出現-02
現地時間、二千十八年七月二十五日、午後五時二十分。
その日、久野優奈と瀬上直哉は顔を合わせていた。
彼女達の間に居るのはニコニコ笑顔を浮かべたままの七瀬七海であり、優奈は真っ直ぐ直哉を見ているものの、直哉はツンとそっぽ向くだけである。
「で、今日は何さ」
「今、そっちの豊穣志斎ってマッチョも、ウチのマッチョも出かけてるだろ? いい機会だから色々話して親睦深めようぜって提案を七海さんにしたんだよ」
「ふーん。まぁ今日はあのお姉さんいないみたいだし、いいけどさ」
三人がいる場所は秋音市の駅前にあるカフェの一つで、屋外にイートインスペースがあるので天気の良い日はそこでゆっくりとコーヒーを飲む事がOLに人気ではあるが、今は休日の夕方五時頃、七月の炎天下を外で過ごしたくない一般市民は中のスペースで過ごしている。
「それより、ボクはヤだよ。一緒に手を取って戦いましょう、なんてさ」
「嫌な理由はなんかあるのか?」
「必要ないからだよ。ボクと志斎だけで、どんなヴァンパイアだって倒せる。逆にボク達に関係ない敵が現れたら、そっちだけで解決してほしい。
ボク達はヴァンパイアとしか戦わない。ヴァンパイアが絶滅したら、ボクはアルターシステムを聖邦協会に返して、普通の男の子として生きる事にする」
「でもお前は災いとも戦ったじゃんか」
「目の前にいたんだ。誰かが被害に遭うかもしれないなら、それは戦うよ」
「矛盾してないか?」
「してない。知ってて誰かを守れる力があるのに守らない男は最低だ。力を持つ人間は、それを理解しなきゃいけないんだ」
「ふふ。優しい男なんだな」
「おだてたって無駄だもーん」
七海と優奈は苦笑いを浮かべ、その上で彼へ言う。
「ナオ、俺達はお前が大変な時に、何もしてやれなかった。
ヒーロー大集結みたいにさ、ピンチに現れて敵を一緒に倒して、なんて事が、俺達には出来なかった」
「……別に、怒ってないよ」
「でもお前の言う通り、力がある人間は、それを理解しなきゃいけないんだ。
知らなかった事とはいえ、俺達にはお前たちを助ける力があった筈なのに。
だから、ゴメン。お前のお婆ちゃんを守れなくて。ピンチの時に駆けつける事が、出来なくて」
「……やめてよ、ボクがイジワルみたいじゃんか」
「イジワルなのよ、ナオ」
「もう……分かった。ボクも可能なら協力するし、この間ボクが言った事はもう怒ってないし、君たち二人がボク達を助けに来れなかった事も、もう分かってるから。
――だから、ボクの方こそ、ごめん」
最後にはシュンとして、頭を下げようとしたナオが、突如顔を上げた。優奈も同じくだ。
「何だ、コレ――!」
「ユーナ、七海を安全な場所にお願いっ!」
イートインスペースを飛び越え、ナオが走り出す。
優奈はレジに伝票と多めの現金を置いて店を退店し、四六のオフィスまで七海の誘導を開始した。
**
現地時間、二千十八年七月二十五日、午後五時三十二分。
神崎美咲は、花江に頼まれた買い物の袋を持ったまま、秋音市民病院前を通り過ぎた所で、不意に眼前に現れた少女に驚きを隠せなかった。
元々彼女の前に居たわけでは無い。いつの間にか、ほんの一瞬瞬きをした時、彼女は現れたのだから。
「え」
「アンタ、ナナセナナミ?」
「あ、え、その、ち、違います、けど」
「なーんだ。すっごくおっきい虚力だったから、てっきりアンタの事かと思ったのにね」
少女はガードレールに腰を掛けていたが、すぐに離れて手をパンパンと叩いた。
民族衣装のような貫頭衣を着込んだ、橙色のショートヘアをした少女だ。東洋人らしい顔立ちではあるが、少々茶色がかった日焼けがボーイッシュにも見える。
ニヒッと笑った彼女の言葉は、確かに「虚力」と、そして「七瀬七海」と言った。
「もしかして、その……せ、聖邦協会って組織の関係者さん、です……か?」
少女に危険性を感じなかった美咲は、どもりながらも問いかけると、少女も「んー、ちょい違うけどそんな感じ」と曖昧に答えた。
「アンタでもいいかも。アンタも良い虚力してるね」
「えっと、その、ありがとうございます……?」
「ねぇ、アタシたちの為にちょっと力を貸してくれないかなぁ?」
「な、内容によりますけれど……」
苦笑し、彼女の言う力を貸してほしい事の内容を聞き出そうとした、次の瞬間。
少女はニタリと不気味な笑みを浮かべ、美咲の顔面を掴み、指先の握力を強めた。
「い――ッ!?」
持ち上げられる身体。軋むように痛む頭蓋骨。指の隙間から見える少女の表情は、しかしそれでも笑っていた。
美咲も、ただ成されるがままであったわけではない。足を振り、蹴り、自分を掴む手を離させようと掴み、腕に力を込めたりした。
しかし、上手く全身の力が抜けていくような感覚を覚えて、美咲はその感覚が何かに似ていると思い出す。
「虚力を……奪って、る……ッ!?」
かつてフォビドゥンという災いに虚力を奪われた事のある美咲の感覚は正しかった。
「あはっ、何コレ何コレ。奪ってもどんどん湧いて出てくる。アンタホントに人間? 神霊とかじゃないもんね!?」
「残念、ですけど……人間ですっ!」
美咲は一度深呼吸をした上で、身体全体に虚力を行きわたらせ、自身から暴風を生み出した。
彼女は【巫女】として自身の虚力を風に変換する能力を持ち、強大な虚力を用いた暴風は、少女を数メートル吹き飛ばすまでの威力であった。
二人の距離が離れた事を確認しつつ、アルターシステムをポケットから取り出した美咲。
両手中指に装着したアルターシステムを合致させて手首を捻り、アルターシステムを稼働させる。
「変身っ」
プリステス・乱舞へと変身する美咲。彼女は鯉口を切り、滅鬼の刃を少女へと向けた。
「貴女、何者なんでしゅか?」
「あ、噛んだ」
「~~~っ、つ、ツッコまないでくだしゃいっ!!」
「まーた噛んだ」
「あーもー穴があったら入りたい……っ」
表情を真っ赤にさせる乱舞と、ケタケタと笑う少女の対比。彼女は一通り笑うと、自らを指さし、自己紹介を始めた。
「アタシ、カリス。ミューセルから来たアリメント」
「ミューセル……エネミーの居る異世界と聞いた覚えがありますけど」
「喰われる為だけに存在する、エネミーのメスだよ。アタシたちはエネミーと戦う事で、喰われなかった戦士・バルキリー。だからそんじょそこらのエネミーよりかは強いんだー。そんでもって」
パチンと指を鳴らすカリス。彼女の合図に従い、秋音市民病院の屋上から突如として三体の機械が来襲し、コンクリートを割った。
それは、志木が見せた写真にあった、謎の兵器だった。ウイン、ウインと稼働音を奏でながら、それらは乱舞へと向いた。
「これが【エルス】、アタシたちバルキリーがエネミーのシェリルに造ってもらった、エネミーを退ける為の兵器だよ」
「これを、あなた達が」
「これはヴァンパイアの血を用いて動いてるけど、虚力を注入して動かしても良いの。
だからアンタみたいに虚力が多い奴をひっ捕らえて利用しようと思ってたんだー」
ここまで律儀に説明をしてくれたカリスに、却って不信感が募る。
「……私に、その役をやらせようと?」
「そだね。もしくはナナセナナミの場所を教えてよ。そしたらアンタは見逃してあげる」
そんな二者の会話に、一人の声が割り込んだ。
「聞き捨てならないね」
今、周辺は乱舞のアルターシステムによって一般市民の侵入を防いでいる。にも関わらず、彼女達の話に割って入れる人物は――
「ボクの七海を、そんな風に利用しようとする奴、許すと思う?」
瀬上直哉だ。彼はアルターシステムを整えながら近付いており、カリスは彼を見て更に笑みを強くした。
「アンタの血でもいいんだよ、ヴァンプちゃん」
「それなら歓迎するよ。――ボクを狙ってくれた方が、簡単にやっつける事が出来るしね」
エルスが重たい四肢を動かして、直哉へと襲い掛かろうとする。
しかし直哉はアルターシステム同士を合致させ、手首を捻り、カチリと音を奏でさせる。
〈Alter・ON〉
「変身」
〈HENSHIN〉
光りと共に、瀬上直哉からアルタネイティブ・ヴァンプへと変身を果たした彼女は、もう一度アルターシステムを繋げ、一本の光輝く剣を生み出し、振り込んだ。
エルスが持つ鋼の体を切りつけるも、しかしダメージはない。
彼の持つ聖剣は退魔兵装としての力を持つものの、魔の性質を持たぬヴァンパイア以外の者へは、単純な刃物でしかない。
しかし、ヴァンプはそれでも、続けざまに三機のエルスに向けて刃を通していく。
乱舞へと近付くと、彼女へ「戦わないなら下がってて」とだけ言い残し、再び駆ける。
「あ、いえ、私も」
と、乱舞も戦線に加わろうとした時、カリスが彼女の前に立ち塞がる。
「アンタはアタシの相手してよ。詰まらないじゃん」
「どうして、こんな。あなた達はエネミーと戦うだけじゃ飽き足らず、人間にまで牙を剥くんですか!?」
「そんなの簡単だよ。人間は知っちゃったんだよ、ミューセルって世界を。だったらいつ人間がミューセルに攻めてくるかもわかったもんじゃない。
だから先手必勝、そうなる前にアタシたちが人間たちを支配しようって考えただけ」
カリスは、いつの間にか掌に持っていた二つの指輪を――両手の中指に装着し、それを乱舞へと見せつけた。
色は、朱と銀の二色だった。
「それは――アルターシステム!?」
「そうだよ。聖邦協会が作ってた量産型をちょっと改造した……ね?」
両手中指に装着されたアルターシステム同士を合致させ、手首を捻る。
〈Alter・ON〉
「変身」
〈HENSHIN〉
機械音声と共に、放たれる光。
光りが収束すると、そこには先ほどまでいたカリスでは無く――アルタネイティブとして生まれ変わり、今まで着込んでいた貫頭衣では無く、ヴァンプに近いアーマーを着込んだ姿だった。
色は黒と銀。高く振り上げた右手が、今人差し指を天に向けた。
「名乗るなら、そうだね――アルタネイティブ・ヴィヴィット・カリス、って所かな」
彼女――アルタネイティブ・ヴィヴィット・カリスは、いつの間にか手に持つ、ヴァンプと同じ聖剣をブンと振り込んで、乱舞へと襲い掛かる。
一撃が叩き込まれる。長太刀【滅鬼】で一閃を防ぐものの、衝撃が全身を襲うようで、乱舞は歯を食いしばる。
「これ――さっき私から吸い取った虚力を使ってっ」
「あは、よく分かったね! アタシは虚力を収集し、自分で使ったり何かに転用する事が出来る! だからこうして、直接戦闘に使う事も出来るし」
ガッ、と乱舞の首を掴み、地面に組み伏せるヴィヴィット・カリス。
「変身中も、好きなだけ虚力を奪える。サイキョーじゃない? アタシ」
ペロリと、舌なめずりをしながら乱舞を眺めるヴィヴィット・カリスが、そこでふと、表情をしかめた。
「あー、アンタの虚力多過ぎて、一度に吸いきれないや。ここまで」
そう言って手を離したカリスが、乱舞のアルターシステムを無理矢理外し、神崎美咲へと変身を戻させた。
美咲は急に大量の虚力を奪われ、意識が遠退く感覚を覚えながらも、必死に目を開こうと踏ん張っている。
「じゃ、続きはどっかのベッドでやろっか」
美咲の髪を掴んで、引っ張るようにするカリス。
しかし――そんな彼女の手を弾き、肘打ちで吹き飛ばす、新たな乱入者が。
溜息と共に、ヴァンプがヤジを飛ばす。
「遅いよ、レッド!」
「すまん、七海さんの避難に手間取った!」
アルタネイティブ・レッドだ。
彼女は美咲の身体を抱え起こし、身体に怪我などが無いかを軽く確認した後、電柱に激突したヴィヴィット・カリスへと向け、駆けた。
ヴィヴィット・カリスは頭を少々ふら付かせながらも、今まさに襲い掛かろうとするレッドを迎撃すべく、聖剣を振り込んだ。
その威力は、命中すれば確かな破壊力となろう。
しかし、アルタネイティブ・レッド――久野優奈の得意とする【崩沈技】は、カウンター柔術だ。
振り込まれる聖剣を握る手首を一瞬で捻り、剣の軌道を変えるばかりか、彼女の身体そのものを横転させ、そのまま彼女の腹部へ、重たい一撃を叩き込んだ。
「ガ――ッ!?」
衝撃に耐え、死にこそしなかったヴィヴィット・カリスだったが、気を失い、アルターシステムが外れた事により変身も解除され、元のカリスへと戻る。
そこでヴァンプも「よし!」と頷きつつ、アルターシステムを合致させて三回手首を捻り、空中に三本の聖剣を顕現・投擲した。
「レッド、一つお願い!」
「OK!」
投擲された聖剣は全てがエルスの首元に突き刺さり、動きを封じていたが、一機のエルスにはレッドが踏み込み、剣の柄を狙った拳が叩き込まれる。
〈Alter・kick〉
「アルター、キックッ!」
残る二体は、ヴァンプと距離が近い事もあり、一撃ずつヴァンプが叩き込む。
踵落としの要領で一撃を一つの聖剣に叩き込んだ後、衝撃を利用して再び宙に舞い、もう一本の聖剣へ蹴り込む。
「これで――フィニッシュッ!」
〈Finish〉
爆散していく、三機のエルス。
そして変身を解いた二人のアルタネイティブは――そこでようやく、拳と拳を合わせ、ニヤリと笑う。
そんな光景を見ながら美咲は、ようやく安心したと言わんばかりに、そこで意識を落とした。




