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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第三章【災い殺しのプリステス】
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シャルロット・サール・クラージュ、参ります。-05

 美咲を体調不良と偽り早退させたシャルロットは、自身も早退し美咲だけを先に自宅へ返した後、花江と共に学校近くの喫茶店に入って、ブレンドコーヒーを注文した。


二人ともブラックだ。その苦味を味わいながら、花江がシャルロットに尋ねた。



「……アンタ、女の子としか付き合えないってのは知ってたけど、あんな大胆だっけ」


「いえ、あの時は私も、少し理性が働かなかったと申しますか……何というか」



 プリステスである彼女だが、修道女であると言う事実は変わらない。また男性との交際も認められていない事も事実だ。


 しかし一つだけ認められている事がある。原則聖職者である者には有り得ないのだが、うら若き乙女である事を考慮してか「同性同士の交際」は可能だったのだ。


 そして彼女は幾度か女性と交際を果たしているが、どの女性とも長続きはしていない。



――本気になれなかったからだ。



「何と言うか……美咲様は大変愛おしい、可愛らしい方だな、と。普段はもう少し紳士的にお話させて頂いてから……と言う流れを踏むのですが、つい我慢ができず」


「美咲に一目惚れって奴? アンタそこまで本気なの?」


「自分自身、少し驚いているのです。花江さんのキスマークを見て、どうにも理性のタガが外れてしまって」



 ふむ、と顎に手を置いた花江。



「アンタが良ければなんだけど、アタシの力が復活した後も、秋音市に居てくんない? どうもここには災いが多すぎるからさ」


「ええ、それは分かっています。元々この秋音市にはプリステス・キャトルもいましたが、彼女は別件で留守にする事も多いでしょうし。


 それに、今日まで花江さんと美咲様が討伐した災いの数は、既に十体を超えています。まるで――」


「リーダー格がいるみたい、でしょ」


「ええ、そうです。心当たりは御座いますか?」


「一つだけ」


「名有り、という事でしょうか」



 生まれて間もない災いは、基本的に脆弱だ。それこそプリステスになって間もない美咲でも優々と討伐可能になる程度である。


だが名有りの、自我が発達している災いは別である。かつてのディザスタもそうだが、名有りの災いは理性が発達してしまったばかりに、戦闘能力は名無しの災いとはかけ離れている。



「名有りの中でも面倒な個体――【カラミティ】だよ。少なくともアタシは四回、奴と出会ってる」


「【カラミティ】――!?」



 椅子から乱暴に立ち上がり、個体名を頭の中で探り出す。――いや、探り出すほどの時間も必要無い。



「奴は、百年近く虚力を蓄え続けている大災厄です! 奴がこの秋音市に居ると言う事ですか!?」


「落ち着きな。声が大きい」



 周りの人々が、視線を一同にシャルロットへ寄越している。シャルロットは周りを見渡した後、ペコリとお辞儀をして再び席に着いた。



「……大変です。それは非常に大変な事です。奴は『地震を司る災い』です。奴が今まで溜め込んでいた虚力を全て放出した時の被害は、本当に計り知れない。それこそ日本と言う島国の崩壊すらあり得てしまう」


「オマケに奴は人間社会に溶け込み、そして知識を付ける事によって、効率の良い虚力の収集方法を知ってしまった」


「それは」


「プリステスを倒し、その虚力を収集する事。アタシのママは、だからこそ狙われたって感じもする」



 プリステスとなれる人物は限られている。それは常人の倍以上に虚力を持つ人物である。


また現代のプリステスは全員アルターシステムを用いて自身の虚力を増幅させる事が可能なのだ。


その増幅された虚力を、収集する――それが、災いにとって一番効率の良い虚力の収集方法なのだ。



「大問題です」


「そう。だからアタシとアンタ、そして美咲の三人で、カラミティを倒す必要がある」


「そうではありません。そんなカラミティが、美咲様の虚力を……アルターシステムで増幅された、彼女の虚力を全て収集してしまったら……!」



 日本どころの話では無い。


――世界が、終焉を迎える。


シャルロットは、顔面を蒼白にさせて、そう小さく呟いた。



 **



 まだ授業が行われている筈の、午後一時半。美咲がこの時間に我が家にいる事は、高校生になってから初めてだった。


それまでクラスメイトと良好な関係は築けていなかったものの、学校自体を嫌な空間だと思った事は無い。


むしろ、自宅の方が思い出してしまう。



――その優しかった素顔を残すことなく、醜く死んでいった父の事を。



――なまじ原型を留めていたものだから、人間の儚い死にざまを感じられた母の事を。



だから我が家は、食べ、寝て、起き、学校に行くための拠点であった筈なのに、今は布団の上に制服姿のまま寝そべって、混乱した頭をどうにかして抑え込もうとしていた。



「……もう、誰を信じればいいか、わかんない」



 聖堂教会から派遣されたプリステス・シャルロットを信用していいものか。


 そして、今まで姉のように慕い、愛した花江も、元を正せば聖堂教会の人間である。根本的な考え方は、シャルロットと同じかもしれない。


考えれば考える程、頭がこんがらがっていく。溜息をついて、重たい体を起き上がらせた――その時だ。


寝室の窓。その窓枠に腰かけている青年の存在に気が付いた。


銀の綺麗な短髪と、皺やシミ一つ無い紺色のスーツが印象強い青年――彼とは、一度だけ話した事がある。



「やぁ。神崎美咲さん」


「貴方は……ショッピングモールに居た、花江さんのお知り合い……」


「僕はカラミティ。――【災い】さ」



 一瞬、彼の言っている事を理解できなかった。


だが、言葉の中に【災い】と言う単語が含まれていた事を思い出し、体を即座に起き上がらせ、胸ポケットに備えていたアルターシステムを取り出した。



「ああ。安心していい。今日、僕は戦いに来たのではないから」


「戦いに、来たわけじゃ、無い……?」


「そう。僕達を討伐する為の組織、聖堂教会について知ってしまった君の、相談相手になりに来たんだ」


「相談相手……意味が、分かりません。なぜ災いさんに」


「僕はこれでも、自分が災いの中で最も理性と知識を身に着けた、常識人だと自負しているんだよ」



 ニッコリと微笑んだその表情に、美咲は両手の中指にアルターシステムを装着するだけして、彼の言葉を待った。



――信用をしたわけでは無いが、話を聞く価値はあると考えたからだ。



「ふふ。宮越花江とは違い、君は対話の心得を知っているようだ。彼女は人の話を全く聞かない」


「花江さんの事を、悪く言わないでください」


「ああ、すまない。君は彼女の事を慕っているんだったね」



 一言謝罪を口にした後、彼は表情を引き締め、言葉を投げた。



「聖堂教会は、君の存在を認めはしない。君の持つ虚力は、百年近く生きて来た僕でさえ、喉から手を出して喰らいたい程の逸材だ。低級の災いなどは、理性なく君に襲い掛かってくるはずさ」


「例え私が、正式なプリステスになったとしても、ですか?」


「奴らはそう言う組織さ。安穏とした世界を守る為なら、同胞を殺すこともいとわない。


 あのシャルロット・サール・クラージュも、その御心を聖堂教会に捧げている。いくら君を愛そうが、逆らう事は出来ないよ」



 彼の言葉が事実であれば、もう誰を信用して良いか、分からない。シャルロットも、このカラミティと言う災いも――そして、花江も。



「しかし、宮越花江だけは信用して良い。彼女は復讐の為にプリステスとなった人間だ。――聖堂教会に、魂までは売っていない」



 まるで美咲の心を、何もかも見据えているような物言いに、美咲は恐怖すら覚えた。



「貴方は……一体」


「僕はただの災いさ。それでも、君の力になる事は出来る」



 ――その時。美咲の頭に、一つの情報が走り込んだ。


両手の中指に装着されたアルターシステムを通じた情報だ。


秋音市の中心にある、秋音市運動場……その運動場に災いが出現した反応だ。



「君は戦いなさい。悩みがある、苦悩がある……それは分かる。しかし戦いに身を任せ、力を身に着けるだけで、分かる事もあるのさ」


「例え私が、貴方の同胞を殺すことになっても……ですか?」


「僕達がプリステスを排除する理由は正当防衛だ。君たちプリステスが僕達災いを排除する理由もまた同じ――僕達は敵同士だが、ならばこそ絶対的な理解者なんだよ」



 美咲はしばし彼から視線を離さなかったが、彼を押しのけ、窓から家を飛び出して、出現した災いの元へと駆けて行った。



「そうして、力を身に付けなさい」



 ――その力は、僕が頂く。



小さく呟いたカラミティの声を、美咲は聞いてはいなかった。

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