侯爵家へ
ガラガラガラと音を立てて馬車が進む。
侯爵家から迎えが来たのは、マダムが侯爵家へと知らせた次の日だった。
ロザリアはとても楽しみにしていた。
当然、知らせを受けたらすぐに日程を合わせる返事が来るだろうとは思っていたが、迎えの馬車が来るとは想定外だった。
何より心の準備が出来ていない。
しかし、お茶会はすぐそこだ。
早く届けられるに越したことはない。
カティは馬車に乗り込んでから、その手にペンを持ち、離せないでいる。
馬車が止まり、扉が開く。
「カティ!」
「ロザリア様!?」
「我慢出来ずににあなたを迎えに来てしまったわ!」
きらきらと笑顔を輝かせてロザリアはカティを迎える。
ロザリアの後ろには侍女が困った顔していた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。ロザリア様、着いて早々になりますが、お部屋で商品の確認をして頂いてもよろしいでしょうか。」
「もちろんよ!行きましょう!」
ロザリアがカティの腕に自身の腕を絡ませると、更に侍女は困った顔をしていたが、カティから振り解く訳にもいかずに、仕方がないので部屋へと急ぐよう促した。
部屋へ入り、持ってきた帽子の入った箱と裁縫道具の入った箱をテーブルへと置く。
アレクダレンはいない。
ふぅと息を吐いてから、移動中ずっと握りしめたままであったペンをようやく鞄へとしまいながら、ほっとしたのと同時に寂しくも思ってしまった事に、自身の頭を軽く振り、箱から帽子を取り出した。
「なんて...綺麗な帽子なの.....」
カティの手の中の帽子を見たロザリアは感嘆の溜息を漏らす。
「ロザリア様、こちらは髪留めのように付けて頂くようになっています。位置は.....失礼します。.....この辺りがよろしいかと...いかがですか?」
部屋に用意してあった姿見に写した自身を見たロザリアは、大きな瞳を目一杯開いた後、天使のような笑顔でカティへと振り向いた。
「素敵!!素敵過ぎてこれ以上の言葉が出ないわ!
ああ、カティ!あなたは天才ね!ありがとう!!」
ぎゅぅっと両手を握られたカティは、喜んでもらえた事を嬉しく思った。
「ロザリア様の美しさがあってこそデザイン出来た物です。こちらこそありがとうございます。」
「カティ.....無理をさせてしまったとお兄様に聞いたの....本当にごめんなさい.......それなのにこんなに素敵な帽子を本当にありがとう。私、絶対諦めないわ!
カティの大変な思いを無駄になんてしない!王太子様への想いを必ず叶えるわ!」
眩しい程の綺麗に微笑むロザリアにカティは思わず見惚れてしまう。
気持ちも真っ直ぐで本当に美しい人...
「ロザリア様ならきっと叶えられます。」
「願いが叶うジンクスの本人に言ってもらえたのだからきっと叶うわね。」
ふふふと笑うロザリアにカティは一瞬目を瞬いて、苦笑してしまう。
「マダムの宣伝です......それより!ロザリア様、帽子の被り方のご説明と少し必要なら調整をさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、お願い。」
***********
馬車まで見送ると言うロザリアに丁寧に断りを入れ、カティは侯爵家の執事に連れられてエントランスへと向かう。
ロザリアの残念そうな顔を思い出して、思わず苦笑していると、ピタと執事が足を止めた。
不思議に思い、目線を上げたカティの胸は大きな音を立てる。
「アレクダレン様、お帰りなさいませ。」
執事は道を空けるように、少し横にずれてから頭を下げる。
「ああ、ただいま。間に合ってよかった。」
突然の事過ぎてカティは硬直してしまう。
「ロザリア様でしたら、奥の部屋にいらっしゃいます。帽子も届いております。」
「え、ああ、そうか。カティ、私からもお礼を伝えたいのだが.....帰るのなら私が馬車で送ろう。」
頭の中も心の中も整理がつかず、固まってしまっているカティは、エントランスへと向かってしまったアレクダレンを止めようとしたのだが、あっという間に二人して馬車に乗り込んでしまっていた。
現状に耐え切れずに鞄の中からペンを取り出そうと探しているとアレクダレンから声がかかる。
「もう体調はいいのか?」
「.....へ?たい....ちょう.....?」
あ、と溢した後すぐさまカティは勢いよく頭を下に下げた。
「せ、先日は大変申し訳ございませんでした!!ご、ご迷惑をおかけしてしまいました!」
「いや、迷惑ではないから謝らなくていい。......元気になったようだな。」
カティの頭の上から、ふっと笑った声がする。
「.......ありがとうございました。」
目線を上げると相変わらずの眉間のシワに、カティの胸がじわりと熱くなる。
「こちらこそ、ハンカチの礼がまだだった。妹の事も重ねて礼を言わせてもらいたい。」
「と、とんでもないです!ハンカチは私が迷惑をおかけしてしまったので......帽子の件は仕事ですからお礼は不要です!それに、あのデザインを思いついたのはアレクダレン様の言葉がきっかけですから!お礼を言わせて頂きたいのはこちらで.....っ」
慌ててカティが手を振ると、その手をアレクダレンが掴んだ。
驚いてアレクダレンを見ると、金色に近い色の瞳とぶつかる。
その瞳には熱がこめられ、強くカティを射抜いている。
握られている手が熱い。
心臓の音が聞こえてしまうのではないかという程、早鐘を鳴らしている。
きっと顔も真っ赤だろう。
「........あ......の.....」
ようやく声を絞り出す。
「........帽子の依頼は済んでしまったが....これからも君とこうして会いたいと思っているんだ。......カティ、私と結婚してほしい。」
「..........けっこん.......」
けっこん....けっこん.....結婚......!
「で、で、出来ません!無理です!!」
「.....私が嫌だと言う事か?」
「違います!そうではないです!そんな事は絶対にないです!私は平民ですから!.....貴族の方とは結婚なんて出来ません.......」
現実を口にしてしまい、涙が込み上げてくる。
「それが問題か?私を嫌っているわけではない?」
「嫌ってなんて.....!」
「だとしたら何にも問題はない。私が爵位を譲った後、平民になればいいだけだ。」
「なっ.....!」
何を言っているのだろう。カティは驚きで目と口を大きく開く。
「侯爵家は兄が継ぐと決まっている。私の伯爵位は叔父が亡くなった時に叔父の息子が伯爵家を継ぐまでと渡されたものだから、いずれ譲るものだ。仕事は自身で手掛けているから平民になっても生活には困らない。」
無口だと思っていたアレクダレンからすらすらと出てきた言葉を一つ一つ頭の中で反芻させる。
「君の事が好きだ。どうか私と一緒にいてほしい。」
頭が混乱していたカティの心に、真っ直ぐにアレクダレンの言葉が届く。
カティの目から涙が溢れて零れる。
それをそっと拭ってくれるアレクダレンの手に頬を寄せて、カティは静かに頷いた。




