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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第三章【アルタネイティブ・ヴァンプ】
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二人の守護者-06

 ナオ――アルタネイティブ・ヴァンプの両手に持たれた金色の剣が二振り、今セイントの拳に砕かれた。


しかしヴァンプのアルターシステム同士を接続させ、手首を捻ると、空中より現れ、セイントを狙うように襲い掛かる剣二つ。


 ひらりと躱しながらヴァンプに襲い掛かろうとするが、冷静にセイントの動きを見極め、飛んできた剣の柄を握ったヴァンプが、再びそれを振り込む。


また砕け散る剣。だが尚も手に持たれる剣の輝きに、セイントは動きを止め、しかし構えだけはヴァンプを捕えて離さない。



「二十三。それだけ砕いたが、まだあるか」


「全然、余裕だし」


「瀬上章哉の剣は、十八本で打ち止めだったがな」



 しかし、ヴァンプも満身創痍と言った様子ではある。


 滝の様に流れ出る汗。まぶたは重たそうにしているし、身体も若干震えている。


 体力低下状態でアルターシステムを酷使している影響が、身体に響いている状況だろう。


 しかし、セイントも限界は近付いている。


 元より変身に時間制限がある穏健派のアルターシステムは、変身許容時間を超えて変身し続けると、身体に強大な負荷をかける。


 その状態で戦えば敗北は必須とし、セイントはさらに眼を細めた。



「殺す気は一応無かったが、ここから先は本気を出さねばな」


「あれで本気じゃ無かったの? 首根っこ引き千切ろうとしてたじゃん」


「昏睡させる気だった。だが悠長にしていられるほど、己も余裕ある男では無い」


「今は女の子の癖に」


「姿形が変われど、己は己だ」



 双方共に、一歩でも動けば、戦いは再開される。


 しかし動くタイミングを計る事で余裕が無いと言った二者は、互いの眼を見ていたが――




「ナ――オオオオオオオッ!!」



 

響く様な高い声が聞こえた事により、二人は声の方を見据えた。



「……ねぇセイント。あれ、何」


「件の七瀬七海だ」



 全力を以てヴァンプとセイントの元へと走って来る少女の名は、七瀬七海。


 しかし何時もの優雅な顔立ちはそこに無く、必死に両手両足を振りながら、全力疾走で駆ける彼女の姿があった。



「――って」


「何と」



 そして今、彼女が必死に駆けてくる理由が見えた。


最初こそ遠近法で小さく見えた七瀬七海の姿。その後ろにいた犬のような外観の獣は――彼女と比較してもあまりに大きかった。


七瀬七海を百六十センチメートルと目したとしても、四メートルはあろうと目せる巨体の、涎を流す獣だ。



「あれ、ヴァンパイア!?」


「人型以外は珍しいが、そのようだ」



 そして段々と、獣は七海に近付いていく様子が分かる。


ヴァンプとセイントは同時に走り出し、七海も二人の姿を見据えて、安堵からか僅かに走るフォームが崩れてしまう。



「あ」



 七海の踏み込んだ左足が、小さな石にぶつかって、前のめりに身体が倒れようとした。


 そしてその時、七海はやけに冷静な自分を咎める事無く、現状を確認した。



「あー、これ死んだ。絶対死んだ」



 若干諦めがそこにあった。前のめりに倒れた事により顔からグラウンドを滑った七海。


急いで顔を上げて振り返ろうとした瞬間――地を蹴って七海に襲い掛かる獣の顔が、そこにはあった。



しかし、獣の前足二本を、体全体を用いて防いだ二人が居る。



アルタネイティブ・ヴァンプと、アルタネイティブ・セイントだ。



「ぎ――ぃいぃッ、!」


「く、――っ!」



 二人は同時に膝を折るが、それは諦めでは無い。


 むしろ一度折り込んだ膝をもう一度伸ばし、テコの原理を利用して、獣の身体を吹っ飛ばしたのだ。


ずぅん、と。地面に落ちる獣の身体。


 のそりと起き上がった獣の鈍重な動きに好機を感じ、ヴァンプはセイントを見据えた。



「セイントッ、活動限界は!?」


「後一分と言った所だ」


「上等、手伝って――ッ!」



 ヴァンプは、両手にはめたアルターシステムを接続させると、自身の両手に金色の剣を構えたが、すぐにそれを投げた。


 二本の切先が獣の胸に突き刺さると、ヴァンプが一本の柄に向けて、思い切り拳を突きこんだ。



「アルター、パンチッ!」



 しかし切先が折れた。獣は尚も存命で、むしろ怒りを含めた咆哮をヴァンプへ浴びせ、風圧だけで彼女を吹き飛ばした。



「ちっ、くしょぅ!」


「ヴァンプ。己が背中を叩く。吹っ飛ばせるか」


「やってみる――っ!」



 飛ばされた身体に鞭を打ち、姿勢を低くしながら地を駆けるヴァンプ。


 振り切られた獣の右腕部を避けながら、下腹部へと滑り込んだヴァンプは、地面に両手を付きながら、両足を獣の腹部へ押し込んで蹴り飛ばそうとするものの、しかし力が足りない。



「くっ、そおおおっ!!」



 ――もっと、もっとだ。もっともっと力が居る! そうしなきゃ、何も守れない!



――七海も、七海が居る世界も、何もかも!




「滾れ……滾れよ、ボクの血……っ!」




 血液の循環を感じる。


 それは最初こそ違和感を持っていたが、しかし血管を流れる血液の流れが、次第に身体が感じる重みを消していくように感じられた。



「守るんだ、ボクの大切な七海を――ッ!!」



 想いを言葉に、そして願いを胸に。



ヴァンプは、滾る想いを吐き出す様に叫ぶと共に、光が彼女の身体を包み……そして爆散する様な衝撃が、一帯を包んだ。



獣を蹴り飛ばしたヴァンプの姿を、七海は見据えた。


しかしその姿は、先ほどまでのアルタネイティブ・ヴァンプでは無い。



身にまとう装甲の面積が狭まり、そして今までツインテールにしていた髪留めが、一つにまとめらている。


それだけでは無い。その幼い子供の身体に似合わぬ大きなナックルを装備した上で、脚部にも大型スラスターのような物が搭載されているように見えた。



脚部スラスターより僅かに煙を吹かしているヴァンプは、腕部ナックルを二振り、上空へ吹き飛んだ獣の身体へ突き付けて――射出した。



腕部に搭載されたスラスターが暴風を吹かし、そのナックルを獣へ叩きつける。


 押される獣の身体。そしてその上空には――既に一人の女性が、拳を引いて、待ち構えていた。



「セイント――ッ!」


「――ッ!」



 ヴァンプの咆哮。


 セイントの覚悟。



二者の思考が重なると、セイントは両手のアルターシステムを二つ合わせ、手首を捻る。



「アルター、パンチ」



 低く、うねる様な言葉と共に、セイントの腕部スラスターより噴出された推進剤。


 セイントの細身を無理矢理稼働させ、それを獣の背中へ叩き込んだ力は、ヴァンプのナックルの丁度反対側。


腹部と背部に叩き込まれる力によって、嬌声を高らかに叫ぶ獣だが、そこでセイントが再び小さく呟いた。



「フィニッシュ」


〈Finish〉



 鳴り響く機械音声と共に、威力を増したアルターパンチ。


 獣の身体を爆散させながら貫いたヴァンプのナックルを、アルターパンチで殴り壊す。


 そして重力に従って墜ちていった先に――




アルタネイティブ・ヴァンプの顔があった。



ゴウン、と。地響きを鳴らしながらヴァンプとセイントがぶつかり、地面へ体を預けていた。


 痛む顔を抑えつつ、砂埃の舞う中心へ向かった七海が、声を挙げた。



「ナオ、豊穣志斎、無――事ィ!?」



 七海は声を荒げた。無理もない。


なぜなら。



――ぶつかった影響で、ヴァンプとセイントの唇と唇が、重なっていたから。



「……ぷは」


「はぁ、っ」



 数秒程、二人は呆けていた。惚けていたと言ってもいいか。


しかし後に唇同士を離し、セイントがゆっくりと立ち上がって、唇を拭おうとしたが、しかし自身のまとう装甲が邪魔だった。


丁度、アルターシステムの稼働限界が迫っていたのか装甲の節々より排熱を開始していたので、セイントはアルターシステムを外す。


光と共に、セイントより豊穣志斎へと姿を戻し、彼は手の甲で唇を拭うが、しかし何か考える様に黙った後、ヴァンプへと手を差し伸べた。



「な……何……?」


「己の純潔を奪ったな」


「なぁ!? ぼ、ボクだってファーストチューだよ!? 初めては七海にって、思ってたのに……っ!」


「そうか。ならばお互いさまだな」



 そして、志斎はヴァンプの手を無理矢理掴むと、その大柄の身体で彼女の小さな体を引き寄せ――



ギュッと、ヴァンプを抱き寄せるのであった。



「ハ、ア――ンゥウ!?」



 七海は、自分自身どう発音したかもわからぬ奇声を挙げた。


 しかしヴァンプは表情を真っ赤にさせて、ただ成されるがまま、志斎に声をかけた。



「ね、ねえ。どうしたの? お、おかしいよ、君」


「そうか? 己の純潔を奪った貴様を、これから愛し、守る事を誓っているだけだが」


「へ――っ!?」


「アルタネイティブ・ヴァンプ。いや、瀬上直哉。


 己は、直哉を愛そう。ヴァンプの力に貴様が呑まれぬように、この命を賭そう。


 直哉に人間としての幸せを得られるように、己が道を切り開いてやると、神に誓おう」



 それは紛れも無く、愛の告白。七海はただ茫然と、彼の言葉を聞いているだけだったが――



ヴァンプ……否、瀬上直哉という人間の中に居る【女】が。


 彼の言葉にトキメクように、両手で赤くなる頬を、覆った。


 擬音は「きゅーん」であろう。



「では、ひとまず己は帰還する」


「あ、あの……、あ。し、志斎……って、呼んでいい?」


「構わん。どうした」


「め、メール……しても、いい?」


「ああ、待っている。返信は遅くなると思うが」


「え……えへへ……えへへへ……っ」



 何だか、自分が蚊帳の外に追い出されている気分を覚えて。


七海はただ、今の気持ちを叫ぶのだ。



「なんか納得できぃ――んっ!!」



 その叫ぶは、ただ満天の空に、かき消されていくだけの、嘆きであった。

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