4-2:背中”ヘル&ヘヴン”【Ⅱ】
ではさっそく、となにをされたかと言うと、普通に背中を洗ってもらっている。
「ウィル、はやすぎないですか?」
こする早さのことだ。背中の。
「い、いや、大丈夫ッス…」
「それでは、このまま」
アウニールの力は絶妙だった。
背中をマッサージされてるようで気持ちがいい。
……まるで初めてじゃないような…って、
待て、これはおかしい。
うれしいけど、おかしい。
「あの…どうしてこうなってるんでしょうか?」
ふとそう尋ねていた。苦笑いで。
だって、理解が追いつかないし!
「どうして、というと…お礼ですが?」
「前の都市に件なら気にしてないッス。だからお礼とかは…」
「必要なかったですか?」
アウニールが顔を寄せてくる。
気恥ずかしくなって、自然と身体の向きを変えて逃げようとする、が、
「じっとしていてください」
後ろから抱きつかれた。
いや、性格には両脇からホールドされただけなのだが、
……お胸ぇっ!?
アウニールの胸が背中に押し付けられる形になった。
しかも、自分の背中と、アウニールの胸。隔てるは、布一枚のみ。
……や、やばい…!
しっとりと湿っている。
水着の表面からでも分かる。
普段より大きく感じる!?
着痩せ!?アウニールは着痩せしてるのか!?
「む、邪念…?」
この状況で発しないほうが無理である。
なんとか乗り切らねば、顔面フックが飛んでくることは明白。
「わ、分かりました。逃げないので離してください…」
「そうですか。なら、離します」
ホールドが解かれ、ふう…、と落ち着く。いや、別の意味では落ち着けないが。
無意識にやってるとすれば、結構危なっかしいと思う。
ある意味、”兵器”だと思った。
●
……さっきからなにを慌てているのでしょう?
と、アウニールは思っていた。
自分は背中を流しているだけなのに。
―――この ”ミズギ”を着ていけば平気だよ―――
そうエンティも言っていた。
裸ではないから羞恥心もない。大丈夫だろう。
そう思い、ウィルの背中に意識を戻す。
そして、そこでふと―――目についた。
……これは…
傷だ。
それも細かい傷が数多くある。
どれも小さく、古傷のようになっているが、紛れもなく傷痕だ。
「ウィル、これは…」
と背中をなぞると、
「―――ふおっ!?」
ウィルが小さくはね、尻が一瞬だけ浮いた。
かまわず続ける。
「傷…がこんなに」
その言葉に、ああ、とウィルから納得の声。
「今までいろいろあったから、その時できたやつッス。詳しく覚えてないッスけど」
「いろいろ…?」
「俺、元々孤児だったから、小さいときはけっこう盗みとかもしたことあって。捕まって叩かれたりとか、よくあったッスよ」
「叩かれた…?」
そんな傷じゃない。
切りつけられたり、火傷痕であったりするものがほとんどだ。
「盗みは悪いことだって、わかってたけど…生きていくには他の方法を知らなかったッス。そのうち、仲間だった他の子供達は、1人ずついなくなって…最期に自分だけが残って…」
●
そこまで言って、ウィルはハッとなった。
……つい暗い話がでてしまったッス!?
そう焦っていると、
「ウィル…」
小さな呟きと共に背中にさっきの、柔らかいふくらみが、そっと乗ってきた。
……ま、また胸がっ!
はやる鼓動を必死に押さえつける。
「な、なんでしょう?」
振り返ることができなかったが、吐息が、彼女の顔がすごく近くにあると感じ取れた。
「お風呂…入りましょう」
「え?」
「あなたを、まっすぐ見たい…」
いつもと同じはずなのに、どこか懇願するかのような甘い声音に感じた。
逆らえない、と思った。なぜか。
「あ、いやその…」
……正面からみたいって、それはその…そういう意味と捉えても…いいんでしょうか?
「―――はっ!?」
しまった”邪念”を出してしまったような気がする、と。
「耐えろ、俺の理性…お前はやればできる子…やればできる子…」
「…なにをブツブツ言っているのですか?」
「己の邪念を消すべく、奮闘中ッス…」
「大丈夫ですよ、邪念センサーのスイッチは切ってますから」
「え?オン、オフきくんスか?なんだ、それなら―――」
「ランダムでオンになりますけど」
「状況に好転なし!?」
「あ、今反応しましたね」
「至近距離ぃ!?ごはぁっ!?」
音速の顎下フックが見えない速度で振りぬかれた。
―――エンティさん…嬉しいッスけど…ある意味、地獄ッス…
●
「―――ウィル、入るぞ」
そういって、エクスは部屋に足を踏み入れた。
だが、ウィルの姿はない。
「風呂か…」
浴室からの気配を感じたので、しばらく待つことにした。
ウィルに、確認をとっておきたいことがあった。
……だが、聞いてどうなる?
そんな自問をしながら、考えを整理すべく椅子に座った。
●
ウィルが気がつくと、そこは浴槽の中だった。
前方にアウニールの姿がない。つまり、
「……なんだ、夢か…」
ホッとしたような、がっかりのような…
そう思いながら、背を後ろに倒す。
すると、なにやら柔らかいクッションのようなものがあり、
「……なにが夢なのですか?」
「うわおっ!?」
背後にいた。
ウィルを後ろから支える形で一緒に入浴していたアウニールがいた。
「ゆ、夢じゃなかったんスね…」
ホッとしたような、危機再びのような…
「…すいません。迷惑でしたか?」
と、アウニールから言ってきた。
まあ、いろいろ大変ではあったが…というか、今も大変継続中なのだが、
「いえ、全然」
と、努めて笑顔で返した。
「思えば不公平でしたね。私だけ服を着ていて。ウィルも同等の条件であるべきでした」
「いや、それだと風呂場の意味ない…。ていうかこっちは隠す暇与えてもらえなかった感じッスけど……。―――っと、わ!?」
言い終えると同時に、背後から強く引き寄せられた。
アウニールの身体の正面を、背もたれにするような形で抱き寄せられているのに遅れて気づく。
「ア、アウニール…?」
すると、細く白い指がウィルの胸から腹までをゆっくりと滑っていく。
奇妙な感覚だった。
そして、包み込まれるような母性も感じた。
心地よい、と。
指先が触れる。
胸にできた、真新しい痣に。
痛みはない。
癒しを伝えるかのように、アウニールの手がそっとあたる。
「また、新しい傷ができてしまったんですね、……私がいたばかりに…」
耳に吐息がかかる。
だが、ウィルは震えない。
小さな呟きにも等しいその言葉に、返したい、と思った。
「…大丈夫ッス。俺…タフなだけが取り柄ッスから」
ウィルは、苦笑した。本音だった。
人より多少、体力があって、頑丈なだけ。
それだけが、自分が自負できる唯一のことだと。
しかし、アウニールは、
「違います。貴方は、自分が思っている以上に、―――立派な人間です」
その言葉を聞き、ウィルは鼓動が高まるのを、抑え切れなくなりそうだった。
耐える意味を感じられなくなっていた。
彼女に、自分の想いを伝えるべきか、と本気で考える。
素肌が触れ合うには、絶好の機会。
これを逃してあとが来るのか?
行け、行くんだ!ウィル=シュタルク!、と謎の声援が聞こえてくるような気がした。
「―――アウニール!」
ウィルは向かい合った。キョトンと無表情に首をかしげる少女へと。
まとめていない彼女の金メッシュの銀髪が、浴槽の湯につかって、広がっている。
「なんですか…?」
「いや、その…俺、…その……」
「身体が熱くなってきましたか?」
「そう、そういう感じがしてきたッス!」
「なら無理をしないで正直に言ってください」
「しょ、正直に…?」
「そうです。でないと、後悔しますよ?」
こ、これは、OKサイン…!?
なら、今しかあるまい!
「アウニール…!俺、君の…こ、と―――」
おかしい。
視界がぐらつく。
焦っているのか。
身体が言うことをきかない。
頭が熱、…い………
ウィルの意識は、そこで飛んでしまった。
●
「―――う…ん」
ウィルが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
見慣れた部屋。
自分の部屋だと、気づくのに少し時間がかかった。
「……起きたか。ウィル」
声がした。目をやる。
「エクス…?」
そこにいた男は、片手で頬杖をつきながら、もう片方の手で小型の送風機を手に持ってこちらに向けていた
「俺、どうしたんスか…?」
「のぼせていたぞ。何時間風呂に入っている気だ?」
「あ~、気をつけるッス」
ウィルは記憶から、肝心な部分が抜けているような気がした。
最期に何を言おうとしたのか、思い出せない。
「―――あれ、この服……」
ウィルは、自分が服を着ているのに気づく。
自分で着た記憶はない、ということは、
「安心しろ。着せたのは俺だ」
エクスが、考えを先読みした。
「そ、そうスか…ありがとうッス」
「なにか、残念そうに聞こえるが、気のせいか?」
「い、いや、そんなことないッス。助かったッス」
そういいつつ、上半身を起こす。かけられていたシーツが身体の上を滑って落ちた。
「あの…アウニールは?」
「着替えて出て行ったが」
「ここで?」
「ああ」
「見たんスか!お着替えシーン!?」
「いや、見ていない」
「なんだ」
「こっちを決して見ないように、と言われて背中合わせだったからな」
「逆に、すげぇ状態ッスね!?」
回復したようだな、とエクスは送風機の電源を切る。
「で、アウニールはどこに行ったんスか?」
「甲板に出る、と言っていた」
「ちょっと行って来るッス!」
そう言って、ウィルはベッドから降り、靴を履いて一目散にドアへ。
すると、
「待て」
エクスの呼び止める声がした。
「大丈夫ッス!もう全快ッス!」
てっきり自分の体調を心配してくれているのだと、思った。だが、
「違う」
そういった。聞きたいことがある、とも。
「お前は、アウニールをどう思っている?」
ストレートだった。
少し、間を置いた。
だが、ウィルは、臆すことなく、躊躇なく、当たり前のように、答えた。
「―――好きッスよ」
彼女を守りたい、と。
自分を認めてくれた彼女を、絶対に。
そのために、自分は強くなりたい。
彼女の隣にあるために。
「……そうか。わかった…」
エクスはこちらに背を向けてそう言った。
どこか沈んでいたが、今のウィルには感じ取ることはできなかった。
「それじゃ、行ってくるッス。介抱してくれてありがとうッス!」
ああ、いってこい、というエクスの声を背に、ウィルは部屋から出ていった。
●
ウィルが出て行ってから5分後、エクスは遅れて部屋から出た。
そして、腰の後ろからナイフを抜いた。
刀身を見つめ、顔を写し、
「……」
悪態をつきながら、ナイフしまう。
そして、歩を進めた。
格納庫へ。
愛機を隠された場所へと……




