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その議場は、古代ローマの元老院を思わせる形状をしている。
中央に演壇があり、それを囲むよう円状に議員席が設けられている。
その中央の演壇には、一人の少女が立っていた。
彼女を囲む大人たちの視線にさらされながらも、堂々と演説をしている。
――不思議な少女だ。
議員の一人、カザリーニ卿はそのように思った。
少女の年齢は、まだ十四になったばかりの愛娘と同年代の様に見えた。
にもかかわらず、言葉の端々には、老練な弁舌家のような知性を感じる。
それだけではない。その外見も見慣れないものだ。
珍しい黒髪黒目。肌の色も少しばかり異色だ。
淡く黄色がかった白とでも言うのか、不思議な色合いの肌をしている。
例えるならば、象牙色が近いだろうか?
そのちぐはぐさと、特殊な外見故であろう。
少女は、独特な存在感を放っていた。
百戦錬磨の彼の同僚たちが、その空気に飲み込まれるほどに。
「……賢明なる諸卿なら、もうお分かりでしょう。アルルニアが滅びれば、ハインリヒ王の野心、その矛先は何処へと向かうのか?」
ごくりと、誰かが唾を飲み込む音を、カザリーニ卿は聞いた気がした。
その反応を待っていたとばかりに、一拍時を挟んだ少女は結論を述べる。
「そう、その矛先は貴国に他ならない。アルルニアを滅ぼし、勢いに乗ったマグナ王国軍は、貴国の領土を土足で踏みにじる」
ざわめきとまでは言わない。ただ、漣のような声が議場に揺れる。
「家々を燃やし、田畑を荒らし、民草を切り捨てる。彼らは必ずや、そうするでしょう。メデス辺境伯領の北部一帯をそうしたように」
悲しみと怒り、その二つの感情故だろうか、体を震わせる少女。
そして、震えを抑えると、断固とした声音で発言する。
「阻止せねばなりません。絶対に! 今ならまだ間に合うのです。アルルニアと貴国が力を合わせ、マグナ王国に対抗すれば、必ず!」
……決まったな。
カザリーニ卿は嘆息すると共に、その少女の演技に舌を巻く。
大した役者ぶりじゃないか。
私費で趣味の劇団を持つカザリーニ卿は、そのように内心で呟く。
少女の演技力は、彼の劇団のベテラン女優にも引けを取らない。
機会があれば、是非出演させたいぐらいだ。
「くくっ。素晴らしい。なるほど、これが魔女と呼ばれる女か」
ついにカザリーニ卿は、口に出して少女を称賛する。
その声に、隣に座っていた議員が、ギョッとした目付きをカザリーニ卿の方へと向けたのだった。
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「アルルニア諸侯軍では、マグナ王国軍に勝てません」
コンラートの執務室に入るやいなや、私はそう切り出した。
「……何だい。藪から棒に、リルカマウスちゃん」
呆れたような声を出すコンラート。
「ですから諸侯軍では勝ち目がありません。彼我の実力差が段違いです」
「はあ。そんな身も蓋も無いことを言わないでくれよ」
コンラートは溜息を吐きながら、やれやれと首を振る。
「……実際、戦力差はあるけれどもね。ただ、この配られたカードで勝負するしか、僕らに手段はないのだから」
「視野狭窄です、殿下。そこで思考を停止するから、負けるんです」
「そう言われてもね。そもそも急にどうしたんだい? 確かに、この前は遠征軍主力を仕留め損なったが、あともう一歩のところだったろう。君の奇策のおかげでね」
今度は私が首を振る番だ。全く、こいつは何も分かっていない。
「奇襲などの奇策で大逆転、などというのを前提にするのが間違いです」
「うん? 結果は悪くなかったと思うが」
「そんなのは偶々です。いざ戦いが始まってからの、出たとこ勝負の帳尻合わせ。……危険過ぎるでしょう」
「そんなものかな? しかし、戦ってみないと分からないことも多いだろう?」
「はあ。いいですか、孫子先生曰く……」
「誰だい、ソンシ先生って?」
こら、話の腰を折るんじゃない!
「……祖国の偉大な兵法家です。その先生曰く、廟算、すなわち本営での見積で勝算が多ければ勝つ。また、勝兵はまず勝てる態勢を作ってから戦う。敗兵はまず戦ってから、その中で勝機を掴もうとすると、仰っています」
ふむ、と腕を組みながらコンラートは口を開く。
「つまり、事前準備の重要性。相手に勝てる軍備を整えてから戦うべし、そういうことかな?」
「その通りです。そして我々は、それに真っ向から反しています」
諸葛孔明じゃあるまいし。
いつも、いつも、『今です!』とか言って、寡兵で大軍を破れるわけではない。
いや、史実準拠なら、孔明ですら、そんなこと毎度出来ないでしょうよ。
「……言っていることは分かるが。なら、どうしろと言うんだい?」
「簡単です。諸侯軍単体で勝ち目が無いなら、別勢力に頼ればいいのです」
間接アプローチ戦略という軍事用語がある。
イギリスの軍事評論家リデル・ハートにより提唱されたものだ。
敵国との正面衝突を避け、間接的な手段として同盟国への支援や、経済封鎖・通商破壊などを以て、間接的に敵国を弱体化させようという戦略のことである。
まあ、状況からいって、正面衝突を避けるのは難しいけれど。
マグナ王国の敵を増やすことで、こちらに割く兵力を減少させることはできる。
「マグナ王国の隣国は一つではありません。何も、マグナ王国の軍事増強、ハインリヒ王の領土的野心に、脅威を覚えているのは、アルルニアだけではありません」
「……なるほど、同盟を結ぶのか」
「はい。マグナ王国への恐怖心を煽る。また、挙兵した時の支援の約束。それらを以て参戦を決意させます」
大国に自国だけで勝てないなら、同盟を結べばいい。
弱者が強者に対抗するための有効な手段だ。
現状を打開する、現実的な良案だと言えるだろう。
ここでは言わないが、それで足りなければ、マグナ王国内にも手を伸ばす。
マグナ王国内には未だ、コンラートを慕う者、ハンイリヒ王に不満を持つ不穏分子が残っている。
その筆頭は、かつての王太子領の臣民たちだ。
彼らに武器・食糧・金銭を流し、パルチザン化させる。
そうしてマグナ王国内で、ゲリラ戦を展開させるのだ。
正規軍を破れとまでは言わないが、通商破壊の類でもしてくれれば、十分にマグナ王国を苦しませることができるだろう。
「よし。それでいこう。で、どの国に同盟を持ち掛けよう?」
「ラティオ共和国が最適です」
「ラティオ共和国か……」
ラティオ共和国。
マグナ王国の西側に隣接する国家である。
共和国の名称から分かる通り、この国に王はいない。
国家の最高意思決定機関、長老評議会での評議を以て国政を担う政治体制を採用している国家である。
この長老評議会は、旧貴族、新貴族、一部の平民、といった三種類の身分の議員たちで構成されている。
旧貴族は、国家建設の時から貴族身分であった者たち。新貴族は、目覚ましい勲功により、平民から貴族階級に上がった者たち。
そして最後に、豪商などの力を持った一部の平民。
これら、立場の違う者たちの合議制で、国家の舵取りが行われる。
つまり、それぞれを説き伏せて、ラティオ共和国を参戦させねばならない。
私が、この国を選んだのには訳がある。
ラティオ共和国は、先々代のマグナ国王の時代から、マグナ王国とは険悪な間柄であるからだ。
全面的な戦争には至っていないが、小競り合いなら何度も起きている。
マグナ王国との開戦に、心理的抵抗は少ないだろう。
「分かった。全て君に任せよう。シズクを特使に任命する。見事、ラティオ共和国との同盟関係を結んでくるんだ」
「謹んでお受けいたします、コンラート殿下」
私は恭しく、コンラートに向けて一礼してみせた。




