6-10
――百戦百勝は、最善ではない。
戦わずして人の兵を屈するのが、最善である。
かの孫子の一節である。
まさしくその通りだ。
どんな大勝でも、戦いである以上、必ず損害が出る。
ならば、戦わずして、戦争目的を達しうるならば、それに越したことはない。
言われてみれば、誰にでも理解できる。
何も、難しいことではない。
しかし、脳筋軍人どもは、敵軍の撃滅や、華々しい戦功などを追い求め、そんな簡単な損得勘定すら出来なくなってしまうものだ。
今回の戦でもそう。好戦的な連中が、声高に決戦を叫んだのだ。
勿論、そんな馬鹿は、問答無用で黙らせたが。
現在の戦況を整理しよう。
敵の東軍の各個撃破は成った。が、敵中央は、その間に退避。
残念ながら、敵西軍との合流を許してしまった。
彼我の兵数差は、若干敵軍が上回る。
自軍の戦闘可能な兵数は、二万六千。対し、敵軍は二万八千。
まあ、差が少な過ぎて、誤差のようなものだ。
であるなら、練度で大きく勝る、我らマグナ王国軍が断然優勢。
だからこそ、好戦的な連中は、鼻息荒いのだろう。
ったく、馬鹿が。ホント、軍人なんて、馬鹿ばっかりだ。
明らかなまでに、マグナ王国軍が優勢なのだ。
それは、敵味方共通の認識として。
だったら、もう、戦う必要はない。
だって、そうでしょう?
この戦いの目的は、アルルニア諸侯軍の撃滅ではない。
目的は、領有権を争う、旧メデス辺境伯領を我らの手に収めること。
そこを、履き違えてはいけない。
戦いの原則の一つに、目的の原則というものがある。
軍事作戦が達成するべき目的を明確に方向付けなさい、という原則だ。
戦争目的、それはキチンと、戦争前に定める。
そして途中でぶれない。これを守らねば酷いことになる。
それは、過去の戦史を見れば明らかだ。
さて、つまり、何が言いたいか?
それは、もう戦争の時間はおしまい。
これから、交渉のテーブルに付きましょう、ということだ。
そして、交渉を円滑に進める、その為の布石は、始めに打っていたのだった。
****
見晴らしの良い平野部で、マグナ・アルルニア両軍が向かい合う。
その向かい合う両軍の、丁度中間に、天幕が設置された。
そこが、今回設えられた、交渉場所であった。
マグナ王国側の代表は、ラザフォード大将と、私。他、数名の護衛兵が伴う。
アルルニア側は……。
「久しいな、魔女殿。壮健そうで何よりだ」
「ええ、久しぶりです、アヴリーヌ卿」
ああ、本当に懐かしい顔だ。
アヴリーヌ伯爵。アルルニア王国内で、武闘派貴族として名高い人物。
そして、かつての解放戦争で、最も誼を通じたアルルニア貴族だ。
実は、私の南部戦線参戦が決定した段階で、アヴリーヌ伯爵に密使を送っていたのだ。
密使といっても、そんなに無茶な要請はしていない。
例えば、こちらに寝返るように、とかね。
そんなこと言っても、流石に無視されるだけでしょうし。
私が頼んだのは、簡単なこと。
いざ、戦いが佳境を迎え、交渉の段になれば、手早く交渉の席が設けられるよう尽力して欲しい、と。
ただ、それだけだ。これなら、アヴリーヌ伯爵にとっても、心理的抵抗は少ないだろう。
それに私の要請を受けておけば、必然的に、いざ交渉となった時、その交渉役がアヴリーヌ伯爵自身になる公算が高い。
そんな打算も働いたことだろう。
交渉時に蚊帳の外よりも、交渉の席に付けた方が、自らの利益を確保するのに有利なのは、言うまでもない。
とまあ、そんなわけで、こちらの正式な和睦要請に、アルルニア諸侯軍は速やかに交渉のテーブルに付いたのだった。
私に、そして、ラザフォード大将と挨拶を交わすと、アヴリーヌ伯爵は背後を振り返る。
「さ、どうぞ、メイエリング卿」
アヴリーヌ伯爵の後ろから、ゆったりと、ヨボヨボの老貴族が現れる。
――メイエリング侯爵。
アルルニア諸侯の取り纏め役である大貴族。
……というか、まだ生きていたのか、爺さん。
「ラザフォード大将、それに……魔女殿、今日は宜しく頼みますぞ」
「はい。では、天幕の中へ」
私は敬老の精神で、丁寧にメイエリング卿をエスコートしてやる。
天幕内の中央には、長机。
そして、それを挟んで両側に、席が二席ずつ置かれている。
四人ともが席に付くと、早速、私は口を開いた。
「面倒な腹芸は時間の無駄です。直截的に行きましょう。我々は、貴国に和睦を提案します。降伏勧告ではなく、あくまで、和睦の提案です」
アヴリーヌ伯爵は一つ頷く。
「当然ですな。我々はまだ負けたわけではなく、そして、十分戦闘を継続するだけの戦力を保持している」
アヴリーヌ伯爵が、そんな、心にもない言葉を平然と吐く。
まあ、これは様式美のようなもの。
俺たち、まだ負けてねえから! ……だから、要求は容赦してね。あまり、無理なことは言わないで。
そんな、具合である。
「勿論、理解しております、アヴリーヌ卿。和睦に際し、我々の要求事項は唯一つ。我が国の、旧メデス辺境伯領領有を、貴国が認めることです」
私の言葉に、アヴリーヌ伯爵と、メイエリング侯爵が互いに目配せし合う。
一拍置いて、メイエリング侯爵が小さく頷いた。
アヴリーヌ伯爵はこちらに向き直ると、口を開く。
「中々厳しい要求です。我々としては認め難い。が、それで、これ以上無益な血を流さなくて済むのなら……。よろしい。私と候の二人で、他の諸侯を説得してみましょう」
「ありがとうございます」
私は、軽く頭を下げる。
アヴリーヌ伯爵は顎鬚を撫でると、更に言葉を重ねる。
「今一度確認しますが、本当に要求はその一つだけですか?」
口にしたのは、そんな念押しの言葉だった。
分からなくはない。
旧メデス辺境伯領の領有権、そんなものは当たり前の要求。
最早、前提条件のようなもの。
更に、某かの要求をしてくる筈だ。
そのように考え、今回の交渉に臨んだに違いない。
それが、何も無ければ、肩透かしを食らったような心地だろう。
あるいは、不気味に感じたかもしれない。
「ええ、要求はその一つだけですよ。ああ、ただ……」
「ただ?」
そら来た、と言わんばかりに、警戒を見せるアヴリーヌ伯爵。
「要求ではなく、お願いが一つ。実は、我々はこれより、ある商売を始めるのです。その宣伝を、貴国内でしてくれれば嬉しいのですが」
「商売?」
「はい。戦場で傷つき倒れ、自力で帰国能わなくなった兵らの、帰国支援サービスです。貴族、将校、一兵卒、それぞれの身分に合わせて、待遇・価格を変えながら、柔軟に対応しようかと思います。ふふ、画期的かつ、人道的な商売だと思いませんか?」
アヴリーヌ伯爵、メイエリング侯爵の両名が、苦虫を噛み潰したような表情になる。
おやおや、どうしたことだろう?
こんなにも素敵な、そう、人道的な商売だというのに?
なーんてね。ふふん、確かに素敵な商売だとも。
そう、私たちの懐からすれば。
いやー、本当に素敵だ。沢山、沢山、儲かるだろう。
そう、私たち、身代金ビジネスはじめました。
身内が捕虜になってしまったという、アルル二ア国民の皆さま、何とぞご愛顧のほど、宜しくお願い致します。




