戦う者-01
エネミーが発生しているポイントは二か所。
場所は近く、秋音市の一区画にある廃工場跡と、住宅地奥にある小さな公園だ。
その付近一帯には、アルターシステムに搭載されている人払いのデバイスを用いた偽の避難勧告が住民の脳に伝達されている。
『第二次世界大戦頃の巨大な不発弾が発見され、今にも解体を余儀なくされている。近隣住民の方々は急いで避難されたし』
効果は絶大だった。近隣住民は最低限必要な荷物だけをまとめて、四六が設置した偽の避難所に向けて走り出し、地域一帯はもぬけの殻となった。
ワルツは、避難の行われた区画、その小さな公園のベンチに、腰かけていた。
胸を抑え、項垂れ、ただ待つ。
――待つのは、たった一人の親友だ。
「よう、シェリル」
立ち上がり、彼女はフッと笑みを浮かべた。
こんな時に、なぜ笑みが浮かぶのだろうか。
よく分からない。だがなぜか、笑みが零れてしまったのだ。
声をかけられた青年――シェリルは、相反して苦い顔をしていた。
彼は右手の中指に装着した試作試験型アルターシステムに触れながら、ただワルツの目の前に立ち尽くした。
「なぁシェリル、助けてくれ。腹が減って、死にそうなんだ」
「君が餓えているのは、虚力じゃ無い。愛だ」
「一緒の事だろ。どっちも腹を満たすモンだ」
「そうだ。君は愛に触れ、そして人間の恐怖から得られるエネルギーを受け取らずとも、生きる事を可能とした」
エネミーは、虚力そのものを食しているわけでは無い。虚力が生み出す感情を吸収し、自身の栄養素とするのだ。
地球の女性やエネミーのメスを襲うのは、その『恐怖』を補給する方法が一番手っ取り早く、多くのエネルギーを得る事が出来るからだ。
襲い掛かり、死に対する恐怖心を引き出す。
その際に燃焼される虚力の量が、多量かつ効率のいい補給方法であると、本能で知ってしまっているのだ。
多くのエネミーは、この事実を知らない。恐怖の感情を食すこと以外の方法を知らぬ。
だからこそシェリルは、争う必要は無いと考えた。
だが時は遅く――ミューセルの民は地球へと進行を開始してしまった。
もう何もかも、遅いのだ。
「ボクは、この世界を守る。ボク達の勝手な理屈で、人々の感情を失わせる事は、許されない」
「だから、オレを殺すってか」
「ああ……そうだ」
アルターシステムの宝石部を掌へ押し込みながら光を放つ。シェリルは、ただ小さく呟いた。
「変身」
言葉と共に、光が彼を包み込んだ。シェリルは、薄い黒光りする装甲を身にまとい――女性の姿へと、変身した。
「ワルツ、お前の最後だ」
「オレはもう、何が何だかわからねぇ。腹が減ってんだか、アイに餓えてんだか、もう分かンねぇよ。――だから」
ワルツも、ただアルターシステムを掌に押し込んで、だらりと手を下した。
「変身」
放たれる光は、シェリルと同じように黒光りする装甲を身にまとわせ、散っていく。
「オレはもう、全てを破壊する。何を得ても理解が出来ないなら――オレは何もいらねぇ。ただ、全てを破壊し尽すだけだ」
シェリルとワルツは、互いにロングソードユニットを掴み取ると――それを振り切った。
「行くぞ、ワルツ」
「戦争だ、シェリル」
――二人のアルタネイティブによる戦いが今、幕を上げた。
**
門が開かれる。
漆黒の渦にも似た狭き門はしばしの時を経て大きく広がり、多くの異端者達を、秋音市へと解き放った。
スネークウルフタイプ――スルフと呼称されるエネミーの群れは、一度自らが降り立った地球の大地を見渡す。
彼らが舞い降りた地は、秋音市郊外にある廃工場跡。近隣住民の避難は既に成され、人っ子一人居ない状態だが、そこに一人の大男が立ち塞がっている事に気が付いた。
眼帯を取り付け、輝かしい黒髪をなびかせる少年――菊谷荘司。
彼はアルターシステムを右手の中指に装着し、左掌に宝石部を押し込んだ。
放たれる光と共に、変身を遂げる身体。
女性の姿へと形を変えた彼女は、軍勢へと一歩、歩を進めた。
「数は――ざっと三十を超えるか」
数の暴力。ブルーは軽く右手首を回すと、両足を肩幅程度に開き、腰を落とした。
「絶対に、ここは越えさせねぇ」
彼女が立つ場所は、廃工場跡より住宅地へと出る為の出入口。
愚直にもそこを目指して歩を進めるスルフの軍勢は、邪魔者であるブルーを敵とみなし、牙を、そして爪を彼女へと振るう為、駆けた。
先頭の一体がブルーへ爪を薙いだ瞬間、彼女の姿はそこにない。
地を蹴り、スルフの顔面に右膝を叩き込んだ瞬間、左足を振り込んで蹴り付けた。
――しかし、威力は十分では無い。
「チッ――!」
瞬間、多くの軍勢が彼女に対して襲い掛かった。
ブルーは蹴り付けた一体が口を大きく開けた瞬間を見計らって、爪先を口内に叩き込むと同時に、右足にアルターシステムをかざした。
〈Alter kick〉
流れ出る機械音声。
ブシュッと推進剤が一度吹かされると同時に力任せの一振りを横薙ぎした瞬間、口内へ爪先を挿入されていた一体は蹴り飛ばされ、その勢いを保ったまま、彼女は地面に向けて踵を落とした。
ゴゴゴと揺れる大地。
動きを止めた軍勢に向け、ブルーは身を低くしながら、まるで燕の低空飛行の様に、疾く走る。
軍勢の先頭が居る場所まで駆け抜けると、彼女は右掌に力を籠め、エネミーの顎へと叩きつけた。
グワンと揺れた一体の前で強く地面を蹴り付けると、そのまま空高く舞い上がった上で、今度は両足にアルターシステムをかざす。
再び流れ出る機械音声。両足を振り回しながら地面へ急降下した彼女は、三体のエネミーをまとめて蹴り飛ばし、殺す。
しかし彼女は小さく舌を鳴らした後、嘆きの言葉を漏らした。
「威力が、足りねぇ……!」
アルターシステムに取り付けられたリミッターの影響で、本来の彼女が持つ力量を引き出す事が出来ぬ状態。
今は技能やエネミーの稚拙さで助かっているが、しかしやがて限界が来る。
何せ、最初は三十程度と目していた戦力が、まだ増えている。
三十が五十、五十が七十五、そして――今や百は下らない。
数の理は時に、覆す事の出来ぬ暴力となる。
一騎当千の力を持ち得ようが不利は変わらぬし、また今のブルーには、一騎当千を成す力も無い。
――ならば。
彼女は一度自身を後退させ、あろう事か自らの力であるアルターシステムを、一度指から抜き、変身を解いたのだ。
再び中指に装着はするものの、変身はしない。
ブルーより成り変わり、菊谷荘司へと自らを戻した彼は、僥倖と襲い掛かってきた一体に対して――強く拳を顔面へ振り込んだ。
吹き飛ばされる、スルフの頭。
真紅の血を吹き出した、強引に引き裂かれた切断面を見て、多くのスルフが足を止めた。
「どうした」
一息入れつつ、荘司は振り込んだ拳を腰へ戻し、ギロリと軍勢を睨み付けた。
「まだお前たちの方が有利だぞ」
覆り様の無い真実。しかし彼が居る事により、真実は虚像にも映り得る。
本来は彼らが人間に与える筈の恐怖を――たった一人の少年により、軍勢は体感している。
しかし荘司の肉体は、いずれ限界へと向かうだろう。ならば死の運命を避ける事は出来ぬ。
今は、初めて感じる死の恐怖で震えそうになる足を何とか踏ん張り、敵へ見せぬようにしているだけ。
やがて来る限界は彼の膝を地面へ落とし、大群はその時、彼を殺す為に襲い掛かるのだろう。
「……じゃあな。洋平、白兎」
目の前にはおらぬ、たった二人の親友に向けて、彼は言葉を漏らす。
拳を構え、最後の一瞬までは前を向いて生きようとした――
その瞬間。
「じゃあな。なんて、言うな」
荘司の身体を横切り、スルフの大群へただ走る、少女の姿がそこにあった。
一体を強く蹴り付け、吹っ飛ばすと共に、右手に力を籠め、装甲より噴出する推進剤により得られた威力を、ただ振りぬく。
前面の大群が、一瞬の内に消え去った。
その威力、そして拳を振り切り、凛とした表情に――荘司は思わず目を伏せ、小さく、しかし確かな想いを込めて、言うのだ。
「――バカ野郎」
「バカで、いいよ」
少女の耳には、声が届いたようだった。彼女はフッと笑みを浮かべた上で――荘司の手を、掴んだ。
「外したな、リミッター」
「うん。だってそうしなきゃ、誰も守れないから」
「俺がお前を、お前の大切な人を、守ってやる。だから」
「……じゃあ、お願いがあるんだ」
少女――アルタネイティブ・レッドは。
右手に装着されたアルターシステムに、ただ力を込めた。
今のアルターシステムには、一つのリミッターが設けられている。
それは変身後の肉体変化を可能な限り抑える事により虚力の増幅を抑制し、女性ホルモンの過剰分泌も抑えるというリミッター。
久野洋平という一人の少年と、菊谷荘司という一人の少年が、女性の身体へと変貌を遂げぬ様にする為のリミッター。
しかし――【逆】も可能となってしまうのだ。
つまり『意図的に女性化の進攻を速め、虚力の膨大な増幅を図り、戦闘能力を向上させる』事もまた、出来てしまう。
洋平は、その方法を見つけ出した。
否、見つけるまでも無い。
彼らはアルターシステムを装着した瞬間、このシステムを用いた全ての機能を使えるよう、脳へ直接情報伝達が行われるのだから。
荘司も、この方法に気がついていた。
しかし彼はそれを成さず――今、目の前にいる彼女は、それを成した。
彼女――アルタネイティブ・レッドは、短いサイドテールの髪の毛をロングへと変え、涙を流しながら、ニッコリと微笑む。
誰かを守りたいという、脆く、しかし確かな想いを抱き、真の力を発揮した姿――
【アルタネイティブ・レッド・ブラスターフォーム】へと変貌を遂げた彼女は、荘司へと語り掛ける。
「俺が、本当に女の子になっちゃったら」
「……ああ」
「せめて俺を、お嫁に貰ってくれるか?」
「――洋平っ」
彼女の言葉に耐え切れず、ただ名を呼んだ荘司の声と同時に、レッドは空高く舞い上がり、空中で身体を回転させると、そのまま右足を強く、エネミーの大群へと向け、叩き込んだ。
衝撃によって、多くのエネミーが、その身を破壊され、散っていく。
その光景を見届けた後、彼女は翻りながら、ただ駆けていく。
彼女の行方を、目で追う事しか、荘司には出来なかった。
「――お前はやっと、自分の為に戦う事を決めたんだな」
ならば、言葉など、もう必要は無い。
残る僅かなエネミー達は、ただ一人残された菊谷荘司を見据えた上で、おそらく自棄の奇声をあげながら、荘司へと襲い掛かっていった。




