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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
二章

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22/88

2-5

 そこは、大広場に面する建物の中でも一際高い建造物の最上階。

 故に、大広場を眺めるには、まさに特等席と言えた。


 この日、その特等席から見下ろした大広場の様子は、常とは随分と異なるものだった。


 大広場の中央には、何やら急造されたと見える木製の舞台。それを中心にぐるりと、同じく木製の柵が連なる。

 そして、その柵の外側には、多くの群衆が詰めかけてきていた。


 群衆たちのざわめきや、熱気が、特等席から見下ろす三人の武官にも、はっきりと感じられた。


 三人の武官、総じて立派な身形をしている。それだけで、彼らの階級の高さが窺えるというもの。

 事実、彼らそれぞれが、一軍を率いる資格を持った将軍たちであった。


 三人の将軍たちは、無言のまま広場を見下ろし、その時が来るのを待っている。

 もっとも、共通しているのは、無言であるということのみ。

 それぞれの将軍の態度は、三者三様だ。


 生真面目そうな将軍は、不満を隠しもせず両腕を組んでいる。


 武人にあるまじき、肥満の将軍は、キョロキョロと落ち着かない様子だ。


 飄々とした空気を纏う将軍は、何とも掴みどころのない表情をしている。


 張り詰めた空気の中、物音一つ無く静まり返った、その一室。しかし、唐突に廊下を駆けてくる足音が、その静寂を破った。

 そして、時をおかずして、荒々しく開かれる扉。


 入ってきたのは、まだ若い士官であった。

 その様子から、ひどく切羽詰まっていることが察せられる。何せ、将軍たちのいる部屋にノックもなしに入ってきたのだから。


 慌ただしく入室した士官に、三人の将軍の視線が集まる。


 普通なら、そこで自らの非礼に気付き、すぐさま謝罪するのだろうが……。

 この士官は、捲し立てるように、自らの用件を話し出す。


 常軌を逸した行動。しかし、この士官を責めるのは酷というもの。


 何せ、彼はそれほどまでに焦っていたし、何よりその行動は、彼なりの正義感に駆り立てられたものであったのだから。


 それでも、一言苦言を呈すると、彼の正義は余りに青く、何より無鉄砲であった。


「お願いします、将軍閣下! どうか、あの女を止めて下さい!」


 若き士官の懇願に、三将軍はやはり三者三様の態度を示す。


 生真面目そうな将軍は、ますます顔を顰めてみせる。


 肥満の将軍は、額の汗を拭いつつ、他の将軍たちの顔を窺う。


 飄々とした空気を纏う将軍は、まるで傍観者のように、事の推移を見守っている。


 共通しているのは、やはり、それぞれが無言であるということだ。

 そんな、将軍たちの煮え切らない態度に、若き士官は声を荒げそうになるのを必死に抑えた。

 そして、努めて冷静な声を心掛け――上手くいっているとは言い難いが――将軍たちを説得するため、言葉を重ねる。


「このようなこと、どう考えてもおかしい。軍監の領分を大いに逸脱している! そうは思いませんか、ラザフォード将軍!?」


 若き士官は、三将軍の中で、生真面目そうな将軍に言葉を投げ掛ける。

 まあ、無難な選択であろう。他の二将軍より、まともな話ができそうではある。


 名指しされた、生真面目そうな将軍――ラザフォード将軍――は、ようやく重い口を開く。


「確かに軍監の権限を逸脱している。ただし、彼女の独断であるなら……だがな」


 その言葉に、士官の表情が歪む。

 そんな士官の顔を眺めながら、ラザフォード将軍は、更に言葉を重ねる。


「命令は、軍監が発したものではなく、陛下の勅命によるものだ。何ら問題ない」


 確かに理屈であれば、ラザフォード将軍の言う通りである。

 だが、とてもではないが、若き士官を納得させるものではなかった。


 彼は怒りに身を震わせると、声を荒げた。


「あの女だ、あの女が、陛下を唆したのです! でなければ……!」

「黙れ! 貴様、それ以上の言は不敬であるぞ!」


 ラザフォード将軍が叱責の言葉を上げる。

 確かに、士官の言葉は危ういものであった。軍監に対する不服だけならいざしらず、それが国王にまで及べば、流石の将軍たちも庇いようがない。


 若き士官も、自らの言の危うさに気付いたのであろう、慌てて口を噤む。

 そして、少しは激情を抑えられたのか、縋るような声で再び懇願する。


「どうか、どうか、お力をお貸しください。我が主家フーバー家は、建国以来の武門の名家、七将家の一つです。それを悉く処刑するなど……」


 ラザフォード将軍は、若き士官から目を逸らす。そして苦しげに呟いた。


「……許せ、陛下の勅命には逆らえぬ」


 その言葉に若き士官は、崩れ落ちる。

 痛ましいものを見るような目で、ラザフォード将軍は彼を見つめた。


 そう、ラザフォード将軍もまた、今日の処刑に内心では反対であった。

 

 確かに、先遣軍の指揮官フーバー大将は、自軍より劣る敵軍に惨敗した。

 それは、責められるに十分な罪だ。何らかの罰が下るのも、致し方の無いこと。

 

 だが、先の戦いでは、フーバー大将と、その長子クラウスが戦死している。

 敗戦の責というのなら、既に己が命で贖ったといえなくもない。


 にもかかわらず、一門に連なる者、その全てを処刑するなど……まさしく、前代未聞のことであった。


 そもそも、勝敗は兵家の常である。百戦百勝などありえぬこと。

 一々、敗戦する度に、指揮官の一族を族滅していては、この国から武門の家系が、根絶やしになるというものだ。


「誰か、誰かおらぬか!」


 ラザフォード将軍が言葉を発する。ほどなくして、衛兵が駆けつけた。


「彼を、何処か休めるところへ」


 将軍の言葉に頷き、衛兵は若き士官を支えるように、部屋から退出していった。

 三将軍が無言で、その背中を見送る。


「よかったのかね、ラザフォード大将?」


 飄々とした空気を纏う将軍が、ラザフォード将軍に問い掛ける。


「良いも悪いもない。王の命は絶対、絶対でなければならぬ」


 その返答に、問い掛けた将軍は肩をすくめた。


「変わらぬな、堅物。しかし、我々にとって都合の悪い前例を作ることになるぞ」

「……………………」

「建国以来、七将家に連なるものの処刑など皆無であった。だが今日を以て、七将家ですら、王の勅命一つで、断頭台送りになることが明らかになるわけだ」


 その言葉にビクリと震えたのは、ラザフォード将軍ではなく、横で聞いていた肥満の将軍であった。


「わ、我ら七将家は、け、建国王と共に、この国の礎を、礎を築いた英雄の末裔。そ、そのようなことが許されて良いわけ……」

「おお! よく言った、レグーラ大将! 是非とも、そのように軍監殿を説き伏せ、卿の手で処刑を中止させてくれたまえ!」


 飄々とした空気を纏った将軍は、諸手を上げながら喝采する。


「ななな、マクシミリアン大将、何を言って……」


 突然の話に、肥満の将軍――レグーラ将軍――は面食らってしまう。

 その一連のやり取りに、ラザフォード将軍は溜息を零した。


「マクシミリアン大将、そのように人をからかっている場合ではない」

「何を、ラザフォード大将! 私はいたって真面目だとも!」


 ここに至って、レグーラ将軍も、飄々とした空気を纏った将軍――マクシミリアン将軍――の真意に気付いたようで、顔を赤らめる。


「け、卿は、私を愚弄しているのか!」

「まさか、まさか。卿なら軍監殿に恐れず突進していけると見込んでのことよ。何せ、猪も豚も似たようなものであろう?」

「……? ……! ふ、不快である! 私は中座させて頂こう!」


 そう言い捨てると、レグーラ将軍は、肩を怒らせて部屋を出て行った。



「…………マクシミリアン大将」


 ラザフォード将軍が、ジロリとマクシミリアン将軍を睨みながら、咎めるような声を上げる。


「そう睨むな、卿と二人きりでゆっくり話したかったのだ」

「…………それで、話とは?」

「決まっている、軍監殿のことだ」


 ラザフォード将軍は、無言で頷くと話の先を促す。


「軍監殿は狂人だが、馬鹿ではない。言わば、理性ある怪物といったところか」

「…………それで?」

「つまり、今回の処刑も意味無きものではない。我々、七将家を押さえつけ、コントロール下に置くことが目的よ。卿も見ただろう、豚将軍の怯えようを。あの様子では、軍監殿に盾突こうなど、夢にも思うまい」


 やれやれと言わんばかりに、首を左右に振るマクシミリアン将軍。


「……だからどうした。私ははただ、将としての務めを果たすのみ。内輪での主導権争いには興味がない」

「ふん、堅物が。豚は怯え、石頭は我を出さぬ。これでは、私も動きようがない」


 再び、首を横に振るマクシミリアン将軍。

 そんな彼を、ラザフォード将軍が睨み付けた。


「卿、仮に自由に動けたとしたら、何をする気だったのだ?」

「ふむ? ……そうさな、豚か石頭の何れかを籠絡し、共に敵軍に寝返る……待て、待て、例えばの話だ」


 マクシミリアン将軍は、手を上げて目の前の将軍を制止する。


「心配せずとも寝返りはせんよ。私一人では、卿ら二人の軍勢を相手取るのは、ちと荷が重すぎる。アルルニアの弱兵が加わっても、同じことだろうよ」


 そのように釈明するマクシミリアン将軍。

 忠誠や道義に因るものではなく、純軍事的な理由から裏切らないというわけだ。


 無論、褒められた理由ではない。しかし、忠義を誓うなどと嘯かれるより、よっぽど信用できると、ラザフォード将軍は思った。

 そう、少なくとも、マクシミリアン将軍に関して言えばだが。


「話は終わりか、マクシミリアン大将?」

「ああ、終わりだ。後は……マグナ王国史に残るであろう、処刑劇を観覧しようか」


 そのように言うと、マクシミリアン将軍は大広場を見下ろす。

 すると、見下ろした矢先、大広場からはこれまで以上の声と熱気が溢れ返る。

 

 どうやら、マクシミリアン将軍が言うところの処刑劇、それが丁度始まろうとしているようである。



 両将軍は、それぞれ別々の思いを抱えながら、その光景を見下ろしたのだった。



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