シャルロット・サール・クラージュ、参ります。-04
「ええ、では美咲様に御説明をと思います」
三人並んで、屋上緑化のベンチに腰掛けて、まずはシャルロットが語り始める。
「まずは、私の説明を。私はシャルロット・サール・クラージュと申します。サールはフランス語でシスターの意味を持ちまして、フランスのプリステスが付けるミドルネームでございます。
以前はフランスに発生する災いを討伐する任に就いておりましたが、本日からこの秋音市に配属となります」
「その、プリステスの組織から派遣されてるんですよね」
「我々が所属する組織の名は【聖堂教会】と呼ばれております。ピラミッド式の組織では無く、あくまでプリステス達が互いに情報共有を行うネットワーク型組織、と言いますか。ギルドと言った方が正確でございますね」
「えっと、つまり上下関係は無くて、あくまで協力関係の人たちが集まる、集合式組織、って事ですか?」
「私の拙い説明をご理解いただき、ありがとうございます!」
パァと笑みを浮かべて、美咲の手を取るシャルロットの手を、美咲を挿んで向かいに座る花江が叩き落とす。
キッと睨み合った二人だったが、真ん中に座る美咲が少しだけ頬を膨らませ、不機嫌そうな表情を浮かべると、二名もオドオドとしながら説明を再開した。
「せ、聖堂教会の仕事は、災いの討伐を行うプリステスのバックアップでございます。その討伐において必要であれば聖堂教会が予備人員を配置する等のフォローを行いますが、原則討伐は我々一人一人の仕事です」
「例えば赴任先で家が欲しければ」
「聖堂教会を通し、必要な手続を全て任せます。大抵は即日入居できる家を手配がされます。後は金銭的援助が主だったものですね。この援助は通常のお賃金とはまた別に用意されます」
「給料もケッコー良いんだよ?」
「危険手当も含まれておりますからね……それはともかく」
ゴホン、とワザとらしく咳き込んだシャルロットは、美咲の隣に座る花江へと視線を向けた。
「今回、宮越花江さんから聖堂教会に一つの要請が入りました。『我、虚力欠如。至急応援求ム』と。この要請を元に、聖堂教会が丁度手空きとなっていた私に、秋音市への転属指令を下したというわけです」
「じゃあ聖堂教会はあくまで、プリステス達による災い討伐が滞らなくなるようにする機関、というわけですね」
「その通りで御座います。必要であれば手を貸すことは御座いますが、基本的に我々プリステスは個人事業主、と言う事ですね」
「でもそうなると、私はどういう扱いになるんでしょうか……?」
美咲が首を傾げると、花江も首を傾げた。
「どうなんの?」
「貴女それでも聖堂教会所属のプリステスですか……詳しい状況は分かりませんが、まだ聖堂教会所属のプリステスと言うわけではありませんので、支給金は御座いませんが、聖堂教会日本支部が把握をしているのであれば、その災い討伐数に応じてお賃金が頂ける筈です」
「派遣会社を通さない個人事業主となっている、と言うわけでしょうか」
「そうですね。私や花江さんは普段派遣会社を通じてプリステスの任に就いている派遣社員、美咲様は完全な個人事業主、と言う状態ですね」
発展途上国で活動をするプリステスにはよくある事です、と説明をしたシャルロット。
「美咲様は、その圧倒的な虚力の量を見込まれ、アルターシステムを花江さんから貸し与えられている、という状態なのですよね」
「そうなるね。アタシのアルターシステムをそのまま貸してるから、もしかしたら聖堂教会はアタシが災いを倒してるって処理してるかも」
「せめて日本支部に美咲様の事をご報告頂ければ、もう少し早めに赴任が可能であったかもしれませんのに」
「いやいや。美咲のプリステスとしての力はそんじょそこらのプリステスより上だよ? ひょっとしたら、アンタより強いかも」
「だとしても――美咲様は一般市民として日常生活にいるべきお方です。それを、貴女個人の事情で、巻き込む事は許されません」
「あの、その話題は――」
またこじれそうだ、と美咲が止めようとした所で、シャルロットだけでなく、花江も首を振った。
「ううん、アタシのやった事だから、これはアタシも怒られなきゃいけないんだ」
「私とて、怒りたくて怒っているわけではございません。確かに花江さんは、その時に出来る最善の手を取ったはずです。ですがならばこそ、その後も最善の手を取るべきだったのです」
「うん。それは理解してる。バツも受けるよ」
「……理解しているのであれば、それで構いません」
そこで、言葉が止まった。美咲は二人の様子を伺いつつ、自身の持つアルターシステムを取り出した。
「あの、じゃあ私は、お払い箱……でしょうか?」
「そう、と言いたい所なんだけどねぇ」
「はい。それを先ほどから悩んでおりまして。本来であれば私が花江さんを厳罰に処したい所でございますが、花江さんの心遣いがあればこそ、それが出来ないのです」
「何かあるんですか?」
「美咲様は見る者が見れば異常なほど虚力を有しております。今まで災いに狙われなかった事が、不思議な位です」
常人の十倍近い虚力を誇る、と何度か花江に説明されていた事を思い出し、美咲はその事について尋ねる事にする。
「私、そんなに特別なんですか?」
「はい。美咲様の虚力貯蔵量は、千年に一人の逸材と呼ぶべきです。災いの恰好の餌、貴女の持つエネルギーを全て災いが所有し、放出すれば――世界はどんな混沌へ誘われるか、分かったものではありません」
「少なくとも、東日本大震災を超える災厄は起こるね。間違いなく」
具体的な例を提示されて、美咲は一瞬ゾッとする。自身の胸に手を当てて――自分にそんな大それた力がある事に、恐怖する程だった。
「そんな美咲様がアルターシステムを手にし、そして戦う為の力を手に入れる事が出来た事は、幸運と言えます。本来は厳罰に下される一般市民の巻き込みを、今まで聖堂教会が見逃してた理由がようやく分かりました」
「じゃあ私、これからどうすれば……花江さんの力が戻っても、私」
「それは……」
またも、沈黙。
答えが分かっていないのではない。
花江やシャルロットにとって、その答えは出ているのだ。
「……通常、聖堂教会による処置がなされます」
「サール・クラージュ。言葉濁さない」
シャルロットの言葉に、花江が苦虫を噛み潰したような表情で、それを咎めた。
「……災いの手に渡る前に、聖堂教会が、貴女を手にかける事も御座います」
その言葉の意味を、すぐには理解できなかったが――美咲は頭の良い子だ。すぐに、理解できた。
「聖堂教会に殺される、って事ですか?」
「そう言う、事例も御座います」
「ちょ、ちょっと、待ってください。頭が、こんがらがって来ました」
無理もない。彼女の意思に関係無く巻き込まれて戦う事になり、今まで花江の仕事を代わりにこなしてきた彼女が、突然見知らぬ組織に殺される事もあると、そう説明されているのだ。
「美咲。アタシとアンタが最初に会って、災いを倒した時の事、覚えてる?」
「ええっと……ショッピングモールでの戦い、ですよね」
「そう。実はあの時凄く悩んだの。美咲にアルターシステムを与えるか、そうしないか。
結果として美咲にアルターシステムを与える事にしたのは、美咲が今後『災いと聖堂教会に狙われる可能性』があったからなんだ。
でもアルターシステムを持って、プリステスとして戦う事に従事していれば、少なくとも聖堂教会に狙われる事は無くなる。
災いから狙われる可能性はあったけど、それはアルターシステムを持ってなくても同様だった。だから、アタシはアンタにアルターシステムを与えて」
花江は、自らのホットパンツ、そのポケットの中に入れていた、二つの指輪を取り出した。
「アタシはこの、新しく作られたアルターシステム二号で、再びプリステスに戻る。これが最善の手だと思ったんだ」
つまり――今の状況を継続させていれば、少なくとも美咲は、常に危険である状態では無くなると言う事だ。
聖堂教会に狙われる事も無く、災いにただ狙われるだけでは無くなる。戦う為の力を得る事が出来るのだ。
「じゃあ――私はこれから、ずっとプリステスとして生きる、と言う事ですね」
一時の事だと思っていた。この力を持つ事は。
だがそれが、一生となるのだ。
どこか――自分が遠い世界に来てしまったような気がして。
美咲は、ただその場で項垂れ続けるしか、他にやるべきことは無かった。




