3-8
ふむ、見事に真っ黒焦げだな。
周囲を見回し、何となしにそのような感想を抱く。
きっと景気よく燃えたのだろう。赤く、赤く。あのドレミ村のように。
ここはマグナ・ラティオ国境近くの村。いや、村跡地。
この光景は、国境を浸透したマグナ王国軍部隊による焼き働きの結果だ。
「――魔女殿」
背後から掛かる声。私はその声の主を振り返った。
「……アヴリーヌ伯爵」
「まったく、戦の常とはいえ、酷いものだ」
首を左右に振りながら、そのように吐き出すアヴリーヌ伯爵。
「そうですね」
なんて、私は適当に調子を合わせた。
「兵らに隈なく調べさせたが、生存者は見つからなかった」
「……でしょうね」
「ただ、一つ気がかりな点がある」
「――? 何でしょう?」
「黒焦げの死体も幾つか転がっている故断言はできんが、どうも若い娘の死体が一つもない」
「なるほど。つまり……」
「うむ、連れ去られたと考えるのが妥当であろうな」
なるほど、行きがけの駄賃というわけだ。
しかし、これはある意味朗報と言えるかもしれない。
一般人、しかも女ばかりの集団を引き連れてでは、その行軍速度は激減するに違いない。
「急げば間に合いそうですね、伯爵」
「ほう、ただのポーズではなかったのかな?」
「補足出来るなら、補足しちゃいましょう。その方が、我々の立場も良くなるでしょうし」
「ふむ。そうだな、折角の戦功だ。わざわざ見逃すこともない…か。よし、ベルトラン!」
「はっ!」
少し離れた場所で何やら部下に指示を出していたベルトランが、アヴリーヌ伯爵の呼びかけに応えてこちらに近づいてくる。
「この場の調査は終わりだ。狩に出るぞ、ベルトラン」
「はっ! ……して、獲物は何でしょうか、閣下?」
「獲物はコソコソ忍び寄る鼠だ。素早いやつだが、大事なお土産を抱え込んで動きが鈍っている。正に絶好の機会だ」
「なるほど、鼠ですか。なら、それを追い掛け回す我々は、さしずめ猫ですかな?」
「言いえて妙だな、ベルトラン。古来より、魔女の使いっ走りは猫と相場が決まっておる」
「おや、私の使い魔になってくださるのですか? それは恐縮ですね、伯爵」
なんて、軽口を叩き合うのを楽しんでみる。
「では鼠狩りに向かおうか。ベルトラン、急ぎ兵らに準備をさせよ」
「はっ! 直ちに追撃準備を整えます」
一礼して私たちの前から離れると、ベルトランは兵らに指示を出していく。
応える兵らの士気も高い。
ふむ、私まで気分が昂ってくるな。
脳裏に、某人気ゲームのBGMが自然と流れて来る。
さあ、一狩り行こうぜ……なんてね。
私たちはすぐさま追撃態勢に移ったのであった。
****
「閣下! 三時の方向二〇マルス、敵集団と思われる部隊を発見!」
「規模は!?」
「一個中隊規模と思われます!」
「よし! よく見つけた! 報告ご苦労!」
二〇マルス……近いな。じき、追いつくことだろう。数は一個中隊規模。つまり、二〇〇人だ。
こちらは、迅速な追跡のために、騎兵と選抜した脚の速い歩兵、合わせて三五〇人。――やれる!
私は指揮官であるアヴリーヌ伯爵と目を合わせる。
そしてどちらともなく頷いた。
「諸君、鼠狩りだ! 朋友の庭に忍び寄ったことを後悔させてやれ!」
「オオォォォォー!」
「トロボ川の恨みを晴らしてやる!」
「マグナ野郎は皆殺しだ!」
伯爵の激に対し、勇壮な雄叫びが返る。
よしよし、数的有利な上、士気まで高い。
当然か。先のトロボ川の戦いで、散々に痛めつけられた兵たちだ。
マグナ騎士への恨みは骨髄というわけね。
更に自軍有利。誰しも、弱い者いじめの際は気が強くなるものである。
この分だと、問題無く敵浸透部隊の一隊を撃滅できるだろう。
ああ、でも油断は禁物だ。
勝ち戦でも死ぬ奴は死ぬ。
万一のことがないよう、私は一番安全圏に身を置くとしよう。
そして、流れ矢に気を付ける。うんうん、安全第一、安全第一。
さあ、兵士の皆さんは存分に命がけで戦ってくれたまえ。
戦闘は僅かな時間で終了した。
恨み骨髄の伯爵軍がハッスルしてくれたおかげで、こちらの被害は軽微だ。
むこうが厳しい任務に従事し続け、疲弊していたのも大きい。
しかし、多少ハッスルし過ぎたのか、驚くほどに捕虜の数が少ない。
個人レベルでは、早々に武器を捨てて降伏の意思を示した者もいたにもかかわらずだ。
関係ないぜ、ヒャッハーと言わんばかりに、伯爵軍の奴らが嬉々と殺戮しやがった。
アヴリーヌ伯爵が制止しなければ、本当に皆殺しにしていたかもしれない。
げに恐るべきは人の恨み。
私も人の恨みを買うような真似は控えないとねぇ。
……えっ? 手遅れ? ハハハ、何を馬鹿なことを。馬鹿な……。
うん、気を付けよう。
「よいかな、魔女殿?」
「何でしょう、伯爵?」
「マグナ騎士どもが拐かした村娘たちのことだが……」
そう言いながら、保護した村娘たちが固まっている一角を見やるアヴリーヌ伯爵。
私もそちらを見やる。
そこには身を寄せ合うように座りながら、こちらに怯えと警戒に満ちた視線を寄越す村娘たちの姿。
その数はざっと、三十~四十人ぐらいであろうか?
「彼女たちをどうしますか、伯爵?」
「無論、保護する。……が、見ての通りこちらを警戒しておるからな。正直やり辛い」
「無理もないでしょう」
「そうだな。……彼女たちに降りかかった不幸を思えば、我々より同性である魔女殿の方がまだ接しやすいのではと思うが、どうだろう?」
「……私に彼女たちの面倒を見ろと?」
「うむ。頼めるだろうか?」
「…………ハア、仕方ありませんね」
果てしなく面倒だが、伯爵の言を断る材料がない。
「悪いな。頼んだぞ」
そう言うや、私の肩を叩いて歩み去るアヴリーヌ伯爵。
ああいうのを如才ない……とでも言うのだろうか?
目的を果たせば即時撤退。私が意見を翻す間も与えない。
成程、ボンクラ貴族共ともは、一味も二味も違う御仁だ。
やれやれと首を振ると、意識を切り替えて村娘の一団へと近づいていく。
一斉に彼女たちの視線が、歩み寄る私へと注がれる。
ハア、仮にも我々は、彼女たちを救い出した正義の味方ポジなのに……。
その視線には、怯えや警戒心と言った負の感情に溢れ、好意的な物を一切感じない。
うわー、伯爵の言うとおりだ。すごいやり辛い。……うん?
他の村娘を庇うように、一人の村娘が彼女たちの先頭に来る。
……年の頃は、二十代半ば辺りか?
保護された村娘たちの中では年長者であるようだ。
なんとも勝気そうな印象を与える顔立ち。姉御肌とか、男勝りとかいう言葉が似合いそうな女性だ。
その村娘が、隠しきれない怯えを瞳の中に湛えながらも、気丈に私と相対しようしている。
ふむ、彼女がこの集団のリーダー格と見てよいだろう。
交渉するなら、彼女を窓口とするのが無難か。
「私はコンラート殿下の臣、雫。あなたの名は?」
「……あたいはエルマ。シズク…様は、貴族様か何かかい?」
「いいえ、貴族ではないわ。ただ、下っ端の一兵卒でもない。軍内では、それなりの立場の人間よ」
目の前の村娘、エルマの頭の中で素早く計算されているのが手に取るように分かる。
私がどういった立場の人間なのか? 信用できるのか? 取り入ったとしてどれほどの影響力を私が有しているのか? そんなところだろう。
「……シズク様は、あたいたちをどうする気だい。いや、どうする気ですか?」
「ああ、無理に言葉を丁寧にする必要はないわよ。そんなことで怒るほど、狭量ではないから」
「はあ……そうかい。ああ、それで……」
「うん。あなたたちへの対応よね。取りあえず保護して、安全な後方まで護送するわ」
「……その後は?」
「その後? その後はラティオ共和国の軍なり、行政なりにバトンタッチね。我々はそもそも、ラティオ共和国の人間ではないわけだし」
「……そうかい」
そんな相槌の後に、暗い顔で俯いてしまうエルマ。
「ん、どうしたの? 何か問題でも?」
「問題? 問題しかないよ。そりゃ、軍なり何なり、お上が私たちを取って食いやしないだろうさ。食料や、もしかしたら少しぐらいお金を恵んで下さるかもね。だけど、それっきりで、後は放り出されるだけさ」
力なく首を振るエルマ。
「村ももうないし……。再興しようにも男手がなければ、どうしようもない」
「…………」
「街に流れようにも、この人数だ。全員分のまともな職が見つかる筈もない」
……確かにエルマの言う通りね。だって、この世界に社会保障なんて概念は無い。
国が彼女らの面倒を最後まで見てくれるわけもないか。
彼女らの何人かは運良く街で職にありつけるかもしれない。
しかし全員は無理だ。
行きつく先は、乞食かあるいは春を売る女になるぐらいか。
なるほど、お先真っ暗ね。
「なら、全員纏めて私が面倒見てあげましょうか?」
「は?」
「だから私が面倒見ようか? 勿論、その場合は私のために役に立ってもらうけれど」
「役にって……何だい、シズク様は娼館でも経営なされようってのかい?」
自虐的な笑みを浮かべながら、エルマが呟く。
「いいえ。あなたたちには、戦場で役立ってもらうわ。そう、戦働きでね」
「はっ! 馬鹿にしないでおくれよ! 女が戦場で役立つわけないだろう!」
「これまでの戦場ならね。でも私なら、あなたたちが活躍できる戦場を用意出来るわ」
「そんなこと……」
「できる! 私ならね。それに……あなたたちマグナ騎士が憎くないの?」
村娘たちの顔を見回す。
「あなたたちの住処を奪い、家族を殺し、その身を凌辱した連中の仲間が恨めしくはない? 私ならあなたたちに復讐の手段を与えてあげられる」
私の言葉が呼び水になったのだろう。私たちへの怯えや、先行きの不安で棚上げにされていた憎悪が顔を覗かせる。
それは、彼女たちの目に顕著に出た。怯えや不安を宿していた瞳が、ドロリと濁るように変化する。
「……あたいらが、皆の復讐を? ……本当に?」
「ええ。ただ、そのためには命がけで私のために戦ってもらうわよ。あなたたちにその覚悟あるのなら……魔女たる私が、あなたたちに魔法の杖を授けましょう」
私は契約を持ちかける悪魔のように囁いたのだった。




