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その応接間は趣味の良い空間であった。
華美すぎず、さりとて決して地味ではない。
ソファなどの家具は穏やかな色調で、その端々にさりげなく施された細かな装飾が素晴らしい。
大きな天窓からは、暖かな日差しが降り注ぐ。
私は部屋に通されるや、思わず『わぁ』と声を漏らしてしまった。
「我が家の自慢のサロン、お気に召して頂けましたか?」
耳聡く私の漏れ出た声を聞きつけたカザリーニ卿が、そのように問い掛けて来る。
「ええ。素敵な部屋ですね」
聞かれてしまったのは仕方ない。素直に賛辞の言葉を贈ることとする。
まあ、別に隠しだてすることでもないしね。
「そう言って頂けると、嬉しいですよ。拘りに拘り抜いた内装ですからね」
真実嬉しそうに微笑むと、カザリーニ卿は手振りで私に着席するよう促した。
私は、二人がけ用のソファに腰を下ろす。
うむ、座り心地も良い。
先程までの馬車の中とは、天と地ほどの差がある。
私が内心で満足気に頷いていると、カザリーニ卿がテーブルを挟んだ向かいのソファに腰掛けた。
私は素晴らしい家具から、正面の男に意識を移す。
そしてラティオ共和国に来る前に頭に叩き込んだ、人物データベースから目の前の男の情報を掬い上げる。
テオ・カザリーニ。長老評議会に議席を有する新貴族の一人。
旧貴族が建国以来の貴族であるのに対し、新貴族とは、何らかの功績により庶民の中から、貴族として叙された家柄のことを指す。
彼はそんな新貴族の中でも、最も新しい貴族の一人だ。
華々しい功績を挙げ、貴族位に取り立てられたのは彼の父親の代。
その功績とは、東方との新交易路の開拓である。
これまで、遥か東の彼方との交易は、専ら陸路が中心であった。
そんな中、大陸の西端に位置するラティオ共和国は、東方交易において不利な対場であった。
その状況を覆したのが、先代のカザリーニ卿。
彼は国の西に広がる海原へと船で繰り出すと、東方へと至る新航路を発見してみせたのである。
地球の歴史で言えば、ヴァスコ・ダ・ガマと同様の偉業。
その新交易路が、ラティオ共和国にもたらした利益は途方もないものであった。
長老評議会の歴史に置いて前例のなかった、満場一致によるカザリーニ卿の叙勲が、その功績の大きさを物語っている。
そして、そのカザリーニ家の二代目である、テオ・カザリーニ。
彼は文化の保護者として名高い人物だ。
新航路を用いた東方交易には、当然カザリーニ家も参加している。
カザリーニ卿は、その交易で得た富で、文化の保護と推奨を行っている。
具体的には、芸術家たちへのパトロンとしての活動がそれに当たる。
芸術を愛する彼は、おしげもなく資産をパトロン活動に費やしているらしい。
何でも、自前の劇団まで持っているとか、いないとか。
さてさて、その芸術家肌の貴族議員が一体、私に何の用があるというのか。
そういった手合いは、政治には無関心なイメージがあるのだけど……。
まあ、それは勝手な偏見と言われれば、それまでのことか。
「バルトローネ卿との会談は如何でしたか?」
「……有意義な話し合いでしたよ」
「そうですか。それは良かった」
カザリーニ卿の問い掛けに、当たり障りのない回答をする。
その回答に、一つ頷きながら相槌を打つカザリーニ卿。
何とも、じれったい間である。
駆け引きや心理戦が、この手の会談の醍醐味なのかもしれないが……。
残念ながら、既に二回戦目である私は、もうお腹一杯なのである。
なので、単刀直入にいきましょう。
「それで、一体何の用?」
被った猫、あるいは、お綺麗な仮面をかなぐり捨てる。
丁寧語は何処へやら。さらに、意識して低く冷ややかな声を出す。
「ふふっ、それが貴女の素面ですか、魔女殿?」
うーむ。少しぐらい面食らうかと思ったのだけど……。
逆に嬉しそうに笑ってるよ、このおじさん。どうも油断できない手合みたいね。
「ええ。何か不都合でも?」
「いえいえ。むしろ好ましい。こちらも遠慮なく本音を語れますからね」
「本音……」
「はい、本音です。魔女殿、まず知って貰いたいのは、私が単なる道楽貴族ではないことです」
「はあ。じゃあ、貴方は何者なんですか?」
「私は、野心家なのですよ」
野心家……か。
では、芸術に現を抜かす普段の振る舞いは、周囲を欺く演技ということかしら?
「それで、その野心家さんが何の為に、私に近づくの?」
私は核心を突いた質問を投げ掛けた。
カザリーニ卿は、私の目を真っ直ぐ見詰めながら話し出す。
「先の評議会での貴女の演説、あれで思ったのですよ。他の議員連中では、到底貴女に適うまいと」
「……………………」
「現在の評議会で主流にいる旧貴族たち、私にとって目の上のたんこぶですが、きっと彼らは、貴女に手玉に取られ沈んでいく。ならば、今こそチャンスだとね」
「チャンス?」
「ええ。旧貴族が沈むなら、相対的に我々が浮かび上がるチャンスです。そうでしょう?」
「そうね。貴方も一緒に沈まなければだけど……ね」
私の言葉に肩を竦めるカザリーニ卿。
「何とも恐ろしい。そうならない為に、貴女に近づこうと言うのです。どうか、私と手を組んでもらえませんか?」
「……貴方は、私に何をしてくれると言うの?」
私の疑問に、不敵な笑みを浮かべるカザリーニ卿。
彼は、硝子細工の瀟洒なベルを手に取ると、それを鳴らした。
僅かな間を置いて、使用人が抱える程度の大きさの壺を持って入室してきた。
そしてテーブルの上へ置く。
「この中身は何だと思いますか?」
「さあ? 見てもいいの?」
「ええ。どうぞご覧ください」
その言葉を待って、遠慮なく壺の蓋を取り外す。
露わになった中身は、黒色の粉末。
「…………火の秘薬」
「ご明察。東方交易により齎された黒き魔法の粉です。もっとも、現状のような細々とした輸入量では、祭りの景気付けにしかなりませんが……」
こちらの反応を窺うように、一旦言葉を切るカザリーニ卿。
「ただ、纏まった量が手に入るなら、賑やかしの道具でしかない今とは、全く別の使い道が見えてきます。さて、魔女殿には想像がつきますかな?」
カザリーニ卿が、何とも勿体ぶった言い回しをする。
その秘薬の新たな使用法、それをより印象強く演出するために。
だけど残念ね。私は貴方以上に、これの有用性を知っているのよ。
「兵器になるわ。それも、戦場のあり方を一新するほどの、革新的な兵器に」
カザリーニ卿は、不敵な笑みから一転、途端に訝しげに眉を顰める。
一言で彼の心情を表すなら『何故それを?』といったところか。
「カザリーニ卿、私の故郷では、これを用いた兵器が既に存在するのよ」
「……なるほど。ならば、その有用性は説明するまでもありませんな」
「ええ、結構よ」
火の秘薬と呼ばれる、東方から遥々やってきた黒い粉。
その正体は、いわゆる黒色火薬である。
最も原始的な火薬ではあるものの、これがもたらす力は途方もない。
爆弾に銃火器と、まさしく戦場のあり方を一新させる可能性を秘めている。
もちろん、私も既に目を付けていた代物である。
銃火器などの近代兵器で無双するのは、異世界戦記ものの定番中の定番だ。
ただ、この世界では未だ、火薬の有用性が認識されていない。そのせいで、東方交易でも微々たる量しか入ってこない。
軍用化など、到底望めるレベルではなかったのである。
東方から入手ができないなら、作ればいいとも思ったが……。
黒色火薬の原料は、木炭・硫黄・硝石の三点になる。
この内、硝石を手に入れることができなかった。
探してはみたけれど……
少なくとも、メデス辺境伯領には硝石の産出場は存在しなかった。
また領外でも、硝石が採れるという話を聞かない。
もっとも、あっても誰も気付いていないという可能性も十分あるのだが。
兎も角、だからこそ、泣く泣く諦めた火薬の軍用化。
だが、このカザリーニ卿は、それを可能にすると言うのか。
「卿なら、これを大量に仕入れることができるのね?」
私は確認のために、カザリーニ卿に問い掛けた。
「その通りです。存分に用立ててもらえればよろしいでしょう」
「ありがたいわ」
「では、私と手を組んで頂けるということでよろしいですな」
「ええ」
私は、彼の確認の言葉に頷いた。
「それは良かった。では、早速ですが、魔女殿がこのラティオ共和国で何を企んでいるのか、お教え頂いても?」
「何か企んでいるなんて、決め付けないでよ。人聞きが悪いわね」
「おや、これは失礼」
まあ、企んでいますけどね。
仕方が無いので、カザリーニ卿に教えて上げますか。
私は、先程のバルトローネ卿との密談の中身と、私の狙いを語ってみせた。
「なるほど。ファーテリス・テッラ地方を餌に……。それは、喰らい付かずにいられないでしょうな」
「でしょう? 後は、その餌に仕込んだ釣り針にもかかるかしら?」
ふむ、と暫し黙考するカザリーニ卿。
「……ファーテリス・テッラ地方以上の土地を不法占拠する。その危険性に気付かぬほど、旧貴族たちも愚かではないでしょう。ただ……」
「ただ?」
「現場の軍人はどうか分かりません。旧貴族の思惑を外れて、独自の判断で占領地を増やそうとするやもしれません」
「なるほど。軍の暴走……か。ありえそうね」
シビリアンコントロールなんてものが、未成熟な社会で上手く機能するか?
難しいだろう。
目の前に極上の餌があれば、きっと飛びつかずにはいられない。
「そうなれば、私としては願っても無いけれど……。卿はそれでいいの?」
「構いませんよ」
「へえ。何故か聞いてもいい?」
カザリーニ卿はニヤリと笑う。
「密約の不履行。裏切りの代償として、ラティオ共和国はその報いを受けることとなる」
そう、マグナ王国を統治下に置いたコンラートによる逆侵攻だ。
ラティオ共和国は、逆に追い詰められる立場となる。
「人は物事が上手くいかなくなった時、その責任を他者に求めるものです」
「まあ、そうね」
「マグナ王国軍が迫れば、私は声高に叫びましょう。旧貴族たちが、密約を反故にしたせいで、このような事態になったのだと」
「それはまた……」
「私は人心を掴み、悪辣な旧貴族を追放する。そして、コンラート新王陛下に、かつての同僚たちの悪行を詫びるとしましょう」
「ふふっ。きっと新王陛下は、卿の誠意ある謝罪を受け入れるでしょうね」
「ええ。そうでしょうとも」
なんとも愉快な話だ。本当に面白いことになりそうね。
一拍置いて、私たちはどちらともなく笑い出したのであった。




