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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
摂政編

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6-13

 レグーラ大将が、悪意を以て流し込んだ毒。

 それはカールの幼き心には、とてもではないが耐え難きもの。


 流し込まれた毒は、徐々に徐々に心を蝕む。

 対処が早ければ、処置も間に合ったのかもしれない。


 しかし、それが出来たかもしれない人物が、雫が、王城に戻ったのは、件の毒を流し込まれた日から、三週間も経った日のこと。


 カールの心に毒が回り切るには、十分に過ぎる時間であった。



****



「陛下の様子がおかしい?」


 王城に戻った私に、真っ先に駆け寄った女官長の言葉を鸚鵡返しする。


「はい。このところ、塞ぎ込んでしまい、常にない御様子です」


 私は首を捻る。あの子煩いガキが塞ぎ込む? 何があったのやら?


「もしかして、シズク様と長く離れ離れになって、塞ぎ込まれておられるのではないでしょうか?」


 傍らのテオドラが、そのようなことを言う。


「はあ? そんな理由で?」


 怪訝な声を出す私に、テオドラは真顔でこくりと頷く。


「はい。私だって、長い間、シズク様と離れ離れになっては、寂しいですもの」

「そう?」


 私は何だか気恥ずかしくなって、自分の頬を掻く。

 うーむ、真正面からこんなことを言われると、どうも照れるな。


「早く陛下の元へ。私は先に戻っていますので」

「うん? テオドラも一緒にくればいいじゃない?」


 私のそんな疑問の声に、テオドラは困った様に微笑む。


「私は長らくシズク様を独占してしまったので。どうか二人きりで。……それくらいの遠慮を見せなくては、嫉妬した陛下に目の敵にされてしまいます」

「……分かったわ、今から陛下にお会いしてくる」


 私はそう言い残すと、王城の最深部、国王の私室へと歩みを進める。

 その後ろを、女官長が無言で付き従った。


 カツカツカツと、心なし早足で廊下を渡る。

 

 うーむ、なんだかんだで、私も心配なのかも。

 心なし? 明らかに普段より早足になっているよね? あー、恥ずかしい。



 なんだか、気恥ずかしさが止まなくて、直ぐ後ろの女官長と、一言も言葉を交わさぬまま、カールの部屋の前まで着いた。


 半身になって、女官長を振り返る。

 女官長はゆっくりと、頭を深く下げた。

 つまり、彼女はここで待つという、意思表示だろう。


 私はそっと、カールの私室の扉を開ける。


 室内に入って、少し眉を潜める。

 部屋の中は、カーテンが閉め切られて、なんとも薄暗い。

 そして、肝心要のクソガキは、どうやら寝台の上にいるようだ。

 寝台の上の蒲団が、こんもりと盛り上がっている。


 ……まるで、引き籠りの部屋のようだな。

 いや、引き籠りの部屋に入ったことなど、一度もないが。


 私は、溜息を吐きたい心地になったが、何とか我慢する。


 寝台にゆっくりと歩み寄ると、ぽすんと、こんもり盛り上がった蒲団の横に腰掛けた。


「どうされたのですか、陛下?」


 ……返事が無い。ただの引き籠りのようだ。


「どうしたの、カール?」


 ポンポンと、こんもり盛り上がった蒲団を叩いてやる。

 暫くすると、ひょっこりと、鈍い金色の髪が蒲団からはみ出てくる。


「おはよう、寝坊助さん」


 ちらりと向けられた緑色の瞳が、私の姿を映す。


「……帰ったのだな、シズク」

「うん、ただいま」

「「…………」」


 無言が続く。何とも言えない目で、こちらを見やるカール。

 どうしたのだろう? 確かに様子がおかしい。


 私は、ゴホンと咳払いする。


「女官長が気を揉んでいたわよ。何だか、お前が落ち込んでいるって。……何かあったの? 私にも言えない?」


 私は囁くように話しながら、カールの頭に手を伸ばす。

 テオドラと違って、このガキは嫌がるから、普段はしないが。

 あの娘にそうするように、ゆっくりと鈍い金の髪を撫でつける。


「ねえ? 話してごらん」

「…………シズクは、余の結婚のこととか、もう考えているのか?」

「はあ?」


 えっ? 何、結婚? 一体全体、何の話だ?

 唐突に、そんな単語が出た理由も分からんし……。

 それが、どう、塞ぎ込む理由に繋がるのか?


 じっと、こちらの目を見るカール。


 うーむ、突拍子もない問い掛けだが、どうもこれが話の核心らしい。


 ……ハッ! まさか、こやつ! 初恋でもしたのか!?


 そんな可能性が頭を過る。

 途端に、むかむかしてきた。


 育ての母である私すら、まだ結婚していないのに。

 それどころか、恋人すらいないのに!


 9歳児の分際で、色恋沙汰ですか! そうですか!

 ぐぬぬ、いや、しかし……。


 この年の初恋、しかもまだ付き合ってもいないのに。

 いきなり、結婚に考えが飛躍する?

 ……もしかしなくても、このガキ、愛が重いタイプ?


 やばいな。将来、ストーカー男になったりしないだろうな?

 そんな、心配もしてしまう。


 いかん、この考えは、精神衛生上よろしくない。

 カールストーカー疑惑は、脇に置いておこう。


 しかし、なるほど、塞ぎ込んでいる原因は恋煩いか。

 だが、恋煩いにしても重症じゃない?

 もしかして、既に振られちゃった? ブロークンハートなの?


 うーん、難しい。

 案外、この手の問題って、男の子の方がナイーブなこともあるし。



 だけど、カールの恋愛か。

 これは、政治的な意味でも難しい。

 王侯貴族の結婚は、政略結婚が第一だ。恋愛は二の次。


 あー、でも、側室や妾ならなんとか……。

 うん、そういう形なら、どうにか無理がきくかも。


 正室は無理だけどね。

 だって、カールの正室は、始めから決まっているのだから。


 ふむん、取り敢えず、今の対応だ。

 ブロークンハートな、失恋カールの為に、当たり障りない回答をしておくか。



「……突飛なこと言うから、思わず固まっちゃったじゃない。何、結婚? 当然、一国の王の結婚だもの、ちゃーんと考えて上げているわ」

「……それは、テオドラか?」

「えっ!?」


 まさしく、将来の正室を言い当てられて、驚きの声を上げてしまう。

 一体、どうして……?


「テオドラか。そうなのだな……ッ!」

「わ! 何をするの、か……」


 カールが、被っていた蒲団を自ら剥ぎ取ると、こちらに放ってくる。

 頭に被さった蒲団を、横によけると、立ち上がったカールの目を見上げる。


 私は言葉を失ってしまった。


 カールの瞳にある色を見て。

 それは、未だかつて、カールが私に向けたことのない色。

 だけど、これまで多くの人間に向けられた視線の色。


 ――それは、それは、怒りと、そして、憎悪の色。


 こちらを見下ろすカールは、何かを叫ぼうとして、言葉を飲み込む。

 そして、踵を返すと、部屋から駆け出していった。


 引き止めるべきだった。でも、できなかった。

 カールの視線に、胸が潰されたような心地になっていたから。


 どうして、カールは……?


「せ、摂政殿下、今しがた陛下が飛び出して行かれましたが?」


 女官長が、慌てたように室内に入ってくる。


「下がりなさい、一人にさせて頂戴」

「しかし……」

「下がれ!!!!」

「ヒッ! も、申し訳ありませんでした」


 女官長は、声を震わしながら頭を下げるや、そそくさと部屋を後にした。





 俯きながら、カールの寝台に腰掛けて、どのくらい経っただろうか?


 私はゆっくりと寝台から立ち上がる。

 そして、寝台の傍に置かれた、瀟洒な硝子製の水差しを手に取る。

 勢い良く、壁に叩きつけた。ガシャンと、破壊音が響く。


「どうして! 誰が吹きこんだ!? いや、そもそも、どうして漏れた!?」


 そう、一体、何処から漏れた!?

 マグナ王家の秘密、取り換え子が、チェンジリングが!


 先程のカールの言動、それは、この秘密を知ったとしか思えない。


 しかし、おかしい。

 この秘密を知るのは、この国では、私と共犯者のリリーだけ。


 テオドラが生まれる前にも、その可能性を考えて、産婆は信用のおける口の堅い人間を、リリーが選んできた。

 そして、いざ女児が産まれてしまった時、固く口止めをし、その上で、頃合いを見て始末したのだ。

 だから、誰にもばれているわけがない。


 ……リリーが裏切った?

 馬鹿な、今更そんなことをして、彼女にどんなメリットがある。

 加担者として、彼女もただでは済むまい。


 なら……。ばれたのではなく、その可能性を推測された?


 これは……あり得る。

 あの産前戴冠の後に、産まれてきた子が本当に男だったかどうか。

 それを疑問に覚えた人間がいても、おかしくない。


 そして今回、鎌掛けか何か知らないが、揺さぶりを掛けてきた。

 そういうことか。


 私はようやく、得心のいく答えに辿り着く。

 だからといって、一向に気は晴れない。


「……殺してやる」


 私は、思いをそのまま言の葉に乗せる。


「殺す、殺す、殺す、殺す、必ず見つけ出して、殺してやる」


 危険だ。下手人が誰かは分からない。

 しかし、そいつは、明確に私に敵対して来ている。


 私の急所を確実に、躊躇もなく衝いて来た。


 危険だ。危険過ぎる。だから……。

 だから、殺せ。すぐに、殺せ。必ず、殺せ。

 この身が破滅させられる前に、必ず、必ず殺さなければならない。


 ああ、懐かしい感情が噴き出してくる。

 それは、九年前には常に覚えていた思いだ。


 この身を脅かす敵対者への怯えと、敵愾心。そして、真っ赤な殺意。


 九年の平穏に、微睡んでいた赤い獣が目を覚ます。

 私は、それを自覚する。


 ああ、ご愁傷様。


 私は、敵対者に対する憐憫すら覚える。


 だって、この・・私に敵視されて、破滅しなかった人間は一人もいやしないのだから。

 そうとも、必ず、必ずや、これ以上ない破滅を味合わせてやる。



 私は、獲物を見つけた獰猛な獣のように、弄ぶべき玩具を見つけた魔女のように、嗜虐的な笑みを浮かべて見せたのだった。


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