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本日二回目の更新になります。
マグナ王国南部方面軍主力は、フィーネ離宮を進発。
国境線を越えると、更に前進し、不用心なまでに敵軍に近づいていく。
正面戦力は、敵中央軍、通常の行軍速度で二日の距離。
また、マグナ王国軍から見て、9~10時方向の東軍、2時方向の西軍、それぞれもまた、同程度の距離が離れている。
そんな位置取りまで進み出るや、まだ太陽が中天にあるにもかかわらず行軍を停止。
敵三軍、それぞれの方向に、軽騎兵からなる斥候を放った。
そうして、簡易的な陣を敷き始める。
いくつもの天幕が立てられ、その周囲を柵でぐるりと取り囲む。
傍目から見て、ここに陣を敷いたまま、敵軍の到来を待つ。
そんな態勢に見える。
だが、それは擬態であった。
マグナ王国軍に、受動的な戦いを繰り広げる、そんな意図はなかった。
そう、彼らは、今か今かと獲物に飛び掛かる機会を窺う、獰猛な獣。
爪牙を研ぎながら、息を潜め、じっと待ち構えている。
なれば、戦況が劇的に変化する未来。
それは遠からず起こる、確定事項なのであった。
****
陣内に設置された天幕の一つ。
私用に宛がわれたそれを、私はテオドラと二人で使用していた。
天幕の中央に据えられた、簡素な木製の机。
その上には、あまり有難くない食事が並ぶ。……不味いとまでは言わない。
何せ、高級将校用のメニューだ。しかし、戦場故の限界というものがある。
これでも、調理人の涙ぐましい努力の結晶と言えよう。
ああ、それは認めるのも吝かではない。
ただ、王城での食事とは、比べるべくもなかった。
戦場での食事事情の改善。
これは、結構急務な課題かもしれない。
腹が満たされれば、栄養が摂れれば、それでいいというものではない。
食事とは、嗜好品としての側面も重要だ。
その嗜みこそが、文明人としてのあるべき姿。
これって、馬鹿にできない。
だって、その日の食事が良ければ、何となく元気が出るというもの。
逆に酷い食事が出れば、憂鬱な気分になる。
そう、兵の士気にかかわってくるわけ。
高級将校用のメニューすらこれだ。一兵卒の食事なぞ、推して知るべしである。
……なのに、誰もこの食事事情に警鐘を鳴らさない。
固定観念だ。戦場の食事は酷いモノ、そんな固定観念がある。
いや、むしろ彼らにとっての常識とさえ、言い代えても良いかもしれない。
まあ、確かに、ある程度は仕方ないでしょうよ。
だが、ほんの少しだけでも改善できないものだろうか?
……あちらの軍隊、例えば、自衛隊の食事って、どんなものが出るのだろう?
何となくカレーのイメージがある。
あれ? それって、金曜日の海上自衛隊のイメージかしら?
いやいや、陸上自衛隊でも、飯盒炊飯の定番ともいえるカレーは、当然押さえているでしょう。
いいよね、カレー。簡単に作れるし、美味しいし。ただ……。
ない。カレーを作る為の香辛料がない。
むむむ……、ラティオ共和国経由で、何処ぞから海上輸入できないかしら?
などと、半分冗談、半分本気で、そんなことをつらつらと考え込んでしまった。
それもこれも、戦場食のせいだ。
クソ! 誰か、王城から料理人を一個小隊単位で連行してこい!
「……シズク様、難しいお顔をされていますが、あの、何か心配事でも?」
「ん。ちょっとね。テオドラが気にすることではないわ」
言えない。まさか、食事に不満たらたらでしたとは。
目の前の女の子が、文句一つ漏らしていないのに。
ああ、口が裂けても言えるものか。
大人としての矜持というものがあるのよ。うん。
私が気にするなと言っても、テオドラの表情は優れない。
眉根を少し落として、窺うようにこちらの顔を、ちらちらと盗み見る。
その様からは、心底、私のことを案じているのが分かる。
私は、机を挟んで対面に座るテオドラの頭に手を伸ばす。
その流れるような金砂の髪を、梳くように撫でる。
毎度のことながら、それで誤魔化そうという意図を察したのか、テオドラは少し困ったような表情をつくる。
それでも、頭を撫で続けると、くすぐったそうに微笑んだ。
可憐な容姿も相まって、大層絵になる。うーん、天使かしら?
それにしても、ホント良い子よねえ、テオドラは。
一体、誰に似たのやら……。トンと、思いつかない。
私は、いい加減、撫でる手を止めて、引っ込める。
「さて、昼食を頂きましょうか」
「はい。シズク様」
取り敢えず、パンは置いておいて、無駄に塩辛い肉を口にする。
先にパンを食べてしまうと、後でキツイ。これが最適解だ。……多分。
にしても、保存のためでしょうけど、無駄に塩辛い。
食えない程じゃないけど、ちょっとキツイものがあるわ、これは。
堪らず、パンを一口大にちぎると、口に詰め、もしゃもしゃと咀嚼する。
そう、もしゃもしゃと。
まかり間違っても、ふわふわという擬音にはそぐわない食感だ。
……何だろう、水分が足らない感じ?
一兵卒が食うような、オートミールかなんかでふやかさないと食べられない、そんなカチカチのパンではない。
それに比べれば、ずっとマシな代物だ。
少なくとも、マズイと怒鳴り声を上げるような酷さはない。
しかし、一口噛むたびに、眉根がついつい寄ってしまう。
そんな、絶妙な塩梅の品質だ。
何とも感情の持って行きようもなく、逆にフラストレーションがたまる。
これなら、不味い飯の方が怒鳴れるだけ、気分がすっとして良いかもしれない。
それからも、狙ったかのように絶妙に微妙なメニューの数々。
えっ、日本語がおかしい? 知るか。
ともかく、そんな料理を、次から次へと作業のように食していく。
最後に、食後のお茶で一服だ。
こればかりは、自前の茶葉を持ち込んだので、素晴らしい味わいだ。
そう、ようやく嗜好品と呼びえる物を口にできる……はずであった。
「魔女様! 食事中失礼します!」
そんな声を上げて天幕に入ってきたのは、魔杖部隊の指揮官であるエルマだ。
「……何?」
思わず低い声が出る。
「はっ。大将閣下がお呼びです。至急、司令部へ、とのことです」
私の機嫌がよろしくないのを察してか、エルマは軍人口調を崩すことなく言い切った。
「…………分かったわ」
苦渋の決断をするのに要した時間は二秒。
私は泣く泣く、席を立つ。
「テオドラはここに。もう少しゆっくりしてなさい」
「はい。シズク様」
テオドラとのそんな遣り取りを最後に、天幕を出る。
すぐ後ろに、エルマを始め、数名の魔杖兵が続く。
それにしても……至急司令部へ、か。
私は歩きながら頭を回す。
呼び出しの理由は、おおむね予想がつく。
私たちがここに着陣してから丸一日。三方に散らした斥候が情報を持ち帰ってきたのだろう。
斥候たちには、敵軍が合流を図るか、あるいは、分進合撃の動きを見せるか、それを見届けて来いと、そう命じた。
つまり、既に敵軍はどちらにせよ、動き出したというわけね。
しかし、意外と、フットワークが軽い。
自軍と、敵軍、その彼我の距離は、軽騎兵の斥候が馬を潰すくらいの強行軍でも、六時間はかかる。
それ即ち、敵軍は夜明けと共に行軍を開始したということ。
我々がここに着陣したのは、昨日の昼間。
それを察知した敵斥候が情報を持ち帰ったのは、昨日の夕刻か、ひょっとすると陽が既に落ちているような時間だったかもしれない。
つまり、夜間の間に、三軍間で伝令を飛ばし合い、対応を協議、その末で意思決定を共有したことになる。
連中、暫く見ない内に、ずいぶんと勤勉になったわね。
いや、勝勢が続いて、やる気が漲っている。そんなところか。
南部諸侯軍を次々と撃破しているという事実。
その勝利の美酒に、気分がハイになっているのかしら?
ああ、確かに、勝利の美酒は美味い。
それが続けば、士気も大いに高まることだろう。
だが、気を付けなければならない。
美酒に酔い、気分が高ぶれば、気が大きくなり過ぎる。
冷静さを欠くことも、しばしばだ。慎重さをかなぐり捨てることもある。
さて、勝利という酒気に当てられた、敵軍の採った行動は?
それは、司令部に着けば分かるだろう。
****
数騎の騎兵が、闇夜に紛れて馬を走らせる。
彼らは、アルルニア諸侯軍が放った斥候であった。
任務は、敵陣地の監視。
大きな動きがあれば、すぐさま進軍中の本軍に報せるのが仕事だ。
敵陣の様子を具に観察するには、出来る限り近づきたい。
ただ、斥候狩りを目的とした、敵騎兵が陣地の周囲を巡回している為、近づける距離にも限界がある。
しかし、今は夜間だけあって、昼間よりも大胆に陣地へと近づいていた。
彼らは目を凝らして、遠目に移る敵陣地を観察する。
篝火が煌々と燃え上がり、闇夜の中にぼおっと浮かび上がる陣地。
夜襲でも警戒しているのか、相当数の篝火が焚かれている。
本軍はまだ遠く、夜襲を掛けられる位置にない。
が、仮に近くまで進軍して来ていたとしても、あの様子では、夜襲を掛けるのは中々難しいかもしれない。
斥候兵たちは、そのような感想を抱く。
暫く、じっと佇んだまま、陣地の様子を注視する斥候ら。
もっとも、監視対象は、何ら変わり映えしない。
もう、夜も相当遅い時間だ。
どうやら、今夜も動きはないらしい、そう斥候兵らは判断する。
やがて、その馬首を翻すと、後方へと下がる。
いくら、闇夜の中に隠れようとも、いささか不用心なほどに近づいていた。
決して安全とは言えないその行動。
敵陣に動きが無いのを確認した彼らは、定位置まで下がることにしたのだ。
その判断は妥当なものだ。
決して、責められるべきものではない。
ただ、彼らの見立ては、現実とは大きく異なってしまっていたのだ。
数時間が経つ。太陽が東から上がる。
より、鮮明になる視界。
それにより、アルルニア斥候部隊は、違和感を覚えた。
故に、危険を承知の上で、夜明け前にそうしたように、敵陣地に不用心なまでに近づいていく。
近づくにつれ、より、その様子が具に視認できる。
違和感は、驚きに、そして焦燥へと移り変わっていく。
――やれれた!
先頭を走る騎兵が、思わずそう叫び声を上げる。
敵陣地は、もぬけの殻と化していた。
そう、夜間の篝火は欺瞞行動であった。
陣地に残った僅かの兵が、未だ軍勢が陣地にあるように見せかけるため、煌々と焚き続けていたのだ。
そうして、軍勢の夜行軍を悟らせなかった。
では、そうまでして隠した夜行軍。一体、その行き先は?
斥候兵らの背中に冷たい汗が滴る。
慌てて馬首を返すと、本軍への道をひた走るのであった。




