6-15
粛清劇に乗り出してから、早一ヶ月。
既に結果は出てきている。流石は私、仕事が早い。偉いぞ、私。
癒着、贈賄、横領、他国の間者容疑、これらで逮捕、処罰したのが6人。
王都から、地方の閑職へと飛ばしたのが、5人。
そして、何より、税務局の大物、レヴィン卿の逮捕が大きな成果だ。
陰に陽に動き、粛清劇を繰り返す今日この頃。
何人もの逮捕者、異動者の続出で、王城は震撼していた。
誰もが理解する。
何者かが、王城の勢力図を刷新しようとしていることに。
私は素知らぬ顔で、王城で働いている。
上手いこと、私が主導しているという証拠を隠蔽しているからね。
それでも、疑いの目は向けられているわけだけど。
当然と言えば、当然。
こんな粛清劇、それなりの立場でないと不可能だ。
一国の摂政という、政務の頂点にいること。
そして、私ならやりかねないという、ある種の、何、信頼感?
それらから、見事、首謀者の最有力候補に躍り出ている。
まあ、構わないけれど。
元々、怖れられているわけだし? 今更って感じかしら?
日に日に、王城の連中から避けられたり、腫れ物扱いされている。
不興を買って、自分も粛清されては堪らないと。
中には、逆に近づいてくる変わり種もいるけどね。
私に金品の類を贈ってくる連中。
こいつらは、逆に、積極的に私の歓心を買おうというのだろう。
愚かよねえ。自ら、贈賄の証拠品を送りつけてきやがった。
まあ、暫くは泳がせてあげましょう。
役に立つ内は、私の下で扱き使う。目障りになれば、即粛清である。
精々、私に見限られぬよう、歓心を買い続けるがいい。
そんなこんなで、粛清劇は上手く進んでいる。いや、進んでいた。
しかし、予想外の事態が勃発。
私の主導する粛清劇とは別に、王城を震撼させるに足る大事であった。
場合によっては、計画に支障を来たすかもしれない。
どう転ぶかは、今日開催される御前会議次第であった。
****
御前会議、その名の通り、国王が臨席し、その御前で行われる会議。
会場は、王城で最も豪華絢爛な、謁見の間であった。
最奥の階を登った先の玉座には、国王であるカール三世。
その御前、中央の赤絨毯を挟んで両脇には、文官武官が左右に分かれて、役職別に並んでいる。
玉座に近い上座ほど、高官ということになる。
もっとも、一番下座の人間ですら、そこらの木っ端役人より、遥かに高位である。
つまり、文武の重責にあるものが、一堂に会した会議。
それだけで、この会議の重要度が推し量れるというもの。
文官側で一番玉座に近い上座に、私は立っている。
私はそこから、玉座に座るカールの顔を見上げた。
カールは能面のような無表情で、会議が始まるのを待っている。
見上げる私と、視線が合うことはない。
ここ一ヶ月、私はまともにカールと会っていなかった。
カールは明らかに私を避けていたし、無理に会うのは逆効果だと思ったからだ。
……いや、これは言い訳ね。
私は唯、怖かっただけ。また、カールにあの目で見られることが。
なんて、情けない。私は心中で溜息を吐く。
勿論、このままでいいわけがない。
ある程度、粛清劇に蹴りがついたら、少しずつでも、カールとの関係改善を図りましょうか。
などと、取り敢えず問題を棚上げする。
私は、カールから視線を離すと、対面に目を向ける。
対面の武官側、一番の上座に立つのはリリー。その次にレグーラ大将。
リリーと、レグーラ大将、二人は同階級だが、先任順から、リリー、次いで、レグーラ大将という席次になる。
他の大将は、それぞれの任地に赴任したまま、王都には不在である。
今回起きた問題は、その内の一人、ブラッドリー大将の赴任先で起こった。
ブラッドリー大将は、マグナ王国北部に隣接する、カンプスアゲルからの国土防衛を一任された将軍である。
カンプスアゲル、ここに国と呼べるものはない。
何処までも続くかと思われるような平原が広がり、各地に大小様々な遊牧民族が点在している。
北方に隣接することといい、住まう民族の性質といい、中国を脅かした匈奴などの騎馬民族を思い浮かべれば、それで大体カンプスアゲルの実態に合っている。
赤子の時から馬に揺られているという遊牧民族は、厄介極まりない。
彼らは、最強の騎兵足り得る。
最強の騎兵といえば、マグナ王国にラザフォード家があるが。
実は、このラザフォード家と、その家臣団は元々、カンプスアゲルに住まう有力氏族の一つであったらしい。
勿論、マグナ王国建国以前の、遠い昔の話ではあるが。
つまり、あの第二軍と同レベルの騎兵がうようよしているのが、カンプスアゲルという土地だ。
なんとも、魔境のようなところではないか。
唯一の救いは、連中が一枚岩では無い事。
それぞれの氏族は、決して仲が良くはない。どころか、氏族間で争いが起こることも珍しくない。
まあ、各氏族単体でも、厄介ではあるけども。
しかし、稀に、複数の氏族が結託して、マグナ王国国境を脅かすことがあった。
稀に起きるそれは最早、一種の災害のようなもの。
だが、マグナ王国はその災害にも、これまで屈してこなかった。
そう簡単に、カンプスアゲルから侵攻してくる敵兵に国境を抜かせはしない。
中国に万里の長城があるように、マグナ王国にも、代々北部国境線を守る存在がいた。
七将家の一、ブラッドリー家率いる、第一軍。通称、肉壁の第一軍。
第一軍は、他の正規軍に比べて、必ずしも精強ではない。
ただ、国家に対する忠誠心は、比類なきものがあった。
彼らは、マグナ王国が建国されてから今日まで、文字通り死体の山を国境線に築き上げてきた。
そう、敵兵ではなく、味方の兵の屍を以て。
絶対死守。それこそが、第一軍が果たし続けてきた使命。
中央から援軍が駆け付けるまで、寸土たりとも国土を侵させはしない。
それこそが、第一軍の誇り。
そして今、またも第一軍は、その壮絶なる使命の真っ只中にいた。
「陛下、いち早く、北部へと援軍を派遣すべきです」
武官を代表して、リリーが奏上する。
「分かった。援軍に、誰を行かせるかの人選は決めているのか?」
カールの問い掛けに、再びリリーが答える。
「小官の意見としては、レグーラ大将の第六軍が最適であるかと」
そのリリーの意見を、私も後押しする。
「小官も同意見です。現在王都にある遊軍は、第六、第七、そして私の魔杖部隊ですが。魔杖部隊は、先の南部派遣で疲弊しております。また、第七軍の一部も増援として派遣されたため、同様に疲弊している。万全の状態なのは、レグーラ大将の第六軍だけかと」
名前が挙げられた当人もまた、口を開く。
「是非とも、我が第六軍にお命じ下さい。必ずや、北の蛮族共を追い返して見せましょう」
この場にある武官のトップ二人と、文官のトップが同意見。
その内容も、自然なものだ。このまま、すんなり決まるでしょうね。
ふふ、レグーラ大将、貴方に武勲を掲げる機会を上げましょう。
そう、最後の機会をね。
この戦、相当大規模なものになる。
先の南の小競り合いとは比べ物にならない、大きな戦だ。
何せ、30年ぶりのカンプスアゲルからの大規模侵攻だ。
下手をしなくても、年単位の戦になりそうだ。
精々前線で頑張ってくれたまえ、レグーラ大将。
それだけの時間があれば、私の謀略はとっくに完遂している。
意気揚々と王都に戻ったところで、お前の居場所はもうないのよ。
けけけ、ざまあみろ。
なんという強運。持ってるわ、私。
最大の障害が、こうも簡単に取り除けるとはね。
さあ、後は、カールの命がレグーラ大将に下るのを待つばかり。
私は、玉座を見上げた。
「諸卿らの意見は理解した。が、余の意見は卿らと異なる」
ざわり、謁見の間に漣のようなざわめきが起こる。
ッ、カールのクソガキ! 一体何を……?
「勅命を以て告げる。摂政シズクと、ギュンター大将の両名は、援軍を率いて北部国境へ向かえ。さらにシズク、卿を、第一、第七、魔杖部隊、これら全軍の総司令官に任命する」
漣などを通り越した、騒然としたざわめきが、謁見の間に溢れ返った。
「一体どういうことです、陛下!? 納得いきませぬ! いや、よしんば、第七、魔杖部隊を援軍に向かわせるのは良しとしても。何故、摂政殿下が総司令官なのです!? 彼女は武官ですらないのですぞ! それが、二人の大将を差し置いて何故!?」
レグーラ大将などは、唾を飛ばしながら抗議する。
「鎮まれ、王の勅命を、卿らは何と心得る」
静かな、されど有無を言わせぬ声が、玉座から降り下りる。
急速に場が鎮まった。
「この勅命には訳がある。それは、フーバー家の名跡だ。伝統ある我が国を、我が王家を支え続けた七将家。この一つが欠けたままなのは、好ましからざる状況だ。早急に空席を埋める必要がある。が、誉れも高き七将家、それを継ぐ者は、そこらの凡庸なる将であってはならぬ。家格に相応しき、誰もが認める輝かしい武功を掲げなければならぬ。……それが可能な者を、余は一人しか知らぬ。故に、その者に武功を掲げる機会を与えようというのだ」
カールが朗々と、勅命の訳を語る。
謁見の間にいる全ての者の視線が、私に突き刺さる。
その視線は好意的なものではなかった。
どうせ、私が、カールにこれを言わせていると思っているのだろう。
だが、現実は違う。これは私が描いた筋書きではない。
そして、カール自身が考えたことでもないだろう。
ならば、私の敵対者。レグーラ大将か、それ以外の誰か。
ここ最近の動き、その一連の首謀者によるものだ。
そいつが、カールを裏で操っている。
背中に嫌な汗が流れる。
私が南部に派遣されている間に、カールに取り替え子の秘密を暴露する。
そうして、私に対する不信感を煽る。そして、今回のこれ。
もしかしなくても、カンプスアゲルの大規模攻勢すら、この敵が、何かしらの働きかけをしたのでは?
だとすれば、この謀略は随分前から、入念に準備されたもの。
ハハ、敵の動きが明るみになってから動き出した私とは、雲泥の差だ。
このまま、私が北に赴けば、私のいない間に、王都における敵の謀略は完遂されるのだろう。
……マズイな。しかし、打開策など何処にも無い。
はあ、どうやら、王都に帰る場所がなくなるのは、私の方というわけね。
「シズク、受けてくれるな? 卿を総司令官に任命するのは、言わば前祝いだ。戦後、フーバー家を継ぐことになる、そなたへの」
玉座から声が降りかかる。これを断る言を、私は持たない。
年貢の納め時……か。仕方ない。
私はゆっくりと歩を進める。
中央の赤絨毯の上まで進むと、正面からカールと向き直った。
膝つき、恭しく頭を垂れる。
「御意。必ずや、陛下のご期待に応えましょう」
厳かな声音で、敗北宣言を口にするのだった。




