリと僕を睨んだ。
ゴクッ。
僕の全身から、アブラ汗が噴き出して来た。
ウイーーーン。
居たたまれなくなったように、僕のコンピュータが動き始める。
ガッ、グギギッ、ガッ、ゴッ....。
チー&&ー*%ーン。
おばあ*&・ち#ゃん・##もし**か・Sh&タ*$ラ%%・?ま?・じ・y・ォ??
グシャ。
コンピュータの壊れる音がした。
「わっ?」
おばあちゃんの顔が、目と鼻の先にあった。
目が吊り上がり、口が大きく裂けている。
「そんなこと初めから知っとたよ。あの子は、ワシの弟子じゃからね・・・」
「・・・・・」
恐怖で、声が出ない。
ボトッ、ボトッ。
突然、天井から黒いものが落ちて来た。
足元を見ると、毒蜘蛛のタランチュラだった。
落ちた瞬間は、止まっていたのに、ゆっくりと僕の方に向かって歩き出す。
ボトッ。
背中に一匹が、引っ掛かった。ゴソッ。
僕の首に向かって這い上がって来る。
ギャーーーー。
オ・シッコ・モ・レ・タ・カモ?
気が付くと、僕はお父さんの背中の上で、日豊本線の電車から降りるところだった。




