5-10
未だ断続的に轟音が鳴り響いている。
一等大きな音は、標的であった第六軍から。
ただ、人間爆弾は狙いとは別の場所でも爆発してくれているようだ。
麻薬中毒でまともな判断力を失った彼ら。
目の前で同じ人間爆弾の末路を見ていても、躊躇うことなく抱えた火薬に火を付けてみせる。
それが、自身の死に繋がることも理解できずに。
だからこそ、人間爆弾にすることができるのだが……。
ただ、判断力を失っているが故に、こちらの意図通りに機能しない爆弾も当然出てくる。
第六軍とは別のあらぬ方向に突っ込んだり、あるいは自分一人で爆発したり。
酷いものでは、逃げ惑う貴族の私兵騎士団を巻き込んで爆破しているものもある。
……まあ、結果として戦場を大混乱に陥れているので構わないかしら?
大袈裟でも何でもなく、戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
よしよし、第二陣は十分にその役目を果たしと言えよう。
後は、最終陣である私たちの仕事だ。
私は、刻一刻と近づく前方の敵を見やる。
あれ程までに頑健さと柔軟さを見せつけた、第六軍の防御陣地が見る影もない。
無理もない。こんな外道な戦法に初見で対処するなんて、どんな名将でも不可能だろうから。
いよいよ、第六軍が保持していた前線を踏み越える。
それだけで空気が一変した。
鼻に付く火薬の臭い。不運にも即死できなかった兵士の呻き声。馬の蹄が、兵士の軍靴が踏みつける人肉の破片の音。赤く、赤く染まった道。
ああ、私が戦場に顕現させた地獄だ。
そこは、あまり気分の良い場所ではなかった。
地獄を構成する臭い、音、色彩、その一つ一つが、生理的な嫌悪感を催してくる。
ただ、罪悪感だけはどうしても湧いてこなかった。
鼻に付く臭いに、煩わしい雑音に不快になれど、それ以上の感情を覚えない。
どうしてだろう? 今になって何故か、その事実に胸がざわめく。
リリーは、あの娘はまた、泣き出しそうな顔をしているのかしら?
きっと、それが当たり前の反応なのだろう。
「どうして……。どうして私は、私たちは、こうなんだろうね? 藤堂さん……」
零れ出した自身の呟きに、思わず苦笑してしまう。
何を今更? 今まで散々やらかしてきたじゃないか。
本当に今更だ。……決着が近づいて、感傷的になってしまったのかしら?
どうしてか、無性に藤堂さんの顔が見たくなった。
「死守せよ! こやつらを本陣に近づけるな!!」
防御陣形は崩れ落ちた。それでも務めを全うしようと、第六軍将兵が立ち塞がる。
「目障りね。蹴散らせ!」
私は苛立ち紛れに、そう叫ぶ。
号令一下、幾千もの魔杖が火を噴いた。
「何だ……。何だ! 何だ!! 何だ、あれはぁああああ!!」
自身もろとも敵を吹き飛ばしていく解放軍の兵士たち。
それを見たラザフォード将軍は、激怒のあまり視界が真っ赤に染まる。
そして気付けば、怒声を上げていた。
「閣下! 第六軍が! 第六軍が! あのままでは……!」
「分かっておる!」
狼狽し切った副官の声に、ラザフォード将軍は怒鳴り返す。
「第六軍の救援のために動くぞ!」
「はっ! 具体的には?」
「やることは変わらん。第五軍と連動しつつ、包囲網を形成。その上で敵主力の後背を騎兵隊で衝く!」
「第六軍は持ち堪えましょうか?」
「……単独では厳しかろう。しかし、首都近衛軍の援護があれば、暫しは持ち堪えよう。後は時間との勝負だな……。私の馬を引け! 司令部も動くぞ!」
「はっ!」
第二軍は即座に行動を開始した。
第二軍司令部ごと動き、まさしく全力動員の構えであった。
ラザフォード大将自ら戦場を馬で駆ける。だが……。
「閣下、第五軍が……」
副官の声は、ラザフォード大将の耳を素通りする。
ラザフォード大将の注意は一点に集中していたからだ。
その目は第五軍を睨み付けている。
「何故動かぬ!? マクシミリアン! まさか貴様……!」
「閣下! 何故です!? 何故兵を止めて……!」
ゲルラッハ大佐が叫ぶようにマクシミリアン大将に問い質す。
それは詰問と言ってよかった。
しかし、マクシミリアン大将はどこ吹く風だ。
「止めだ、止めだ! こんなふざけた戦場にこれ以上関わってられるか!」
「閣下、何を……!?」
非難混じりの疑問の声を上げるゲルラッハ大佐。
マクシミリアン大将は、戦場を手振りで示しながら答える。
「見るがいい、クリスタ! 連中自分もろとも敵兵を吹き飛ばしておるわ! あんな気狂い兵に、我が兵をけしかけろと言うつもりか? 冗談ではない! 手塩にかけた兵に、そんな死に方をさせてなるものか!」
「さ、されど……。このままでは我らが、は、敗北してしまいます」
ゲルラッハ大佐が、震える声で尚も言い募る。
だが、マクシミリアン大将は、フンと鼻を鳴らすだけだ。
「何か問題が? 王の首がすげ変わるだけよ。……今後の統治を考えれば、我らを粛清することは早々出来ぬだろう」
自身の上官が、冗談を言って無いことを悟るゲルラッハ大佐。
「されど……。しかし……」
そんな意味のない言葉が零れ出る。
「飲み込め、クリスタ。第五軍は沈黙する。……敵に回らぬが、ハインリヒ王に対するせめてもの情けよ」
そう言って、議論にけりをつけた。
そうして、第五軍は完全に沈黙したのだった。
「閣下! お退き下さい! もう持ちません!」
「な、ならぬ!!」
レグーラ大将が常にない強い語調で否定する。
周囲の将兵は、呆然とした表情でレグーラ大将の顔を見詰めた。
「お、王を残して、ひ、退くことはできぬ!」
「されど閣下……」
「ならぬと言えば、ならぬ!」
将兵は状況を忘れ、互いに顔を見合わせる。
どうしたことであろう? あのレグーラ大将が明らかに劣勢な戦況で退かぬとは……。
余りに異常な戦場に、気でも違えたかと将兵たちは案じ始めた。
「き、貴官らの疑問も尤もだ! 何故退かぬか、さ、さぞ不思議であろう。た、確かに私は、不利な戦いを常に避けてきた。お、臆病故のことよ! されど、家名に泥は塗っておらぬ! それが私の戦い方だ! そして無敗の将となったのだ!」
顔面を蒼白にしながらも、声を張り上げるレグーラ大将。
その顔に、その言葉に、将兵たちは釘つけになる。
「しかし、今日この時ばかりは、ひ、退けぬ! お、王を残して、に、逃げたとあっては、栄えある、れ、レグーラ家の家名は、地に落ちてしまう! 故に……!」
その体は、明らかに恐怖が理由で震えている。
ただ、それを見て、馬鹿にする将兵はいなかった。
怯えを抑え込み、抑えきれずに、それでも退かぬと言ったレグーラ大将。
そんな指揮官の姿を見て、奮い立たぬ者はその場にいなかった。
古参の兵の中には、涙を流す者すらいる。
「ッ、閣下! 分かり申した! 我ら一同、この場に残り王の盾とならん!」
これでもかと痛めつけられた第六軍にあって、大きな鬨の声が上がる。
「う、うむ。よ、よく言った! それでこそ、だ、第六軍の将兵ぞ!」
かくして、第六軍は徹底抗戦を決意する。
レグーラ大将自身も、自ら刃を振るって勇敢に戦った。
しかしその最期は、名もなき雑兵の槍に倒れるというものであった。
この戦が、レグーラ大将にとって生涯最初にして最後の敗戦となったのである。
「全く、驚愕や畏怖を通り越して、ただただ呆れるばかりだな」
ハインリヒ王は狂騒と化した戦場の中、真実呆れたとばかりに呟く。
「そうかしら? 私は心躍るようですけどね」
「……貴様の感性を他者に求めるな。ふう、あれも、お前の同郷の娘の仕業か、アカネ?」
「でしょうね。自爆特攻……か。雫ってば、意外と派手好きね」
朱の声音は心底楽しげに響く。
ハインリヒ王は、やれやれと首を振った。
「貴様は以前、退屈な故国を出て、この国に流れてきたと言ってなかったか?」
「ん? そうですが。それが何か?」
「貴様といい、あの魔女といい、こんな女どもが育つ国が退屈? いったい、何の冗談だと思っている所だ」
「ああ……。私たちは故国で異端だったもの。だから出て行くしかなかった」
遠い目をしながら、朱が独白するように答える。
「居場所を求めてか?」
「そう、居場所を求めて」
くっ、とハンイリヒ王が笑いを何とか噛み殺す。
もっとも、その表情に出るのまでは抑えられない。
それを、朱が目敏く見咎める。
「あ! 王様、今笑ったでしょう。何です? 人を馬鹿にしているの?」
「ああ、そうとも。貴様たちは馬鹿だ」
「むー。ハッキリ言ってくれるわね。ちなみに、その理由は?」
朱がハインリヒ王をジト目で睨みつける。
ハインリヒ王は、その視線に肩を竦めた。
「ふん、決まっている。お前たちのような怪物を受け入れる、そんな懐の深い国があるものか」
「ないかしら?」
「ないな。この世の果てまで行ってもないと断言できる」
「そう。……それは悲しいわね」
朱がポツリと呟いた。
「故国を遠く離れた地まで彷徨い出て、結局望みのモノは見つからず終い。……後悔しているか? 故国を出たことを」
「いいえ。残念ではあるけれど、後悔はしていないわ。その過程は楽しかった。今も楽しいわ。まるで祭りの中にいるよう」
「そうか……」
しんみりとした空気を変えるためか、パシンと手を打ち鳴らす朱。
「これ以上、祭りに乗り遅れるのもつまらない。借りている分遣隊を自由に使わせてもらっても?」
「好きにしろ。なんなら、本隊からもっと引き抜いていくか?」
朱は小首を傾げながら答える。
「うーん、魅力的な提案だけど……。遠慮しておくわ。だって、王様が丸裸になっちゃうじゃない」
「なんだ、貴様も遠慮という言葉を知っていたのか」
そんなハインリヒ王の言葉に、失礼しちゃうわと口を尖らせる朱。
肩を怒らせながら王の傍を離れると、少し離れた場所に立っている分遣隊の士官の下へと歩み寄る。
そうして、部隊の出動準備と、自身の馬を引いて来るよう申し伝える。
朱は、その士官が走り去るのを見送ると、ハインリヒ王の傍に戻った。
最後の挨拶をと思いたったからだ。
「それじゃあ、私は行くわね」
「そうか。武運を祈る」
「……王様は逃げなくていいの?」
「ふん、何を言い出すかと思えば……。今さら自らの破滅を恐れたりはしない。恐れるのは、無様な破滅だ」
そのハインリヒ王の言葉に、朱は一つ頷く。
「そう。では王様、良い最期を」
「ああ。貴様もな」
それで挨拶は終わりと、朱は分遣隊五千を直卒して、本陣を出撃する。
本陣を離れ戦場を駆ける彼らは、首都近衛軍においての異端。
指揮官の色に染まった狂戦士たち。
血の味を覚えた赤き猟犬たちが野に放たれた。




