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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第二章【アルタネイティブ・ヴァンプ】
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進撃、アルタネイティブ・セイント-03

「……でも、あれだけ大騒ぎをしていたにも関わらず、人っ子一人来ないのは、不自然ではないですか?」


「アルターシステムには人払いの機能もあるからね。今この辺りに居る一般人には、近辺が進入禁止とかって適当な理由を誤認識させられ――」



と、そこで。



公園に、一人の男性が入って来た。



七海はふとそちらに視線を寄越すだけだが、ナオは違う。


 ギョッとした表情で振り向いて、七海を守るように立ち塞がると、その男を鋭い視線で見据えた。



男は、体長二メートル弱の大男。


 筋肉隆々の体、厳つい表情、だが見惚れる程きっちりと着込まれたスーツ。


 視線は同じくナオを捉えて離さず、その奥に居る七海に関しては、見向きもしない。



「――貴様が、アルタネイティブ・ヴァンプだな」


「そうだけど……聖邦協会の人?」


「そうだ」


「残念だけど、もうボクが倒したよ。わざわざ御足労頂きありがとうございます、って奴」


「知っている――そのヴァンパイアは、己が逃がした獲物だ」



 男は、それだけ言葉を吐くと――その胸ポケットから、二つの指輪を取り出した。


銀色のフレームと、その中心に埋め込まれた、紅と蒼の輝きを放つ宝石が印象強い指輪だ。


彼は右手に紅の指輪を、左手に蒼の指輪を装着すると、その手を強く握った。



「それ――アルターシステム」


「アルタネイティブ・ヴァンプ。悪魔から授かりし力……返還せよ」



 作られた拳二つ。男はそれぞれの中指に装着されたその指輪――アルターシステムの宝石部分同士を繋ぎ合わせた。



〈Alter・ON〉



 流れ出る機械音声。それと共に、両手首を捻った男は、カチリと音が鳴った事を確認した上で、小さく呟いた。



「――変身」


〈HENSHIN〉



 光に包まれる男の姿は、段々と変化を遂げていく。


元から女性らしかったナオとは違い、彼は元から男性の肉体を持ち得る。


だが、光に包まれながら変化していく姿は、まるで別人だ。



二メートル弱の肉体は、百八十程度の、それでも尚の長身に変化し。


その厳つい表情は、スッと肌が透き通り少しだけ小さく丸い顔立ちに。


鋭い目つきは綺麗に伸びて、鼻立ちはスッと端麗な線を描く。口元はぷっくりと膨れ上がって、大人びた薄いベージュの彩色が成された。


豊満な乳房を、まるで覆うように展開される紺色の装甲。キュッと引き締まった腰部は覆わない。


 臀部はビキニ水着のような布一枚だが、そのヒップのラインに合わせ、爪先まで装甲の取り付けられたブーツが履かれた。


腕部を覆う装甲は、過剰とも言える程だ。何せその者の腕二個分程の太さを持つ装甲を、その肘より下に装着しているのだから。



光が散っていく。



ナオと七海が見ている前で、右足を一歩前に出そうとした彼――いや彼女は、その足を今、踏み込む。




ただ踏み込んだだけだ。だがそれでも、地割れが起きた。




公園内に亀裂が走り、ナオと七海の立っている場所にまで、揺れが襲い掛かって来る。


女は尚、歩みを止めない。一歩一歩、歩く度に地割れが起きて、ナオと七海は流石に、愕然とした表情を浮かべていた。



「は……? 何。何なの、それ」


「己の名は、豊穣志斎。この名は【アルタネイティブ・セイント】と言う」



 その声は、先ほどまでの低く重圧感ある男の声では無い。透き通るように綺麗で、しかしトーンの低さだけは引き継いだ、ハスキーボイスだ。



「大人しく、ヴァンプのアルターシステムを渡せ。――それは、悪魔の力だ」



 ギロリと視線を向けられた事により、震えながら強がるナオ。



「ふ、ふんっ! しょ、所詮誰に渡したって、使えるのはボクだけ」



 今度は強く、足を地に置いた。


ゴゴゴ……と、音を鳴らしながら起こる地震。それだけで震度四はあるだろう。


震源は間違いなく、女――アルタネイティブ・セイントである。



「渡せ」


「ひ……っ」



 ビクリを身震いをさせながら、瞳に涙を溜め、足をガクガクと震わせるナオ。その姿はまるで強姦に襲われる直前の、か弱い少女のようだ。



「己も争い事は好まん。大人しく、アルターシステムを渡すのだ」


「わ、渡すもんか! これは、七海を守る為に必要な力で」


「そうか」



 ならば仕方ない、と。セイントは小さく呟きながら、その地を思い切り蹴り付け、空高く舞い上がった。



「へ……変身しなさい、ナオっ!」


「ふぇ!?」



 怖がっているナオの背中を押す様に、彼に向けて怒鳴り付ける七海。


 その七海の声にすら今は怖がっているナオだが、そんな事を考えている暇は無い。



「いいから! そのままだとアンタ死ぬわよ!?」


「は、はいっ!」


〈Alter・ON〉


「へ、変身っ!」


〈HENSHIN〉



 変身プロセスを可能な限り省略しながらアルターシステムを稼働させたナオは、放たれた光と共にヴァンプへと変貌を遂げ、急ぎ指輪同士を繋ぎ合わせた。


顕現される黄金の剣を頭上に向けて振り込むと同時に、地へと向けてその腕部を振り下ろしてくるセイント。


セイントの拳と、ヴァンプの剣。互いの攻撃と攻撃がぶつかり合うと、衝撃が辺り一面を襲い掛かり、七海も少しだけ体が浮いた。



「ぐ――ぎぎぎぎぎっ!」


「耐えたか。流石だな」



 小さく呟いたセイントは、そのまま右脚部を振り込み、ヴァンプのか細い腰を蹴り付け、その体をいとも容易く蹴り飛ばした。


だがヴァンプも今までの戦闘経験からか、空中で受け身を取りながら自然な動きで着地をして、前を見据えた――その時だ。


既にセイントが眼前にいた。


振り込まれる、両腕の連撃。


一撃一撃の速度が早い。その上威力ある攻撃を何とか剣と拳で回避するヴァンプだが、恐怖のせいか体が上手く動かず、その膝蹴りを腹部に叩き込まれた。



「ぐふ……っ!」



変身していて良かったと感じた。変身していなかったら、そのまま腹部は貫かれていたと実感できる、そんな威力を内包している。



「思ったより頑丈だ。だが――貴様は弱い」



 今度は頭部を肘打ちされる。まるで頭を鈍器で殴られるような感覚を覚えたヴァンプは、体を地に預けた。



「さぁ、これが最後の忠告だ。――大人しく、アルターシステムを、渡せ」



 拒否はさせまいと。地面に体を倒し、立ち上がる気力すら無くなっているヴァンプの前に立ったセイントの瞳に視線を向けた。


冷たい、まるで氷のような視線を見据え、ヴァンプはぶるぶると震えながら、その瞳に溜めこまれた涙を流し、声にならない恐怖の嗚咽を上げている。



返事を待つ時間に、拳を構えるセイント。その拳が振り込まれれば――ヴァンプは死ぬ。



それが分かってしまう自分が嫌だった。ヴァンプは立ち上がろうとするが、それも叶わず、アルターシステムを渡すことも嫌だと、それを思考にも入れない。


そんなヴァンプの姿を、忠告の否定と受け取ったセイントは。


今、その拳を、振り込む――。





「――ちょっと待ちなさいよ、筋肉女ッ!!」





ピタッと、ヴァンプの眼前で止められた拳。


セイントは面を上げて、その聞こえた声の主を視線に捉えた。


少女は、その美しく端麗な顔立ちに似合わない、鋭い視線をセイントに向けている。


 セイントは彼女を睨み返したが、少女――七海も負けはしない。キッと視線を強めながら、叫ぶ。



「アンタが殺そうとしてるそのガキはね、アタシを守る為に戦う男なのよ!


 ソイツを殺すって言うんなら、まずアタシを殺しなさい!」


「な、七海……?」


「ていうかアンタ、聖邦協会って奴の仲間なんでしょ!? なんで仲間割れしてんの!?


 意味わかんない、マジイライラするぅ!!


 当事者放っておいて、勝手に少年バトル漫画展開を始めないでよ、このバカ女!


 ――あれ、男? あー、もう分かんないっ!」



 どんどんと恨みつらみが口に出てくる。止まらなくなった七海の言葉を聞きながら、セイントは地面を強く踏み込んだ。


ヴァンプの眼前で振り下ろされる、その脚部が、まるで七海に対する脅しのように地割れを、地震を引き起こし、七海も体制を崩しそうになる。


だがそれでも――彼女はその場で留まり続け、毅然とした態度で、腕を組んだ。



「脅しのつもり? 残念だけどね、アタシをそんじょそこらの女子高生と一緒にしないで! 肝っ玉座ってんのよコッチは……ッ!」



 セイントは、彼女の姿を見据えた上で、その視線を捉えたまま離さなかったが――フッと息をついた。



「……まぁ、いい。どっちにしろ時間切れだ」



 セイントが身に着ける、紺色の装甲と装甲の隙間から、煙が湧き出ている。


セイントは両中指に装着したアルターシステムを外し、その身体を二メートル弱の厳つい男の姿へ戻していく。


男は七海の元へと近付き、その体に付いた埃や砂を軽く取り除くと、彼女の手を取って跪き、その甲に軽く口づけた。



「君の勇気に、今は賞賛を送ろう。――だがヴァンプの力は、この世に災いをもたらす。いずれその力は、己が回収する」



 そう言った男――豊穣志斎は、その身を翻して、立ち去っていく。


長い沈黙。七海はその男の背が見えなくなった事を確認すると、ヴァンプの元へと駆けて、その手に装着された指輪を取り外してあげた。


 解かれる変身、元の姿に戻るナオ。そんな彼に向けて、七海は声をかけた。



「ナオ、大丈夫?」


「こ……怖かった……! 怖かったよぉ、七海ぃ……!」


「はいはい。よしよし、怖かったわねぇ。頑張ったわねぇ、ナオ」



 涙をだばだばと流しながら震える彼の体を抱き寄せて、その頭を軽く撫でる。


まるで、泣き虫で可愛い弟が出来たような感覚がして、七海も少しだけ微笑んだ。



「アンタはアタシを、ヴァンパイアから守ってくれるんでしょ?


 だったら――アタシはアンタを、それ以外から守ってあげる。それでオアイコ、でしょ?」



 ニッと微笑んだ七海の姿を見据えて、泣き止んだナオ。ナオは、未だに涙を痕を残しながら――気になった事を聞いた。



「……七海、口調変わってるけど……そっちが素なの?」


「え」


「あ、でも男勝りでカッコいい……ボク、そっちの七海の方が、好き……カッコ良くて、好き……!」


「ちょ、ちょい待ち、いや、ちょっと待ってナオ……いえ、待ってください……? あ、あれ? な、なんだっけ?」


「直さなくていいよ! 七海はそっちの方が、カッコ良くて可愛くて、最強! もう最強だよ!」


「うぅ……あああああああぁ、もう、知らないっ!」



 七海の絶叫が辺り一面にまで聞こえる。


人払いとやらが効いていてよかった。


今、七海の姿は、誰にも見られていない。

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