シャルロット・サール・クラージュ、参ります。-06
秋音市運動場は、市民会館の隣に建設された運動場で、秋音市内の催しや学区主催の運動会で多用される場である。
広い運動場は、イベント行事が無ければ、普段は不良学生たちの溜まり場になっているが、この日に限って誰も居ない。
――いや、近づく事が出来ないのだ。
彼女……シャルロット・サール・クラージュが持つアルターシステムから発せられる人払いの術式によって、人々は「グラウンドが立ち入り禁止区域である」と誤認しているのだ。
「何とも、酷く肥大化してるね。名有りかな?」
「ええ。醜いものです」
シャルロットの隣に立ち、その存在を視認した宮越花江の言葉に、シャルロットも頷く。
目の前にいる災いは、人の形を成してはいなかった。
木の幹に似た肉体と、頭頂部から幾多も触手のような物が伸び、それをブンブンと振り回している。全長は触手を合わせれば数十メートルは有らんか、と言わんばかりの巨体。
その災いは、周りに虚力を持つ物が無い事を確認すると、グラウンドの土を荒らしながら、少しずつ肉体を前進させていく。
前進した先には――シャルロットと花江がいる。二人の虚力を感知したのだ。
「やるよ、似非シスター」
「病み上がりの身体でいけますか? 田舎芋女」
「誰に向かって言ってんの」
花江はホットパンツのポケットから、二つの指輪を取り出した。
純白の輝きを発する二つの指輪を、両手の中指に装着した花江は、隣に立つシャルロットに視線を寄越した。
シャルロットも、秋音高等学校の制服、その胸ポケットに備えていた二つの指輪を取り出した。
漆黒の輝きを放つ二つの指輪を両手の中指にはめ込み――それを花江に見せつけた。
「日本語では、こう言うのですよね」
両中指に装着した指輪――アルターシステムを二つ、合致させながら手首を捻ったシャルロットは、小さな笑みを浮かべながら、言葉を口にする。
「変身」
アルターシステムが稼働すると、漆黒の宝石から薄く梵字が浮かび上がり、眩い光を放っていく。
光がシャルロットを包むと、彼女がまとう衣服も変化を遂げていく。
長く美しい金髪は純白の頭巾で覆われ、その姿が見えなくなる。ウィンプルと呼ばれる頭巾が展開された後、その上に黒いベールが展開された。
髪の毛が全て覆われた事により、その美しい表情が全て際立って見えるようだった。
さらに衣服は秋音高等学校のセーラー服から、白と黒の彩色が入り混じる、ゆったりとしたくるぶし丈のチュニックをまとう。所謂、修道着と呼ばれる装束だ。
キッと、目の前を見据えた上で、太腿に巻きつかれているホルスターに手を伸ばして二丁の半自動拳銃を抜き放ちながら。
シャルロット――いや、プリステス・サール・クラージュは、隣に立つ女性を見据えた。
サール・クラージュと共に変身を遂げていた花江は、しかし普段プリステスとして変身する衣服をまとっていなかった。
白衣は変わらずだが、本来はくるぶし丈の緋袴を履いている物が膝上数センチまでの丈となっていた。
綺麗にスラリと延びる美脚を見せつけながら「ほー」と声を上げた花江――いや、プリステス・炎武。
「虚力不足だとこうなるんだ。知らなかった」
「そんなに御美足を晒すだなんて、何とみっともない」
「いやいやカワイーじゃんコレ。現代版プリステス。アタシずっとこのままがいいなー」
「無駄口はここまでです――行きますよ」
「はいよ!」
二人は地面を強く蹴り付け、空高く舞い上がった。
炎武は腰に備えられた太刀【滅鬼】を抜き放つと、刃を災いに向けて振り込んだ。
触手の一本に直撃。だが柔らかな触手に少しだけ食い込むと、刃がはじき返され、その身を吹き飛ばされた炎武。
「堅っ!」
「いえ。堅くはありません。貴女の虚力不足です」
長太刀【滅鬼】は、使用者の虚力所有量に応じて、強度や切れ味が左右される。長さも本来は彼女の身長程ある筈なのだが、今は腕の長さ程だ。今の炎武は、あまりにも虚力が少なすぎるのだ。
「マジかい……ごめん、アタシ援護に回る!」
「はい、見ていなさい田舎芋女」
ニヤリと笑みを浮かべたサール・クラージュは、その手に掴んだ二丁拳銃のグリップをグッと握りしめた後、引き金を引いた。
放たれる二発の弾丸は刹那の時間を経て災いの胴体部分に着弾したが――肉体に弾丸が埋め込まれたのみで、動きを止める事も無い。
「全く、これだから異形タイプの災いはやりにくいのです!」
「どこが弱点かも分かんないね。この手の奴は大体コアがあるし」
「少なくとも触手では無さそうですが」
胴体部分を見据えながらも、触手二本に向けて一丁ずつ引き金を引き、弾丸を放つ。
それらは綺麗に触手の付け根から撃ち落とされ、地面へ落ちる前に影となって消失していく。
だが、千切れた触手は数秒の時間が経過すると、少しずつ再生を開始。最初は徐々に回復をしていった触手は、やがて高速で元の長さまで伸びていった。
「仕方ありません、私が突っ込みます。花江さんは触手の相手をお願いします」
「はいよ!」
もう一度、二人が地を蹴って高く舞い上がると、今度はそれぞれの獲物を使う事無く、触手へと一度着地を果たす。
炎武は触手の付け根を乱暴に切り裂いていく。その一撃だけで心身ともに疲労が蓄積していくようで辛かったが、泣き言を言っても居られない。
すぐさま飛び上がり、次の触手へ――としている内に、サール・クラージュが動いていた。
揺れ動く触手の上を走り、付け根部分に銃口を押し当てて引き金を引くとそれを撃ち落とし、災いの上空へと舞い上がった。
滞空時間に、彼女は両手のアルターシステム同士を接続させ、手首を捻った。
梵字が浮かび上がると、手には一つのグリップが握られた。
問題は掴むグリップでは無い。肩に背負う四角い筒だ。
「ぶっ飛びなさい――!」
サール・クラージュは、筒左側面にある発射スイッチを押し込み、弾頭を四発放っていく。――四連装ミサイルランチャーだ。
誘導をかけられ、それぞれが災いの胴体部分に着弾し、身体を次第に崩壊させていく。肉体をよく観察したサール・クラージュは、奥底に紅色の球体のような――いわゆるコアを発見した。
「弱点、見つけました!」
「攻撃できる!?」
「やってみます!」
ミサイルランチャーを乱暴に放棄し、再び二丁拳銃を手に持って引き金を交互に引き続ける。
放たれる無数の弾丸は、しかし再生を果たした肉の壁に遮られ、コアに直撃する事は無かった。
災いに対抗する力を持つプリステスだが、物理法則を無視する事は出来ない。彼女たちは一度地面に着地すると、軽く舌打ちをして、その災いを今一度観察した。
「一気に肉の壁を打ち壊して突っ込まないと」
「それも難しいです。あの肉体自体が虚力を多く含んでおり、高出力攻撃をしなければ突破できないのに」
災いは触手を一斉に動かしながら、二人のプリステスへと向けて素早く伸ばしていく。
器用に避けていく二人だったが、防戦一方で攻撃を行うことが出来ない――唇を噛んでいると。
触手が五本一斉に、叩き斬られた。
炎武の滅鬼では無い。切れ味は良く、その切断面から血の一つも噴出していない。ならば切断を行った者は――
「花江さん!」
「美咲!」
神崎美咲。いや、彼女が変身したプリステス・乱舞だ。
乱舞は、滅鬼の柄を握り直すと、再び地を蹴って触手を切り裂いていく。その動きには無駄が一切含まれていない。
だが、切った後からすぐに再生を始めるその触手を見据え「えぇ!?」と涙目になる乱舞の姿を見据えながら、炎武が叫ぶ。




