6-7
机上に広げられた地図を見る。
より正確に言えば、地図上に置かれた三つの駒に、焦点を合わせる。
その色は黒。つまり、敵軍を表している。
野放図に、アルルニアに侵攻した南部諸侯軍。
これに対処する為、敵軍は、軍団を三分割させた。
そして、その三軍それぞれが、独自に運動戦を展開。
南部諸侯軍を各個撃破している真っ最中だ。
東から見て、それぞれ三軍の兵力は、一万二千、二万、八千といったところ。
中央の軍隊が厚いのは、左右に増援を送りやすいようにするためだろうか?
ふむ……。南部諸侯軍との交戦で、いくらか、消耗しているだろうが……。
それでも、南部諸侯軍を抜けば、我が軍の方が兵数に劣る。
こちらは、第二軍の二万に、私率いる一万。合わせて三万の兵力。その差は、約一万といったところ。
と言っても、アルルニア軍は、諸侯の寄せ集め集団。対し、我が方は、正規軍である第二軍を主力とする軍勢。
兵の錬度を鑑みれば、十分戦える戦力差ではあるが……。
それでも、必勝を期するには、まだ一手足りない。
そこを詰めていく必要があるだろう。
そう、確実な勝利を手にする為、今まさに作戦会議が開かれているのだ。
参加する高級将校たちは、各々、自らの見解を口にしていく。
次から次へと、ひっきりなしに作戦案が出て来る。
会議室に沈黙が下りる間もない。
特段荒れているわけではないが、何とも雑多な喧騒染みている。
これでは中々、話が纏まりそうにない。
内心面倒だなと思っていると、会議に変化が現れる。
それまで黙って推移を見守っていたラザフォード大将が、口を開いたのだ。
彼の視線は、真っ直ぐに私に向けられている。
「摂政殿下、いや、魔女殿。再び、貴殿の魔法を我々に披露してくれまいか」
そのように、ラザフォード大将が、不意に私に水を向けてくる。
ふむ、どうしたことかしらね?
「おや? 軍人としての責任感溢れる大将閣下らしくない発言ですね? 他人頼り、魔法頼りとは」
ラザフォード大将は、眦をきつくする。
「私の反対を押し切って、南部諸侯軍を先駆けさせたのだ。なれば、殿下には最後まで責任を持ってもらわねば」
先駆け……ね。ふふ、ずいぶん配慮の行き届いた台詞回しじゃないか。
私は肩を竦めて見せる。
「なるほど、閣下の言に理があるようです。なれば、腹案を開陳しましょう」
私は、地図上の三つの黒駒を指し示す。
「……直に、敵軍は、南部諸侯軍の各個撃破を終えるでしょう。その後、三つに分けた軍の合流を図るかと思います」
そこで一度切って、周囲の将校を窺う。
そこまでの推論に、疑義は無いと、皆小さく頷く。
「我々は、この合流前に動きます」
私は、自軍を表す白駒を取ると、それを敵軍の正面、三軍の腹の中に放り込むような位置に、コトリと置いて見せる。
「この位置取りまで前進する。そうした場合、敵軍は合流ではなく、三方から我が軍を囲い込むように、軍を動かす公算が高いかと」
「……肯定する。が、その流れは、我々にとってマズイ展開だろう」
ラザフォード大将の言葉に、私は頷く。
「はい。ですので、敵が誘いに乗り次第、徹底的な機動戦を展開。敵三軍の各個撃破を狙います」
私は白駒を再び取るや、東から順に、三つの黒駒に、コツン、コツン、コツンとぶつけては、倒していく。
室内に、低いうなり声が響いた。
内線作戦と、外線作戦。
内線とは、一つとなった部隊が周囲の敵と対すること。部隊が後方と、一本の兵站線で結ばれた状態を指す。
外線とは、二つ以上の集団が敵を挟み込む形に展開し、後方とは、それぞれ独自の兵站線で結ばれている状態を指す。
この二つの作戦。その意図するところは、無論別々にある。
いや、別々と言うより、表裏一体と言った方が正しいだろうか?
内線作戦の意図とは、一つに集中した部隊を複数の敵の間に置き、各個撃破していくことに他ならない。
この作戦の実践者として名高いのは、フランスのナポレオンである。
ナポレオンは多くの戦いで、この内線作戦により勝利している。
兵団を急進撃させ、自軍は決勝点に兵力を集中させ、敵軍が一つにまとまる前に叩く。その場での、数的有利を生み出し、敵を各個撃破する。
正に、「集中」と「機動」、この両原則の教本と呼べる戦いこそが、ナポレオンの真骨頂であった。
一方、外線作戦の意図とは、味方を複数の部隊に分けて敵を挟みこみ、挟み撃ちするか、あるいは、敵軍の包囲を狙うというものだ。
ドイツの大モルトケは、こちらの作戦を支持した。
当時発達した鉄道や電信技術。これらにより格段にスピードが増した軍勢なら、複数に分かれて進軍しても、各個撃破される前に、敵を包囲殲滅できると結論付けた。
この表裏一体の、内線作戦と外線作戦。
どちらが正しいというわけでもない。それぞれに理がある。
では、実際に、戦場でこの二つの作戦がぶつかればどうなるか?
歴史を紐解けば、どちらの作戦も、相手の作戦に勝ったり負けたりしている。
その勝敗を分ける要因とは何であったか?
それは、機動力に他ならない。
機動力があれば、敵に包囲される前に、敵を各個撃破できる。
また逆に、機動力があれば、各個撃破される前に、包囲殲滅できる。
さてさて、私の提案は、内線作戦の採用。
徹底的な機動戦を以て、敵軍の各個撃破を目指す。
なれば、前述の通り、機動力が要だ。
自軍と敵軍、そのどちらが機動力に優れるか?
答えは、勿論我々の方だ。
というか、そうでなければ、こんな作戦を提案しない。
自軍主力たる第二軍は、国内外にその名を轟かす、精強無比な騎兵隊を擁する。
それに、私の魔杖部隊もまた、中々の機動力を誇るのだよ。
……というのも、我が魔杖部隊は、9年前から大きく進化しているのだ。
そう、部隊の規模を拡大したことといい、私も頑張ったのですよ。
さて、その進化とは、ずばり魔杖兵をお馬さんに乗せたこと。
いわゆる竜騎兵である。竜騎兵。
なんと格好いい響きだろう。
とっくに捨て去ったはずの厨二心が擽られるわね。
竜騎兵とは、騎乗した銃兵の事を指す。
もっとも、騎兵科ではなく、馬に乗って移動する乗馬歩兵である。
つまり、馬を移動の手段として割り切る。
いざ戦う段では、下馬して魔杖を射撃するわけだ。残念ながら。
つまり、馬に乗ったまま颯爽と射撃していく、なんてことはない。
残念ながら。残念ながら。誠に、残念なことに。
うん、その辺、少々物足りなくはあるが……。
それでも、高い機動力を得る。それだけで、十二分に進化と言える。
……えっ? 五千もの私兵を抱えた上、更に金食い虫の軍馬まで保有する。
個人がそれだけの大金を? そんな資金が何処から湧いて来たのか?
ああ、勿論、真っ当な金策の結果です。
私ってば、金稼ぎの才能があるなあ。その上、やりくり上手ときた。
後ろ暗い不正はなかった。いいね?
……ゴホン、とかく、そういうわけで、我々の機動力は高い水準にある。
翻って、敵軍はどうか?
各諸侯の寄せ集め故、一口に評価できるわけでもないが……。
少なくとも、アルルニア諸侯軍が、機動力に優れるといった、そんな風説を聞いたためしはない。
その上、てんでバラバラに攻め込んだ南部諸侯軍の対処に、右往左往させられたのだ。
兵たちは疲弊している。機敏な動きなど、望むべくもない。
であるなら、各個撃破は上手くいく公算が高いと言えよう。
などといった内容を、私はつらつらと、周囲の将校たちに説明していく。
否定的な意見は出てこない。
誰も反対意見を出さないのを確認すると、ラザフォード大将が口を開く。
「筋の通った作戦だ。実現性も高いのだろう。だが、万一、敵軍が思いの外機敏に動き、各個撃破がならなかった。その時の保険となる策も用意すべきではないか?」
ふむ、慎重だな。いや、一つ間違えれば、大惨事になるのが戦場。
石橋を叩くような手堅さは、尊ぶべきものだろう。
上手くいかなかった場合……か。
「仮に敵軍が機敏に動いても、東軍の各個撃破は阻止しえないでしょう」
うん。決して楽観している訳ではない。
まず間違いなく、一番東の一万二千は、各個撃破可能だ。
それだけの機動力が、我々にはある。
問題はその後。
東軍を潰している間に、中央と西軍が合流を果たす。
その可能性は、十二分にある。だが……。
敵軍は、中央、西、合わせて二万八千。
合流したこの二軍と相対する際、我が軍は東軍との戦闘の消耗を考えれば、戦闘可能な兵数は、敵二軍より僅かに下回るだろうか?
しかし、現状の兵力差よりは、その差が大きく縮まっているのは間違いない。
数千程度の兵数差に収まるなら、彼我の練度を鑑みて、こちらが俄然有利。
その段になれば、敵味方通じて、その認識を同じくするだろう。ならば……。
ふふ、後は口先八寸。私が最上の勝利を飾って上げましょう。
うん、この戦いに臨む前に行った、事前準備も無駄にならないしね。
そうだね。それがいい。
私は考えを纏め終えると、口を開く。
「東軍の撃破さえなれば、後は、問題ありません。戦況がどう推移しようとも、我が軍の勝利は揺るぎない。そう断言します」
私は、真実勝利を確信し、ニヤリと口の端を吊り上げた。




