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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第四章【アルタネイティブ・ヴァンプ】
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神と神-06

「惜しい眷属を亡くしたな、吾輩は」



 ゆっくり、七海の元へと歩み寄るフォルネス。


 先ほどから床に寝そべり、ただ呼吸をするだけだった七海は、フォルネスが近くに居る事を知ると顔を上げ、視線だけを彼に向けた。



「ナオを、殺したな」



 殺意の籠った声だと理解したフォルネス。彼も目を伏せ「ああ、残念だ」と、ヴァンプを慈しむよう、言うのだ。



「アイツは、アタシが守るって、約束してたんだ」


「お前は、あの眷属に守られていた。当然だ、神霊であっても貴様には、ヴァンパイアを滅する為の技術が無いのだから」


「違う。確かに、ヴァンパイアからアタシを守ってくれてたのは、ナオだった。


 けど、アタシはナオを、ヴァンパイア以外から守ってやるって、約束してた」


「吾輩はヴァンパイアの長だ。瀬上直哉の役割は、吾輩からお前を守る事だろう」


「ヴァンパイアとしてのアンタを、ナオは倒したよ。ナオが負けたのは、神さまとしてのアンタだ」


「そうだ。しかし、お前に何が出来る。神霊としての力を理解もせず、今まさにヴァンパイアとしての血を肉体に循環させたお前は、尚も戦う事を知らぬ乙女よな?」



 もう、七海の身体は、ヴァンパイアとしての血を受け入れ、先ほどまで全身を襲っていた痛みなど、無くなっていた。


何が変わったわけでは無い。しかし、確かに今まで存在しなかった、神霊として自身を、認識できる。



彼女は、本当に神さまとなった。



けれど、それを誇る事も、できやしない。


彼女が守るべき男の子は、死んでしまった。


彼女を守るべきアルタネイティブ・ヴァンプは――もう、この世に居ないのだから。



「……アタシは、アンタを許さない」


「そうか。それも致し方ない事よ」


「潔いのね」


「吾輩は、自身の行いに責任を持つ者よ。そんじょそこらの痴れ者と一緒にするでない」



 七海は立ち上がる。もう痛みは無い。彼女を留める杭も無いのだ。ならば、立ち上がって、歩き出して、彼の元へ行く事も出来よう。



「……最後に、ナオへ、お別れをさせて」



 フォルネスとのすれ違い様に、ただ彼へ願い出た。そして彼も返事こそ無かったものの、それを了承の意とした。



「ナオ」



 倒れるヴァンプに向けて、声をかけた。


しかし返事は無い。七海は、溢れ出る涙を抑える事も無く、膝を折って、ヴァンプの身体を抱き寄せた。


まだ温かい。ドクドクと溢れ出る血が、七海の着込む制服を汚していくが、もう気にして等いない。気にする必要がどこにあろう。



「……アンタ、嘘つきになってんじゃ、ないわよ」



 頬ずりをしよう。そうすればナオの体温を、もっと感じる事が出来よう。



「アタシの事、守ってくれるって、言ったのに」



 強く、もっと強く、ただ抱き締めよう。そうすれば、肉体が彼の身体を覚えている事もあろう。



「でもね……アタシは、アンタのその嘘が……本当に嬉しかった」



 初めて、真っ直ぐに七海の事を見つめて、好きと言ってくれた男の子。


見た目は少女そのものなのに、ただ笑みを浮かべて、守ると言ってくれた男の子。


他の誰かを好きになりそうになっても、キミは隠し事をせずに、言ってくれた。


その太陽のような笑顔も。


怖がって涙する表情も。


真っ直ぐな気持ちを伝えてくれる言葉も。


そして何より。



――誰よりも真っ直ぐに、人を愛する、その心が。



七瀬七海と言う一人の少女は。


そんな全てを持つ瀬上直哉という少年を。



いつの間にか――愛していたのだ。



「ざけんな、ナオ……まだ、キスもしてないじゃん……っ、ちゃんと、デートだってしてない……、アタシに、普通の女の子みたいな、日常を、っ! まだ、くれてないじゃん……っ!」



 ボロボロと溢れる涙が、頬を伝って、ヴァンプへと渡っていく。


想いを告白する七海の言葉が、そして涙の熱意が、伝わったかどうかは、分からない。



――けれど、ヴァンプは僅かに、震えた。



目を少しだけ開いて、言葉を発し辛そうに喉を震わせ、七海へと、声をかけた。



「……な……か、ないで……七海」



 まだ、ヴァンプに意識はあった。


しかしそれは、もう消えゆく命。風前の灯。いつ朽ちてもおかしく無い、ほんの僅かな時間。



「……七海、くび……」


「……うん、あのレイプ魔に噛まれた」


「レイ、プ……なに、それ」


「知らなくていい。それより、お願いがあるの」


「なに、かな……ボク、すごく……ねむい」


「アタシの首筋、汚されちゃったから……アンタに、上書きして欲しいの」



 七海の願いを、ヴァンプはただ、聞き届けた。


彼女の首筋にある、フォルネスの噛んだ、二つの傷跡。そこより溢れ出る僅かな血を――ヴァンプは舐めた。



「ああ……ち、って……こんなに、美味しいんだ……」


「ヴァンパイアの気持ち……分かる?」


「ぜんぜん……だって、ボク……もっとすきなもの……しってる」


「それは、何?」


「七海」


「、っ!」



 真っ直ぐな、ヴァンプの言葉が。


七海の心を、揺さぶった。




――何を諦めている、七瀬七海。


――お前は成さねばならない事がある。やらねばならない事がある。


――出来るかどうかでは無く、それはお前が決意した事だ。


――なら、それを成せ!




そう、心の中で、自分自身が、叫んだ。



彼女は、意を決したように。


 ヴァンプ――否、瀬上直哉の頬に手を当てて。



二人の唇を合わせ、ただ――祈るのだった。



 ――今、あの糞野郎をぶっ殺す為の力を。



 刹那。


二人の周囲を襲う、巨大な爆発。



フォルネスはギョッと目を見開き、爆風に気を寄越す事無く、ただ二人を見据えていた。



「何を――何をした! 七瀬七海ッ!!」



 叫ぶ。ただ疑問を叫ぶ。


なぜなら――



 今彼は、神霊としての我が身を襲う、強大な【力】を感じたのだから。



爆風が、一か所に収束していく。


収束した一点には、ぐったりと倒れ込む七瀬七海を抱きかかえた、少女の姿がある。



それは、甲冑と言うには、あまりにも華やかだった。


それは、ドレスと言うには、あまりにも無骨だった。



幼い身体を覆う衣服は真紅。


 ひらりと揺らぐロングスカートと合わせて、金色のツインテールが、一本一本しなやかになびいた。


頬には涙。口元には血。決して、ただ美しいだけの少女では無い。


しかし、ただ一言だけ、その姿を目にして、言える事は、この言葉しか無かろう。




――女神のような美しさ。




真っ直ぐフォルネスを見据える、そんな少女の名は――




【アルタネイティブ・ヴァンプ・セブンスフォーム】




「瀬上直哉――貴様、七瀬七海の魂を、自身に取り込んだなッ!」


「ボクは、お前が何を言っているのか、分からない」



 少女の声は、アルタネイティブ・ヴァンプそのものだ。


 しかし、フォルネスが感じる圧は、明らかに七瀬七海が持ち合わせていた、神霊としての力。



それは、互いに持つ力だけならば、フォルネスの敵では無い。



アルタネイティブ・ヴァンプでは、フォルネスを殺す為の力が無くて。



七瀬七海という神霊の力は、フォルネスを殺す為の術が無い。



しかし今――それが重なり、自身を睨んでいる。



「でも……今のボクには分かる。お前は怖がってる。今のボクに殺される事を、この世から消え去ってしまう事を」



初めて感じる、殺されると言う恐怖が、全身を包んだ。


ただ怖いと思った。


けれど、フォルネスはただ叫ぶしかない。



――王である吾輩が、眷属なぞに負けてたまるものか。



そんな小さな尊厳を胸に秘めるのだ。



「ふざけるな! 付け焼刃の力なぞ、吾輩の敵では無い!」



 地より無数に突き出る杭の雨が、セブンスフォームに向けて襲い掛かる。


彼女が杭の嵐を睨み付けると、同じく地より生み出される無数の剣が、杭の進行を止めた。


フォルネスは歯をギギッと鳴らすしかない。



「くそっ、クソォッ! 何故だ! 何故貴様の意思がそこにある!?


 七瀬七海という魂が、貴様の身体を依代とした!


 ならば意思は瀬上直哉のモノでは無く、七瀬七海のモノであろうがッ!」


「可哀想に。お前は、分かり合える人と、出会えた事が無いんだ」


「何だと――!?」



 ギュッと、動かない七瀬七海の身体を抱き寄せ、セブンスフォームはただ、涙を流す。



「七海の心は、ボクの心と共にある。意思は確かにそこにある。


 ――ボクと七海は、今まさに、一心同体になれたんだ」


「七瀬七海が……神霊としての魂が、人間である貴様との同化を、認めたと言うのか……!?」


「魂なんて、難しい言葉にする必要なんか無い。ただの願いさ。ただの心さ。


 七海の心は、ボクと共に歩む事を、願ってくれた。


ボクの心は、最初から七海と歩む事を、願っていた。


 嘘も、隠し事も、何もかも解き放って――互いを分かり合ったからこそ、出来たんだ」



魂の無い七海の身体を、優しく地に寝そべらせる。


 綺麗な微笑みを残したまま、動く事の無い七海の頭を、セブンスフォームは笑みと共に撫でて、フォルネスと向き合う。



「そんな可哀想なお前を、ボクが殺そう」


「ひっ――」


「怖がる事なんかない。恐れる事なんか無い。――本来は誰もが辿る、ただ一つの結末なんだ」



 セブンスフォームは、いつの間にか自身の右手に剣を持っていて、ただブンと振った。


 それと共に地を蹴った彼女が、フォルネスに向けて振り込む。



「来るな」



 フォルネスも、杭の一つを乱雑に掴み、剣を弾く様に振ると、火花と共に二つが消滅した。



「来るな来るな……ッ」



 しかしセブンスフォームの両手には、まだ剣があった。


 負けじと杭を掴み、振り、幾度も幾度も、ただ「死にたくない」という願望を持って、彼は死より逃れていく。



「吾輩は死にたくない! まだ何も成してない! この世界を支配する事も――何もッ!」


「支配した先に何があるのさ。ただの享楽だけだろうに」


「それが可笑しいか!? 永遠の命だぞ!? ただ人間を滅しただけでは潤しようのない、神霊ならではの苦悩は、今の貴様ならば理解できよう!?」


「分からないよ。ボクは――ボク達は、今を生きる為に、必死に戦ってきただけだから」



 今、セブンスフォームが振り込んだ刃の圧によって、フォルネスの姿勢が崩れた。


空中より、無数に湧き出る刃が、一斉にフォルネスの身体を貫いていく。刃によって受ける苦痛は無い。それは神霊としての力では無いから。


――だが、フォルネスの動きを止めるだけの力は、ただそこにある。



「さよならだ、フォルネス」



 別れの言葉と共に、セブンスフォームは膝を曲げる。そして地を強く蹴って、空高く舞い上がり、空中で身体を一回転させた彼女は――



「セブンス・キック」



 剣の柄を砕く様に、叩き込んだ蹴りの衝撃が、フォルネスという神霊の【核】を砕く。


ひび割れる様な痛みと共に、少しずつ消滅していくフォルネスは、自身の身体を見据えて、ただ泣き叫ぶのだ。



「いやだ……嫌だ、吾輩は死にたくないッ! 生きていたいッ!」


「そうか。それは残念だね、フォルネス」


「助けてくれ――今の貴様は、吾輩の苦しみが、本当は分かっているのだろう!?」


「だから、分からないってば。


 ――これは、君の歩んできた道なんだ。ボク達の歩む道じゃない」


「ア、アアア、Aaaaaaaaa、AAAAAAAAAAAAAAAA!!」



 フォルネスの身体が、ボロボロと溶けていく。サラサラと砂塵にも似た肉体だったものが、散っていく。


声も段々と遠ざかっていく。


そして、フォルネスを構成していた、肉体も、魂も、声も、総てがその場から消えた事を確認して。



――アルタネイティブ・ヴァンプ・セブンスフォームは、自身の勝利を確信した。

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