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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
三章

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35/88

3-3

 その応接間は趣味の良い空間であった。

 華美すぎず、さりとて決して地味ではない。

 ソファなどの家具は穏やかな色調で、その端々にさりげなく施された細かな装飾が素晴らしい。

 大きな天窓からは、暖かな日差しが降り注ぐ。


 私は部屋に通されるや、思わず『わぁ』と声を漏らしてしまった。


「我が家の自慢のサロン、お気に召して頂けましたか?」


 耳聡く私の漏れ出た声を聞きつけたカザリーニ卿が、そのように問い掛けて来る。


「ええ。素敵な部屋ですね」


 聞かれてしまったのは仕方ない。素直に賛辞の言葉を贈ることとする。

 まあ、別に隠しだてすることでもないしね。


「そう言って頂けると、嬉しいですよ。拘りに拘り抜いた内装ですからね」


 真実嬉しそうに微笑むと、カザリーニ卿は手振りで私に着席するよう促した。

 私は、二人がけ用のソファに腰を下ろす。

 

 うむ、座り心地も良い。

 先程までの馬車の中とは、天と地ほどの差がある。


 私が内心で満足気に頷いていると、カザリーニ卿がテーブルを挟んだ向かいのソファに腰掛けた。


 私は素晴らしい家具から、正面の男に意識を移す。

 そしてラティオ共和国に来る前に頭に叩き込んだ、人物データベースから目の前の男の情報を掬い上げる。


 テオ・カザリーニ。長老評議会に議席を有する新貴族の一人。


 旧貴族が建国以来の貴族であるのに対し、新貴族とは、何らかの功績により庶民の中から、貴族として叙された家柄のことを指す。

 彼はそんな新貴族の中でも、最も新しい貴族の一人だ。


 華々しい功績を挙げ、貴族位に取り立てられたのは彼の父親の代。

 その功績とは、東方との新交易路の開拓である。


 これまで、遥か東の彼方との交易は、専ら陸路が中心であった。

 そんな中、大陸の西端に位置するラティオ共和国は、東方交易において不利な対場であった。


 その状況を覆したのが、先代のカザリーニ卿。

 彼は国の西に広がる海原へと船で繰り出すと、東方へと至る新航路を発見してみせたのである。


 地球の歴史で言えば、ヴァスコ・ダ・ガマと同様の偉業。

 その新交易路が、ラティオ共和国にもたらした利益は途方もないものであった。


 長老評議会の歴史に置いて前例のなかった、満場一致によるカザリーニ卿の叙勲が、その功績の大きさを物語っている。



 そして、そのカザリーニ家の二代目である、テオ・カザリーニ。

 彼は文化の保護者として名高い人物だ。


 新航路を用いた東方交易には、当然カザリーニ家も参加している。

 カザリーニ卿は、その交易で得た富で、文化の保護と推奨を行っている。


 具体的には、芸術家たちへのパトロンとしての活動がそれに当たる。

 芸術を愛する彼は、おしげもなく資産をパトロン活動に費やしているらしい。

 何でも、自前の劇団まで持っているとか、いないとか。



 さてさて、その芸術家肌の貴族議員が一体、私に何の用があるというのか。


 そういった手合いは、政治には無関心なイメージがあるのだけど……。

 まあ、それは勝手な偏見と言われれば、それまでのことか。



「バルトローネ卿との会談は如何でしたか?」

「……有意義な話し合いでしたよ」

「そうですか。それは良かった」


 カザリーニ卿の問い掛けに、当たり障りのない回答をする。

 その回答に、一つ頷きながら相槌を打つカザリーニ卿。


 何とも、じれったい間である。

 駆け引きや心理戦が、この手の会談の醍醐味なのかもしれないが……。


 残念ながら、既に二回戦目である私は、もうお腹一杯なのである。

 なので、単刀直入にいきましょう。


「それで、一体何の用?」


 被った猫、あるいは、お綺麗な仮面をかなぐり捨てる。

 丁寧語は何処へやら。さらに、意識して低く冷ややかな声を出す。


「ふふっ、それが貴女の素面ですか、魔女殿?」


 うーむ。少しぐらい面食らうかと思ったのだけど……。

 逆に嬉しそうに笑ってるよ、このおじさん。どうも油断できない手合みたいね。


「ええ。何か不都合でも?」

「いえいえ。むしろ好ましい。こちらも遠慮なく本音を語れますからね」

「本音……」

「はい、本音です。魔女殿、まず知って貰いたいのは、私が単なる道楽貴族ではないことです」

「はあ。じゃあ、貴方は何者なんですか?」

「私は、野心家なのですよ」


 野心家……か。

 では、芸術に現を抜かす普段の振る舞いは、周囲を欺く演技ということかしら?


「それで、その野心家さんが何の為に、私に近づくの?」


 私は核心を突いた質問を投げ掛けた。

 カザリーニ卿は、私の目を真っ直ぐ見詰めながら話し出す。


「先の評議会での貴女の演説、あれで思ったのですよ。他の議員連中では、到底貴女に適うまいと」

「……………………」

「現在の評議会で主流にいる旧貴族たち、私にとって目の上のたんこぶですが、きっと彼らは、貴女に手玉に取られ沈んでいく。ならば、今こそチャンスだとね」

「チャンス?」

「ええ。旧貴族が沈むなら、相対的に我々が浮かび上がるチャンスです。そうでしょう?」

「そうね。貴方も一緒に沈まなければだけど……ね」


 私の言葉に肩を竦めるカザリーニ卿。


「何とも恐ろしい。そうならない為に、貴女に近づこうと言うのです。どうか、私と手を組んでもらえませんか?」

「……貴方は、私に何をしてくれると言うの?」


 私の疑問に、不敵な笑みを浮かべるカザリーニ卿。

 彼は、硝子細工の瀟洒なベルを手に取ると、それを鳴らした。


 僅かな間を置いて、使用人が抱える程度の大きさの壺を持って入室してきた。

 そしてテーブルの上へ置く。


「この中身は何だと思いますか?」

「さあ? 見てもいいの?」

「ええ。どうぞご覧ください」


 その言葉を待って、遠慮なく壺の蓋を取り外す。

 露わになった中身は、黒色の粉末。


「…………火の秘薬」

「ご明察。東方交易により齎された黒き魔法の粉です。もっとも、現状のような細々とした輸入量では、祭りの景気付けにしかなりませんが……」


 こちらの反応を窺うように、一旦言葉を切るカザリーニ卿。


「ただ、纏まった量が手に入るなら、賑やかしの道具でしかない今とは、全く別の使い道が見えてきます。さて、魔女殿には想像がつきますかな?」


 カザリーニ卿が、何とも勿体ぶった言い回しをする。

 その秘薬の新たな使用法、それをより印象強く演出するために。

 

 だけど残念ね。私は貴方以上に、これの有用性を知っているのよ。


「兵器になるわ。それも、戦場のあり方を一新するほどの、革新的な兵器に」


 カザリーニ卿は、不敵な笑みから一転、途端に訝しげに眉を顰める。

 一言で彼の心情を表すなら『何故それを?』といったところか。


「カザリーニ卿、私の故郷では、これを用いた兵器が既に存在するのよ」

「……なるほど。ならば、その有用性は説明するまでもありませんな」

「ええ、結構よ」



 火の秘薬と呼ばれる、東方から遥々やってきた黒い粉。

 その正体は、いわゆる黒色火薬である。


 最も原始的な火薬ではあるものの、これがもたらす力は途方もない。

 爆弾に銃火器と、まさしく戦場のあり方を一新させる可能性を秘めている。


 もちろん、私も既に目を付けていた代物である。

 銃火器などの近代兵器で無双するのは、異世界戦記ものの定番中の定番だ。


 ただ、この世界では未だ、火薬の有用性が認識されていない。そのせいで、東方交易でも微々たる量しか入ってこない。

 軍用化など、到底望めるレベルではなかったのである。


 東方から入手ができないなら、作ればいいとも思ったが……。


 黒色火薬の原料は、木炭・硫黄・硝石の三点になる。

 この内、硝石を手に入れることができなかった。

 

 探してはみたけれど……

 少なくとも、メデス辺境伯領には硝石の産出場は存在しなかった。

 

 また領外でも、硝石が採れるという話を聞かない。

 もっとも、あっても誰も気付いていないという可能性も十分あるのだが。



 兎も角、だからこそ、泣く泣く諦めた火薬の軍用化。

 だが、このカザリーニ卿は、それを可能にすると言うのか。


「卿なら、これを大量に仕入れることができるのね?」


 私は確認のために、カザリーニ卿に問い掛けた。


「その通りです。存分に用立ててもらえればよろしいでしょう」

「ありがたいわ」

「では、私と手を組んで頂けるということでよろしいですな」

「ええ」


 私は、彼の確認の言葉に頷いた。


「それは良かった。では、早速ですが、魔女殿がこのラティオ共和国で何を企んでいるのか、お教え頂いても?」

「何か企んでいるなんて、決め付けないでよ。人聞きが悪いわね」

「おや、これは失礼」


 まあ、企んでいますけどね。

 仕方が無いので、カザリーニ卿に教えて上げますか。


 私は、先程のバルトローネ卿との密談の中身と、私の狙いを語ってみせた。


「なるほど。ファーテリス・テッラ地方を餌に……。それは、喰らい付かずにいられないでしょうな」

「でしょう? 後は、その餌に仕込んだ釣り針にもかかるかしら?」


 ふむ、と暫し黙考するカザリーニ卿。


「……ファーテリス・テッラ地方以上の土地を不法占拠する。その危険性に気付かぬほど、旧貴族たちも愚かではないでしょう。ただ……」

「ただ?」

「現場の軍人はどうか分かりません。旧貴族の思惑を外れて、独自の判断で占領地を増やそうとするやもしれません」

「なるほど。軍の暴走……か。ありえそうね」


 シビリアンコントロールなんてものが、未成熟な社会で上手く機能するか?

 難しいだろう。

 目の前に極上の餌があれば、きっと飛びつかずにはいられない。


「そうなれば、私としては願っても無いけれど……。卿はそれでいいの?」

「構いませんよ」

「へえ。何故か聞いてもいい?」


 カザリーニ卿はニヤリと笑う。


「密約の不履行。裏切りの代償として、ラティオ共和国はその報いを受けることとなる」


 そう、マグナ王国を統治下に置いたコンラートによる逆侵攻だ。

 ラティオ共和国は、逆に追い詰められる立場となる。


「人は物事が上手くいかなくなった時、その責任を他者に求めるものです」

「まあ、そうね」

「マグナ王国軍が迫れば、私は声高に叫びましょう。旧貴族たちが、密約を反故にしたせいで、このような事態になったのだと」

「それはまた……」

「私は人心を掴み、悪辣な旧貴族を追放する。そして、コンラート新王陛下に、かつての同僚たちの悪行を詫びるとしましょう」

「ふふっ。きっと新王陛下は、卿の誠意ある謝罪を受け入れるでしょうね」

「ええ。そうでしょうとも」


 なんとも愉快な話だ。本当に面白いことになりそうね。


 一拍置いて、私たちはどちらともなく笑い出したのであった。


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