神崎美咲、変身します。-02
「えー、でも勿体ないじゃんかー。そんな可愛いんだから」
美咲の頭を撫でた女性は、ふと何か思い浮かんだように立ち上がると、伝票と美咲の腕を掴んだ。
「え」
「これからお礼したげる。マジ可愛くしてあげるよー」
「けけけけけ、結構です……!」
「結構です、じゃないよ! ほらほら、出るよー」
強く彼女の手を掴んだ女性はそのままレジへと向かい、会計を待つ前に万札を一枚置いた。
お札のお釣りを受け取ると、小銭のお釣りはレジ近くの募金箱に突っ込み、店外へ。
「さぁさぁ。あ、この近くで大きいショッピングモールとかある? 昨日こっち来たばっかで知らないんだよねー、マジウケる」
「あ、あの……本当に、本当にけっきょうえす」
「噛みまくってて何言ってんのか分かんないからこのまま連行するー」
ポケットの中から、ケースにデコレーションを施したスマートフォンを取り出して、地図アプリを起動した女性は「お、近いとこにあんじゃーん♪」と、嬉々として歩き出す。
「あ。アタシは宮越花江。女神様は?」
「あの、女神様じゃあ……」
「だから名前聞いてんじゃん! はいはーい。お名前はー?」
「えっ、えっと……か、神崎、美咲です」
「美咲かぁ。今日はアタシをお姉ちゃんって思って……なんだっけ。大関に乗ったつもりで任せなさい?」
「も、もしかして『大船に乗ったつもりで』、ですか……?」
「そーそれ。美咲は頭いいねー」
よしよーし、と頭を優しく撫でた女性――花江は、そのまま彼女を近くのショッピングモールへと連行していった。
花江がショッピングモールの二階、その女性用衣服店の並ぶエリアを歩いていると「オッ」と声を上げ、一つの店の前で立ち止った。
「ここなんて良さげじゃん。店員さーん!」
清楚な感じの衣服が店の入り口に立ち並ぶ店に入ると、花江は手をブンブンと振って店員の元へ。
店員はペコリとお辞儀をした後、営業スマイルを浮かべて「いらっしゃいませ」と一言。
「本日は、どの様な物をお探しですか?」
「この子に似合う、すっごく可愛いい感じのワンピ! 髪が黒だし、白色の感じを前に出したらすげー似合うと思うんだー」
「そうですね、お客様はコンタクトはお持ちですか?」
「も、もももも、持ってない、です」
「でしたら、髪の毛を三つ編みにして、こちらの白を基本色としたワンピースはいかがでしょう。所々に空色の刺繍を入れておりますので、お淑やかな文学少女みたいな印象が出るかと」
「マジカワイくねソレ! でもアタシとしては、コンタクトにして少しだけはっちゃけたカッコとかいいと思うんだけど」
「コンタクトか、銀など明るいフレームの眼鏡をお持ちであれば、前髪を少しだけカットして左右に分け、その上で白のシャツとホットパンツを合わせる、と言うのも有りかとは思います」
「だよね! ほら店員さんもこう言ってるし、コンタクトか新しい眼鏡も考えようよ! アタシがお金出すから」
「だ、大丈夫、です」
「大丈夫じゃないー。じゃあほら、前髪分けて、こっちのシャツなんてどう?」
「それに合わせたパンツはこっちなんてどうでしょう」
花江と店員によるファッションショーが始まる。これやこれやと持って来られるものだから、それら全てを試着する事に目が回る思いだった。
しばし、そうして美咲の着替えを楽しんだ後、花江は二つのピンを化粧箱から取り出して、それを美咲の前髪を分ける為に使った。
「ひゃっ……!」
「ビビんないのー。はいカンセー」
店に用意されている全身鏡の前に、美咲を引っ張っていく。
分けられた前髪に違和感しか覚えないが、今着込んでいる純白のワンピースと、その表情の良く見える髪型が、美咲をまるで別人のように描いていた。
「うんうん、可愛くなったじゃんっ」
「どうされましょう。お会計はお姉様持ちなのですか?」
「あーうん。今着せたの全部ちょーだい」
『え?』
美咲と店員の声が重なった。
花江は財布から一万円札を六枚ほど取り出して「足りる?」と確認を取った。
「え、えーっと。レジを通さないとですが、多分五千円位はお釣りが来ます」
「マジで安いじゃん。じゃーお釣りはこの子にあげて。あと今着てるのそのまま着せて帰らせるから、値札切ってあげて」
「か、かしこまりました」
ハサミを取り出し、美咲の着込んだワンピースの値札を切り取った店員は、何かに気が付いたように「あれ」と声を上げた。
「お客様、眼鏡は伊達、ですか?」
「伊達って、度が入ってないって事?」
「ええ。今後ろからお客様の眼鏡越しが見えたのですが、歪まず見えたので」
「は、はい……目はいい方で、これは、あんまり顔を出さないようにって……」
「はいボッシュート!」
美咲から眼鏡を奪い取った花江は、そのまま眼鏡を店舗に備えられたゴミ箱に放り投げ、美咲は「あぁー!」と叫び声を上げた。
「な、なななな、何してるんですか花江さんっ」
「いやははマジゴメンねー。でも無い方がカワイーよ?」
「うぅ……」
さすがにゴミ箱を漁るわけにはいかない。
店員がレジまで走り、その後商品と先ほどまで着込んでいた制服の入った袋、及びお釣りの七千八百二十円を持ってきて美咲に渡すと、花江は「それで今度は可愛い眼鏡買いなさい」と美咲の頭を撫でた。
――その時。
花江は、店の外に立つ、一人の男性と目が合うと。
目を見開いて、今までの笑顔では無く、静かな怒りを燃やしたように、その場で立ち尽くしていた。
「あ、あの……今の方、お知り合いですか?」
「あ――そんな所。美咲、アタシはこれで」
美咲が声をかけると、花江は苦笑を浮かべながら、彼女にそう言って。
「……さよなら。また逢えたらいいね」
最後に大人びた笑みを浮かべながら、走り去っていく姿を見据えながら――美咲はふと、足元を見据えた。
花江の財布が落ちている。
「は、花江さんっ! お、お財布落としました……よぉ……」
既にその場から駆け出していた花江の姿を、店外に出て見つけようとするがどこにもいない。
まだモールの中だろうかと、美咲は買ってもらったワンピース姿のまま、少しだけ小走りで駆け出す。
そんな彼女の姿を、まるで美しい芸術品を見る様に、男たちが視線を寄越していた事等、美咲は気付かないでいた。




