二人の守護者-01
目を醒ます。朝六時三十分の数分前。
何時も通り目覚まし時計がアラームを鳴らす前に目が覚めた事を確認すると、七海は敷布団から体を起こし、軽くその場で伸びをした。
しっかりと眠った事により、疲れを可能な限り軽減させた体を確認した七海は、ふと腹部が重い事に気が付いた。
見てみると、一人の子供がお腹に抱き付いていた。
瀬上直哉――ナオだ。「彼」は柔らかな寝顔と静かな寝息を立て、尚も七海の腹部を離さない。
フフッと微笑みながら、「彼」の頭を軽く撫でた七海は――
そこでナオが「男」である事を思い出した。
「お前アタシの布団で何してんだぁああっ!」
「うあああああ――っ!?」
直哉の腕を強引に掴んだ後、彼の軽い身体をぶん投げた七海。
投げられた体は弧を描いて宙を舞い、その部屋にあったタンスへ激突した。頭から。
ゴスッと音が響いて、大変痛そうに見えるが、それを気にも留めない。
「いたたた……な、なに!? 敵襲!?」
「アタシにとってアンタが敵よ! 乙女の部屋の乙女の布団に何潜り込んでんの、このバカッ!」
「え? ……えーっと。あれ、最初は自分の布団で寝てたんだけど……寝ぼけて七海の所まで来たのかなぁ」
「来たのかなぁ、じゃねぇわよ! 後一歩でアンタ犯罪者よ犯罪者! 部屋どころか牢屋にぶち込まれてぇの!?」
七海は叫べるだけ叫んだ後、ハァと溜息をついた。眠っていた事で復活したはずの体力が、朝一で無くなりかけている事に気が付いたのだ。
「一緒に住む事は許可したけど、一緒の布団で寝る事を許可した覚えは無いんだから、そこは勘違いしないように!」
「もー、七海はお堅いなぁ。別にいいじゃん、他に何があるわけでもないし」
「アンタ、もう一度吹っ飛ばされたいの?」
「ご勘弁。変身してないと普通の男の子だよボク」
アルターシステムも付けてないし、と注釈した彼の姿を見据えながら七海はもう一度溜息をつき――先日の事を思い出していた。
**
先日に遡る。
ヴァンパイアの討伐と、突如襲撃してきた謎の男、豊穣志斎――アルタネイティブ・セイントとのイザコザを終えた二人。
既に授業は全て終了し、今や部活動に勤しむ生徒しか学校には残っておらず、七海とナオの二人は教室に戻る事無く、そのまま零峰学園の学園長室へと戻って行った。
「おばあちゃーんっ! 可愛いボクがなんかすごい怖い奴に目を付けられたー!」
「おばあちゃんじゃねぇって言ってんだろうが」
瀬上節子は、泣きついてきた可愛い孫 (である筈)の頭部を思い切りぶん殴り、その少年を黙らせた。
「状況は把握してるよ、アンタのアルターシステムを介してね。本当、厄介な奴に目を付けられたもんだ」
「では学園長、お聞きいたしますが、あの豊穣志斎と言う男は、何者なのですか?」
「アンタももう、堅っ苦しい喋り方は止めな。アンタがぶりっ子してたのも全部把握してんだよコッチは」
「じゃあクソババア、どういう事なの?」
「調子乗るんじゃねぇよクソガキ」
ナオと同じく頭をぶん殴られ、七海は自身の頭を撫で、痛みを和らげる。
「奴――豊穣志斎は、聖邦協会のイタリア本部に所属する、文字通りの聖職者だ。所謂私らの同胞って事さね」
「その同胞が、どうして襲い掛かってくんのよ。それが全く分かんないんだけど」
「聖邦協会には、二つの派閥がある。
一つは基本的にヴァンパイアを狩る為ならば、手段を選ばない過激派。私らがこれに当たるね。
ヴァンパイアの力を用いて敵を狩る事もいとわない。一般市民を巻き込まない方法ならば、基本法外だろうが何だって利用する。
もう一つは基本的に穏健派。つまり既存の地球技術を用いてヴァンパイア討伐をするだけで、ヴァンパイアの技術や力を利用しない。
それを何より嫌ってる連中だ。その思想が、志斎の所属するイタリア本部のお偉い方に根付いてる」
「パッと聞いてる限り、アンタたちの方がよっぽど極悪に聞こえるわよ」
「そりゃ御明察。基本的に私らは一般市民さえ巻き込まなきゃ何しても良いと思ってる。
市街に迷惑かけない方法さえあれば、戦車だって持ち出すよ。だが、それでも一般人に危害は加えない」
そこだけは強調する節子。節子はフッと溜息をついた後、再び言葉を紡いだ。
「奴ら穏健派は、ナオが所有するアルターシステムを嫌ってる。何せヴァンパイアの血から作られたシステムだ。
駆逐すべしヴァンパイアの力なんて反吐が出るんだろうねぇ。
――例えヴァンパイアの駆逐が百年単位で遅れて、その間人々に危害が加えられようとも」
「でもあいつ等だってアルターシステム使ってたじゃん。嫌いながらも使ってるなんて、矛盾してない?」
「奴らのアルターシステムはヴァンプを元にしては居るが、人間の生み出した技術で製作されている。作戦行動時間に上限があるのは、その為さ」
先のセイント襲撃に際して、セイントは「時間切れ」と途中で変身を解いた。
その前には装甲の節々から煙を吹かしていたし、それが時間制限であったのだろう。
「さらに時間制限を超えた上で変身を継続しようとするのならば、変身者に多大な身体的負荷を与える事となる欠陥品だ。
人間の技術で作られたアルターシステムなんざそんな物さね」
「ヴァンパイアの血を用いたアルターシステムであるなら、身体的不可はかからないっての?」
「適合者であるならばね。何よりまず適合者じゃなけりゃ変身が出来ない。
穏健派の連中はそれを分かっていながら、その存在自体を認めたくない一心で、人的被害を見て見ぬふりをし続けてるのさ。
……全く、本当の悪人はどっちなんだかねぇ」
節子は深く、溜息をついた。
「何にせよ、やる事は変わらない。奴らも今は、アンタを狙う輩がいるのなら、その排除を前提で考えてくれる――と思いたいね」
「最後に怖い事言ってくれんじゃない。悪の怪物を倒す使命を、正義の味方様が蔑ろにするっての?」
「奴らならやりかねん。むしろ虚力が常人の数十倍はあるアンタを餌にし、ヴァンパイアを集めて一気に殲滅しようと平気で考えそうな連中だ。
穏健派ってのはあくまで名ばかりで、実際は奴らの方が過激派さ。私らは、お前さんに危害が出る様な事は、絶対にしない」
そう言い放つ節子の表情に、嘘は感じられない。
七海は常に「優等生な自分」を演じ続けて来た人間だ。
そして節子も「温厚な老人」を演じ続けて来た人間である。
二人はいわば「嘘をつき続けて」来た者達であるのだ。
二人にとって、互いの詰まらない嘘を見抜く事は、容易い事である。
その目を見据えたからこそ、七海も溜息をついて、その言葉を信じた。
「――いいわ。今はアンタを信じてあげる。でも、一つだけ聞かせて」
「ああ」
「終わりはあるの? この戦いに」
繁殖の術もある。強力な力も持つ。
そんな化け物を相手にして、本当にヴァンパイアの殲滅などが、有り得るのだろうか。
七海にはそう思えなかったのだ。
「いずれは終わる。私らのでも、穏健派のでもいいが、アルターシステムが量産化されれば、全てのヴァンパイアを駆逐する事はできる」
だが、と。小さく言葉を添えながら。
「それまでにどれだけ犠牲が出るか――奴らがどれだけ進化するか。その如何次第では、人間が駆逐される未来すらあり得るのさ」
だから、人間同士が争ってる場合では無い。
その老婆の言葉に頷いた七海は、そのまま学園長室を退室した。
**
「この街はあまりに、ヴァンパイアが多すぎる。流石、ミューセルと地球を繋ぐゲートがあった街だ」
『豊穣志斎。貴様の任務はヴァンプのアルターシステムを回収する事だ。任務を忘れるな』
「しかし市民の安全を考えるのならば、今は奴の力を利用する他無い。共闘関係を結ぶべきだ」
『ヴァンプはこの世界に災いをもたらす力を持って、人間に牙を剥くかもしれん。その危険性を鑑みているのだ』
「今この時の市民を、見捨てて良い理由にはならない」
豊穣志斎は、今時珍しいストレートタイプの携帯電話を用いて通話をしている。
その表情こそ厳つい顔をそのままにしているが、内心も怒りを含んでいた。
聖職者である彼は、人間は誰しもが救われるべきだと考えている。なので本来は争いごとを好まない。
ヴァンプとの戦いも同様だ。彼もヴァンプそのものの危険性は鑑みているが、その変身者である少年を殺す必要は無いと感じていた。
そして――ヴァンプが守る少女も、彼にとっては守るべき存在だ。
その存在を守る為に力を振るうヴァンプを、今は悪と断ずる事などできはしない。
――もし回収をするとならば、本来はその力が必要無いと断定できたその時で構わない筈。
つまりこの街のヴァンパイアを一掃でき、志斎がこの街の担当となれば、だ。
だが、電話越しの相手――聖邦協会イタリア本部の責任者である筈の男は、それを良しとしない。
恐らく根っからの穏健派で、ヴァンパイアの存在自体を認めたくない、と豪語する者なのだろう。
志斎は溜息をつきながら、通話を切る。相手もそれを咎めはしない。
彼は、自分の信じるべき組織が、自分の信じるべき理念を忘れている事に、違和感しか感じていなかったが。
しかし違和感に従うしかないのだと、自身の心を断じた。




