進撃、アルタネイティブ・セイント-02
零峰学園は、某県にある一つの地方都市・秋音市と呼ばれる市内に位置する。
近くには他に秋音高等学校や玄武高校なども位置し、巨大ショッピングモールや広い住宅街、ビジネス街、さらにはホテルや風俗店などが連なる裏通りがある事でも有名だ。
その秋音市の住宅街――その外れにある廃棄された繊維工場跡に住む、異形生命体。
口からは牙が伸び、体は四肢が肥大化。おまけに体色は全体的に黒色と来た。
ヴァンパイアと呼ばれる生命体は、その工場跡の奥底で眠っていたが――腹が空いたのか立ち上がり、その場から移動を開始した。
身体を変化させ、十代後半程度の若い男性に化けると、ヴァンパイアは工場跡を出て、市街地へと向かった。
そこには、多くの人間が生息している。
ヴァンパイアの事など何も知らぬ一般市民は、多く外を出歩き、そしてヴァンパイアを誘惑する。
人間から見れば何の変哲もない住宅街でも、彼らからすれば『餌場』なのだ。
ヴァンパイアはニヤリと笑みを浮かべて――そして対面から近付く、スマートフォンを見据えながら歩く若い女性の手を握ろうと、腕を伸ばした。
その時だ。不意に女性が立ち止り、その身を翻した。
ヴァンパイアに気付いた様子もなく、まるで道を間違えたと気が付いたように、自然な動きで歩いていた道を帰っていく。
その光景を呆然とした様子で眺めていたヴァンパイアだったが――今女性とすれ違う、一人の男性に気が付いた。
全長二メートルはあろう巨体の男性は、その身にまとったスーツと、全て逆立てた黒髪、そして厳つい表情をヴァンパイアに向けて、その両手の中指に装着した指輪を構えた。
「ヴァンパイア――その命、神に返還すべし」
男性はヴァンパイアを見据えた上で。
その両中指に装着した指輪と指輪を、重ね合わせ。
〈Alter・ON〉
流れ出る機械音声の声が、ヴァンパイアを恐怖に陥れた。
**
瀬上ナオこと瀬上直哉は、その後普通に授業を受けていた。
元々頭がいいのか秋音市一の進学校である零峰学園の授業にも付いていくばかりか、七海と同程度の成績を誇る。
自然と彼女――否、彼に注目が行く。
「ナオちゃんって頭いいね!」
「七海ちゃんと同じって、それ凄いよ!」
「当然だよ! だってボクは何事においても完璧だからね!」
フフンッ、と。慎ましい胸に手を当てて鼻を高くするナオの言葉に、嫌味は無い。それ故に、皆彼女を慕い、ナオもそれを拒否しない。
何時もは七海が掻っ攫っていく注目を、今やナオも受ける事となる。何だかそれが楽で、七海は内心ホッとしていたのだ。
(……今は正直、クラスメイトに意識持っていける程、余裕があるわけじゃないし)
ヴァンパイアの存在と、その存在に狙われる理由を持つ自分自身。対策すべき事は多々ある。
だがその対策方法を知り得るのも、ナオか節子しかいない。その二人に頼らざるを得ないのだ。
学校活動内は休憩時間が短いので、先ほどは話の途中で学園長室を退室せざるを得なかったが、放課後は違う。二人に対策を聞く事が出来る。
七海はその時間まで、身構えて居ようと考えていた時だった。
ナオが不意に表情をしかめ、その制服の胸ポケットにあるスマートフォンを取り出した。
可愛らしいピンク色のケースにデコレーションを付けたキラキラしたデザインのそれを取り出したナオは、立ち上がってクラスメイトの中を通り、七海の手を握った。
「え?」
「七海。一緒に来て」
「ま、待ってください。次の授業――」
「おばあちゃんが事情を知ってる。いいから」
強く手を握られ、二人の様子をポカンと口を開いて見送るクラスメイト達の視線を受けながら。ナオと七海は教室を後にした。
教室を出た二人は、校門を抜け、そして住宅街の方へと向かう。
七海の手を握るナオに「あの」と声をかけると、ナオは視線だけを彼女に寄越した。
「どうしたの七海」
「どうしたの、じゃないです。一体どこへ行こうというのですか」
「ヴァンパイアが出現した。七海にも来てほしい」
「私に? 一体私に何を」
「ヴァンパイアの事を、良く知って欲しいんだ。――七海は今後も、絶対に狙われる」
「知って、どうすると言うのです?」
「ヴァンパイアに対処する方法は、一般市民には無い。だったらどうするのが得策か――
それはヴァンパイアに対抗できる存在が、近くに居る事と、少しでもヴァンパイアの事を自身で知る事なんだ。
だから七海には一時たりとも、ボクの元から離れて欲しくない」
「そんなの、無理ではないですか」
「無理じゃない。ボクが七海を守る。ボクがずっと、七海の近くにいる。
巻き込んでしまった責任もあるけど、ボクは七海が、好きだから」
今までの事がある。今のナオを、男性としてすぐに見ることは、七海には少しだけ難しい。
だがそれでも――男性に「好き」だと。「守る」と言ってもらえた事が、どこか嬉しくて。
七海は何も言わず、彼の手に腕を掴まれたまま、彼と共に歩く。
二人が辿り付いた場所は、住宅街の隅――その近くに住んでる者でない限り、誰も行く用事は無いと言わんばかりの、住宅密集地にある公園。
その小さな公園には誰も居ない。午後一時の時間帯、子供が元気にはしゃぎ回ってても良さそうな時間帯なのに、そこには誰も居ない。人の気配すら感じない。
だが公園の中心に、一人の男性が立っていた。年は七海とそれ程変わりなさそうな十代後半と言うべき男の子で、Tシャツと短パンの非常にラフな格好をしている。
「あの人、ヴァンパイアだよ」
「どうして、解るの?」
「ボクが持ってるアルターシステムには、いくつか機能がある。ヴァンパイアを感知したり、身体能力を底上げしたり、後は人払いが出来たりね。便利でしょ?」
ナオは、そのヴァンパイアと目された少年の前に立ち、その両手の中指にアルターシステムを装着した。
少年はギロリとナオを見据え、興味が無いと言わんばかりに視線を逸らし――今度は七海を見据えた。
目を見開いた少年は、口から多くの涎を流し、その鋭い牙を露出させた。
七海を見て、食欲を刺激され――そして子孫を残すべく彼女を欲していると言う意味なのだろう。
「ヴァンパイアはお目が高いね。だってボクが惚れた七海を見て、そう感じたんだもん」
でも、と。彼は小さく呟いて。
「無駄だよ。――だって七海は、ボクが守るもの」
両手の中指に装着されたアルターシステムの、宝石部と宝石部を合致させると、機械音声が流れる。
〈Alter・ON〉
それと同時に手首を捻り、その宝石部を稼働させると共に、ナオは笑顔と共に、その言葉を唱えた。
「変身っ」
〈HENSHIN〉
アルターシステムから光が放たれ、その光に包まれたナオ。
しばしの沈黙の後に光は段々と散っていき、その中から一人の少女が顔を出した。
アルタ・ヴァンプ。ナオの変身した姿だ。
ヴァンプはその場で軽く手首にスナップを利かせると、七海に向けてフッと微笑んだ。
「どう? 可愛いでしょ」
「あの、ちょっとごめんなさい」
「え、うん」
一言謝罪を入れながら、七海はヴァンプの胸元に触れた。
装甲がある為に完全には分からないが、程よく手を押すと装甲がフニッと圧される。先ほどとは違い、微かに柔らかな感触。
これは間違いなく、女性の乳房だと感じられ、本当に彼――いや。彼女が今、女性になっているのだと再認識した。
しばし、沈黙していたヴァンパイア。だが、餌が二人になった事で理性が崩壊したか、その肥大化した腕部を振りながら、襲い掛かってくる。
「おっと」
ヴァンプは七海の体を抱き寄せ、そのまま地を蹴って軽くジャンプすると、その振り下ろされた剛腕を避け、近くにあったベンチに着地。七海をその場に置いた。
「待ってて七海。すぐ片付けるから」
手を振りながら、ヴァンパイアを見据えたヴァンプは、再びアルターシステムの宝石部を繋ぎ合わせた。
黄金の輝きを放つ剣が顕現され、ヴァンプはそれを掴むと、その剣を思い切りヴァンパイアに向けて振り込んだ。
堅い身体に向けて振り切られる剣劇は、火花を散らしながら確かなダメージとしてヴァンパイアに与えられる。
二撃、三撃と加えられる攻撃を全て一身に受けていると、身体をよろめかせたヴァンパイア。
その姿を見据えて、ヴァンプは剣を上段で構え、思い切り振り込んだ。
一閃は、確かな威力を持ってヴァンパイアを斬り、そしてその動きを止めた。
「これで――終わりっ!」
一度剣を空中に投げ捨てる。回転しながら宙を舞う剣が滞空している間に、ヴァンプはアルターシステムを再度繋ぎ合わせ、その手首を捻った。
〈Alter・Punch〉
「アルター、パンチっ!」
両腕に取り付けられた装甲が分割し、装甲の割れ目から噴射構のようなものが見えた。
それから強く煙が吹かされると同時に、空から重力に従い落ちて来た黄金の剣を掴んだヴァンプは、その剣先をヴァンパイアに向けて、思い切り投げ込んだ。
動きを止めていたヴァンパイアは、投げられた剣先を胸部に差し込まれると、叫び声を上げながら、その場でもがいている。
そんな姿を、まるで救うかのように。
背部のスラスターと右腕部の噴射構を吹かしながら、最大速度でヴァンパイアへと駆けたヴァンプが――剣の柄を思い切り、殴りつけた。
「フィニッシュ!」
〈Finish〉
押し込まれる剣。貫通する刃。それと同時に叩き込まれる、ヴァンプの拳。
その威力に耐え切る事が出来ずに、ヴァンパイアは断末魔を上げながら爆風を撒き散らし、この世から去って行った。
ふぅ、と。
小さく息を吐いたヴァンプは、その両中指に装着したアルターシステムを外し、その変身を解いた。
まるで光が弾ける様にして消えた装甲、そして再び着込まれる、零峰学園の制服。
ヴァンプはナオへと姿を戻すと、ニッコリと微笑んで、七海の元へ駆けた。
「ね? ボクが七海を守るって言ったでしょ?」
「……はい。ありがとう、ナオくん」
「もー、ボクの事はナオで良いよ。くん付けもちゃん付けも、なんか他人行儀だよ?」
「あは、そうかも」
彼の頭を撫で、少しだけ微笑む。
ナオは確かに、七海を守ると言ってくれた。
七海に惚れ、七海を好きになり、そして自らの意志で、力無い七海を守ったのだ。
それが七海にとって、何より嬉しかった。




