4-1:”言葉”リサーチ【Ⅵ】
作業終了後の格納庫。
木箱に腰を降ろしたヴィエルは、
「はぁ……」
そんなため息を吐きながら、苦笑いを浮かべていた。
「なんでしょうね?何してきましたっけ、私……誰か教えてくれます?」
するとアウニールが、
「”セックス”調査です」
答えた。
「分かってます!その通りなんですけど!?思い出すと無性に恥ずかしくなるんですよぅ!」
握った両手を胸の前でばたつかせながら、朱に染まった顔で天井を見て叫ぶ。
その時、
「やっほー、結果どう~?」
無邪気そうな声と共に、ニコニコしたエンティがテクテク歩いてくる。
「おうおう、お困りのようですなぁ~」
邪悪な笑みを浮かべ、ヴィエルを横目でチラリ。
「さてはつけてきてましたね!?いつからですか!?」
「最初から。いやあ~面白かったわ~。グフフ」
「このっ、外道年増幼女め……!」
恨みがましい視線を尻目に、今度はエクスへ、
「ていうか、エクスも知らないわけ?”ドーテイ”さんなの?」
「さっきから意味の分からん言葉ばかり出てくるな…」
「また、あなたはそういうことを平然と……」
「え?なんですか?”ヴぁーじんメガネ”」
「お願い!お願いですから、それ広めないでくださいよ!?絶対ですよ!?私、泣いちゃいますから!!ていうか人前に出れなくなりますから!!」
顔を真っ赤にしてエンティに詰め寄るその姿を見て、アウニールは、
「なぜ、”メガネさん”はあんなに必死なのですか?」
とエクスに尋ねた。
「知らん。本人に訊け」
●
「そんじゃ、解散~。おつかれ~」
エンティがそういう。なんともお気楽なことだ。
「私の必死さってなんだったんですか…」
「そういう律儀なとこあるから、秘書できるんじゃないの?」
「あれ、珍しいですね。褒めてるんですか?」
「うん。おかげで私にはいいオモチャになるし」
「やはり外道!…はぁ、もういいです。寝ます…さようなら」
ヴィエルが肩を落として、その場からいち早く去ろうとする。
その背中を見たエンティが、
「―――ヴィエル」
呼び止めた。
「はい、なんです…って、やっぱりわざとなんですね!?」
「そーんなこと気にしない、気にしない」
「もう…。今日は疲れました。その話はまた今度にさせてもらいます」
「無駄だとおもうけどな~」
「あきらめませんよ!?」
フフフ、とエンティは笑い、昔からの友人に今日最期の言葉を贈る。
「―――おやすみ。また明日」
ヴィエルも、少し釈然としない表情をしていたが、最期には、
「おやすみなさい。エンティ」
背中越しに、一時の別れの言葉を返し、そのまま部屋に戻っていった。
●
部屋に戻ってきて、ヴィエルは思う。
……もう、散々人を振り回して、本当に悪魔みたいな奴ですね。
エンティのことだ。
わがままで、ひとをおちょくることが大好きな奴。でも、
……変わりましたね。あなたは…
あの怯えていた、子供の頃とはまるで違う。
自分が守ってあげないと、と思っていた。
でも今は、まるで立場が逆だった。
ふと思った。
……好きな人ができると、あんなに変われるものなんでしょうか…?
ヴィエルは、壁に背を預け、しばらく、自分の身を抱いていた。
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完全にヴィエルの姿が見えなくなると、
「―――さて、エクス君も、帰った帰った。私、ちょっとアウニールとお話するから」
その言葉に、エクスは、
「待て、俺も話したいことが…」
といいかけて、考え込み、
「いや、やはりいい。次の機会にしよう…」
そういって終わると、その場に背を向けて、去っていった。
その姿に、エンティはどこか違和感を覚えた。
「意外とあっさりしてたね。考え込んでるようにも見えたけど」
「いつものこと、と思います」
「ま、そうかもね」
じゃあ、とエンティは、改まってアウニールと向き合った。
「いろいろ話は聞けた?」
「はい。ですが、どうも理論だけ聞いているような気がします。定義ぐらいは把握できましたが、詳細はよくわかりませんでした」
その言葉を聞き、エンティは口を弓に曲げ、微笑む。
「どーしても知りたい?」
「はい。気になりますから」
「それじゃ、先に確認しときたいんだけど、いい?」
「かまいません」
「あなたは、誰か好きな人はいる?」
●
「好きな人、というと…友人のことですか?」
「違う、そのもっと先。そばにいてもらいたい、そばにいたい。ずっと寄り添っていける、っていう人」
エンティの口調はいつもどおりだった。
近くの小さなコンテナに、チョコン、と腰を乗せ、頬杖でこちらを試すように笑みを浮かべている。
「そばにいてもらいたい人…」
その言葉を聞いた瞬間、まず最初に…いや、自然とその人の顔が浮かんできた。
―――明るく、みんなに振り回されて、でも、それが大切だと知っている人。
―――自分より強い相手でも臆さずに挑める人。
―――自分の感じる”心”を信じ、隣にいてくれた人。
そして、戦いの最中で聞いた、彼の発する声。
なぜ戦うのか、と問われ彼は言った。
―――共に歩きたい人がいるから。
強い意志。
自分は、彼を頼りたい。
でもそのために、彼が…傷つくことかもしれない――
「―――おーい、アウニール。考え時間長いよー」
そういわれアウニールは、ハッ、と我に返った。
エンティは意地の悪い顔で、こちらを見ている。
そして、全てをわかっているかのように、
「今、誰が浮かんだの?」
「いえ、彼は…いや、よく…わかりません」
エンティは、フフンと笑う。
「まあ、分かるよ。最初はごまかしたくもなるでしょ。それでいいよ。でもね、覚えていてほしいことはある」
よっ、とコンテナから飛び降りて着地する。
比べると、頭2個分も小さいが、それでもこの人は、自分よりずっと上の人だと感じた。
続けて言葉が来る。
「”セックス”ってね。好きな人との絆を深めるのに、すごく大切なこと。そして、女の子にとっては、大きな”始まり”なんだよ」
「”始まり”…?」
そ、とエンティは背を向け、それを越えて話す。
「必要なのは、相手を受け入れてあげる勇気をもてるかっていうこと」
「怖い、ものですか?」
「そうだね…そういうこともあるかもね。相手は慎重に選ぶんだよ?」
だから、と
「アウニールが、”一緒にいたい”、”私の全てを許してもいい”って、言える人ができたなら、そのときには私のところに来て。その時に、女の子の特権っていうのを全部教えてあげる」
エンティの頬は、少しばかり赤い。
両手を後ろで軽く組み、左右に揺れながら。
まるで誰かのことを考えて話しているかのようだった。
「エンティには、…一緒にいたい人がいるんですか?」
「いるよ。その人は、私と一緒にいるって約束してくれた。だから、私は生きていけるんだよ。アウニールにも、いつか分かる。…それで、今回の件はおしまいにしようか」
「…ありがとうございます」
アウニールは、そうお礼を言った。
すると、エンティが、なにかに気がついたかのように振り向いた。
「そうだ。1ついいこと教えようか?」
「なんですか?」
「好きかどうか分からないけど、気になる人と仲を深められて、恥ずかしくない方法」
「そんなものがあるんですか?」
「フフーン。秘密兵器があってねぇ~♪」
●
ウィルは1人、部屋に戻る通路を歩いていた。
と、次の瞬間、
「―――チェストォっ!」
その後頭部に、3回転半のストリームとび蹴りが、奇襲気味に炸裂した。
「ぶおあっ!?」
ウィルは廊下を吹っ飛び1回半転がった後、姿勢を起こし襲撃者を確認する。
「エ、エンティさん!?何事ッスか!?」
「気分と憂さ晴らしと友好のためのドロップキック」
「いつにも増してひどい!?」
後頭部をさすりながら、起き上がる。
「じゃ、がんばりなよ、ウィル君」
「ん? なんか含まれているような言い方ッスね」
「気のせい、気のせい~」
そう言って、エンティは口笛を吹きながらさっさといってしまった。
「…ドロップキックしにきただけッスか」
いつもどおりだな~、といいながら、ウィルは部屋への帰路に再びついた。
この後、起こる事態も知らずに……