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解放軍によるマイヤー子爵の誅伐戦。
それは、マグナ王国南部貴族たちに激震を与えた。
解放軍が確かな意思を示したからである。
そのメッセージを誤って受け取った者はいない。
そう、『日和見は許さぬ。旗色を明らかにせよ』というメッセージを。
事ここに至り、南部貴族たちは決断を迫らされた。
ハインリヒ五世と、カール三世、どちらの王に付くのかという決断を。
その判断材料として、彼らが注目したのは先の誅伐戦である。
解放軍の総参謀長シズクは、徴募したばかりの義勇兵のみでマイヤー子爵を降してみせた。
特に訓練もしていない寄せ集めの庶民兵など、数合わせに過ぎない。
矢除けの盾にでもなれば、上等といったところ。
それが南部貴族たちの、いや、一般的な認識である。
にもかかわらず、その庶民兵だけでマイヤー子爵の騎士団を圧倒したという事実。
それは常識を覆すような偉業だ。
それを可能にしたのが、魔女の妖しげな業で生まれた新兵器だという。
庶民という烏合の衆ですら、騎士を破ってみせる新兵器。
その脅威を認識できない者は、流石に南部貴族の中にはいない。
そして、それは解放軍の勝利を予想させるに足る材料であった。
南部貴族の本音としては、どちらの王が覇権を握ろうと構わない。
ただ、勝ち組に付きたいというだけなのだ。
その観点から言えば、解放軍に付くことは魅力的に思われた。
勢いに乗っているように見えるし、件の新兵器もある。
実際の所、雫の生み出した魔杖単体で、戦況を覆すほどの力はない。
しかし今回の戦果は、南部貴族たちに、そう誤認させるほどの印象を与えたのだ。
かくして、解放軍の下へと南部貴族が続々と集結する。
解放軍はその規模を大幅に拡大し、総兵力八万を号するまでに至ったのである。
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「ハハ、見ろ! まるで人がゴミのようだ!」
「……何を言っているのです、シズク?」
リリーが呆れたような顔で見てくる。
全く、ノリが悪いわね。
もう少しテンションを上げてもいいのではなかろうか?
何せ、目の前の光景が光景だ。
フィーネ宮の周囲に溢れ返った人、人、人の山。
この全てが解放軍に所属する兵なのだ。
正確な兵数すら、未だ把握できていない。それほどの大軍。
集結した南部貴族たちの申告をそのまま鵜呑みには出来ないが……。
彼ら各々の申告数を馬鹿正直に足し合わせれば、解放軍は八万を超える大軍団になったことになる。
対する敵の正面戦力は、僅か二万数千。
第二、第五軍が舞い戻っても、六万を超える辺りか? 到底七万には届くまい。
多少の錬度の差こそあれ、十分勝機が出てきたと言える。
これが興奮せずにいられようか? いや、いられない。
「シズク、浮かれている場合ですか。兵が増えたことは嬉しい事ですが。同時に問題事も増えましたよ。その最たるものは、正しくこの光景なわけですが……」
リリーが手振りで溢れ返った兵らを指し示す。
ああー、ああー、聞こえなーい。
全く、喜びに水を差すような現実的な話は止めて頂きたい。
「見ての通り、兵が溢れ返っています。彼らをいつまでも野営させるわけにもいきません。早々に某かの手を打たねば」
私の現実逃避を許さぬと、リリーが畳み掛けて来る。
止めろ! 現実を突き付けるな! 聞きたくなーい!
……まあ、現実逃避はこの辺にして。うん、リリーの指摘通りだ。
人が増えれば面倒事も増える。
差し当たっては、溢れ返った兵らの収容施設か。
このまま寒空に放り出せ、とはいかないかしら?
はい、いかないですね。分かっていますとも。
冬はまだまだ遠いとはいえ、ずっと野営を続けるというのは酷だろう。
そんなことを強要すれば、兵の士気はだだ下がりだ。
衣食住、この三点のいずれかが欠けては、人心は落ち着かない。
これを整えるのが、軍隊を運営する上での最低限の責務だろう。
まずは住の問題。……後、地味に食もヤバい。
兵が急に増えるのだもの。兵糧が少々心許ない。
今日明日の話ではないけれど、こちらもキチンと用意しないとね。
……金が要るな。ああ、とどのつまり金が要る。
というか、この世の問題の大部分は金で解決できるようになっている。
しかし、困った時にその金がないのもまた、世の常である。
頼みの綱であるメデス辺境伯府の国庫ならぬ伯庫もとっくに限界だ。
これ以上引っ張り出すのは無理だ。
他の貴族連中からも、既に軍資金を供出させている。
まあ、彼らにはまだ余裕があるだろうけど……。
それでも、これ以上出せと言ってしまえば、反発は必須だ。
身包みを全て剥がされてまで、解放軍に協力する義理は貴族連中にない。
さてさて、ならばどうしよう?
手持ちにないなら、現地調達という名の強奪こそが戦の習い。
なんて、言いたいとこだけど。
そうもいかない事情がある。
仮にも解放軍を名乗っておいて、山賊ごっこと洒落込むわけにもいかない。
折角のプロパカンダが台無しだ。
うーん、ならばどうしよう?
……正義の解放軍がしちゃダメなら、解放軍以外が奪い取れば良い。
そう言えなくもない。言えなくもないけどねー。
何処かの部隊に、山賊に扮して強盗させる?
馬鹿な。そんな三文芝居が通用するとも思えない。
ハア、駄目だ。良い考えが浮かばない。
「ねえ、リリー? 何処かに金の成る木でも生えてないかしら?」
「……生えてませんよ。馬鹿言わないで下さい」
リリーが冷たく切り捨ててくる。容赦ないな、この娘。
「つまり、金策が問題ということですね」
リリーが確認のためか、そう口にする。
「そうね。正直お手上げだわ。良い考えが浮かばない。……ねえ、リリー? 貴女の家では軍資金に困った時どうしていたの?」
代々続く将軍家の娘であるリリーなら、その手の知識が豊富かもしれない。
そう思って、彼女に問いかけた。
「そう……ですね。領民への臨時徴収、あるいは金貸しから資金を借りることもありましたね」
ふむ、なんとも常識的な手段だ。
あまり参考にならないわね。しかし、金貸しか……。
安易に縋るのは恐ろしい相手ね。
そうね。高利貸しに手を借りるのは最終手段かしら。
返す当てがなければ、どんな酷い目に遭うか分からない。
うん? 待てよ、別に借金するのは私じゃないのか。だったら……。
「……シズク、陛下の御名で借りれば、自分は関係ない。なら、いくらでも借りようか。なんて、考えていませんか?」
「失礼な。夢にも思わないわ、そんなこと」
ビックリした。この娘、私のことをよく理解してきたわね。厄介な。
未だ疑いのまなざしを向けてくるリリー。
私は誤魔化すべく、話題を変えることとする。
「借りるのは最後の手段として、臨時徴収なんてそんなに集まるの?」
「うーん、その土地によるとしか。土壌が豊かか、貧しいか。特産品があるか、ないか。商業が盛んか、そうでないか。……一概には言えませんね」
ふむ。確かにその通りだ。
「なるほどね。その点、ウィッラ領はどうなの?」
「そうですね。ウィッラ領は国内有数の景勝地。普段なら、観光に訪れる者もいますが……」
「戦時に、その渦中の土地に物見遊山には来ないわね」
「はい」
観光収入は期待できないと。
「他に見るべき点は?」
再度の質問に、リリーは額に皺を寄せる。
そして、首を捻りながら考え込み始めた。
「……強いて挙げれば、服職業でいくらかの稼ぎがあるようですが」
「服職業? 毛織物かしら?」
「いえ。麻布です。この辺には麻が多く生えているそうです」
うーん、麻織物かぁ。リリーの口振りから、規模も小さそうだし。
大した収益を上げて無さそうよね。
元々、麻布自体が高級品でもなんでもないし。
麻じゃあ、金にならないかぁ。
麻、麻ね。しかし、何か引っかかる。何だ? 何だろう?
あっ。いや、待て、待て。待てよ。麻、麻といえば、あれも麻よね?
「シズク?」
リリーの声が遠く感じる。
私は、今頭に浮かんだ可能性に心捕らわれる。
どうなのだろう? 麻布を作る品種って何だっけ?
麻布用の特定の品種があるの? あれとは全く別物の品種だろうか?
分からない。分からないけど……。
もしも、そう、もしも、あれだったら……。
「シズク? 急にどうしたのですか?」
リリーからの再度の問い掛け。私はゆっくりと彼女に向き直る。
「……リリー、あったかもしれない」
「はい? 何がですか?」
「金の成る木が……」
私は心ここに非ずといった様相で、ポツリと呟いた。




