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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
三章

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38/88

3-6

 中央のメインストリートの両脇、そこには見送りのために集まった人々が、道と平行に一列となって並んでいる。

 また、メインストリートに面した家屋の二階窓からも、同様の目的で人々が顔を出していた。


 集まった人々の視線の先には、メインストリートを行進する兵たちの姿。

 掲げられた旗印は、赤白青の三色旗。

 この旗印の色は、それぞれ旧貴族・新貴族・平民を表し、この三者が一致団結することを意味している。


 そんなラティオ共和国旗に混じり、鷹の紋章を掲げる旗印があった。

 これは、アルルニア諸侯の一人、アヴリーヌ伯爵の軍旗。

 アヴリーヌ伯爵は、援軍という名目で自らの騎士団を率い、ラティオ共和国に赴いていた。


 もっとも、その兵数は僅か五百余りと寂しいものだ。

 これは、伯爵の騎士団が、先のトロボ川での戦いで損耗しているからだ。


 だが、例え損耗していなかったとしても、多くの兵をラティオ共和国まで連れて来ることはできなかっただろう。

 何せ、アルルニア王国とラティオ共和国の国土は隣接していないのだから。


 間に挟むマグナ王国内を密行するにしても、第三国経由で迂回するにしても、大軍での通行などできるはずもない。

 現実には、五百の兵ですら、同時に移動するわけにはいかなかった。

 そう、何隊かに分けて、ひっそりと第三国経由でラティオ共和国入りしたのである。


 そんな苦労してまで、こんな僅かな兵を派遣する必要があったのか?

 勿論ある。意味もなく、そんな馬鹿な真似をするものはいない。


 アルルニアから派遣された一団の真の目的は、ずばり見張りであった。

 ラティオ共和国がちゃんと戦うかどうかの監視。

 もし、共和国軍が生温い戦闘をするようなら、その尻を蹴っ飛ばすことこそが本来の役割となる。


 そのため、アヴリーヌ伯爵軍には、ラティオ共和国とのやり取りを円滑にするために、先の交渉で特使を務めた、【遠国の魔女】こと、雫が随行しているのだった。



 喧騒の中、出陣式はゆっくりと進む。


 見送りのある老人は皺がれた声で、国家を、兵らを讃える声を張り上げる。

 またある女性は、自らの伴侶だろうか? 男性の名を叫ぶ。

 ある幼い子供は、意味も分からずに歓声を上げる。


 雫は軍馬を操りながら、僅かに眉を顰めた。

 生来、控え目と言うか、派手なことを嫌う彼女にとって、この手の騒々しさは鬱陶しく感じるのだ。


「魔女殿、もう少し愛想良く振る舞ってはどうかな?」

「愛想? 愛想の良い魔女っていうのも、どうなのでしょうね」

「ふむ、確かに。それはそれで、イメージを損なってしまうかもしれんな」


 雫に話し掛けてきたのは、アルルニア援軍部隊の指揮官であるアヴリーヌ伯爵だ。

 伯爵は貴族にしては身分に拘泥しない人物であった。

 それ故に雫は、伯爵とは気軽に会話ができる間柄となっていた。


 これが他のアルルニア諸侯ではそうはいかない。

 雫はこれまでの功績により、周囲から一目置かれているとはいえ、その出自は何とも怪しげなものだ。

 諸侯の雫に対する態度は、好意的なものからほど遠いものがある。


 雫にとって、アルルニア本軍から離れ、共に派遣された人物がアヴリーヌ伯爵であったのは僥倖と言えよう。


 雫の期待される役目は、共和国との折衝役である。

 ただ、一応の肩書としては、援軍部隊の参謀の一人ということになっていた。


 つまり、アヴリーヌ伯爵は、雫の直属の上官ということになる。

 上官との人間関係は良好に越したことはないだろう。


 

 遅々として進まぬ行進。喧しい民衆の声。

 もううんざりといった心境になる雫。

 仕方が無いと雫は、丁度話しかけてきたアヴリーヌ伯爵との会話に花を咲かせることで、苛立ちを紛らわすことにする。


 結局、この出陣式が終わるまで、あと数時間も要することになった。



****



 下士官が小休止を告げる声が、辺りに響く。

 兵たちは待っていましたと言わんばかりに、手早く荷を下ろすと地面の上にだらしなく座り込んでいく。


 私も馬から降りると、どかっと地面の上に座った。

 少しは乗馬に慣れてきたとはいえ、やはり行軍は体力を消耗する。

 

 水筒から、生温い水を口の中に流し込む。

 そうしてやっと一息つけた。


 三々五々、辺り一面に座り込む兵士たちだが、私の周りにはあからさまなほどに、誰も座ろうとしない。

 いや、誰もと言えば、嘘になるか。


 コンラートがつけてくれた護衛が数名、私の周囲に座る。

 しかし心なしか、彼らですら少しばかり距離を開けてやしないだろうか?


 全く、そんなに魔女が怖いかね? ……怖いんだろうなぁ。

 

 そんなことを思いながら、周囲に視線を彷徨わせる。

 ふと、護衛のフランツと目が合った。……さりげなく視線を逸らしやがった。


 何なの? いじめ? いじめですか!?


 小学校で無視されていた、同級生のいじめられっ子を思い出す。


 ああ、周囲に合わせて無視なんかして、悪いことしたなぁ。

 なんて、その場限りの反省なんかをしてみる。


 私を怖がらないのは……アヴリーヌ伯爵と、その側近のベルトランぐらいか。

 その二人は、何やら顔を寄せ合って、相談をしている。

 余人を交えず、二人だけの内緒話といった風情だ。

 流石に、理由もなくあそこに入っていくのは頂けないだろう。


 はあ、話し相手がいないなら、物思いにふけるぐらいしかない。

 私は空を仰ぎ見ながら、思考の海へと潜っていく。




 ラティオ共和国の首都ストルトスを発ってから、早十日が経った。


 出陣した共和国軍の兵力は、公称六万、実数は五万数千といったところ。

 この大軍を、長老評議会から任命された六名の将官たちが指揮している。


 同時に、アルルニア諸侯軍もリーブラを発ったらしい。

 その兵力は、先の戦いで消耗した分を、再度掻き集めた人員で補填。

 何とか四万を超える軍団を仕上げたようだ。

 もっとも、前回以上の寄せ集め集団で、その練度はお察しというものだ。



 対するマグナ王国軍の動きも、次第に分かってきている。


 現在、マグナ王国が保有する正規軍は七つ。

 国王直属の首都近衛軍に、壊滅したフーバー家の第四軍を除く、七将家の当主が軍団長を務める六軍団である。


 マグナ王国正規軍一軍の公称が二万。

 つまり、単純計算で十四万もの大軍を擁することになる。


 とはいえ、実際にアルルニア・ラティオ連合に当てれる兵は限られてくる。


 まず、首都近衛軍はその名の通り、首都の防衛と治安維持が任務だ。

 これを首都から動かすことはできない。


 さらに、第一軍は北方、第三軍は東方と、隣接する国々への警戒のため、国境付近に駐屯している。

 国境警備のこの二軍もまた、動かすことはできないわけだ。


 となると、残すは四軍。

 まずは、先の戦いで、アルルニアに遠征した第二、第五、第六の三軍。

 そして、西方、つまりラティオ共和国との国境を警備する第七軍。

 この四軍合わせて八万の兵力が、当面の敵戦力となる。


 数の上では、こちらが優勢となっている。

 もっとも、兵の練度では、あちらに軍配が上がるので油断は禁物だ。

 それに懸念事項は他にもある。


 進軍している内に分かったことだが、どうもマグナ王国は、アルルニアに四軍の内三軍を当てる気のようだ。


 当初の我々の想定では、アルルニア・ラティオが同時侵攻すれば、南方に配した三軍の内一軍を引き抜いて、第七軍の援軍に当てると思われた。

 しかし実際には、三軍は変わらず南部国境付近を動かない。


 どうやら、先に三軍でアルルニア軍を叩き、然る後に、ラティオ共和国軍を叩こうという腹積もりのようである。

 


 各個撃破は戦の常道。敵の狙いも分からなくはない。


 ただ、ここでの問題は、アルルニアを叩くより先に、単独でラティオ共和国と相対する第七軍が叩かれやしないかということだ。


 何せ、彼我の兵力差は二倍以上になる。

 恐らく第七軍は遅滞戦闘に努めるのだろうが、果たして何処まで持つか?


 つまり戦の趨勢は、アルルニア軍とマグナ王国第七軍、そのどちらが先に倒れるかにかかっていると言える。


 よって我々の仕事は、速やかに第七軍を叩くことというわけだ。

 その為には、是非ともラティオ共和国の皆さんに頑張ってもらわなくては。


 ファーテリス・テッラ地方という人参をぶら下げてはいるが、それだけで安心していてはいけないだろう。

 そうでなくては、何の為に共和国軍に随行しているというのか。


 さてさて、人を動かすには飴と鞭のどちらが良いか?


 まあ、部外者の私が鞭を振るっても、反感を買うだけよね。

 だったら、飴一択。

 勿論、飴玉は既に準備済みである。


 ホント、この手の仕事ばかりが得意になっていくわ。

 どうしたものかしらね? このままでは腹黒謀略キャラ一直線じゃない。


 なんて自分の先行に一抹の不安を覚える。

 えっ? 何、もう手遅れ? いやいや、そんな……うん?

 一人の兵士が私の方に近づいてくる。


「ま、魔女殿、魔女殿宛てに、ストルトスより手紙が届いています」


 緊張した様子で、手紙を差し出してくる兵士。


「ありがとう」


 私が礼を言いつつ手紙を受け取ると、兵士はそそくさと立ち去る。

 そんな後ろ姿を見送った後、受け取った手紙に視線を落とす。


 封筒には蝋で封印がなされている。

 蝋の上から押した紋章は、カザリーニ卿のものであった。


 私は封筒を開けて、中から出てきた手紙を見る。

 その中身は、あまりに短いもの。


 ――試作に成功。量産に移る。


 書かれていたのは、その二文。たった一行のそっけない手紙だ。

 しかし私にとって、どんな美辞麗句で飾られた手紙より心躍る内容であった。


 私はニヤリと笑う。


 予想以上に早いわね。

 カザリーニ卿との初対面の時に頼んでいたものが、既に形になったか。


 戦争の在り方が変わる。いいや、私が変えるのだ。


 

 手紙を手にしたまま、止まらぬニヤニヤ笑い。


 そんな私の様子を、兵士たちが不気味げに遠巻きから眺めるのだった。


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