ワルツ-04
ワルツの存在を確認する事が出来た時刻は、青年三人の死体が発見されてから、そう経過していない。
シェリルは四六に持たされている携帯電話から聞こえる志木の言葉に唇を噛み締めた。
『目撃者がいてね。黒い短髪の少女が、手を振り上げただけで三人の少年たちを切り刻んだそうだ。そんな芸当が出来るのは』
「はい――間違いなく、ワルツです」
『事は急を要する。目撃者は今口止めをしているが、次第に警察も動き出す。そちらは我々で食い止めるから、君達はワルツの捕獲か、もしくは処理をしろ』
乱雑に切られた電話を聞き届けた後、シェリルは小さく溜息をついた上で、六畳間のアパートから駆け出した。
秋音市の街中を駆けるシェリル。彼は死体が発見された街の裏路地を集中して探し回り、そして――
「よぉ、シェリル」
彼女を、見つける。
走り回った事によって荒い息をしているワルツへ、ニヤリと笑みを浮かべた少女。
少女の衣服には、べっとりと赤い塗料のような液体がこべり付いている。
――塗料などで、あるものか。
シェリルは心中でそう自身を罵りながら、その右手の中指に装着したアルターシステムを、構えた。
「探したぜ、散々な。まぁ、探している間も楽しかったからいいけどな。キャンディってスンゲェ甘いのな」
「ワルツ、なぜ――関係の無い人たちを殺した」
「アイツら、遊んでくれるっつったんだ。オレにとっちゃ遊びは、殺し殺されの事だろ? 今更何言ってンだよ」
「ここは力が無ければアリメントを狩れない、ミューセルでは無い!」
「力がねぇから、あのガキ共はオレに殺されたんじゃねぇか」
「ッ、君は獣だッ! 人間の温かさに触れる事無く、刃向かう者を殺すなど、理性を無くした獣に他ならないッ!」
「……オレを置いて、逃げてった裏切りモンが、偉そうにご高説垂れてンじゃねぇッ!!」
右手の中指に装着したアルターシステムを左掌に押し付けたワルツ。
その姿を見据えながら、同じ動作を行ったシェリルが、指輪に埋め込まれた宝石から放たれる光に包まれるタイミングは同時だった。
『変身ッ!!』
重なる声。そして重なる変身。
光が散る前に駆けたシェリルとワルツは、その漆黒の装甲を身にまといながら、その拳を振り込んでいた。
**
洋平と荘司の頭に、シェリルが変身した事を知らせる情報が流れたのは、ほぼ同時のタイミングであった。
「菊谷」
「ああ、急ぐぞ」
先ほどまで共に遊んでいた二人が、地を蹴って走り出す。アルターシステムを通じて、シェリルが変身をした場所を認識しているからだ。
――しかし、そこでもう一つの情報が、頭をよぎった。
「ッ、」
「別のエネミー……クソッ」
荘司がチッと舌打ちすると同時に、走らせていた足を止め、翻る。
「洋平はシェリルの所へ! 別のエネミーはオレが殺る!」
「頼んだ!」
短い意思疎通を終わらせ、荘司が洋平から離れていく光景を見据えながら、洋平も再び走り出す。
場所は秋音市清納通――それほど遠くはないが、オフィス街の裏通りに位置する清納通に辿り付くには、人通りが邪魔である。
「――変身っ!」
短く叫びながら、洋平はその右手の握り拳を、左掌に押し付けると同時に、地を強く蹴り、飛び上がった。
瞬間、光が彼の――否、彼女の身体を包み込み、その光が散ると同時に、人の脚力を遙かに超えた跳躍を見せた、アルタネイティブ・レッド。
レッドは、空高く舞い上がり、四階建てアパートの屋上へ足を付けると、再び地を蹴って、目的の場所へと駆けて行った。
**
彼女――ブラックシェリルの放った拳と。
彼女――ブラックワルツの放った拳が、ぶつかり合い、せめぎ合う。
衝撃波が裏路地にある塵やゴミを吹き飛ばし、二人の髪の毛を揺らめかせた。
「君は、ボクが殺す――! 君にアルターシステムを授けたボクの業は、ボクが終わらせるッ!」
「ハッ、テメェみたいなヤロォに、やられるわけねぇだろ――ッ!!」
ブラックワルツは、右腕部に込めた一撃を更に強め、ブラックシェリルの右腕部を弾き飛ばすと同時に、その左手に大剣ユニットを取り出した。
ユニットは先から高出力のレーザーを展開されると同時に振り込んだ。
ブラックシェリルの胸部装甲を掠めるレーザーサーベル。彼女はチッと舌打ちをした上で後ろへ跳び、距離を取ろうとしたが――
「ヌリィッ!」
ブラックワルツの動きは、さらに早かった。
一瞬で地を蹴りつけ、ブラックシェリルの眼前へと駆けつけた彼女は、上段から振り込んだレーザーサーベルを叩き込む為、その腕を振り下ろそうとした。
瞬間――上空から彼女を蹴り付ける、強い衝撃が襲い掛かった。
吹っ飛ばされた体を支えながら、自身を蹴り付けた者を睨み付ける、ブラックワルツ。
彼女を蹴り付けた人物は、その身に赤い装甲を展開した、一人の少女だった。
彼女――アルタネイティブ・レッドは、着地した際の態勢を保ったまま、鋭い視線をブラックワルツへと向け、叫んだ。
「お前が、ワルツか!」
「何だオメェ。邪魔すんな」
「残念だけどな、オレはお前たちを倒す為に、こうして変身してるんだ! 邪魔とは言わせない!」
「養殖品が、偉そうに……ッ!」
強い憎しみの表情をレッドに向けて、レーザーサーベルを構えたブラックワルツ。
彼女は――レッドへ問いかける。
「おい、お前は知ってンのかよ。お前が偉そうに変身してるソイツが、オメェの身体を犯してるって事を」
「――え?」
何を言っているのだろうと、レッドは一瞬困惑した。
「オレもよくは知らねェけどよ、コイツで変身を続けたオレは、こんな女の身体になっちまったんだ。
いずれテメェらもそうなるぜ。それを知って変身してるってんなら、立派な養殖品だ、褒めてやろうじゃねぇか」
視線をブラックシェリルへと寄越すと、彼女は苦々しい表情を押し殺しながらも、しかし、小さく頷いた。
「彼女――いえ【彼】は、元々僕と同じ、男性型エネミーでした。
しかし、彼は変身を多用すると共に、徐々に肉体を、女性のそれへと、変貌させていきました」
「オレは、シェリルを許さねぇ。オレをこんな身体にした上で、オレを裏切ったオメェを――ゼッテェ許さねぇ!!」
怒号と共に、襲い掛かる一閃の太刀筋。
レッドは、サイドアーマーに装備されていたユニットを急きょ取り出し、レーザーサーベルを展開するとそれを受け止め、左掌をブラックワルツへと叩き込もうとした。
しかし。迷い故か、若干スピードの遅いその掌底は避けられ、右脚部による回し蹴りがレッドの腹部に直撃。レッドはコンクリートの壁に叩きつけられた。
「が――っ!」
そんなレッドへ、トドメと言わんばかりに右脚部装甲に手を伸ばすブラックワルツ。
〈Alter・kick〉
機械音と共に、その右脚部を強く突き出したブラックワルツの攻撃を、ブラックシェリルが止める事も、レッドが避ける事も出来ない。
――やられる!
そう感じ取った瞬間、どこからか再び〈Alter・kick〉と機械音が流れた。
レッドの眼前へと瞬時に着地した、蒼色の装甲を身にまとった背の高い女性が、着地した左足を軸に、右脚部を横薙ぎに振り込んだのだ。
ぶつかり合うキックとキック。
ブラックワルツは強く蹴り飛ばされながら、地面へ身体を滑らせた。
「っ、ブルーっ!」
「悪い。手間取った」
レッドの眼前に現れたのは、アルタネイティブ・ブルーだ。
彼女は冷却剤を噴射した右脚部の様子を確かめつつ、ブラックワルツへと進言した。
「テメェを見逃したくはねぇが――オレもお前も、本調子じゃねぇだろ」
「……そう、みてぇだな」
ブルーの右脚部は僅かに損傷し、ブラックワルツの右脚部も同様だった。
ひび割れる様な跡を確認した後、彼女は変身を解き、そして小さく言い放つのだ。
「忘れんな養殖品共――シェリルがオメェ等に与えた力は、ただの道具じゃねぇって事をな」
フンッと鼻を鳴らしながら、立ち去っていくワルツの姿を、三人はただ見ている事しか出来なかった。
――沈黙を破った者は、レッドだった。
「どういう事だよ、シェリルさん」
シェリルは、口を開かない。
そんな様子を見て痺れを切らしたかのように、ブルーが自身の変身を解き、菊谷荘司へと戻った後、彼の肩を掴んで壁に叩きつけた。
「まだ隠してる事があんだな」
「、っ」
「言え――じゃねぇと、お前はオレ達の、敵だ」
彼の、有無を言わさぬと言わんばかりの殺気に、シェリルは固く閉ざしていた唇を、開いた。
「あなた達人間に、影響があるかは、まだ分からない。けれど、分かっている事がある。
――ワルツは元々男性でしたが、アルターシステムの影響により、変身前の肉体までもを完全な女性へと変貌させた。
このまま変身を続ければ、あなた達の身体もまた、女性のそれへと、変貌を遂げるかもしれない」
「なんでそいつを今まで黙ってた」
「確信が無いからです。
エネミーと人間は、その基本構造こそ同じですが、アルターシステムがもたらす副作用まで同じとは限らない。
しかし危険性はあった。だからボクは人間に、アルターシステムを与えたくなかった……!」
荘司はそこで、自身がその力を授かる時、シェリルが何と言って一度は拒否したかを思い出した。
彼はその言葉を聞いていた。だがそれでも尚、寄越せと言った。
だからこそ今の自分がここに居るのだと、彼は苛立ちを抑えつつ、シェリルを解放した。
「――オレ、ホントの女の子に、なっちまうのか?」
未だに、変身を解かないレッドの言葉。
その言葉を聞いて、荘司もシェリルも、彼女を見据えた。
「あ、はは……で、でも、仕方ないよな! 皆を守る為なんだから、そん位のデメリット、目をつむらなきゃなっ!」
「洋平」
「良いんだ! オレは決めたんだから。ヒーローになるって。
オレが女になる事で、誰かを守る事が出来るなら、それで」
「もういい」
レッドの、小さな体を抱き締める、荘司の大きな体。
その体温を感じながら、レッドは一度、呆然という言葉が似合う表情を浮かべたが。
「辛い事を、辛いと言って……悪い事なんて無い」
彼の言葉を聞いて――溢れ出る涙を、隠せなくなった。
「オレ、女の子に、なりたくないよ……なるんだって……ヒーローになるんだって……そう、夢見てたのにぃ……!」
――ヒーローになる為に、力を得た筈なのに。
――その力は、決してヒーローになる為の力では、無かった。
レッド――否、洋平は。
その苦悩を抱きつつ、自身を抱き締める親友の胸で、強く強く、泣き続けた。
**
うめき声が、聞こえる。
粧香はその手に9㎜拳銃を構えながら、うめき声の主を探している。
足音を立てぬように、息を殺して探していると――物陰に、一人の少女が寝転がっていた。
銃を構え、少しずつ近づく。だが少女はこちらの事など、気にする余裕もない。
右足に、歩く事が出来ぬ程の出血。それを両手で抑えながらうめき声をあげる彼女の姿は、どこも人間と変わりはしないのに。
この少女は――エネミーだと言うのだ。
ワルツ。人間型のエネミーであり、シェリルが試作試験型アルターシステムを授けた張本人。
今なら殺せるかもしれないと、引き金に触れようとした所で。
頭の中に、悪魔の声が囁いた。
――彼女の力を利用できれば。
――彼女の証言や力は、シェリル以上の物となる。
――四六で、その力を発揮できれば。
無数の囁き。粧香は、9㎜拳銃をホルスターにしまい込んだ後に、彼女の身体を抱き寄せ、そして小さく呟いた。
「大丈夫よ。私が、貴女を助けてあげる」
「だ……誰だ、お前……っ」
彼女の荒い息遣いが聞こえる。粧香は彼女に向って、普段誰にも見せぬ微笑みを見せた。
「私は――貴女を愛する女よ」
声は、自分の声ですら、悪魔の囁きにも聞こえる。
粧香は自分で自分を、そう蔑んだ。




