3-9
大小様々な天幕が並ぶ中を、側近のベルトランを連れて抜けていく。
指定された目的地は、この天幕が並ぶ野営地から外に抜け出した先にある林の中だ。
内容は知らぬが、あまり人に聞かれたくない密談の類をしようというのだろう。
「魔女殿の要件とは如何なるものでしょうな、閣下?」
「さてな。何やら面白い物を見せると言っていたが……」
「魔女殿の言う面白い物……ですか。いやはや、何ともおっかなく感じますな」
ベルトランがにやりと笑いながら、そんなことを口にする。
ふむ、確かに期待半分、恐ろしさ半分といったところか。
いったい何が飛び出すやら。
少なくともつまらないものではないだろうが……。
このところ、先日の追撃戦で保護した村娘を集めて何やらしていたようだし、それが関係しているのだろうか?
そんなことを考えながら歩いている内に、指定された場所に到着する。
そこには、魔女と保護した村娘たち……そして何故か捕虜としたマグナ兵たちの姿。
それも、マグナ兵たちは目隠しと猿轡をされた上で、林の木々に縄で縛られていた。
並び立つ物言わぬ拘束者たちを眺めていると、魔女が進み出て頭を下げた。
「御足労頂きまして、申し訳ありません伯爵」
「構わんよ。それより……あれは何かね?」
私は拘束されているマグナ兵たちに視線をやりながら、そのように問う。
「ああ。あれは、ただの的です」
「的?」
「ええ。これから伯爵にお見せするのは、新兵器を導入した実験部隊の訓練です」
「新兵器? ……あの村娘たちが持っている棒の事かね?」
そう、娘たちは奇怪な棒を右手で握りしめていた。
木製でほぼ直線的な棒。先端には鉄製の筒のようなものが付いている。
そして逆の手には火縄を持っていた。
……これを新兵器と言われても挨拶に困る。
私の困惑を察したのだろう、魔女が楽しげに笑う。
「百聞は一見に如かず。早速、ご覧に入れましょう。……エルマ!」
「はっ! 魔杖部隊! 総員構え!」
村娘の一人が一端の兵隊のように号令を掛ける。
すると娘たちが一斉に、棒の先端に付いた鉄筒をマグナ騎士たちに向けた。
「撃てぇええ!」
再度の掛け声。娘たちは鉄筒の根元部分に火縄を押し付け――!
パン、パン、パンと複数の破裂音。鉄筒の先から白煙が噴き出す。
少し遅れて、マグナ騎士たちが猿轡から漏れ出るようなうめき声を上げる。その体を鮮血が赤く染め上げた。
何だ!? いったい今何が起きたのだ!?
あまりに理解不能な事象に、心中に疑問が嵐のように吹き荒れた。
****
ふふふ、さしものアヴリーヌ伯爵も度肝を抜かれたようね。
私が魔杖部隊と名付けた実験部隊、そこで運用されている新兵器とは、火薬を用いた飛び道具。つまり銃である。
私が今回カザリーニ卿に製作させたのは、西洋における銃開発の歴史上、黎明期に登場した原始的な銃――ピーシュチャラを模倣したものだ。
原始的な銃といえば、日本人なら火縄銃を思い浮かべるかもしれない。
しかし、実際にはそれ以前の銃というものも存在する。
ただ日本に伝来したのが、既に火縄銃のレベルまで昇華されていたというだけの話。
ピーシュチャラの構造は単純明快。ほぼ真っ直ぐの木の棒の先に銃身である鉄筒が付いているだけである。
鉄筒の先端には銃口が開き、ここから火薬と弾丸を込める。
いわゆる先込め式である。
そして発射の際には、鉄筒の根元部分に開けた小さな穴に、直接火種を当てて火薬に着火する。
うん、正に原始的な銃だ。
火縄銃など、後世の銃のようなカラクリ部分が一切ない。
何故私がこれを作成させたかというと、生産性を重視したからである。
簡易な作りのため技術力や経験がなくてもすぐに作れること。また安価に大量生産出来ること。
つまり、即戦力化が容易なのだ。
これより発展した銃器だと、そうはいかない。
開発だけでも膨大な時間やコストがかかるに違いない。
実戦配備ともなると、そこに漕ぎ着けるまでにいったいどれほどの時間と金を要するか?
おそらく、この戦争が終わるまでに間に合いはしないだろう。
そのため、現実的な案としてピーシュチャラを採用したわけである。
「……それを見せてもらっても良いかね、魔女殿?」
魔杖兵の手にある銃を見やりながら、アヴリーヌ伯爵はそのように尋ねてくる。
「勿論です。そこのあなた、伯爵に魔杖を」
「はっ、はい!」
私が適当に指名した娘が魔杖を捧げるように持ち、アヴリーヌ伯爵の傍に近寄る。
それにしても、『はっ、はい!』って返事はないでしょうが。
隊長に任命したエルマはまだ別として、他の隊員たちの兵士としての自覚がまだまだ薄いようね。
これも今後の課題かしら。まあ、おいおいその辺は鍛え直していきましょう。
「ああ伯爵、鉄筒の部分には触れないように。発射直後は高温に熱されているので」
魔杖を受け取ろうとするアヴリーヌ伯爵に注意喚起する。
「うむ。……ふーむ、これが先程の雷光のような現象を? 何とも面妖な」
しげしげと魔杖を眺めながら、そのように呟くアヴリーヌ伯爵。
「魔女殿、この新兵器はどのような原理で攻撃しているのだ?」
「原理そのものは単純ですよ、伯爵。これは、火の秘薬を用いた武器なのです」
「火の秘薬? 最近祭りなどで見かけるようになった、あの?」
「ええ。火の秘薬を爆発させ、その力で鉄の玉を飛ばす仕組みです」
「ほう。確かにそう聞くと、仕組みは単純だな。成程、この先端に開けた穴から玉が飛び出すわけだな」
アヴリーヌ伯爵は興味深そうに銃口を覗き込む。
「それで、この新兵器の性能はどうなのだ? ああ、少なくとも人を殺傷できる性能はあるようだが……」
血を流す的たちを見やりながら、アヴリーヌ伯爵がそのように言う。
「……今更だが、捕虜に対するこの仕打ちは流石にどうかと思うぞ、魔女殿」
「捕虜? 何のことでしょう?」
「………………うん?」
「我々が補足したマグナ軍部隊は、敵ながら天晴なことに、文字通り全滅するまで戦ったと記憶していますが?」
小首を傾げ、微笑みながらすっ呆けてみる。
「……そういうことにしておこう」
アヴリーヌ伯爵は苦笑いを浮かべた。
兵器の、人殺しの道具のテストなのだ。人間を的にするのが一番に決まっている。
えっ? 戦時国際法? 捕虜の権利?
何を馬鹿な、この世界にそんなものはまだ影も形もない。
まあ、そうはいっても、倫理上褒められた行為でもないけどね……。
もっとも、そんなものを今更気にしてもどうよって話だ。
それに、通過儀礼という意味合いもある。
魔杖部隊の娘たちは、この前まで殺し合いとは無縁の環境にいたのだ。
いくらマグナ騎士に恨みを抱いているとはいえ、いきなり戦場に放り込んで人を殺せといっても戸惑ってしまうだろう。
だから、ここで人殺しの経験を積ます。
士官候補生に銃殺刑の執行経験をさせるのと同じことだ。
彼女たちには一端の兵になってもらわなくては困る。
何せ、魔杖部隊は私が初めて持つ私兵部隊だ。
誰かからの借り物ではない。
私の好きに運用できる、私の為の部隊。
そんな部隊に腑抜けた兵はいらん。実戦で敵兵を殺すのを躊躇するようでは、折角の私兵部隊が台無しじゃないか。
まっ、というわけで、捕虜殺しは大目に見て頂戴な♪ 伯爵閣下。
「ふー、話を戻そう。これの性能はどのようなものかね? 他ならぬ魔女殿の開発した兵器だ。強力無比なものと期待してもよいかな?」
「ハハハ、だと良いのですけど……」
今度はこちらが苦笑いをする番だ。
「まだ開発し始めたばかりの品ですからね。まだまだこれからというか……。正直、今の性能では、弓に大きく劣りますね」
嘘はついてない。
事実、生産性を重視して原始的な銃を採用した結果、性能面は酷いものだ。
既存の飛び道具、弓矢と比べてみれば……。
射程、威力、命中精度全てにおいて弓矢に劣る。……連射性? ハハハ、最早比べるに値しない。
つまり、性能面では全てにおいて、弓に白旗を上げねばならぬ魔杖。
その実態を聞かれれば、こう思われるかもしれない。
『意味あるのそれ? 使えない子じゃね?』と。……その疑問も尤もだ。
そうとも、性能面では話にならない。
ただ、運用面において弓には無いメリットがあった。
皆さまはフス戦争を御存じだろうか?
フス派と呼ばれるプロテスタント信者とカトリック信者との間に起きた戦争。
この戦いで活躍したのが、名将ヤン・ジシュカ。そして、彼が導入したピーシュチャラである。
ヤン・ジシュカの率いたフス派軍は、市民や農民や女子供まで含む雑兵集団。
対するは、戦の主役である騎士という職業軍人。
誰もが、フス派が完膚なきまでに叩き潰されるものと疑わなかった。
しかしこの戦い、実際にはフス派の勝利に終わる。
何故フス派は勝利できたのか?
その一番の要因は、ピーシュチャラという銃にある。
ピーシュチャラは既存の飛び道具である弓に劣る性能だと言った。
そう、確かに性能面では劣る。
ただし、性能面以外で弓には無い利点があった。
それは、扱いが非常に簡単なこと。そして腕力が不要であることだった。
一端の弓兵を育てようとすれば、その訓練に時間がかかるもの。
弦を引く利き腕と、逆の腕の太さが明らかに異なるようになるまで訓練を重ねて、ようやっと一人前というのが弓兵だ。
また、腕の太さが変わるほど、弓には腕力が必要とされるわけだ。
対して、ピーシュチャラは火薬と弾を込めて着火するだけ。
あまりに簡単過ぎて、訓練に費やす時間は弓と比較にならない。
そして当然、腕力など不要だ。
つまり極論を言えば、素人の女子供ですら短時間で兵士にできる武器。
それがピーシュチャラという銃の最大の利点であった。
ヤン・ジシュカは、この利点を以って素人集団を兵士に仕立て上げた。
そして、ただの素人相手と油断しきった騎士団を破って見せたのだ。
誰にでも扱えて、安価に大量配備のできる武器、ピーシュチャラ。
つまりそれは、騎士という職業軍人の否定に他ならない。
何せ、騎士階級と一般庶民では、当然庶民の方が多いのだ。
確かにピーシュチャラを用いた即席の庶民兵より、騎士の方が精強であろう。
ただ、数の暴力は如何ともしがたい。
第二次大戦では、かのヨーロッパ最強の練度を誇るドイツ陸軍ですらも、畑で兵隊が採れるソ連軍の侵攻を阻止できなかったのだから。
ふふふ、この魔杖の力で、まさしく戦場の在り方が一変する。
これまで戦場の主役であった騎士は、舞台から退場することになるだろう。
精強無比な騎士たちを保有することで知られるマグナ王国を打倒する上で、これ以上冴えたやり方があるだろうか? いいや、あるものか。
そう、全てはそのために魔杖を生み出したのだから。
尤も、そんな真の目的まで馬鹿正直にアヴリーヌ伯爵に伝える気もない。
一応上官である彼にはただ、私が今後独自の実験部隊を引き連れることを認めてもらえれば、それだけでよいのだから。
「そうか。まだまだ弓には及ばぬか。残念だな」
心底残念そうにアヴリーヌ伯爵が呟く。
……完全に無用の長物と認識されるのも問題かしら?
意味のない実験部隊を解散せよと言われても面倒ね。
少しは魔杖のフォローをしておこう。
「ええ、でも……。あの轟音に加えて、未知の武器の強みと言いますか……。敵兵の恐怖心を煽る効果が期待できると思いますよ」
「ふむ、成程な。あの雷鳴のような音と共に味方が倒れれば、恐慌状態に陥っても不思議ではない……か。しかし、そう何度も通用しないだろうが……」
「ですね。後は……馬にも効果があるのでは? ほら、馬って結構臆病な生き物ですし」
アヴリーヌ伯爵が顎に手をやりながら考え込む。
「うーむ、使い道がなくもない……か。奇襲の際に用いれば、敵の混乱を増大させることが出来るかもしれぬ」
「いいですね。夜間の奇襲などが最適そうです」
「うむ。よく音が響き渡るだろうな」
その様を想像したのだろうか? 何度も頷くアヴリーヌ伯爵。
「そういった可能性を模索する為に、私の直轄として彼女ら実験部隊を試験運用させてもらっても宜しいですか?」
「そうだな。構わん。好きにしたまえ」
アヴリーヌ伯爵が鷹揚に頷く。
「ありがとうございます、伯爵」
私は深く頭を下げながら、口元を笑みの形に歪める。
よし、これで念願の私兵をゲット。しかも銃火器を装備した私兵部隊だ。
なんと大きな一歩か! これで勝つる!
などとほくそ笑みながら、今後の展望を夢想するのだった。




