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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
摂政編

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6-11

 本日二回目の更新になります。

 マグナ・アルルニア両国間で、講和がなった。


 アルルニア軍は、旧メデス辺境伯領から完全に退去。

 逆に、マグナ王国軍は、旧メデス辺境伯領全土に兵を派遣。


 辺境伯都リーブラには、本軍が、今まさに進駐しているところであった。


 マグナ王国軍を迎えるリーブラ市は、これ見よがしに、天秤を象った紋章の入った旗を掲げている。

 この旗印は、旧メデス辺境伯家の紋章。


 つまり、アンネリーの、旧主の血を継いでいるマグナ王を戴くマグナ王国を、新たな主として迎え入れるというポーズであった。


 私は、その天秤の旗印を見て、思わず嘲笑してしまう。

 ああ、なんて、無節操な連中だろう。


 唾棄すべき変わり身の早さ。

 しかし、仕方がない。誰しも、自分自身こそが一番可愛いのだ。

 それに比べれば、祖国への思いなど、どれほどのものか?

 その上、彼等には自分を騙す、他人に言い張れる、体の良い言い訳があるのだ。

 

 私たちは、古くからの主家の血筋に忠誠を尽くしているだけなのだと。


 ふん、理解できなくはないけどね。

 でもね、そんな奴は、人から信用されないわよ?


 実際、そういった手合いは、状況が変われば、すぐにまた旗色を変えるのだ。


 なれば、そうならぬよう手を打つ必要がある。


 そうね、辺境伯府、騎士団、大商会、それぞれの上層部は、悉く新マグナ派で固める必要があるでしょう。

 反マグナ派は、裏から手を回して放逐する。


 その際、私たちではなく、あくまでリーブラの人間の手で行わせることこそが、反発を抑える為の、冴えたやり方というもの。



 ふむ、忙しくなるわね。


 ラザフォード大将は、この手の工作は不得意に見えるし。

 私が、主導するしかない……か。


 やれやれ、王都に戻るのは、まだまだ先のことみたいね。


 私はリーブラ市の市壁、その正門をくぐりながら、溜息を吐いた。



****



 マグナ王国軍が、リーブラ入りして数時間が経った。


 辺境伯府を始め、リーブラ市主要部は既に、抑え済みだ。

 これからの占領統治に向けて、兵らは慌ただしく駆け回っている。


 私はそんな中、仕事を抜け出すと、辺境伯府のお隣へと足を向けた。

 供回りに、数名の護衛と、テオドラを連れている。

 また、先に一人、先触れを出している。訪問は、スムーズに行われることだろう。



 門を抜ける。途端に華やかな風景が広がった。

 庭に咲き誇る、色とりどりの花々。


 ここも変わらないわね。

 主人の不在に関わらず、庭師は手を抜かなかったと見える。


 旧メデス辺境伯邸、そこは記憶通りの姿を留めていた。


 そんな美しい庭を抜けて、邸の正面玄関まで歩む。

 扉の前には、男が一人立っている。

 邸の使用人だろうか? 扉を開くと、深々と頭を下げた。


 開かれた扉をくぐる。


 その先の玄関エントランスに、屋敷の使用人たちが勢揃いしていた。

 

 深々と頭を下げて、私たちを出迎える使用人たち。

 その先頭に、見知った人物を見つける。

 辺境伯家に仕えた、家令のセバスだ。私は彼に声を掛ける。


「久しぶりね、セバス」

「はっ。お久しぶりです、シズク様。いえ、摂政殿下」


 私は黙ったまま、下げられたセバスの頭を見やる。

 セバスは、声を震わしながら、続けて話し出した。


「こ、此度は、止むに已まれぬ事情とはいえ、敵兵に屈してしまい……」

「セバス」


 私はセバスの口上を遮る。びくりと、セバスの体が震えた。


 セバスの口上を遮ったのは、聞かなくても分かるからだ。

 どうせ、マグナ王国に逆らう気は無かったが、圧倒的なアルルニア諸侯軍の兵力を前に、止む無く降伏せざるを得なかった。そんな、言い訳の言葉だろう。


 しかし、現実には、躊躇することなく、アルルニア側に付いたのだろう。

 ああ、想像に難くない。


 いくら、旧主の血筋が、アンネリーの子が、こちらにあるとはいえ……。

 一度も顔を合わせたことのない子供だ。

 そんな子供に、忠誠を尽くせと言うのも、無理がある。


 なれば、祖国に、元来身内であるアルルニア諸侯に、味方するのも当然ではあった。


 そう、当然のことよね。

 ああ、だから、温情を呉れてやろうではないか。


「セバス、一度だけ、一度だけは見逃しましょう」


 セバスが慌てて顔を上げる。その目が、信じられないと物語っていた。


「テオドラ」


 私は、後ろに控えるテオドラを手招きする。

 何故呼ばれたのか分からず、怪訝な顔を浮かべながらも、こちらに歩み寄るテオドラ。


 私は、その両肩に手を置くと、そのまま、メデス辺境伯邸の使用人たちと、テオドラを向き直させる。


 あっ、と何人かの使用人の口から、驚きの声が漏れた。


 きっと、声を漏らしたのは、古参の使用人たちだろう。

 彼らは、表情でも驚きを表しながら、テオドラの顔を凝視する。


 父親譲りのさらさらとした金砂の髪。母親譲りの湖のような青い瞳。

 整った顔貌かおかたちは、どちらかというと母親似だろうか?


「ええ、一度だけは見逃しましょう。その代わり、これからは、お前たちの真の主のために尽くしなさい」

「はっ。必ずや。身命に賭しましても」


 セバスは再び、深々と頭を下げた。

 他の使用人たちも、その後に続き、頭を下げていく。


 そうだ。頭を垂れろ。

 この娘こそが、薔薇と天秤を受け継ぐ、真なる後継者なのだから。



****



 その日、王城は、浮ついたような活気に満ち溢れていた。

 それは、南の戦地から届いた知らせが原因であった。


 南部方面軍の戦勝。アルル二アとの講和。メデス辺境伯領領有権の確立。

 まさに明るいニュースだ。

 王城内が浮かれた空気になるのも、致し方ない。


 王城の奥深く、王の私室でも、明るい空気に満たされていた。

 今まさに、女官長が戦勝報告を、王へと伝えたからだ。


 女官長以下、王の私室内にいる女官たちは皆、喜びの笑みを浮かべながら、戦勝を言祝いでいく。

 それを受ける少年王も、満更でもなさそうな様子である。


「それでは、シズクは王城に戻ってくるのだな!」


 王の言葉に、女官長は頷く。


「はい。戦後処理が終われば、摂政殿下は王城にお戻りになられるでしょう。ふふ、よろしかったですわね、陛下」

「なっ! 別に嬉しくなどない! 口煩いのが帰ってくるから、逆に迷惑だ!」

「まあ……」


 女官長たちは、少年王の言葉に、服の袖を自らの口元に当てる。

 微笑ましげな表情を浮かべながら、忍び笑いした。


「むー、本当だからな!」


 少年王は、口を尖らせると、女官たちを睨みつけていく。


「ええ。心得ておりますとも」


 女官長は目を細めながら、そう口にした。


「ならば、良いのだ」


 そう言うや、少年王は赤くした顔をふいっと逸らしてしまう。


 そんな様子を見せてしまえば、女官ならず、誰であっても、王の本当の心情を推し量るのは、容易いことだろう。


 そう、親の顔も知らぬ少年王にとっては、育ての母に愛情を抱くのは、当然のことであった。


 気恥ずかしさから、決して口には出さない。

 それでも、親へと向ける幼き愛情は、真っ直ぐに雫へと向いている。


 それは、何処までも澄んで、濁り一つ無い。

 疑うことも知らぬ、純真な心。誠、貴ぶべき感情だ。


 しかし、その幼さゆえの愛情は、潔癖であるが故に、一度裏切られたと感じれば、容易く反転してしまう、そんな危うさをも孕んでいるのだ。


 そう、透き通るような愛情から、黒く濁った憎悪へと。

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