蕾のまま
ロザリアに頼まれていた帽子が完成した。
マダム・リリも新しいデザインにご満悦だ。
「これは流行る」と誰の目にもまだ触れていないのにも関わらず、同じ型で次々とデザイン画を仕上げている。
「ロザリア様に連絡はしたの?」
ペンを走らせながらマダムはカティに問いかける。
「それがまだ......」
「お茶会まで日がないわ。調整もあるのだから、早くお知らせしてさしあげなさいな。」
「ええ、そうなのだけど......」
歯切れの悪いカティにマダムは首を傾げる。
自身の恋心に気づいてしまった。
侯爵家に届けに行き、アレクダレンと会う可能性を考えてしまうと、どうしても躊躇ってしまっていた。
ロザリアには早く伝えたい。
そう約束もした。
しかしきっとアレクダレンもその場にいるのだろう。
彼の言葉があったからこそ、出来たデザインだ。
彼にも見てもらいたい。
だけど........
彼は紳士的に接してくれていただけで、他意はない。
カティが勘違いをして、好きになってしまったのだ。
平民のただの針子である自分の気持ちなど迷惑にしかならないというのに。
身の程を弁えず、自覚して更に膨らんでしまったこの気持ちを彼に隠す事が出来るのか自信がない。
「何か分からないけれど、連絡しとくわね。大丈夫!本当に素晴らしい帽子よ!きっとロザリア様も喜んでくださるわ!」
そう言うなり立ち上がったマダムは戸惑うカティをよそにさっさと伝言を頼みに行ってしまった。
カランカランと鈴の音を残して閉じたお店の扉を見つめる。
初めて会った時は、こんなに綺麗な人がいるのかと驚き、緊張をした。
押し引きで負けるくらい妹に優しい。
不機嫌そうな眉間のシワ。
癖だと彼は話してくれた。
笑い堪えている時、妹のためにと考えている時、心配してくれた時。
いつも同じ表情なはずなのに、どれも違う表情で。
優しさに気づいたら好きになってしまった。
それが自分だけにではないものだとしても。
「あんなに素敵な人、惹かれないはずない.....」
溢した独り言が響く。
カティはペンを手に取り、額を羽でそっと撫でて目を閉じる。
アレクダレンへの想いに蓋をするように。
ぽとり、と涙が落ちた。